2019/05/24

【学びの場づくり】「対話力」を育成してリーダーシップを発揮できる生徒を育てる(2)

教員だけではない、様々な立場の実践者が創る"未来の学校"とはどんな形になるでしょうか。 悩み、挑戦してきた実践者の経験から、「未来の学びの場づくり」について議論を深めます。
2019.05.24 update
対話力をはじめとしたソフトスキルの育成を目指し、2018年12月、さいたま市教育委員会は「ハーバード×慶應流 交渉学入門 ~コミュニケーション力の高め方~」を開催した。講師を務めた慶應義塾大学の田村次郎教授と、企画を立案したさいたま市教育委員会が、ワークショップに込めた思いやこれからの教育のビジョンを語った。(2018年12月取材)

5.大学入学の先を見据えた教育に向けて

田邉広昭 主席指導主事
 今回のワークショップは、さいたま市教育委員会が市内高校生を対象に行う「難関大学チャレンジセミナー」の講座として実施された。同セミナーは、志を同じくする市立高等学校4校の生徒が、共同で難関大学の入試問題等に挑戦することで、学習に取り組む姿勢を育成し、進学に対する意識の向上を図り、第一希望の進路実現に資することを目的として始められ、進路ガイダンスや市立高校教員を講師とした対策講座などを行ってきた。今回、その内容をさらに充実させようと、ワークショップを企画した。さいたま市教育委員会の田邉広昭主席指導主事は次のように語る。
 「難関大学への挑戦は自分を高めることにつながるかもしれませんが、大学合格がゴールではありません。大学入学の先にあるものを見据えて力を伸ばすことが必要だと考え、今回、企画しました」
 特に育てたいと考えたのは、チームの力を高められるスキルだ。
 「これからの社会では、優れたリーダーに率いられるチームよりも、一人ひとりが力を発揮する優れたチームが求められると捉えています。これまで日本の教育が培ってきた基盤を生かしながら、そうした資質・能力をどう育てていくかを考え、『ソフトスキル』という考え方に着目しました」(田邉主席指導主事)
 田村教授は、慶應義塾大学において対話力を始めとしたソフトスキルの育成に力を注いでおり、今回のように高校生を対象としたワークショップを多く実施してきた。
 「世界のトップを走るハーバード大学では、ハードスキルとソフトスキルの両面を育成する新しい教育を展開しています。一方、日本の大学でも教育改革は進んでいるものの、ペーパーテストにとらわれているのが現状であり、世界の大学教育の潮流から遅れていることは否めません。日本の優秀な高校生や大学生がもっと活躍するためには、改革をより進め、ハード・ソフトスキルの両面を高めていく必要があると考えています」

6.社会で求められる力に気づいたことが、成長の第一歩

上田誠治 主席管理主事
 日本では、これまで対話力や交渉力といったソフトスキルが、アカデミック・スキルとして扱われることは多くなかった。しかし、移り変わりの早い現代においては、いったん身につけたハードスキルはすぐに陳腐化して役立たなくなってしまう。ソフトスキルを併せ持つことで、その時々に必要なハードスキルを活用しながらリーダーシップを発揮できる人材が育つと、田村教授は考えている。
 参加者は、ワークショップで答えのない問いに向き合った。最初は緊張した面持ちだったが、課題に真剣に取り組む中で、次第に肩の力が抜け、自分の考えを積極的に発言する姿が見られるようになった。さいたま市教育委員会の上田誠治主席管理主事は次のように語る。
 「学習も、スポーツと同じように1回の練習でスキルが身につくものではなく、練習を重ねることが大事です。今日はその第一歩として、『社会ではこんな力が必要なのか』という気づきが得られたことが大きな成果だと感じています」

7.リーダーシップに必要な資質・能力を教員にも育てたい

慶應義塾大学 田村次朗 教授
 ワークショップを通した生徒の姿について、田村教授は次のように語る。
 「小中高と常に評価されながら生きてきた高校生が、正解が分からない問いにぶつかった時に黙ってしまうのは仕方ありません。ワークショップでも、最初は恐る恐る話す姿が見られました。しかし、対話をする中で、一人ひとりに居場所があり、その中でリーダーシップを発揮するためには、特定のスキルが求められることに気づいた生徒も多かったようです」
 今回、保護者も参加し、高校生と同じようにグループをつくり、同じテーマで話し合った。高校生と保護者が同じ体験をすることで、教育効果が一層高まることも期待している。
「既に社会に出ている保護者は、高校生以上にソフトスキルの大切さを実感されたに違いありません。そうした考えを持って、我が子の成長を支援してほしいと考えています。帰宅後に、食卓を囲みながら今日話し合ったテーマを改めて意見を述べ合い、考えを広げてもらえると、うれしいですね」(上田主席管理主事)
 さいたま市教育委員会では、アクティブ・ラーニングの視点を取り入れた授業を展開する中で、今回のワークショップのように、対話を通して高校生の資質・能力を高めることを重視している。そのためには、教員がソフトスキルを高め、生徒一人ひとりの力を引き出すことが鍵になると言う。
「アクティブ・ラーニングの視点を取り入れた授業はもちろん、対話力は学校生活のあらゆる場面で発揮されるものです。学校教育を通して対話力を伸ばすために、今回のような内容の教員研修を実施し、まず教員がリーダーシップを発揮して学びをつくり上げられる力を高めることも目指します」(田邉主席指導主事)

プロフィール

田邉 広昭 たなべ ひろあき

さいたま市教育委員会学校教育部高校教育課主席指導主事 兼高校教育係長

上田 誠治 うえだ せいじ

さいたま市教育委員会学校教育部高校教育課主席管理主事

田村 次朗 たむら じろう

慶應義塾大学法学部教授。ハーバードロースクール修士課程修了。慶応義塾大学大学院法学研究科民事法学専攻博士課程学位取得。アメリカ企業公共政策研究所研究員、アメリカ上院議員事務所客員研究員などを歴任。