2019/05/22
【学びの場づくり】「対話力」を育成してリーダーシップを発揮できる生徒を育てる(1)
2019.05.22 update
これからの時代は、体系的な知識・技能である「ハードスキル」とともに、それを活用する人間関係の技能となる「ソフトスキル」が重要になる。そうした趣旨の下、2018年12月、さいたま市教育委員会主催、ベネッセ企画協力によるワークショップ「ハーバード×慶應流 交渉学入門 ~コミュニケーション力の高め方~」が開催された。講師は、慶應義塾大学法学部の田村次朗教授、東京富士大学経営学部長の隅田浩司教授が務めた。ワークショップの模様を紹介する。
本ページのコンテンツ 5~7の内容はコチラ
1.リーダーシップの発揮には「ソフトスキル」の育成が不可欠
慶應義塾大学 田村次朗教授
ワークショップには、さいたま市立浦和高校、さいたま市立浦和南高校、さいたま市立大宮北高校の3校を中心に、約20人の生徒と一部の保護者が参加した。冒頭、田村教授は、ソフトスキル(人間関係の技能)の持つ意味とその大切さを解説。まず、「会話」と「対話」の違いについて、対立を避けて相手に合わせることが「会話」であり、「対話」は対立を前提として意見の違いを乗り越え問題解決に取り組んでいくことだと説明した(図)。
「そもそも、世の中の大半のことは対立を前提に話し合う必要があります。意見の相違を受け止めて乗り越えないと前に進めないと気づくことが、ワークショップの目標の1つです」(田村教授)
「会話」と「対話」の違いについて
対話力は、リーダーシップを発揮するために不可欠だ。田村教授とハーバード大学の共同研究によれば、リーダーに求められる多くの資質・能力のうち、上位2つはソフトスキルである対話力と交渉力だった。
「この2つを身につけるとリーダーシップが発揮されますが、それだけでは足りません。数学的な考え方を身につけたり、歴史から学んだり、いわゆる体系的な知識や技能であるハードスキルを学ぶことで、ソフトスキルが一層発揮されるのです」(田村教授)
田村教授によるソフトスキルの説明
ワークショップでは対話力に焦点を絞り、3〜4人のグループで協働して、対話力を実感することを目指した。
「他者の考えを引き出せたら、自分の考えはさらに高まります。自分はできるからと他者の話を聞かなければ、それ以上の成長はなく、その人はリーダー失格です。今日はそれを意識して、一人ひとりがリーダーシップを発揮する対話をつくり上げてください」、と田村教授は参加者に伝えた。
2.議論の論点を示すことでリーダーシップを発揮する
東京富士大学 隅田 浩司教授
グループのメンバーは皆、初対面で、まずアイスブレイクにための自己紹介を行った。ファシリテーターは隅田教授が務めた。
「多くの参加者が、初対面の相手に合わせて話すことは難しいと感じたと思います。実は、『会話』は難しいのです。ワークショップを通じて、相手と違うことを前提として『対話』する方が簡単だと実感してもらうことも、ねらいの1つです」(隅田教授)
続いて、課題のテキストが配布された。その内容は、「遺伝子操作によって、望みの容姿や知能を持つ赤ちゃんを授かることが当たり前になった近未来の社会。若い夫婦が産婦人科を訪れ、様々なオーダーを行った」
夫婦と医者の会話を読み、一人ひとりで考えた後、グループで意見を出し合った。あるグループでは次のような考えが出された。
「遺伝子操作に頼り、子育ての努力をしないのは無責任ではないか」
「科学の力で優れた人をつくるのは納得がいかない」
「思い描く自分に近付く努力が必要ないと、人間はどうなるだろう」
「誰もが理想の容姿だったら、そもそも理想とは言えないのでは」
「科学の力で優れた人をつくるのは納得がいかない」
「思い描く自分に近付く努力が必要ないと、人間はどうなるだろう」
「誰もが理想の容姿だったら、そもそも理想とは言えないのでは」
話し合いを受けて、隅田教授は次のように解説した。
「自分と異なる意見が出されると、多くの人は『自分が間違っているのか』と居心地の悪さを感じます。しかし、見方を変えれば、新しい視点をもらったということです。『その考えは面白いですね。詳しく聞かせてください』という発想を持つことが、対話では極めて大切です」
そして、自由に意見を出し合う状態から、次第に議論の視点を定めることの重要性を述べた。
「『この視点で話し合おう』という論点(イシュー)が示されると、一気に議論しやすくなります。そうした論点を見つけて、提案する能力があると、対話をリードできます。つまり、リーダーシップとは、自分の考えを押し通すのではなく、参加者の潜在能力を引き出すことなのです」(隅田教授)
3.様々な関係者の視点を持つことで議論が活性化
次に、論点を定める方法の1つとして、ストーリーに関連する人物をできるだけ多く出す課題に取り組んだ。
まずグループで出し合った後、メンバーの1人が別のグループに移動。自分のグループで出た人物を伝え合い、考えを広げていった。各グループの代表者による全体発表では、「夫婦の両親」「友人・知人」「検査機関」「遺伝子操作の研究者」など、多様な関係者が出された。
「グループ間の交流によって、自分の考えが広がることが実感できたでしょう。できるだけ多くの人の意見を聞くことが、対話では大切です。また、皆さんが行った活動は、『利害関係者分析』といって、社会科学や人文科学の研究で欠かせない手法です。これを行うことで、多様な視点が得られます」(隅田教授)
隅田教授による説明
グループワークを行い、様々な関係者の視点を持つことで、次第に意見が多様化していく様子が見られた。
「もし自分だけ自然に生まれてきたら、『どうしてやってくれなかったのか』と親をうらむかもしれない」
「夫婦自身が望まないとしても、夫婦の両親からのプレッシャーもあるだろう」
「親としては、我が子だけ何もしないと虐められる心配をするかもしれない」
「夫婦自身が望まないとしても、夫婦の両親からのプレッシャーもあるだろう」
「親としては、我が子だけ何もしないと虐められる心配をするかもしれない」
隅田教授は各グループの議論に耳を傾けながら、「そのように考える理由を考えることが、対話のポイントです」「どこまでなら感覚的に許容できるか、議論するとよいかもしれません」など、話し合いを活性化させる手法を示した。
あるグループでは、メンバーから「病気を予防するために遺伝子操作をするのはよいと思うが、単に優秀でありたいためにするのはよくない」という意見が出ると、「納得できる」「なるほど」などと他のメンバーが賛同し、議論が前進する様子も見られた。
4.授業や部活動などの話し合いでリーダーとして活躍するために
2つめの課題は、「アメリカで銀行強盗が押し入り、居合わせた客の頭に銃を突きつけ、300万ドルを出さないと撃つと予告。銀行は支払いを拒否し、強盗は発砲して客は死亡した。後日、遺族から銀行は客の安全を守る義務を怠ったと訴えられたが、銀行は、支払っていたらお金が欲しければ銀行強盗をすればよいということになると反論。陪審員に選ばれたとして、どちらの主張を認めるか」という内容だった。
まず一人ひとりで考えた後、グループで議論し、各自が最終的な評決を下した。各グループでは、これまでに学んだ視点の広げ方などを生かし、1つめの課題より格段に多くの意見が交わされていた。
「銀行はやるべきことをやった。遺族は感情論と思える」
「銀行強盗の被害を広げないためには、銀行の主張はもっともだと思う」
「もし銀行の関係者が人質だったら、同じ結果になっていただろうか」
「銀行の主張も一理あるが、遺族からすると、ただやりきれない」
「補償の金額にもよる」
「銀行強盗の被害を広げないためには、銀行の主張はもっともだと思う」
「もし銀行の関係者が人質だったら、同じ結果になっていただろうか」
「銀行の主張も一理あるが、遺族からすると、ただやりきれない」
「補償の金額にもよる」
隅田教授は、「関係者をリストアップしましたか」「すぐに結論を出そうとするのは危ない傾向ですね」など、様々に声をかけ、意見交換を促した。最後に、全員が挙手で評決を表すと、銀行の主張を認めた者は8割となった。
最後に、田村教授が解説とまとめを行った。
「法律では、問題解決の方法が大きく分けて2つあります。さかのぼって問題を解決する『訴求アプローチ』と、将来に向けて問題を解決する『インセンティブアプローチ』です。この事例は実際にあったもので、裁判所はインセンティブアプローチを採り、銀行の主張を認めました。もちろん賛否両論でしたが、その考え方はテロリストへの対応にも共通するものです」(田村教授)
田村教授によるまとめ
生徒は、社会に出ると、ワークショップで取り組んだような答えがない問いと対峙することになる。田村教授は、高校生の今から、そのトレーニングを積むことの大切さと、その際に求められる心構えを語った。
「ハードスキル中心ので、答えがあることに慣れ過ぎると、答えがない問いに対して、自分の考えに自信を持てずに黙ってしまう姿が見られます。まずは、失敗を恐れずに自分の考えを出すことが出発点です。今日、皆さんはその一歩を踏み出しました。授業や部活動などで話し合いを行う時、今日学んだことを生かしてリーダーシップを発揮することで、自身の対話力などのソフトスキルがますます磨かれていくでしょう」(田村教授)
参加者は、初めて出合う問いに難しさを感じつつ、充実した時間を過ごし、大きな気づきを得たようだ。事後アンケートでは次のような声が寄せられた。
「対話と会話の違いを学び、対話力と交渉力がリーダーシップに重要だということを学んだ」(生徒)
「グループで話し合い、考えを言い合ったことで、いろんな人の視点で考えることや、人によって考えることが全く違ったことを学べた」(生徒)
「会話と対話の違いが理解でき、リーダーシップというものの本当の意味と役割が分かった。自分の仕事にも活かせる」(保護者)
「最初から批判・否定せず、すべての意見をテーブルにのせることの大切さを感じた」(保護者)
「グループで話し合い、考えを言い合ったことで、いろんな人の視点で考えることや、人によって考えることが全く違ったことを学べた」(生徒)
「会話と対話の違いが理解でき、リーダーシップというものの本当の意味と役割が分かった。自分の仕事にも活かせる」(保護者)
「最初から批判・否定せず、すべての意見をテーブルにのせることの大切さを感じた」(保護者)
プロフィール
田村 次朗
■経歴慶應義塾大学法学部教授。ハーバードロースクール修士課程修了。慶応義塾大学大学院法学研究科民事法学専攻博士課程学位取得。アメリカ企業公共政策研究所研究員、アメリカ上院議員事務所客員研究員などを歴任。
隅田 浩司
■経歴東京富士大学経営学部長・教授。慶応義塾大学グローバルリサーチインスティテュート客員上席研究員。慶応MCC客員コンサルタントなどを歴任。