2019/09/20

【学びの場づくり】子ども自身の気づきや学びを大切にした教育活動で、主体的に学びに向かう姿勢を育む(前編)

教員だけではない、様々な立場の実践者が創る"未来の学校"とはどんな形になるでしょうか。 悩み、挑戦してきた実践者の経験から、「未来の学びの場づくり」について議論を深めます。
2019.09.20 update
埼玉県宮代町立笠原小学校では、数十年前から、「主体的・対話的で深い学び」「社会に開かれた教育課程」など、次期学習指導要領でより重視される様々な理念を具体的な教育活動に結びつけて実践している。先進的な取り組みが可能となった背景には、何があるのか。また、そうした取り組みを通して、子どもたちにはどのような変容が見られるのか。前編では、校舎や周囲の環境といった学校のハード面や教科学習を中心に、白石昌孝校長に聞いた。

1.自然環境を生かし、子どもの感性を豊かにする教育活動を推進

 埼玉県東部に位置する宮代町立笠原小学校は、1981年の開校以来、「自分を創る子」の育成を学校教育目標の軸に据え、周囲に広がる豊かな自然を生かした教育活動に力を入れている。例えば、四季の移ろいを肌で感じられるよう、子どもは校舎内では基本的に裸足で過ごす。また、野菜づくりや米づくりなど、地域と連携した体験学習も積極的に行っている。そうした中で、子どもの気づきや学びを深めていきたいと、白石昌孝校長は話す。
 「自然の中には、無数の『なぜ?』があふれています。それらに直接触れることで、子ども一人ひとりが感性を豊かにし、自分の考えや価値観を持つきっかけにしてほしいという思いがあります」
 同校のスクールアイデンティティーとして位置づけられるのが、「なぜ学ぶ なにを学ぶ どう学ぶ どう生きる 考えてみよう 自分たちで」と始まる校歌の歌詞だ(写真1)。
 「本校の校歌には、子ども自身が学び方や生き方を考えることを大切にするという、教育の本質が表現されていると考えています。次期学習指導要領にうたわれた『何を学ぶか』『どのように学ぶか』『何ができるようになるか』にも通じるところがあります。40年近く前の歌詞だとは思えない、先進的な内容です」(白石校長)
写真1:「教育の本質」を表現している同校の校歌

2.「世界のどこにもない」ような、開放感にあふれた校舎

 自然と一体となり、子どもが自ら学ぶことを重視した同校の教育方針には、開校当時の同町長である齋藤甲馬氏の自然観や人間観が強く反映されている。校歌も、齋藤町長の主導で制定されたという。
 同町は、1955年に百間村と須賀村が合併して発足し、百間村の姫宮神社と須賀村の身代神社という、ともに由緒ある神社から一字ずつ取って命名された。初代町長に就任したのが、百間村の村長だった齋藤氏だ。齋藤町長は1982年に亡くなるまで在任し、「世界のどこにもないまちを創る」をモットーに、東武伊勢崎線が町内を縦断しているという交通の利を生かしながら、自然と都市を融合させた街づくりを推進していった。
 70年代に入ると、同町は都心への通勤者のベッドタウンとして地域人口が増加し、同校の設置が認可された。同校の設置にあたって齋藤町長が打ち出した3つのコンセプトが、「学校はまち」「教室はすまい」「学校は思い出」だ。それらを形にすべく、齋藤町長は、「五感に訴える」「自然を受けとめ、自然を楽しむ」などから成る「7つの原則」を掲げる建築家のグループ「象設計集団」に同校の設計を依頼し、「世界のどこにもない」ような、2階建ての校舎を完成させた(写真2)。
 校舎の特色の1つは、開放感にあふれた空間設計にある。例えば、教室は天井が高く、広々としている(写真3)。また、校舎は中庭を囲うようにコの字型をしており、中庭に面して設置された廊下には外壁が設けられていないため(写真4、5)、晴れた日の休み時間には、1階の教室で学ぶ子どもたちが裸足のまま、樹木や草花がたくさん植えられた中庭に駆け出していくという。
 「各教室には、中庭から戻ってきたら手や足を洗えるように流しや、子ども同士が落ち着いて話ができるように談話室も併設されています。そうしたところに、『教室はすまい』というコンセプトが具現化されていると感じています」(白石校長)
写真2:同校創立のコンセプトの1つ「教室はすまい」の表れか、
同校の校舎には、学年ごとに昇降口が設けられている
写真3:1階の教室。床から天井までは、2.5mほどある
写真4:1階の廊下。雨や雪の日でも、子どもは裸足で廊下を行き来する
写真5:2階の廊下。中庭を一望できる

3.子どもたちが楽しみながら学べる環境を敷地全域に整備

 校舎には、休み時間や放課後などに、子どもが楽しみながら学べるようにするための工夫も随所に施されている。具体的には、校舎内のあちらこちらの柱には、ことわざや交通標語、47都道府県の名称などが刻まれ(写真6)、廊下の壁や天井には、昆虫や星座などが彫り込まれている(写真7)。さらに、2階の廊下の手すりには、大きな木製の玉が取りつけられており(写真8)、低学年次にはそれを算盤に見立てて遊ぶ子どもも少なくないという。子どもが学校を知り、遊びや学びに活用できる場所を見つけられるよう、1年次の1学期には、子どもがグループになって校舎内を歩き、自分が面白いと感じる場所などを探す活動「学校探検」を行っている。
 「中庭で木登りや隠れん坊などをする子どもも多く、本校では、敷地全域が学習や生活、そして遊びの場となります。近年の発達心理学や教育学などの研究で明らかになっているように、遊びと学びには密接な相関があります。両者をつなげた教育活動をしやすい環境が整備されていることは、本校の大きな強みです」(白石校長)
写真6:校舎内のほぼすべての柱には、何らかの言葉が彫られている。
写真7:遊び心にあふれた、2階の廊下の天井。トンボが彫られているところもある
写真8:2階の廊下の手すりには、木製の球体がつけられている

4.「考えてみよう 自分たちで」を実践する教科学習

 そうした特色ある環境を生かし、教科学習では、教室の外へ出る場面を積極的に設けている。例えば、1・2年次の生活科の授業では、春〜秋にかけて、中庭や、学校周辺の自然などで生き物探しを行っている(写真9)。入学当初は控えめだった子どもも次第に慣れていき、トカゲやバッタなど、十数分間で様々な生き物を虫かごに入れる子どもが目立つようになるという。教師は、子どもが生き物を観察した後、捕まえた生き物をどうするか、子どもに考えさせる時間を設けている。
 教師が指示するのは簡単ですが、それでは子どもの学びが深まりません。本校では、校歌にある『考えてみよう 自分たちで』を実践しています。すると、当初は『家に持って帰る』と言っていた子どもも、捕まえた生き物を中庭に放しに行きます。命の大切さに気づいているのだと実感します。また、子どもの自然への関心を高められるよう、『総合的な学習の時間』などでは、環境問題に詳しい人を講師として招き、生き物の多様性や地球温暖化などについての講話をしてもらっています」(白石校長)
 校舎内の数か所には池が設置され(写真10)、金魚やメダカなどの魚を飼ったり、季節によって様々な水草を栽培したりしている。そこで、各学年の理科の授業などでは、それらの観察を取り入れることが多い。また、校舎の2階には菜園が2か所に設けられており、全学年で野菜や草花を栽培中だ。1つめの菜園では、2年生がナスやキュウリ、トマトといった野菜を育てている。グループで話し合って育てる野菜を決め、毎日世話をしている。2つめの菜園は理科室の近くにあり、各学年の理科の授業を中心に、そこで栽培した草花を観察や実験に積極的に活用している。
 「自分で育てた野菜や草花であれば、子どもの関心は大きくなります。それらを授業に用いることで、子どもは学習内容により前向きに取り組めます」(白石校長)
 学校教育においてイノベーション教育を広めたいと考えている松波所長は、新しい価値を生む方法論を学ぶ意義を次のように語る。
 「今後、AIが様々な場面で活用されることになると予測されます。人間にしかできないことは、クリエイティブなことである、と考えています。正解のない問題に取り組み、新たな問いを生むことが重要になることは間違いありません。イノベーション教育は、今後ますます必要になると考えています」
 林先生は、育てたい生徒像を次のように語った。
 「失敗を失敗だと捉えずに、成長の糧として前に進んでゆく人を育成したいと考えています。それは、探究学習に限らず、教科学習や進路についても同様です。自分に何ができて、足りないものは何か、次に生かせることは何であるのかという常に先を見通せるマインドを身につければ、どのような社会においても活躍できるのではないでしょうか」
写真9:主に田植えや畑での植物栽培、ザリガニ釣りに行く時に用いる通用口
写真10:2階に設置された池、通称「校長池」

5.異学年交流の中で創意工夫を重ねる子どもたち

 齋藤町長による同校のコンセプトの1つである「学校はまち」は、多様な他者と交流できる「まちのような学校をつくる」という意味だといわれている。そこで、学校全体で行う行事では、各学年混合の班「ドリームグループ」を編成している。例えば、6月の「全校遠足」では、事前にグループごとに集会を設定。グループ内での交流を深めるとともに、全校遠足についての話し合いを行い、「バスや電車の中で騒がない」「ゴミはゴミ箱に捨てる」といったマナーや、「勝手な行動をしない」といったルールなどを6年生が下級生に伝える。遠足当日も、グループでの行動が基本だ。「ドリームグループ」のねらいを、白石校長はこう述べる。
 「教師が子どもたちを信頼し、『手を放す』ことで、上級生は、下級生の手本になろうとする意識を強めます。実際、高学年の子どもは、準備段階からリーダーシップを発揮しています。中・低学年の子どもは、そうした上級生の姿に刺激を受け、『自分も頑張ろう』と意欲的になれるようです。当日の行動にもまとまりができ、『集団行動の大切さを学ぶ』という全校遠足の大きなめあてを達成できています」
 11月中旬の土曜日には、学校公開として「笠原まつり」が実施され、出し物を「ドリームグループ」ごとに企画し、くじ引きやクイズなど、様々な催しを行っている(写真11)。
 「『笠原まつり』には、子どもたちや保護者、地域の人たちがたくさん参加します。皆が楽しめるように、各グループが工夫しながら企画を練り上げていきます。6年生だけではなく、どの子どもも積極的に活動しており、グループが一丸となって取り組んでいると感じます」(白石校長)
写真11:「笠原まつり」では、太鼓クラブによる太鼓の演奏発表や、
1・2生による御輿かつぎなども行われる
(後編に続く)