2016/03/25
幼児の保護者は、今、子育てについて何を感じているか? ~第7回 少子化社会と子育てより 研究員の目~
ベネッセ教育総合研究所 次世代育成研究室 主任研究員 真田 美恵子
—「第5回 幼児の生活アンケート」を手がかりに—
教育フォーカス 特集9「少子化社会と子育て」の第7回では、「第5回 幼児の生活アンケート」を素材にして、20年間の幼児の家庭の変化の全体像を無藤隆先生(白梅学園大学教授)にお話しいただきました。
本稿では、幼児の保護者が「今、子育てについて感じていること」を自由回答の記述からご紹介します。それにより、少子化社会で子育てをする保護者の気持ちや状況、社会に求められる支援を、当事者の言葉を通して理解していきます。
本調査では、「子育てや子どものことについて何か感じていることがございましたら、ご自由にご記入ください」という設問を用意しました。調査回答者4,034人のうち872人(21.6%)が記入してくださいました。そこには、子育ての喜びや楽しさを伝える声とともに、社会全体で子育てを支える支援や施策のいっそうの充実を求める切実な声が多くみられました。全てをご紹介できないことが残念ですが、代表する意見をいくつか取り上げます。まず、子育ての喜びや楽しさを伝える声から紹介します。
子育ては大変だけれど楽しい、子どもの成長がうれしい
※自由回答の記述はわかりやすく一部編集。( )は子どもの年齢と、子どもとの関係。(以下同)
- ・夜泣きが続いたり大変な事も多いけれど、それ以上に子どものことがかわいく日々の成長は嬉しいものです。(0歳児、母親)
- ・日々成長し、毎日どんどん芽がのびて、びっくりするほどです。(4歳児、母親)
- ・子育てが大変と感じることもあるが、パパが手伝ってくれると頑張れるし、子どもの笑顔や成長を見るととても嬉しい!(1歳児、母親)
本調査には子育てへの感情をたずねる設問があります。「子どもがかわいくてたまらないと思うこと」など、肯定的な感情を示す項目について「よくある+ときどきある」と回答する比率は約8~10割と高く、15年前から大きな変化は見られません(図1)。幼児の生活を取り巻く環境が時代とともに変化していることとは対照的に、最も変化の少なかった項目でもあります。これは、子育ての喜びや楽しさが時代によっても変わりにくい本質的な価値であり、多くの幼児の保護者が前向きに子育てに取り組んでいることを示していると考えられます。
しかし、子育てをめぐる現代ならではの課題が山積していることも事実です。自由回答の内容を分類すると大きく3点、①社会全体で子育てを支える体制の充実を求める声 ②子育てや教育に関わる経済的な不安を訴える声 ③子どもが自由に遊べる地域の環境整備を求める声が多くを占めました。以下で1つずつ紹介します。
①社会全体で子育てを支える体制の充実を求める声
- ・子育てを母親だけに任せないで、地域社会全体で取り組むように社会システムを作っていただきたい。母親だけに任せるがために、ストレスを感じることが多く、余裕がなくなり、虐待につながりやすいと思う。(5歳児、母親)
- ・母親が子育てで孤立しがちです。母親が社会の一員でいられるように、また働く父親が早く帰宅して育児に参加できるようにするなど会社の制度などを義務化していく必要があると思います。(4歳児、母親)
- ・子どもはかわいい。ただ現状日本では、母親にかかる負担が重すぎると思う。子どもの教育と同じくらい、親の心の支えになる活動、社会があればなと思う。(4歳児、母親)
このことと関連して、本調査では、家庭内での家事・子育てについて母親と父親の分担の割合をたずねています。休日には父親の分担が増えるとはいえ、平日の家事や子育ては、専業主婦の9割以上、常勤の母親でも約7割が「自分が8割以上担っている」と回答しています(図2)。
本設問は2015年調査で新たに加えたものであり、過去との比較はできません。しかし、働く幼児の母親が約4割となった現在でも、日常的な家事や子育ては母親中心であることがわかります。家事に育児に、仕事に。母親だけに子育てや家事を担わせずに父親の参加が進むように、家庭外でもそれらを支える仕組みが必要です。
父親については以下のような意見が寄せられました。
<職場環境の改善などにより、父親がもっと子育てや家事に関われるように>
- ・父親の残業時間が少なければ、早く帰ってこれたら、もっと子育てが楽に楽しくなるように思います。(5歳児、母親)
- ・仕事の後は早く帰るとか頑張っているパパたちがいるのに、あいつは付きあいが悪いという上司や同僚。もうちょっとパパたちの状況が理解できる国になったらな~って思う。(1歳児、母親)
- ・父親が平日もっと子どもと過ごす時間が欲しい(平日は、ほぼゼロ)。子どもにとって、週1回~2回の父親とのふれあいで、満足しているかが気になっている。(3歳児、父親)
ベネッセ教育総合研究所では、父親の家事・子育てへの関わりを明らかにする調査を実施しています(「第3回乳幼児の父親についての調査」)。最新(2014年)の調査結果からは、父親の家事・子育てへの意欲は以前(9年前)よりも増していることがわかりました(プレスリリースはこちら)。しかし、そうした意欲とは裏腹に実態に変化はあまり見られず、その背景には父親の帰宅時間の遅さや職場環境に課題があることを、本調査では指摘しています。
次に、就労を希望する、あるいは就労する母親からは、子育てと仕事を両立させるために、とくに保育サービスの充実を求める声が多くあがりました。
<保育サービスの量の拡大、利用条件の改善、質の確保を>
- ・子育てにはお金がかかるから働きたい!でも子どもを預ける場所がない。預ける場所を確保する為には仕事をしていないと預けられない。どうすればいいかわからない。(1歳児、母親)
- ・朝から夕方の保育のみなので、就労しやすい休日や夜間で探せない。(0歳児、母親)
- ・病時保育や病後時保育が、もっと充実したら母親も働きやすくなるだろうなと思ってます。(1歳児、母親)
昨年、子ども・子育て支援新制度が施行され、待機児童解消に向けた取り組みが進められています。しかし、保育園に子どもを預けられない家庭はまだ少なくありません。保育については量の拡大だけでなく、利用条件の改善、子どもが病気のときの支援、質の確保を望む声なども寄せられています。
また女性の就労支援に社会の目が向けられる中、多様な子育て家庭の在り方に目を向けてほしいという声も聞かれました。
<多様な家庭の在り方への理解と支援を>
- ・ひとり親家庭が増えている。貧困の問題もある。ひとり親の子どもが病気の時の休暇や時短の制度など、会社での理解を広めてもらいたい。(3歳児、母親)
- ・外国籍のものとして、日本では生活しています。保育園や様々な施設で子どもに日本語を優先して習得することを求めています。子どもの将来や、帰国する場合などを考慮すると、母国語の維持が重要だと思いますが、なかなか理解してもらえない場面が多い感じがします。(3歳児、母親)
- ・療育センターに通ってるだけで、受け入れてもらえない園が多いです。少しでも多く受け入れてくれる場所が欲しいです。(4歳児、母親)
子どもの貧困についての認識が広がっています。ひとり親の家庭は貧困のリスクを抱えやすい現状があり、とくに身近に頼れる支援者がいない場合は子育てにおいて孤立しがちです。本調査に回答したり、社会に声をあげたりするだけの気持ちの余裕がない状況も想像できます。困難な状況にあり、声をあげることすらできない家庭に対する支援も忘れてはならないでしょう。
以上のような子育てを支援する社会全体の仕組みのいっそうの整備と合わせて、多くの保護者が指摘したのが子育てに関わる経済的な不安でした。
②子育てや教育に関わる経済的な不安を訴える声
- ・予防接種(インフルエンザ)をしたいが費用がない。(6歳児、母親)
- ・医療費や学費を気にせずに、大学までどの子も自分の学びたい事を学べる社会になったらなあと思います。(5歳児、母親)
- ・教育費を安くしてー!!!保育園代、塾代、大学授業料と、とても何人も育てられません!安くなれば3~4人産む人も増えるのでは。(1歳児、母親)
本調査では幼児の保護者に世帯年収をたずねています。1995年に実施した第1回の調査では、400万円未満の比率は5.9%でしたが、2015年の調査では13.4%に増加しました(図3)。
共働きは増加しているのに、年収が相対的に低い世帯は20年前よりもむしろ増えています。世帯年収と教育費が相関する中で、子ども一人にかける教育費は1995年調査では平均8,556円でしたが、2015年調査では平均5,960円に減少しています。自由回答からは「習い事にまで費用をかけられない。子どもにさせたい経験をさせてあげられない」と葛藤を抱く保護者の様子も見られました。
最後に、子どもが育つ環境の充実を求める声を紹介します。
③子どもが自由に遊べる地域の環境整備を求める声
- ・毎日のように不審者情報等のメールが来るため、子どもを近所の公園で遊ばせることもできません。(3歳児、母親)
- ・昔に比べ自然にふれあう場所が少なく自分で考えながら遊ぶことがないのがかわいそう(あたえられたもの、ブランコとか、すべり台しか公園にない)。(1歳児、母親)
- ・異年齢の子ども達が自由に遊べる、公共スペースが欲しい。放課後、土、日、祭日も使える施設、体を動かす工夫のある場所、地域の大人の方々ともふれ合える場所。(3歳児、母親)
子どもの今と未来のために、子育て家庭の多様な実態に応じた支援を
これまで、国や自治体ではさまざまな子育て支援制度が整えられてきました。しかし全体でみると、子育てを支える体制作りは後手に回ってきたといえます。母親の孤独な子育てについて問題視されたり、就労率は高まっているのに「家事や子育てはいまだに母親中心」、父親の意欲は高まっているのに「父親が子育てや家事を担うための支援が十分ではない」、就労を希望する母親は増えているのに「保育の量が足りない」、経済状況の厳しい世帯は増えているのに「子育てや教育にかかる費用の負担が大きい」、少子化が進む一方で「子どもが育つ環境は必ずしもよくなっていない」。そうした声が、子育て中の多くの保護者から聞かれました。だからこそ、「子どもを産めない」「少子化になる」という声もありました。保護者が直面する子育てや生活の状況とそれに対する支援の質や量とのギャップが、自由回答に見られた指摘につながっているのではないかと考えます。 現在、進められている国や自治体のさまざまな政策は、こうした当事者の切実な声に応えるものなのかという観点でも検証が必要でしょう。
20年間で少子化と家族の変化、多様化は進み、経済状況の厳しい幼児の家庭は増えました。多様化は、母親の就労やその形態、幼稚園や保育園の利用、保護者の年齢、価値観や経済的な状況など多くの側面で見られます。その結果、「標準的な、普通の家族」はもはや定義できないといえます。本調査からは、家族の多様な実態に応じた支援と、多様な中でもとくに困難な状況にある家族への支援の必要性を感じます。このことを実現するためには、子育て家庭に対して教育も福祉も医療も、縦割りでなく総合的に支えられるような行政の所管も一つの在り方でしょう。子どもや子育ての支援のために十分な予算や人が、国や自治体において確実に割り当てられることも当然ながら必要です。
保護者が安心して子育てに向き合える環境は、子どもがよりよく育つために必要な条件といえます。子どものよりよい育ちは言うまでもなく、子ども自身の今と未来に資することですが、それだけではありません。今の子どもたちが未来の社会を創るのです。私たち大人に求められることは、自分たちがどのような社会や未来を創りたいのかという長期的なビジョンを描き、今の現実とのギャップを埋めるために何をすべきなのか、一人ひとりにできることを考え、実行することだと感じます。その大きな課題に取り組む一つの手がかりとして、幼児の生活や子育ての実態を明らかにした本調査を様々な方に活用していただけますと幸いです。