2022/07/28

大規模パネル調査データの分析からみえてくる,親子のかかわりあい方 —「家族的背景と子どもの生活の関連──「お金」と「勉強」についての家庭内ルールに着目して」の成果より—

激しい社会変化のなかで、子どもの生活や学びもどのように変化しているのか。
その変化を多面的、継続的に捉えるために、ベネッセ教育総合研究所と東京大学社会科学研究所は共同研究プロジェクトを立ち上げました。そこで実施された調査の結果データを、いま多くの研究者たちが分析しています。本プロジェクトデータから得られた洞察と仮説をもとに、社会課題の解決の糸口を模索しています。
研究論文には書ききれなかった思いと展望を、研究者自身が伝えます。
苫米地 なつ帆

苫米地 なつ帆

大阪経済大学情報社会学部准教授.博士(教育学).
東北大学大学院教育学研究科博士課程後期3年の課程を修了後,東京大学社会科学研究所助教などを経て2018年より現職.主要な研究テーマは家族構造とライフイベントの関連について.編著書に『若者の性の現在地——青少年の性行動全国調査と複合的アプローチから考える』(分担執筆,第3章「性にかんする経験やイメージと家庭環境のかかわり」担当(共著),勁草書房,2022年),共著書に『SPSSによる実践統計分析』(オーム社,2017年),論文に「日本における家族構造と世代間階層移動——キョウダイ構成に着目して」(共著,『理論と方法』,2018年)ほか。

なぜ「親子のルール」に着目したのか

 「家族的背景と子どもの生活の関連——「お金」と「勉強」についての家庭内ルールに着目して」(苫米地,2021)では,どのような家庭の,どのような子どもにおいてルールが設定されているか,実際にそのルールが守られているかを検証している.子どもを育てるうえで,親は子どもに多くの物事を教えていかなくてはならない.例を挙げればきりがないが,生活の仕方(着替えをする,食事をとる)や人とのかかわり方(挨拶をする,相手が嫌がることはしない)などのように,家庭を離れて外に出ても,親がそばにいなくても生きていけるように,親から子へと行動様式・価値観が伝達される.ただし,子どもは必ずしも親の言うとおりに行動するわけではなく,成長の過程でみずから考えたり,自分なりの基準や価値観にもとづいて行動したりするようになっていく.時には子どもの選択したことが,社会のルールから逸脱していたり,親の立場からみたときに好ましくなかったりすることもある(もちろん反対に,子どもが自分で選択した行動が望ましいものである場合もありうる).
 このような親から子への行動様式や価値観の伝達,それに対する子どもの反応について考えてみると,どのような親か,どのような子かによって,親が子どもに伝えようとする事柄や,子どもの受け止め方が異なりうることに気がつく.100組の親子がいれば100通りの親子関係があるわけで,親子のルール設定のあり方も当然違ってくると予想できる.しかし,もしそこに一定の特徴があるならば,より詳しく言えば家庭環境や子どもの特性に応じて親子間のルール設定やルールが守られるかどうかが違うことが確認できたならば,子どもとのかかわりあいについてのヒントが得られるのではないかと考えたのが,今回の研究の動機である.

「お金の使い方」ルールの分析

 分析には「子どもの生活と学びに関する親子調査」のデータのうち,調査1年目と4年目の2時点分のデータをもちいた.この2時点では,5つの項目について家庭内でのルール設定の有無とルールをどの程度守っているかが尋ねられているが,今回は「お金の使い方」と「勉強の時間」の2つのルールに焦点を当てた.
 「お金の使い方」のルール設定については,男女とも,どの学年段階においても「1年目も4年目もルールのある子ども」と「1年目も4年目ルールのない子ども」が全体の約6割ルールがある状態からない状態へ,あるいはない状態からある状態へという変化がみられるグループは約4割という分布となっていた.ただ,ルールがない状態からある状態への変化は小学校1~3年から4~6年へと進級した子どもたちにおいて比較的多く確認され,おこづかいの導入とともに新たに親子間でルールが設定されているのではないかと推察される.他方進級して高校生になった子どもたちについてはルールがある状態からない状態に変わる比率が相対的に高く,子どもの状況に合わせたルール設定がおこなわれている様子がうかがえる.
図1
【図1】
 さらに分析を進めたところ,前述した学年の変化のほか,無駄づかいの頻度,成績,親が教育やしつけを協同的におこなっているかどうかもルール設定の有無と関連することが確認された.無駄づかいの頻度が高いとルールが設定されていることが多く,成績がよくなるとルールが設定されにくい.また,子どものしつけや教育について夫婦で考えている場合ほど,ルールが設定されていなかった.
 子どもが「お金の使い方」のルールを守っているかどうかについては,男女とも,どの学年段階でも約8割がルールを守っていた.分布としてはルールを守らなくなるグループが次点にくるが,1割ほどにすぎない.多くの子どもが,親子間でのルールをしっかり守っているといえる.
図2
【図2】
 そのほか,成績,学年,親にさからう頻度,無駄づかいの頻度がルールを守るかどうかと関連していることが分析で示された.具体的には,成績がよくなるとルールを守っているという関連,学年が上がったり,親にさからう・無駄づかいの頻度が高くなったりしているとルールが守られていないという関連であった.

「勉強の時間」ルールの分析

 「勉強の時間」のルール設定については,小学生のうちはルールが設けられている子どもが約半数であること,4年目の時点で高校生になっている子どもたちについて「1年目も4年目もルールのない子ども」が約4割前後という分布であることが特徴的である.加えて,女子に比べて男子の方がルールのある家庭の比率が高いということも特徴的であった.
図3
【図3】
 ほかには,宿題以外の勉強時間が長い場合や,親にさからう頻度が高い場合に,ルールがあることも示された.勉強のルールを設定することで子どもの勉強時間を確保しようとしたり,反抗的な子どもに対する抑止力としてルールを設けようとしたりする親や,勉強のルールがあるからこそそれに反発しようとする子どもがいることが示唆される.
 「勉強の時間」のルールを子どもが守っているかどうかについては,学年が上がるほど,また女子よりも男子の方が,ルールを守らない傾向が確認された.
図4
【図4】
 そのほか,成績,宿題をする時間,宿題以外の勉強時間がルールを守るかどうかと関連していることも示された.宿題を含めた勉強時間が長いことの背景には親子間のルールとそれを守る子どもの姿勢があり,それが成績の上昇に結びついているのではないかと考えられる.

子どもの成長をサポートするために

 実はこれらのほかに,家庭の経済状況や親の学歴といったような家庭環境を表すような指標も分析に用いたのだが,それらとルールとの関連を見出すことはできなかった.既存の研究では,子育てやしつけと家庭の社会的・経済的な状況との結びつきを示すものもあるが,少なくとも親子間のルール設定については,子どもの特性やそのときの成長の度合いに合わせて,親がその都度適切だと思うルールを設け,子どもとかかわりあっていると思われる.
 社会が絶えず変化していくのと同じように,親をとりまく環境も変化していくものである.当然,子育てのあり方や価値観も変わっていく.昨今では,入手しようと思えばインターネットやSNSを通じて子育てにかんする情報をすぐに,たくさん入手できるようになったが,情報が豊富であるからこそかえって迷いが生じることもあるかもしれない.また,ライフスタイルによっては周囲からのサポートを得にくかったり,子育てについて感じていることを表出する機会に恵まれなかったりして,子どもとどうかかわっていけばよいのか,悩むことも多いのではないだろうか.
 もちろん,どのような状況であれ子育てや子どもとのかかわり方についての迷いや悩みは尽きないものであると思う.しかし今回家庭内のルールについて明らかにしたように,実態として親と子がどのようにかかわっているのかを大規模な社会調査データをもとに示すことは,親にとってはもちろん,子どもにかかわる親以外の人々にとっても,子どもの成長をサポートするための一助となるのではないかと考えている.
 「子どもの生活と学びに関する親子調査」には,今回もちいた家庭内のルールにかんする質問項目のほかにも,親子のかかわりについて尋ねた項目がたくさん含まれている.とくに興味深いのは,親と子ども双方から同じ質問に対する回答を得ている項目で,親子の認識にずれがあるかを確認できる.この認識のずれの有無やずれの大きさが,実際の親子関係や子どもの成長とどのようにかかわっているのか,引き続き検証を進めていく予定である.

参考文献

  • 苫米地なつ帆,2021,「家族的背景と子どもの生活の関連——「お金」と「勉強」についての家庭内ルールに着目して」SSJ Data Archive Research Paper Series,77, 14-29.