2021/03/30

【学びの場づくり】実践者×研究者対談 子ども一人ひとりが自分に適した学びに出合い、学びに向かう力を育むためにできること

教員だけではない、様々な立場の実践者が創る"未来の学校"とはどんな形になるでしょうか。 悩み、挑戦してきた実践者の経験から、「未来の学びの場づくり」について議論を深めます。
2021.03.30 update
 「人生100年時代」に突入すると言われている現在、幼児期から育みたい力とはどのような力だろうか。その力を育むために教員や保護者ができることは何だろうか。そうした大きな問いに対して、中央教育審議会では「令和の日本型学校教育」が議論され、「個別最適な学びの実現」がキーワードの1つとして挙げられている。
 子どもが自分に適した学びを獲得し、自ら学び続けていくためには、どのような手立てが必要なのか。コロナ禍においてもICTを活用して子ども主体の学びを止めなかった東京都小金井市立前原小学校の蓑手章吾先生と、発達心理学が専門の神戸大学大学院の赤木和重准教授が、蓑手先生の実践を基に、個別最適な学びを実現するポイントを語り合った。
神戸大学大学院 人間発達環境学研究科 准教授 赤木和重
東京都小金井市立前原小学校 蓑手章吾
聞き手 ベネッセ教育総合研究所 石坂貴明

(※肩書は取材当時のもの)

1.臨時休校中に課題が無くても、学びが続いていた理由

 蓑手章吾先生が勤務する東京都小金井市立前原小学校は、総務省の「『次世代学校ICT環境』の整備に向けた実証」事業等の指定を受けて、1~3年生はiPad等のタブレット端末を、4~6年生はChromebookを1人1台導入し、授業や学級活動などで日常的にICTを活用している。新型コロナウイルスの感染拡大の影響による休校中は、端末やモバイルWi-Fiルーターを家庭に持ち帰ってもらい、家庭での学びを支援した。
 特に蓑手先生の受け持っていた、当時の5年生の取り組みは特徴的だ。全クラスの希望児童が参加する朝の会を、ウェブ会議システムを活用して実施。さらに、朝9時から夕方16時頃までウェブ会議システムをつないだままにし、「自習ルーム」として子どもが自由に出入りできるようにした。2020年3月末までの休校中、学校が子どもに出した課題はなく、子どもが自分で毎日その日の「めあて」を決めて、それを実践できたかどうかの振り返りを、授業支援システムを通じて連絡してもらった。2020年度の4〜6月は、国語や社会、道徳では教科書を読み、記述するという課題を出した。図工は工作キット、音楽はYouTubeを活用した課題を与え、それ以外は各自で好きな学びに取り組むようにした。
 休校当初は、子どもたちが組み立てた学習は漢字や計算のドリル学習が中心だったが、次第に絵を描いたり、運動をしたり、料理や工作をしたりと、多様な学びをするようになり、自分でラジオ番組を制作した子どももいたという。朝の会ではそれらの取り組みを共有し合うほか、端末にインストール済みだった授業支援システムを通じて、毎日教員は個別にフィードバックを行った。
石坂:コロナ禍でも蓑手先生の学年では子どもたちが自分で学び続けていた理由について考えたいと思います。赤木先生は、どのような印象を受けましたか。
赤木:とても驚きました。公立校の中には、プリントの課題を大量に出し、子どもも保護者も疲弊していたところもあったと聞いています。なぜ蓑手先生の学年の子どもたちは、自分で考えて、学びに取り組むことができたのでしょうか。
蓑手:大きな理由は、子どもたちが自己調整学習の力を持っていたからだと思います。その実現を支えたのが、1人1台のテクノロジー端末です。休校中も子どもたちとつながり、個別の学びを支援できました。
蓑手章吾氏
赤木:子どもたちに自己調整学習の力があることが、臨時休校中の学びにつながったのが興味深いと思いました。
蓑手:私は、もともと「学ぶことは楽しい」といった教育観を持ち、自ら学びに向かう学習者の育成を大きな目標としています。私の学級では、子ども一人ひとりに合ったペースで学習することを大切にしていました。臨時休校は、まさに子どもが自分で学びを進めるチャンスだと捉えて、教員からの課題は必要最低限にし、子どもが学びたいと思うことに取り組み、それを報告してもらい、こちらからも毎日コメントするようにしたのです。

2.自由進度学習を実現する学級経営とは

石坂:具体的にはどのようにして自己調整学習の力を育んでいったのでしょうか。
蓑手:自己調整学習力を育むために、算数とプログラミングの授業では、自由進度で学習を行っています。例えば、算数の授業では、冒頭10分間は私が教科書に沿って指導し、あとの25分〜30分間は子どもが自分でめあてを立て、その達成に向けて学習します。そのため、高校3年生レベルの数学に取り組む子もいれば、九九の復習に取り組む子もいます。授業の終わりにはめあての振り返りを行います。
赤木:私が研究するインクルーシブ教育の観点から考えても、子どもが自分で学習内容を決められるというのは、とても興味深いです。そこで質問ですが、学習が苦手な子どもやペースが遅い子どもは、周囲との学習内容の違いを気にしていないのでしょうか。自由進度の学習に挑戦したくても、周囲との差が明確に表れると、自己肯定感の低下につながるのではないかと考えて、自由進度学習の取り入れを躊躇する先生もおられるかと思います。
赤木和重氏
蓑手:私が学級経営で大切にしているのは、人と比べないことです。例えば、授業で自分の学習のめあてを立てる際、自分がぎりぎり達成できないめあてを立てるように伝えています。ですから、同じめあてを掲げていても、満点が取れた子には、「次はもう少し高いめあてを立ててみよう」と声をかけ、がんばったけれども90点だった子には、「よい目当てが立てられたね」と褒めます。そうした声かけを続けていくと、自分の課題を達成することが大事であり、「他者との比較は重要ではない」と、子どもは理解していきます。
赤木:学習内容や目標の多様さがあるということは、学習評価も多様なのでしょうか。
蓑手:子どもの取り組みを点数だけではなく、課題設定力や振り返り力、集中力など、多様な軸で評価しています。そうすると、例えば、学習進度は遅くても、いつも集中して取り組んでいる子に、周りの子どもたちは一目置くようになるのです。
赤木:自由進度学習を進める上で、互いのよさや違いを認め合う学級づくりの大切さがよくわかりました。ほかにも大切にされていることはありますか。
蓑手:私の学級では、給食や掃除の当番を決めていません。係や日直もなく、学級運営で必要なことは、子どもが主体的に進めています。また、学級内の決め事は、「どうしても制度」を導入し、話し合いで決めています。この制度は、「どうしても嫌だ」という人がいたら、その意見を尊重するというものです。例えば、お楽しみ会で行うレクリエーションの候補にドッジボール、かくれんぼ、椅子取りゲームが挙がった際に、「かくれんぼはどうしてもやりたくない」という子がいたら、かくれんぼは候補から外します。
赤木:めちゃくちゃ面白いルールですね。毎回、自分の意見を押し通すような子は出てこないのでしょうか。
蓑手:学級の立ち上げ当初は自分の意見を押し通していても、それが3回目、4回目と続くと、「今まで自分の意見をみんなが尊重してくれたから、今度は自分がみんなの意見を尊重しよう」と言うようになります。
赤木:蓑手先生は特別支援学校での勤務経験があるとうかがいましたが、その経験が、子どもたちにクラスの自治を任せる、シティズンシップ教育を実践されていることに通じますか。先生のアイデアの源になったのは、どのようなことでしょうか。
蓑手:初任校で尊敬する先生から、主に長野県で実践されている自問教育(子ども自らが道徳性を高めていく人間教育)について教えてもらったことが子ども主体の学級運営を始めたきっかけです。その先生から「きまりは発展的に解消されなければいけない」という考えを教えていただきました。その後に異動した特別支援学校で、おっしゃるとおり確信に変わりました。ちょうどその頃、学習者中心の教育を研究実践している岩瀬直樹さんや、教育哲学者の苫野一徳さんの考えにも影響を受け、自分でも海外の教育実践などを調べ、学校で子どもたちが生きたいように生きられるよう、「自由の相互承認」の感度を育む教育を実現したいと考え、今に至ります。
赤木:蓑手先生のお話から、個別最適な学びは、自分が何を学びたいのかを、子ども自身が気づき、手放さないことによって実現できることを感じました。同時に、その前提として、互いのよさを認め合うことも不可欠だと感じました。蓑手先生は、ICTや自由進度学習を活用して、これらのことを子どもたちに教えているのだと思いました。

3.子どもたちの「学びに向かう力」を育むもの

赤木准教授
 臨時休校中、ICTがあれば学びが継続できたのではないかという論調もありましたが、それほど単純な問題ではないことが蓑手先生の話からわかりました。学びが止まっていたのは、学校や教員の授業観や教育観が影響しているのかなと思います。この先、今回のような事態が起きても、子どもが学びを続けていくためには、日頃の学校教育のあり方を見直す必要があると感じました。
 蓑手先生の進めている自由進度学習は、子どもの自己調整学習の能力が背景にあります。自己調整学習は、ロシアの心理学者レフ・ヴィゴツキーのいう「高次精神機能」とも関係しています。高次精神機能を働かせるためには、自分が気持ちを自覚する「自覚性」と、自分の気持ちをコントロールできる「随意性」が重要になります。
 蓑手先生は、その「自覚性」と「随意性」を大事にした学級づくりをされていました。日頃から「子どもたちが気持ちよく学べること」「それを子ども自身が的確に認知できていること」が保障されていたからこそ、臨時休校中も、子どもたちは自ら学び続けたのだと思います。
蓑手先生
 私は、「社会は、自分たちの力で変えられる」と思い、明日に希望を持つ子どもを育てたいと考えています。学校での学びや日常生活の中で、今日の自分を自分の力で少しでも成長させることができたと実感できれば、明日に希望が持てるのではないかと考えています。
 子どもの学びは、ICTの活用によって格段に幅広くなりました。知識を習得するにしても、動画や音声、文字など、様々なインプットの方法があります。これからの学校教育では、カリキュラムの設計は学校が行い、インプットとアウトプットの方法は子どもが好きなものや適したものを自由に選べるようになれば、本当の意味で子どもを公正に評価できるようになると思います。
蓑手章吾氏

プロフィール

赤木 和重 あかぎ かずしげ

京都大学教育学部卒業。滋賀大学大学院、神戸大学大学院修了。博士(学術)。三重大学教育学部講師を経て、現職。専門分野は、発達心理学。自閉症スペクトラムのある子どもの発達と障害をテーマとし、子どもから見たインクルーシブ教育のあり方についても実証研究を進める。主著に、『子育てのノロイをほぐしましょう:発達障害の子どもに学ぶ』(日本評論社)、『アメリカの教室に入ってみた:貧困地区の公立学校から超インクルーシブ教育まで』(ひとなる書房)、『目からウロコ!驚愕と共感の自閉症スペクトラム入門』(全国障害者問題研究会出版部)など。

蓑手 章吾 みのて しょうご

教員14年目。専門教科は国語で、教師道場修了。特別活動や生活科・総合的な学習の時間についても専門的に学ぶ。特別支援学校でのインクルーシブ教育や、発達の系統性、学習心理学に関心を持ち、教鞭を執る傍ら大学院にも通い、人間発達プログラムで修士修了。特別支援2種免許を所有。ICT活用についても高い関心があり、多くのセミナーや勉強会に参加。ICT CONNECT21が主催する「先生発!最新のICT技術で教育現場を変えるハッカソン」ではグランプリを受賞。現任校ではICTプロジェクト主任も務める。
多種多様なセミナーや研修会、文献などからも学力向上についても理解を深めている。セミナー登壇経験多数。共著に『知的障害特別支援学校のICTを活用した授業づくり』(ジアース教育新社)、『before&afterでわかる!研究主任の仕事アップデート』(明治図書出版)など。教育雑誌『授業力&学級経営力』(明治図書出版)では、プログラミング教育に関する連載を持っている。近著に『子どもが自ら学び出す! 自由進度学習のはじめかた』(学陽書房)がある。