自治体・学校単位の取り組み例

※各実践例において,「Cds#XX」と表示しているものはすべて,Cdsの通し番号を示しています。
※文中の氏名や役職,学校名は,実践当時のものです。

神奈川県三浦郡葉山町の取り組み—共同実践研究に関する「2023年度成果共有会」報告

 ベネッセ教育総合研究所では,2023年度より神奈川県三浦郡葉山町とともに,Cdsを活用して新たな時代に求められる資質・能力を育む授業開発に向けた共同実践研究に取り組んでいます。2024年3月に,葉山町とベネッセ教育総合研究所で,1年間の実践研究の成果と課題,展望を確認する成果共有会を実施しました。ここではその内容をもとにご紹介します。

共同実践研究について

 葉山町教育委員会では「“人を育てる”葉山」を掲げ,小中一貫教育の推進や新しい時代に必要となる資質・能力の育成に取り組んでいます。その一環として,小・中学校では「総合的な学習の時間」を軸とした系統的な探究学習を進めています。
 ベネッセ教育総合研究所は,探究学習における教育目標の設定やプログラム開発などに関して協力依頼を受け,葉山町教育委員会とともに議論を重ねました。その結果,「総合的な学習の時間」へ展開する前に,教科教育を通して探究学習に必要な思考力・判断力・表現力を始めとしたスキルを育成することが重要という考えに至り,今回の共同実践研究が始まりました。
 葉山町教育委員会で各学校から希望者を募り,同町立長柄小学校(3名),及び同町立南郷中学校(4名)の計7名の教員がCdsをめあてに設定した授業を実践しました(表1)。具体的な実践の内容は,小学校実践例ならびに中学校実践例を参照してください。
表1 2023年度の各学校の実践(学年と教科)
学年と教科
葉山町立長柄小学校 5年社会科,6年社会科,6年理科
葉山町立南郷中学校 1年国語科,1年社会科,2年社会科,3年数学科,3年社会科

ふり返りの分析

 ベネッセ教育総合研究所は,各学校の授業実践を通して,児童生徒及び教員にどのような意識変容があったかを客観的に評価しました。実際の分析結果を通して,Cdsを導入した授業の成果についてご説明します。

テキストマイニングによる児童生徒のふり返りの分析

 テキストマイニングの手法を用いて,児童生徒による授業後のふり返りを分析し,意識変容を可視化しました。児童生徒への質問は,次の通りです。
  • 質問1.学習のめあて(Cds)に対して,学習をふり返ってみて,何がわかりましたか。
  • 質問2.今回の学習を通して,あなたは何がどのように変わりましたか。そのことについてあなたはどう思いますか。
 ここでは,小学6年生の社会科の授業の,テキストマイニングの結果をご紹介します。
◎長柄小学校 松原直紀先生 6年生 社会科「幕府の政治と人々の暮らし」
 本単元で思考力のめあてとしたCds
 [情報収集]
  Cds#6 複数の情報を目的に沿って整理することができる
 [整理・分析]
  Cds#11 根拠を明確にして考えをまとめることができる
 [整理・分析]
  Cds#14 対象の適切さを確かめることができる
 [まとめ・表現]
  Cds#21 考えや結論に対して他者の考えを踏まえながら再検討することができる
図1 質問1の分析結果
図2 質問2の分析結果
 質問1の分析結果(図1)は,児童のふり返りの中で多く出てきた言葉ほど,文字が大きく表示されています。結果を見ると,「取り入れる」「根拠」「まとめる」「付け足す」「再検討」などCdsに関連する言葉が多く出てきていました。一般に,授業のふり返りでは単元の学習内容に関する言葉や感想が大多数となりますが,本授業では自分の考え方や学習行動に関する言葉が多く,児童がCdsを十分に意識して授業に取り組んでいたことが読み取れます。
 質問2の分析結果(図2)は,児童が自分の変容をふり返る中で語られた,単語の関連性(共起)を可視化した図です。例えば「反対」「意見」「取り入れる」などのつながりが確認でき,ここでもCdsに沿って自己評価をしていることがうかがえます。
 他の学校や教員の授業における児童生徒のふり返りでも,同様の分析結果が見られています。このことから,Cdsをめあてとした授業では,子どもが自身の思考プロセスを意識的にたどりながら,学び進めやすいことが確認されました(小野塚ほか 2022)。

教員のふり返りと児童生徒のふり返りの定性的な分析

 児童生徒及び教員の意識変容を評価するために,両者のふり返りの定性的な分析を行いました。ここでは,中学1年生の国語科の授業の分析結果から抜粋して紹介します。
◎南郷中学校 川上緑夏先生 1年生 国語科「読み手に伝わる意見文を書こう」
 本単元で思考力のめあてとしたCds
 [課題設定]
  Cds#1 日常生活や社会事象から課題を見つけることができる
 [整理・分析]
  Cds #11 根拠を明確にして考えをまとめることができる
 [まとめ・表現]
  Cds #18 相手や目的,状況に合った方法で表現・説明することができる
  Cds #19 問題解決の結果やそのプロセスを客観的に捉え,良い点や改善点を見いだすことができる
【教員のふり返り】
  • 「いつもの短い文章作成ではなく,原稿用紙3,4枚の内容を構成するにあたって,具体例や体験談なども根拠とする意識をカード表で持たせることができた」
  • 「前単元に比べ,内容自体を客観的に捉えることができたが,今回はそこに至るプロセスまでを見つめてアドバイスできた生徒は少ないように感じたため,『過程』については課題に感じる」
【生徒のふり返り】
  • 「根拠を明確にすることによってより相手に伝えられるということがわかった」
  • 「アドバイス会によって,自分では気付けなかった部分やアドバイスを聞くことができ,主観的に捉えるのではなく客観的に捉えられるようになりました」
 教員と生徒のふり返りを照らし合わせると,Cdsでめあてとして設定された「根拠」や「客観的に捉えること」についてどちらも言及しています。そうした分析結果から,授業では教員が設定しためあてと生徒の意識に重なりが見られることがわかりました。他の授業でも,教員のねらいと児童生徒の意識の間には高い整合性が認められました。

2023年度の成果と課題

成果のまとめ

 本研究の成果の1つは,授業設計におけるCdsの有用性が再確認できたことです。Cdsをめあてとして授業構想を練ることができ,児童生徒のふり返りの記述とも整合性がありました。授業を実践した教員からは,「授業のねらいが再整理でき,『自分がねらっていたのはこういうことだ』と感じた」「Cdsがあるおかげで,声かけを明確にでき,授業も展開しやすかった」といったコメントがありました。
 児童生徒のふり返りに自分を客観的に捉える視点が見られたことも,成果の1つです。Cdsをめあてとすることで,学習の内容だけでなく,「問題解決のプロセス」をふり返る様子が見られました。そうした意識の変容は,「毎回ゴールを頭に入れて,それがゴールに対して明確な根拠になるのか,次から考えたい」といった子どものコメントからもうかがえます。そのように,児童生徒が思考力を発揮する状況を,教員はCdsの観点から捉えることができました。

見えてきた課題

 今後の取り組みに関して,先生方から多くのご提案をいただきました。教科横断的な取り組みとするためには,教員間での目線合わせや全体調整が必要であること,また,日々の授業で探究的な学びを行うよう意識し,工夫することが何より重要であることなど,今後の取り組みを考える上での貴重な知見を得られました。
 共同実践研究を通して見えてきた課題の1つは,Cdsの共通言語化を進めることです。教員自身や,教員から子どもへの共通言語化はある程度確認できた一方で,教員間,子ども間,あるいは子どもから教員への共通言語化は限定的でした。

次年度に向けての提案

 それらの成果と課題を踏まえて,ベネッセ教育総合研究所は,2024年度も取り組みを継続・拡張していくことを提案しました。その1つは,Cdsをめあてとした実践をより意図的に構成することです。特に教科横断の実践や「総合的な学習の時間」との連携により,「点(各教科・単元指導)」から「面(学校全体)」へとつなげることを目指したいと考えます。
 また,教科横断の実践や「総合的な学習の時間」との連携が「横」のつながりとすると,小・中学校の資質・能力の系統性を意識して学校間で連携する,「縦」のつながりの充実も大切だと考えます。小・中学校の9年間のつながりを想定しながら,子どもの実態や学習のねらいに合わせて「小学校高学年+中学校3年間もしくは2年間」などと範囲を絞り,中長期的な視点で資質・能力を育成することを,2つめの内容として提案しました。

関係者による意見交換

 成果報告に続き,葉山町教育委員会や各学校の関係者,ベネッセ教育総合研究所の研究員などが,共同実践研究に関する意見交換を行いました。
 —授業改善が大きく前進した
 授業を実践した教員にどのような成果を実感しているかをうかがうと,「授業のねらいが明確になった」など,授業改善が進んだことが挙がりました。長柄小学校の水木裕介先生は,「Cdsを用いることで,『この学習でどのような思考力が育つのか』などと意識して,授業づくりができました」と語りました。教員4年目で日々授業改善の視点を大切にしているという南郷中学校の川上緑夏先生は,「授業づくりの過程でCdsを参照してどの思考力が育つのかを確認し,『この思考スキルは意識していなかった』といった様々な気づきや学びがありました」とふり返りました。
 —学習のふり返りが質的に向上
 学びの充実に欠かせないのが,学習のふり返りです。授業のめあてにCdsを取り入れることで,子どもが学習をふり返る視点が明確になるなどの効果が見られました。水木先生は,「Cdsをめあてにすることで,子どもが自分にどういった思考力が身につくのかを考えながら学び,成果を意識的にふり返るようになっていました」と語りました。そうした変化は,ふり返りの質向上につながるものと捉えています。葉山町教育委員会の沖野僚太郎指導主事は,「今年度,各学校を訪問して,『総合的な学習の時間』の授業を参観しましたが,児童生徒のふり返りに『楽しかった』など表面的な言葉が多い印象を受け,少々物足りなさを感じていました。Cdsによって最初に教員と子どもが明確なめあてを共有することで,ふり返りが深まっていくことを期待しています」と述べました。
 —教科横断的な学びにつながる
 「Cdsの活用によって,教科横断的な学びに取り組みやすくなる」といった発言もありました。川上先生は担当教科の国語科でCdsのどの項目に重点を置くかを検討する際に,他教科ではどの思考スキルを大切にしているのかを,Cdsをベースに考えたといいます。それを踏まえ,「教員が各教科の方針を共有すれば,自分の教科で育てるべき思考力が明確になると思います」と語りました。葉山町教育委員会の山本海人主査は,Cdsの教科を超えた汎用性の高さを指摘し,「今後,教科横断の視点からCdsの目的や使い方を検討することで,さらなる成果が得られると考えています」と語りました。
 —「点」から「線」へ,その先に「面」での展開を目指す
 今後,「点」から「面」へ発展させるためには,どのような道筋をたどるべきかということも話し合われました。南郷中学校の益田孝彦校長は,「今回の実践研究に参加したのは一部の教員だけだったため,まずは他の教員にも広げていきたい」と語りました。ただし,学校現場の多忙さなども考慮し,いきなり学校全体に広げるのではなく,まずは「点」を「線」にすることを目指していくということです。長柄小学校の長谷川泰子校長は,「Cdsは,とても有用なツールです。実際に自分の授業で活用すれば,『学びが変わった』『子どもが変わった』と実感できるでしょう。そうした教員が増えると,教科横断の取り組みが生まれて,『線』になっていくはずです」と展望しました。学校全体でCdsの活用を推進し,教科横断的な学習につなげた先には,Cdsを軸として教科学習と探究学習をつなぐことも考えられます。子どもが教科学習で身につけた思考スキルを,探究学習で意識的に活用できるようになれば,子ども自身で探究のサイクルを深めていけるはずです。
 —業務負担増をいかに捉えるか 子どものふり返りの質を担保しつつどう効率化するか
 本取り組みにおけるふり返りの効率化も論点の1つになりました。児童生徒のふり返りについては,「毎回,授業の最後に記入させて整理する作業に,やや大変さを感じた」「以前からふり返りの時間を取っていたので,負担増とは感じていない」など,教員によって実感は異なりました。一方で,授業改善に向けた「必要な負担」という意見もありました。南郷中学校の舟橋健太先生は,「確かに少し業務は増えましたが,それによって授業が充実すれば,子どもは落ち着いて学べます。学校の本分である授業が確実に改善するならば,必要な業務負担だと思って実践しました」と語りました。葉山町では,学習への理解を深めるためには授業の最後にしっかりとふり返りを行うことが不可欠と捉えて授業改善に取り組んでいます。ベネッセ教育総合研究所は,授業改善を図る上で,教員・子どもの双方でのふり返りの重要性を再確認できた点を評価しつつ,毎回の自由記述式のふり返りを一部選択式やメモ書きに変更し,単元ごとにそれまでのふり返り内容をまとめ直すといった効率的なふり返りの方法についても検討していくという考えを示しました。
 —Cdsの文言を子どもにどう伝えるか
 意見交換では,Cdsの文言についても話題に上りました。Cdsは学習指導要領のレベルで書かれており,基本的には教員が取り扱うものとして設定されています。そのため,子どもにめあてとして提示する際には「理解できるか不安だった」という意見もありました。それに対してベネッセ教育総合研究所は,「Cdsの表現を子ども向けにやさしくするのは,学習指導要領で使われている表現と等質性を担保するのが難しいという問題があります。Cdsに比べて具体的にイメージしやすい思考スキルの表現を,子どもに伝えることもご検討ください」と提案しました。

葉山町教育委員会 稲垣一郎教育長による2023年度の取り組みの総括

 最後に稲垣教育長は,1年間の取り組みを次のように総括しました。
 「小・中学校の教員は多忙ですが,それでも授業改革を進めようとする有志の教員の取り組みに感謝します。我が国では長年にわたり,受験を意識した教え込む教育が行われてきました。Cdsはそうした表面的な学力にとらわれず,子どもの未来につながる資質・能力を育てる教育に資する,有用なツールになり得ると感じます。日本の教育観を変えるという気概を持って,今後も開発に力を入れていくことを期待しています。」