2024/10/15
学習時間と成績はどのような関係にあるのか
激しい社会変化のなかで、子どもの生活や学びもどのように変化しているのか。
その変化を多面的、継続的に捉えるために、ベネッセ教育総合研究所と東京大学社会科学研究所は共同研究プロジェクトを立ち上げました。そこで実施された調査の結果データを、いま多くの研究者たちが分析しています。本プロジェクトデータから得られた洞察と仮説をもとに、社会課題の解決の糸口を模索しています。
研究論文には書ききれなかった思いと展望を、研究者自身が伝えます。
その変化を多面的、継続的に捉えるために、ベネッセ教育総合研究所と東京大学社会科学研究所は共同研究プロジェクトを立ち上げました。そこで実施された調査の結果データを、いま多くの研究者たちが分析しています。本プロジェクトデータから得られた洞察と仮説をもとに、社会課題の解決の糸口を模索しています。
研究論文には書ききれなかった思いと展望を、研究者自身が伝えます。
大久保 心
立教大学コミュニティ福祉学部助教。博士(社会学)。
慶應義塾大学大学院社会学研究科後期博士課程単位取得退学。日本学術振興会特別研究員PD(東京大学)を経て,2024年より現職。主な論文に「時間意識と進学期待:中学生の時間厳守への注目」『理論と方法』2020年、「再生産/非再生産的な子どもの生活時間」『子ども社会研究』2024年など。
慶應義塾大学大学院社会学研究科後期博士課程単位取得退学。日本学術振興会特別研究員PD(東京大学)を経て,2024年より現職。主な論文に「時間意識と進学期待:中学生の時間厳守への注目」『理論と方法』2020年、「再生産/非再生産的な子どもの生活時間」『子ども社会研究』2024年など。
はじめに
だれでも勉強を一生懸命すれば、すなわち学習時間をしっかりと確保すれば、高い学力・成績につながり、高い学歴を得て、恵まれた職業的地位が約束される。「日本型メリトクラシー」の一種ともされるこのイデオロギーは、陳腐と一蹴されかねないものの、21世紀の日本社会でも決して潰えていないと思われる。むしろ、ペーパーテスト型の選抜が主流の日本において、日々の生活で触れる(触れざるを得ない)SNSによって、受験を控えた親子の学習時間の確保をめぐる不安を増幅させることもあるだろう。一般的に考えても、学習時間を十分に確保する習慣は学力の定着や成績の安定にも重要なはずだが、こうした通説はどの程度まで真に受けてよいのだろうか。
筆者は、これまでに子どもの時間のルールやルーティンを主な研究関心としてきた(大久保 2020, 2021, 2024)。そのうち本稿は、子どもの学習時間と成績の関連を検討することを目的とし、「子どもの学びと生活に関する親子調査」データを用いた最近の研究成果の一部を簡単に紹介する。ちなみに、以下では学習時間を平日の学校外学習時間の意味で用いる。
筆者は、これまでに子どもの時間のルールやルーティンを主な研究関心としてきた(大久保 2020, 2021, 2024)。そのうち本稿は、子どもの学習時間と成績の関連を検討することを目的とし、「子どもの学びと生活に関する親子調査」データを用いた最近の研究成果の一部を簡単に紹介する。ちなみに、以下では学習時間を平日の学校外学習時間の意味で用いる。
なぜこの研究なのか
筆者の専門は教育社会学や社会階層論だが、これらの分野では学習時間をテーマにした先行研究の蓄積がある。社会学の領域では、特に図1の①「教育格差(成績格差や学力格差、教育達成の格差といった教育的アウトカムをめぐる階層間の格差)」の存在が明らかにされてきた。また、教育社会学や社会階層論を中心に、教育格差の生成メカニズムの解明に関心が集まっている。その延長線上に②「学習時間の階層差」を検討する研究が多く展開しており、学校外学習時間には偶然とはいえない階層差が実証的に確認されている(苅谷2000; Matsuoka 2017など)。とりわけ苅谷(2000)の、学習時間を「努力」指標と位置付け、一見すると階層間で平等に思える学習時間だが実は階層差が確認されるという、努力の階層差という知見は、社会学における学習時間研究の火付け役としても大きい。
しかし、その一方で③「教育的アウトカムへの学習時間の効果」を丁寧に検討する作業は十分とは言えない。①のメカニズムを直接的に検証するものではないが、②の学習時間の階層差の知見の背景に①が大きな役割を占めている以上、③の検討も避けられない。日本だけでなく東アジアを中心に、学習時間と学力・成績との関連についての知見も少なくはないが(Jin 2024; 数実 2023; Nakamura et al. 2020; 中西 2017; 大久保 2024; 須藤 2013など)、そうした関心に対応する変数を含み、かつ大きなサンプルサイズを確保できるデータは少なかった。
しかし、その一方で③「教育的アウトカムへの学習時間の効果」を丁寧に検討する作業は十分とは言えない。①のメカニズムを直接的に検証するものではないが、②の学習時間の階層差の知見の背景に①が大きな役割を占めている以上、③の検討も避けられない。日本だけでなく東アジアを中心に、学習時間と学力・成績との関連についての知見も少なくはないが(Jin 2024; 数実 2023; Nakamura et al. 2020; 中西 2017; 大久保 2024; 須藤 2013など)、そうした関心に対応する変数を含み、かつ大きなサンプルサイズを確保できるデータは少なかった。
図1 学習時間研究の枠組みと本稿の関心
どのように研究するか
そこで、本稿では「子どもの生活と学びに関する親子調査」の二次分析を行い、比較的大きなサンプルサイズのデータによる検討を行った。ここでは、2023〜2024年に行った学会報告2点の研究成果を紹介したい。分析1では、「子どもの生活と学びに関する親子調査Wave1〜7, 2015-2021」を用い、中高一貫校を除く公立校の小学4年生〜中学3年生(N=50,560)を分析対象とした(日本教育社会学会第75回大会口頭発表「高校進学格差のメカニズム:JLSCPの分析から」2023年9月)。
また、分析2は「子どもの生活と学びに関する親子調査Wave1〜4, 2015-2019」を用い、中高一貫校を除く公立校の中学3年生(N=3,978)についての分析である(日本子ども社会学会第30回大会口頭発表「高校進学格差のメカニズム:JLSCPの分析から」2024年6月)。いずれもクロスセクションデータとして分析した。
なお、変数や分析の詳細は、筆者のresearchmapの公開資料を参照されたい(https://researchmap.jp/shinokubo)。
また、分析2は「子どもの生活と学びに関する親子調査Wave1〜4, 2015-2019」を用い、中高一貫校を除く公立校の中学3年生(N=3,978)についての分析である(日本子ども社会学会第30回大会口頭発表「高校進学格差のメカニズム:JLSCPの分析から」2024年6月)。いずれもクロスセクションデータとして分析した。
なお、変数や分析の詳細は、筆者のresearchmapの公開資料を参照されたい(https://researchmap.jp/shinokubo)。
分析1:学習時間が長いほど成績は高くなりやすい?(分析対象:小4〜中3)
図1③のような「学校外学習時間→学業成績」について、より因果関係に迫る検討を行うには、複数の第3の要因の影響(交絡要因)を考慮するために回帰分析を用いることが一般的である。しかしここでは、まず学年ごとの学習時間の分布を確認し、それから5分位で分割した学習時間カテゴリー相互の成績平均値の比較(Bonferroni法による多重比較)によって確認することで、視覚イメージとともに2変数の関連について考えていくことにする。
まず、学年ごとの学校外学習時間のバイオリンプロットである図2を見てみる。この図では多く分布しているところが広がるようになっており、かつボックスプロットでは通常の箱ひげ図と同様に50%のメンバーが箱の範囲に収まっている。図を見る限り、学年が上がるにつれて、学校外学習時間の散らばりは大きくなる傾向にあることがわかる。
まず、学年ごとの学校外学習時間のバイオリンプロットである図2を見てみる。この図では多く分布しているところが広がるようになっており、かつボックスプロットでは通常の箱ひげ図と同様に50%のメンバーが箱の範囲に収まっている。図を見る限り、学年が上がるにつれて、学校外学習時間の散らばりは大きくなる傾向にあることがわかる。
図2 学年ごとの学校外学習時間の分布
次に、5つの学習時間カテゴリーの成績平均値をプロットした図3を確認してみる。学習時間について「1」が最も学習時間の短いグループ、「5」が最も学習時間の長いグループである。
いずれも学習時間が最も短いグループで成績は最も低く、最も長いグループで成績は最も高い。ただし、視覚的な印象としては、小学生では線形(直線的)な関連なのに対して、中学生では曲線の関連に近い。とはいえ、それだけでは印象の域を出ないため多重比較の検定の結果を確認すると、小学生ではいずれも「4群/5群」の差について有意だが、中学生ではいずれも「3群/4群」「4群/5群」の差は有意でない。つまり、中学生については、勉強すればするほどより学業成績が高い傾向にある、というわけではないようだ。小学生については、中学受験層の長い学習時間の影響も検討する必要があるため安易な解釈はできないが、少なくとも中学生とは異なる傾向があると考えられる。
逆に、小学生と中学生で共通する傾向は、「1群/2群」の差が有意である点であり、要するに最も学習時間の短いグループとそれよりは少しでも学習時間の長いグループだと、前者の方が偶然ではなく成績が低い。したがって、小中学生に総じて言えそうであるのは、相対的に学習時間がかなり短い子どもについて、学習習慣が身についておらず、学校の授業についていくことが難しい、などの問題を抱える場合もありうる。この点では、低学力の子どもについてのサポートを考える場合には、学校外を含めた日常的な子どもの生活時間にアンテナを張っておくことは重要と思われる。
以上を総合すると、学習時間が長いほど成績は高くなりやすい、という傾向は条件付きで成立するということになる。
いずれも学習時間が最も短いグループで成績は最も低く、最も長いグループで成績は最も高い。ただし、視覚的な印象としては、小学生では線形(直線的)な関連なのに対して、中学生では曲線の関連に近い。とはいえ、それだけでは印象の域を出ないため多重比較の検定の結果を確認すると、小学生ではいずれも「4群/5群」の差について有意だが、中学生ではいずれも「3群/4群」「4群/5群」の差は有意でない。つまり、中学生については、勉強すればするほどより学業成績が高い傾向にある、というわけではないようだ。小学生については、中学受験層の長い学習時間の影響も検討する必要があるため安易な解釈はできないが、少なくとも中学生とは異なる傾向があると考えられる。
逆に、小学生と中学生で共通する傾向は、「1群/2群」の差が有意である点であり、要するに最も学習時間の短いグループとそれよりは少しでも学習時間の長いグループだと、前者の方が偶然ではなく成績が低い。したがって、小中学生に総じて言えそうであるのは、相対的に学習時間がかなり短い子どもについて、学習習慣が身についておらず、学校の授業についていくことが難しい、などの問題を抱える場合もありうる。この点では、低学力の子どもについてのサポートを考える場合には、学校外を含めた日常的な子どもの生活時間にアンテナを張っておくことは重要と思われる。
以上を総合すると、学習時間が長いほど成績は高くなりやすい、という傾向は条件付きで成立するということになる。
図3 学年ごとの学校外学習時間カテゴリー別の成績平均値
(多重比較はBonferroni法による)
(多重比較はBonferroni法による)
分析2:成績にとって学習時間を確保しさえすればよいのか?(分析対象:中3)
頑張って勉強する、という努力を指標化することは簡単ではないが、Jin(2024)のように、客観的な努力指標として学習時間、主観的な努力指標として勉強に対するやる気を設定する研究もあり、いずれも学力や成績にとって重要だとされる。したがって、学習時間に影響しつつ、かつ成績を左右しそうな要因として(数実 2023)、学習意欲は検討する必要があるだろう。加えて、学習時間の質を左右するであろう(須藤 2013)、勉強の仕方を意味する学習方略も同時に考慮されるべきである。つまり、図4に示した分析モデルのように、学習時間の成績への効果に関して、学習方略や学習意欲の交絡とともに検討する必要がある。そこで、学習時間の成績への効果が、学習方略や学習意欲の効果に吸収されるかどうかを確認するため、学習時間を独立変数とするモデルに、学習方略や学習意欲を追加投入する回帰分析を行った。なお、欠測データに対応するため多重代入法を用い、代入回数は30回で、使用するすべての変数で予測した。
図4 学習方略や学習意欲を同時に考慮した分析モデル
学習時間の回帰係数のみプロットした図5を参照すると、model 1では0.114だが、学習方略や学習意欲をそれぞれ投入したmodel 2やmodel 3では大幅に回帰係数が減少している。つまり、学習時間の効果のかなりの部分が学習方略や学習意欲の効果に吸収されると考えられる。さらに、学習方略と学習意欲の両方を統制したmodel 4では、学習時間の回帰係数はほぼ0に近く、かつ統計的に有意でない。
図5 学業成績を従属変数とした学校外学習時間の回帰係数のプロット
学習方略と学習意欲のいずれも成績と強い関連を持つ変数であるため、オーバーコントロールの可能性も否定できない。さらに、学習時間に意味がないというような短絡的な結論も適切ではない。ただ、少なくとも学習方略や学習意欲の伴わない学習時間について、成績にポジティブな効果をもたらすとは言えないだろう。つまり、勉強の仕方がつかめず、学習する内容について全く興味を示ない状態である場合、どんなに大人がお膳立てして学習時間(あるいは学習環境)を確保しても、少なくとも成績にはあまり影響しない可能性がある。常識的な結論にすぎないが、とにかく机の前に座らせられて勉強させられる、という強制労働的な学習時間には、あまり積極的な意味を見出すことはできなさそうだ。
今後の展望
以上の分析結果をまとめると、単なる長時間の学習時間や、子ども本人の内発性を無視した学習時間には、成績との正の関連は見られない、というものであった。本研究により、学習時間と成績との関連は直線的なものではなく、かつ勉強法・やる気との兼ね合いも考慮する必要がある点が明らかになったと言えよう。
もちろん本研究には限界や課題も残されている。本稿の分析は、あくまで1時点の情報を用いたものにすぎない。そのため、長期的な影響についてはさらなる発展的な手法を用いた分析が必要となり、今後はパネルデータという特性をより活用した分析が求められる。
また、本稿の結果は、保護者や学校の先生など子どもに関わる人々の、学習時間を確保させようとする行動を否定するものでは決してない。むしろ、そうした努力や熱意が子どもにとって何らかのモチベーションになる可能性もありうる。このような視点を考慮したデータ設計も今後の大規模パネルデータに期待される。
もちろん本研究には限界や課題も残されている。本稿の分析は、あくまで1時点の情報を用いたものにすぎない。そのため、長期的な影響についてはさらなる発展的な手法を用いた分析が必要となり、今後はパネルデータという特性をより活用した分析が求められる。
また、本稿の結果は、保護者や学校の先生など子どもに関わる人々の、学習時間を確保させようとする行動を否定するものでは決してない。むしろ、そうした努力や熱意が子どもにとって何らかのモチベーションになる可能性もありうる。このような視点を考慮したデータ設計も今後の大規模パネルデータに期待される。
引用文献
- Jin, X., 2024, "The Role of Effort in Understanding Academic Achievements: Empirical Evidence from China," European Journal of Psychology of Education, 39(1):389-409.
- 苅谷剛彦,2000,「学習時間の研究:努力の不平等とメリトクラシー」『教育社会学研究』66: 213-230.
- 数実浩佑,2023,『学力格差の拡大メカニズム:格差是正に向けた教育実践のために』勁草書房.
- Matsuoka, R, 2017, "Inequality of Effort in an Egalitarian Education System," Asia Pacific Education Review, 18(3):347-359.
- Nakamura, R., J. Yamashita, H. Akabayashi, T. Tamura and Y. Zhou, 2020, "A Comparative Analysis of Children’s Time Use and Educational Achievement: Assessing Evidence from China, Japan and the United States," Chinese Journal of Sociology, 6(2):257-85.
- 中西啓喜,2017,『学力格差拡大の社会学的研究:小中学生への追跡的学力調査結果が示すもの』東信堂.
- 大久保心,2020,「時間意識と進学期待:中学生の時間厳守への着目」『理論と方法』35(2):184-197.
- 大久保心,2021,「子どもの生活時間の趨勢(1970-2020)」『時間学研究』12:31-51.
- 大久保心,2024,「再生産的/非再生産的な子どもの生活時間」『子ども社会研究』30:153-171.
- 須藤康介,2013,『学校の教育効果と階層:中学生の理数系学力の計量分析』東洋館出版社.