2022/02/02

第3回 教育格差について考える その1 家庭によって教育はどう違うのか?

ベネッセ教育総合研究所 主席研究員 木村治生
 この記事は特集「誰もが等しく学べる社会の実現~教育の格差をどう解決するか」と合わせてご覧いただければと思います。

はじめに

 社会的な役割や地位が個人の「知能+努力=メリット」によって配分される社会—これは、イギリスの社会学者M.ヤング(1915-2002)が描いた「メリトクラシー」である。彼は『The Rise Of The Meritocracy』(1958年)1)のなかで、未来社会が「メリット」の多寡によって分断されることを予測している。この予測のように、人材の選抜や配分の原理が業績主義(能力主義)に偏りすぎると、幸せな社会にはならないのかもしれない2)。そうはいっても、ある程度は「メリット」が機能して地位や役割が配分されないと、社会が活性化されないのもまた事実である。業績主義の反対を属性主義(帰属主義)と言うが、社会での活躍が性別や門地などの属性(帰属)に規定されるとしたら、社会を変えていくことは難しい。私たちは、平等な競争によって「メリット」が評価されることを望み、その原理に基づいて加熱(地位を得るためにがんばる)や冷却(地位が得られないことに納得する)を繰り返している。
1)M・ヤング『メリトクラシーの法則—2033年の遺稿』至誠堂、1965年
2)M・サンデル『実力も運のうち—能力主義は正義か?』早川書房、2021年
 しかし、スタートラインが違っていたら、その競争に納得して参加できるだろうか。今回取り上げるデータの数々は、「スタートラインがずいぶんと違う」という事実である。さらには、「教育のプロセスが家庭によって異なっている」というデータも取り上げる。スタートラインの相違も課題だが、教育格差の改善や解消は単にそれをそろえる(=機会を平等にする)だけでは達成できない構造的な問題をはらむ。たとえば、経済的に苦しい世帯の子ども向けに現金を給付したとしても、それが教育に有効に活用される保証はない。教育費用の支出には、子どもの教育をどれくらい重視するかといった文化的な要素(価値観)が影響する。家庭の文化的な要素は、教育費用の支出だけでなく教育選択のあらゆる面を左右する。子どもは親を選べないが、どのような親であるかによって受けられる教育が異なっている。いわゆる「親ガチャ」というやつである。
 P・ブラウンは「ペアレントクラシ—」3)という言葉を使い、親の「富+願望=選択」によって役割や地位の配分が決まるようになっていると警鐘を鳴らしている。親(家庭)における格差が拡大していたら、子どもにとっても社会にとってもあまり幸せなことではない。ある程度は、平等化を図る力学を働かさなければならない。
3) Brown, Phillip (1990)“The Third Wave :Education and the Ideology of Parentocracy”, >British Journal of Sociology of Education,vol.11,No.1.
 まずは、そうした家庭での教育における格差の実態についてデータから理解しよう、というのが今回、このテーマを取り上げた目的である。教育格差には、家庭の経済的な状況、文化的な背景、その他のさまざまな要素が関連する。本来であれば、それらを腑分けしてどこに問題があるのかを検討すべきである。しかし、要素はあまりに多岐にわたり、複雑に交絡する。今回は、操作的に家庭の社会経済的地位(Socioeconomic Status:SES)を示す変数を作成し、それと教育にかかわる意識や営みとの関連を単純に示していくことから始めたい。概観を理解するためのデータを示すので、皆さんも主体的に深く追究したり、どこに課題があるのかを考えたりしてほしい。
 連載は2回にわたる。第1回は、SESによって保護者の教育意識や子どもの学習への関与がどのように異なるのかを明らかにする。第2回はそれを受けて、SESと子ども自身の学習意識や行動との関連を検討する。では、教育格差の現状をどうすればいいのか。第2回の最後に、私なりにその問いの答えを考えてみたい。

SESとは何か?

 この論稿を進めるうえでの主要な変数は、社会経済的地位(Socioeconomic Status:SES)である。以下では、SESによって教育の実態(保護者の意識・行動、子どもの意識・行動)がどのように異なるのかを見ていく。その前に、SESとは何か、今回は変数をどう定義するのかについて確認しよう。
 SESとは、個人またはグループ(家族など)の社会的地位や階層のことで、多くの場合は教育、収入、職業などの組み合わせで測定される4)。社会的地位や階層は、経済的資本、文化的資本、社会関係資本の状況に規定されるが、それらの多寡はおおむね相関する。そこで、多くの場合、それらを総合した尺度を作って、個人やグループの社会的地位や階層をとらえることを試みる。複数の要素を合成した尺度の利用は、いずれの要因が大きな効果をもつかの判定ができないが、SESの影響を総体でとらえ、個人間・グループ間の比較を容易にする。また、複合効果の把握やモデルの簡素化といったメリットがある5)
 今回扱うのは、東京大学社会科学研究所とベネッセ教育総合研究所が共同で行う「子どもの生活と学びに関する親子調査」(2021年実施)のデータである6)。この調査は約2万組の親子のモニターを対象に行われている大規模なダイアド・データであり、かつ、2015年から同一の親子を追跡するパネル・データでもある。尺度をどのような指標で構成するかということ自体にも議論はあるが、幸いにも保護者調査から各種の資本に関する情報が得られている。今回は、経済的資本として「世帯収入」と「父親の職種」を、文化的資本として「父親の学歴」と「母親の学歴」を用いて、尺度を作成した7)
4) Socioeconomic status (American Psychological Association)
5)垂見裕子、2014、「家庭の社会経済的背景(SES)の尺度構成」、国立大学法人お茶の水女子大学『平成25年度全国学力・学習状況調査(きめ細かい調査)の結果を活用した学力に影響を与える要因分析に関する調査研究』13-15。
6)この調査の詳細は、東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所(編)(2020)『子どもの学びと成長を追う—2万組の親子パネル調査から』(勁草書房)を参照してほしい。
7)職種は、社会関係資本とも関連する。ただし、社会関係資本は、上下ではなく水平の人間関係をより重視する概念である。そうした社会関係資本の重要性は、今回はあまり扱わないが、この観点からの議論も多い。例えば、志水宏吉(2014)『「つながり格差」が学力格差を生む』(亜紀書房)、荒牧草平(2019)『教育格差のかくれた背景—親のパーソナルネットワークと学歴志向』(勁草書房)など。
 図表1は、「世帯収入」「父親学歴」「母親学歴」「父親職種」を学年別に示したものである。世帯年収の平均は760万円であるが、国民生活基礎調査(2018年度)の18歳未満の子どもがいる世帯の平均所得は746万円である。所得は年収よりも低くなることから、世帯年収の平均が760万円というのは一般的なサンプルと言える。ただし、父親/母親の学歴は推定される大卒比率(40%弱)からすると高い傾向にあり、やや教育熱心な層が多い可能性がある。
 図を見て分かるように、世帯年収は子どもの学年が上がるのに比例して高くなる。これは、保護者の年齢も上がり、年収が上がるためだと考えられる。父親の職種も、「管理職」が増える。こうした学年による違いがあるため、すべての変数を数値に置き換え、学年ごとに標準化の作業を行った。世帯年収は回答の中央値に、父親/母親の学歴は教育年数に、父親職種は職業威信スコアに置き換えた。そして、4つの変数を合計して、学年ごとにSESを4段階(各層25%ずつ)に分けた。いずれかの変数に欠損がある場合も、残りの変数で段階を分けている8)
8)SES尺度の作成手順は、木村治生(2020)「社会経済的地位が教育意識・行動と進路に与える影響—進学した高校の偏差値を規定する要因の検討をもとに」、東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所(編)『子どもの学びと成長を追う—2万組の親子パネル調査から』279-301(勁草書房)に詳しく記載している。
 4段階については、もっとも低い層をL層(Lowest SES)、次に低い層をLM層(Lower middle SES)、上から2番目に高い層をUM層(Upper middle SES)、もっとも高い層をH層(Highest SES)と名づけた。今回紹介するデータのほとんどは、この4層別に示している。
 図表2は、SESの4つの層の違いである。これをみると、すべての変数が漸次、L層<LM層<UM層<H層の順に高くなる。L層は、世帯年収の平均が476万円で、父親の大卒比率(短大卒を含む)は6%、母親の大卒比率は20%、父親の職種の職業威信スコアの平均は47である。これに対して、H層は、世帯年収が1142万円で、父親の大卒比率は91%、母親の大卒比率は89%、父親の職種の職業威信スコアが65である。SESの差は明確である。
 ちなみに、本調査で母親が回答しているケース(14,319件)に絞って「配偶者がいない」と回答している(=母子世帯)比率は、全体では5.7%(国民生活基礎調査の数値とほぼ一緒)だった。しかし、その出現率は、L層13.5%>LM層5.2%>UM層2.5%>H層1.3%である。これを、母子世帯がどのSESに属するかで見てみると、L層60.1%、LM層23.0%UM層10.9%、H層5.3%だった。母子世帯だと、圧倒的にL層になりやすいことがわかる。また、全ケース(15,552件)で居住地を見てみると、「東京特別区・政令指定都市」に住む比率は全体では29.6%だったが、SES別ではL層22.8%<LM層26.8%<UM層31.0%<H層37.8%となった。SESが高いほど都市住民が多く、低いほど人口規模の小さい自治体に居住する傾向がある。
 図表の下に、尺度作成に用いた4つの変数の相関を示した。これを見ると強い相関があるわけではなく、たとえば学歴や職種が世帯年収を決定づけるとまでは言えない。しかし、緩やかに関連はしていることがわかる。

SESによる教育費支出の違い—H層はL層の2倍支出

 以上のようなSESの各層のプロフィールを踏まえて、順に保護者の教育に対する意識や行動に関するデータを見ていきたい。
 最初に取り上げるのは、「教育費支出」である。
 図表3は、調査対象になっている子ども1人当たりの月額の教育費(学校にかかる費用を除く)をたずねたデータである。回答はカテゴリー(選択肢)だが、その中央の値を用いて、SES別に平均値を算出した。この図から明らかなように、SESが高いほど高額の教育費を支出している。L層とH層の差は、中学生では1.5倍とやや小さいが、それ以外の学校段階では2.3~2.4倍である。中学生で差が小さいのは、SESを問わず高校受験を行うためである。また、それ以外の学校段階での差が大きいのは、SESの高い層ほど中学受験や大学受験をすることとも関連する。こうした学年による格差の違いは、次の図表4(通塾率)にも表れている。

SESによる通塾率の違い—これもH層はL層の2倍

 図表4は、SES別の通塾率を学年ごとに見たものである。ここでも、SESが高いほど通塾率が高い傾向にあることがわかる。学年を通して計算した全体の通塾率は、L層21.3%<LM層27.7%<UM層33.4%<H層39.0%だった。やはり、H層はL層の約2倍、子どもを塾に通わせている。
 しかし、学年推移をみると、すべての学年でH層の通塾率がもっとも高いわけではない。小学校高学年段階と高校2~3年の格差は大きいが、中学生での格差は小さく、中3ではH層とL層に差はない。ここに、H層の学校外教育選択の戦略が透けて見える。H層は一定の割合(約3割)が中学受験をさせているため、小学校高学年段階での通塾率が高まる。そして、公立以外の中学校に進学した彼らは高校受験を行わないため、他の層と比べて中学段階での通塾率の伸びが小さい。公立以外の中学校(私立、国立、公立の中高一貫校)に通う比率は、L層5.3%<LM層7.6%<UM層13.5%<H層27.6%である。こうした中学受験にかかわるデータは、次回も紹介する(図表24~26)。

SESによる習い事の違い—スポーツ、文化の両面にわたる

 格差があるのは、通塾のような学習面にとどまらない。スポーツや文化・芸術といった習い事の機会にも、SESによる違いがある。次に、習い事に関するデータ(図表5)を見てみよう。習い事は、男子にスポーツ系、女子に文化・芸術系が多いため、それらを分けて示した。
 全体に、SESが高いほど習い事の実施率も上がり、L層<LM層<UM層<H層の傾向が表れることは、通塾率と同様である。その傾向は、学年が低いほど顕著である。SESが高い層は、子どもが塾に通い出す以前の学年で、スポーツや文化・芸術などの豊かな体験を与えているようである。中学生、高校生になると実施率が低下して、SESによる差も小さくなる。これは、先行調査9)でも明らかにしたように、SESを問わず部活動に加入する子どもが多いためである。ただし、スポーツ系と比べて、文化・芸術系の習い事の方がSESによる差が大きいこと、その傾向は女子にやや顕著であることが目を引く。片岡10)は、家族の文化戦略が階層性をもち、女子ほど文化資本が教育達成につながりやすいことを明らかにしている。この指摘の通り、数値にはSESによる差とジェンダー差が同時に表れている。
9)西島央・木村治生・鈴木尚子(2013)「小中学生の芸術・スポーツの稼働状況に関する実証研究-地域、性、家庭環境による違いに注目して」『文化政策研究』Vol.6、97-113。
10)片岡栄美(2001)「教育達成過程における家族の教育戦略—文化的資本効果と学校外教育投資効果のジェンダー差を中心に」『教育学研究』63(3)、259-273。

子どもの学習への関与の違い—高階層ほど積極的

 ここまで、教育費支出や学校外教育の利用状況の違いを見てきた。それでは、もう少し直接的な親子のかかわりはどう異なるのだろうか。次に、子どもの学習への関与の違いを確認したい。図表6と7である。
 これも結果は一目瞭然で、ほとんどすべての行動で学校段階を問わず、SESが高いほうが「あてはまる」と回答した比率が高い。「勉強の内容を教える」といった直接的な指導だけでなく、「勉強の面白さを教える」といった興味・関心を引き出すよう働きかけ、「勉強の計画の立て方を教える」「問題のいろいろなとき方を考えるように言う」などの学習のやり方にかかわるような関与も、H層がもっとも高い。また、「勉強の意義や大切さを伝える」「いい大学を卒業することは大切だという」などの学習や学歴の意味づけ、「勉強で悩んだときに相談に乗る」「落ち着いて勉強できる環境を整える」といった学習環境を整える機能も同様である。こうした学習への関与は、学歴が高いほど自分の経験を伝えやすく、その結果としてSESによる差が生じるのだろう。SESが高いほど、子どもの学習に積極的にかかわっている

希望する進学段階の違い—高階層ほど大学進学を希望

 SESが高いほど子どもの教育に熱心で、積極的に教育投資を行ったり、学習に関与したりしているが、その背後には、子どもにどれくらいの教育達成を期待するかという意識も影響すると考えられる。そこで次に、保護者が希望する進学段階を確認する。図表9は、子どもにどの段階まで進学してほしいかをたずねた結果を、SES別に示した。ここからは、SESが高いほど子どもに大学進学を希望する比率が高くなることがわかる。「大学+大学院」の比率は、L層が41.5%であるのに対して、H層は83.9%と2倍の開きがある。L層は「大学」が4割と多くはあるが、「中学+高校」と「専門学校」に各1割、「その他+決めていない」に3割という具合に回答が割れている。
 図表2でも確認したように、SESが高いほど大卒の保護者の比率が高い。吉川11)は、学歴の世代間関係について「学歴下降回避メカニズム」が働くことを指摘しているが、大卒の保護者にとって子どもが大学に進学しないことは選択しづらいのだろう。
 図表10に、保護者の属性と希望する進学段階の関連を示した。また、保護者が希望する進学段階と子どもが希望する進学段階の相関係数も算出した。これをみると、父親や母親の学歴が希望する進学段階に強い相関があるとまでは言えないが、一定の影響を持っているとはいえる。さらに、その保護者の意向は子どもに伝わりやすい。両者の意向はかなりの確率で一致する。
11)吉川徹、2006年、『学歴と格差・不平等—成熟する日本型学歴社会』東京大学出版会。

ふだんの様子や親子の会話の違い

 最後に、そもそも保護者自身のふだんの生活にSESによる差があって、日ごろの子どもとの会話の中で、そうした価値観や態度が伝達されている可能性に言及しよう。
 図表11は、保護者にふだんの生活の様子をたずねた結果である。SESによって肯定率(「よくある」+「ときどきある」の比率)に差があるのは、「政治経済のニュースを新聞やネットで読む」「趣味やスポーツを楽しむ」「自分の能力を高めるための勉強をする」の3項目である。SESが高いほど、自分の興味や関心に応じて情報収集したり、趣味を楽しんだり、学習の機会をもったりしている様子がうかがえる。欧米と違って日本では、階層による文化的資本の違いは明確ではないかもしれない。しかし、教育選択のベースとなる保護者の趣味、価値観、行動などがSESによって異なっており、それは何気ないかかわりの中でも子どもに伝達されている可能性が高い。
 保護者との会話の中身が、SESによって異なるということもある。図表12は、子どもに保護者との会話の頻度をたずねた結果(「よく話す」+「ときどき話す」の比率)である。これを見ると、「学校での出来事」のような話題はSESによる差がみられないが、「勉強や成績のこと」「将来や進路のこと」「社会のニュース」には有意な差がある。とくに、父親との会話に、SESによる差が表れている。
 スタートライン(教育の機会)をできるだけ平等にする努力は、これまで以上に必要である。しかし、教育格差の是正を考えるとき、教育のプロセスを変えること、そこに関係者が介入することが、とても重要なのだと思う。しかし、保護者も子どもも、身に染みついてしまっている意識や行動を変えるのは、簡単なことではない。
 簡単ではないけれど、そのことを意識化して、プロセスをどう変えるかを考え続けなければならないだろう。そのために、次回は、主に子どものデータを取り上げる。そうしたファクトから、さらに考えを深めていきたい。