2015/04/15

Shift│第7回 医療をも革新的に変える可視化技術と学びの本質 [1/5]

 人の命に関わる「医学」。今、人類の医学の進歩を振り返る「医は仁術」という展覧会が大きな話題となり、昨年の国立科学博物館を皮切りに、全国を巡回している(4月には宮城県の東北歴史博物館で開催予定)。
 江戸時代の貴重な資料300点以上を含む同展を見ると、「医学」の進歩とは正に可視化の歴史だったことを痛感する。間違った「医学」情報を伝えることが、人の生死を左右する。医師を育てる歴史は、この「伝えることが難しい情報をいかに伝えるか」という歴史でもあり、他分野でも学ぶべき点が多い。
 現在、その医療情報の可視化において世界でも最先端の事例をつくり続け、国際的にも注目を集めている人物が神戸大学大学院医学研究科の特務准教授・杉本真樹氏だ。最先端医療技術の研究開発において、数々の輝かしい学会賞を受賞。昨年は米アップル社から、Macでイノベーションを起こし続けている30名の1人に選ばれ、その活躍をWebページで紹介されている。
 今回は、杉本氏が実践している「医学教育」を含めた最先端の取り組みに焦点を当て、医学領域に留まらない教育へのヒントを探していく。
【取材・執筆】 ジャーナリスト・林 信行
【企画・編集協力】   青笹剛士(百人組)

医学の歴史は可視化の歴史

 現在、全国を巡回中の展覧会「医は仁術」では、人々が病気は悪霊が起こしていると信じていた時代からの膨大な医学資料が集められている。
 日本で西洋医学の発展に最初に貢献したのは、教科書でも習った杉田玄白だ。彼はオランダの医学書「ターヘル・アナトミア」を見て、白黒の線画ではあるが、そこに描かれた体内図が、実際に腑分け(人体解剖)で見た体内の様子の通りだったことに感銘を受け、他の蘭学者らとともに「解体新書」として翻訳した。日本の「医学」に変化をもたらした「解体新書」の発刊以降、正確な図を多用した医学書が急速に増え始める。
 ある人は色を使い、ある人は浮世絵風に描き、またある人は臓器だけを取り上げる。人々は、人体の不思議をさまざまな形で世の人に伝えようとしてきた。やがて、平面図では物足りなくなり、立体的な模型もつくり、明治時代にはX線写真なども加わった(その前に、通常の銀塩写真も使われただろうが、これについてはあまり展示がなかった)。
 2014年3月、最大規模での開催となった上野の国立科学博物館での展覧会では、広大な展示場に日本の医学の進歩の歴史の集大成がズラリと並び、壮観な眺めだった。これら展示を振り返った瞬間、「医学」でもっとも大事なのは「体内の可視化」だとつくづく感じた。
 一方、「医は仁術」展では単なる医学史だけではなく、少し先の未来の「医学」も展示されていた。目玉の1つは、最近、よく耳にする「プロジェクション・マッピング」の活用だ。展示では、裸の男性の像が置かれており、なんとその上にプロジェクタで原寸大の臓器などが投影されていた(設営が大変なのか、東京以外の巡回先では展示されていないようだ)。臓器などが人の体の中に実際にどのような形で収まっているかが直感的にわかる素晴らしい展示だった。
 もう1つの目玉は、3Dプリンタを使った展示で、CTスキャンなどの医療機器を使って人の脳や心臓などの臓器を3Dモデル化し、それを原寸大の模型にした展示だ。一部の3Dモデルは透明の素材でつくられており、その臓器の中を血管がどのように走っているかも確認でき、実際に手にとって大きさや重さを実感できるものもあった。
3Dプリンタでつくった脳のモデル
 今日ではどのようなケースであっても、江戸時代のように勝手に遺体から本物の臓器を取り出し、それを教材(検体)として使うことはできない。しかし、3Dプリンタを使えば、本物と寸分違わぬような臓器に触れることができ、試し切りができ、実際の臓器ではわからない内部を通る血管などの様子も確かめられる。
 「医は仁術」展で、この未来の医学を体感できるセクションの展示をつくり監修したのが、神戸大学大学院医学研究科の特務准教授・杉本真樹氏だ。本連載を第1回から読んでいる人には聞き覚えがあるかもしれない、千葉県立千葉中学校の2年生だった山本恭輔さんの連絡を受け、同校で講演をし、山本さん自身の人体模型をプレゼントした、あの人物だ。