2015/04/15
Shift│第7回 医療をも革新的に変える可視化技術と学びの本質 [5/5]
プレゼンテーションの本質は、表現の巧拙ではない
杉本氏と言えば、もう1つ有名なことがある。著書8冊のうち7冊はOsiriXなど医療テクノロジーに関するものだが、残りの1冊は「医療者・研究者を動かす インセンティブプレゼンテーション」という本だ。よく考えてみれば、それまでの杉本氏の「可視化」や「可触化」といった試みも他の人とのコミュニケーションのための手段という側面がある。実際、手術などの医療への直接的な支援だけでなく、患者への説明や学生への教育にも使えればという思いで、医療機器開発に関わってきた。
杉本氏は、最先端の「医療」を開発しつづける中、次第に、直感的で、本人の想いが伝わるようなプレゼンテーションの重要性を痛感する。にもかかわらず医療業界などで行われるプレゼンテーションの多くは、論文をもとに技術情報を加えただけのもので、人の心を動かす要素がない。
「そもそも何のためにプレゼンテーションをするのか?」と杉本氏は問いかける。その答えは、「人々の心を動かし、聞いた前と後では行動に変化を起こせるようなプレゼンテーションこそが望ましい」とのこと。そのためにはオーディエンスが話の内容を理解しやすくするために、ただ文章をスライドにコピー&ペーストするのではなく、要点をまとめてすぐに読めるようにしたり、話のポイントとなる部分を視覚的にも強調したりといった手間をかける必要が出てくる。
「プレゼンテーションはプレゼント(present)。相手に何をあげるのか。何のために、そしてなぜ現在(present)、それが重要なのかを問い直さないといけない。情報をただ提示するのではなく、そこに理解・納得を得て共感に変える。これがプレゼンテーション」。そう語る杉本氏は書籍の執筆にとどまらず、日本全国で医療関係者や学生を対象としたプレゼンテーション関係のイベントも多数、主催、参加をしている。
その中でも最大のものが、2015年まで5年にわたって開催してきた「神戸医療イノベーションフォーラム」というイベントだ。このイベントに参加すると、杉本氏がなぜ、あれほど熱心に日本人のプレゼンテーション能力の向上に努めていたのかがよくわかる。
この会には、糖尿病を減量手術で治すという斬新な取り組みをしている医師から、佐賀県の医療を変えようとすべての救急車にiPadを導入して搬送時間を短縮した県職員、薬局の立場から無医村を含めた医療を変えていこうと考える薬局の代表、かっこいいデザインの白衣を広めることで医師たちの意識改革を進めようとするファッションブランド、さらには医療業界でのテクノロジー活用の幅広い事例を持っているということで筆者も登壇させてもらっている。
それまでの医療系のカンファレンスや学会では考えられないような面白いアイデアを持った極めて多種多様な医療関係者が一堂に会し、皆、1人の持ち時間5~15分程度で次から次へとプレゼンテーションを行なっていく。杉本氏から事前にプレゼンテーションについての注意があることも影響して、登壇者は皆プレゼンテーションがうまく、聴衆は話に引き込まれる。結果、ここから新しい医療の世界が開けると感じられる。
教員の授業は、生徒の行動を変えるもの
共感が共感の連鎖を生み、大きな感動をつくる場であり、このイベントに参加すると人心をつかめるようなプレゼンテーションをすることがいかに大事なのかを実感できる(だからこそ毎回、最後には杉本氏がプレゼンテーション術の講演も行なっている)。
また、杉本氏の活躍は、医療業界に留まらない。2014年の8月に新潟で開かれた「日本デジタル教科書学会」の年次大会では、全国から集まった学校教員を前に「インセンティブプレゼンテーションで教育を動かす」と題したプレゼンテーションセミナーを開催した。このように、杉本氏の取り組みは、医療以外の教育分野においても大きなインスピレーションを与えているようだ。
可視化、可触化を通して、最終的には受け取り手の心を動かし、その後の行動に変化をもたらす。教員は生徒を前に、授業ひいては学校生活を通して、優れたプレゼンターにならなければいけない理由がここにある。まさに、教育者たちが、これから真っ先に取り組まなければならない任務ではないだろうか。
【筆者プロフィール】
林 信行(はやし のぶゆき)
ジャーナリスト
国内のテレビや雑誌、ネットのニュースに加えて、米英仏韓などのメディアを通して日本のテクノロジートレンドを紹介。
また、コンサルタントとして、これからの時代にふさわしいモノづくりをさまざまな企業と一緒に考える取り組みも。
ちなみに、スティーブ・ジョブズが生前、アップルの新製品を世に出す前に世界中で5人だけ呼んでいたジャーナリストの1人。
ifs未来研究所所員。JDPデザインアンバサダー。
主な著書は「ジョブズは何も発明せずにすべてを生み出した」、「グーグルの進化」(青春出版)、「iPadショック」(日経BP)、「iPhoneとツイッターは、なぜ成功したのか?」(アスペクト刊)など多数。
ブログ: http://nobi.com
LinkedIn: http://www.linkedin.com/in/nobihaya
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