2016/12/19
「発達障害のある人たちの就労に関わる問題」 北海道芽室町 プロジェクトめむろ編【後編】
「誰もが当たり前に働いて生きていける町創り/仕組み創り」を目指し、北海道芽室町の町役場が中心となって始まった「プロジェクトめむろ」。「北海道芽室町 プロジェクトめむろ編【後編】」では、プロジェクトの中核事業である「九神ファームめむろ」の概要やそこで働く人々の様子、さらにプロジェクトの今後の展望についてご紹介します。
目指すのは、誰もが当たり前に働いて生きていける町
「誰もが当たり前に働いて生きていける町を目指して」という理念のもとに立ち上がった「プロジェクトめむろ」。「九神ファームめむろ」とは、このプロジェクトの中核事業である、就労継続支援A型事業のことだ。事業の運営は、2012年にプロジェクトめむろ推進のため設立された株式会社九神ファームめむろが行っている。九神ファームめむろ全体では、現在21名のサービス利用従業員が働いている(2016年4月時点)。そのうち19名が知的障害のある従業員、2名が発達障害のある従業員だ。
九神ファームめむろ 嵐山工場の外観。施設奥では、拡張工事が進められている
芽室町の中心街から車で15分ほど走ると、周囲を豊かな自然に囲まれた場所に、九神ファームめむろの嵐山工場がある。嵐山工場では農業と農作物の一次加工をしており、障害のある人が従業員として勤務し、各種作業を担当している。勤務時間は9時半から5時(※)。ほとんどの従業員が自宅までの送迎バスを利用して工場に通う。
特徴的なのは、その給与額。国が公表しているA型事業所の平均工賃(賃金)が66,412円(2014年度)なのに対し、九神ファームめむろでは月約11万円の給与を支払っている。その理由を、株式会社九神ファームめむろのサービス管理責任者である古御堂由香さんはつぎのように説明してくれた。「プロジェクトめむろのコンセプトは『働いて生きていく』。ただ働くだけではなくて、生きていくだけのお給料を稼げるということが重要です。」
(株)九神ファームめむろ サービス管理責任者 古御堂由香氏
障害のある人が芽室町で自立して生きていくには、自分で月10万円は稼ぐ必要がある。「プロジェクトめむろ」は発足時から、それだけの給料を支払うことのできるビジネスを展開していくことを目標としてきた。
※7.5時間勤務。内休憩1時間で、実働6.5時間
プロジェクトめむろの成功要因
現在、九神ファームめむろの嵐山工場ではジャガイモの加工がメイン作業のひとつとなっている。ここで栽培・加工しているジャガイモは、(株)九神ファームめむろの出資企業である(株)クック・チャムと(株)クックチャムプラスシーが全量買取りを行っている。プロジェクトめむろは、出資企業候補を探すにあたり「障害者雇用実績のある会社」という条件のほかに、「本プロジェクトにより利益を生むことのできる企業」という条件も掲げていた。なぜなら、企業側にメリットがなければ、プロジェクトを継続・拡大していくことは難しいからだ。その点、クック・チャム側には芽室町と組むことで明確なメリットがあった。芽室町の位置する「十勝平野」に自社農園を持てる、というメリットだ。
農場で農作業をする様子
農園で何を栽培するかは、「何を作れば通年買取りをしてもらえるか」という視点で検討された。その結果が、ジャガイモだ。ジャガイモは、カレーライスにも肉じゃがにも、コロッケにもポテトサラダにも入っている。ジャガイモであれば一年中さまざまなお惣菜に利用できるので、年間を通してクック・チャムで全量買取りができるめどがあった。つまり、九神ファームが年間を通して担える仕事を作れるのだ。
古御堂さんはこう説明する。「プロジェクトめむろは、芽室町で育った障害のある子たちが働く場所がほしいという町長の思いから始まっています。しかし、企業を誘致する以上、企業側にメリットがなければ誘致もうまくいかないし、プロジェクトも成功しないということはわかっていました。」だからこそ、芽室のおいしい野菜を使うことで事業メリットを得られるクック・チャムのプロジェクト参画によってプロジェクトが軌道に乗った。
九神ファームの栽培量では足りない分のジャガイモは、JAめむろが代わりに納品をしている。こうした仕組みがあるからこそ、クック・チャムも安心して九神ファームを取引先にできる。さらに価格メリットもあった。プロジェクト開始時に試算をしたところ、芽室町でジャガイモを加工し輸送をした方が、それまで仕入れていた他県の商社からの仕入れよりも安かったのだ。味が良くて、仕入れコストも問題なし、「十勝産」という付加価値もつく。ビジネスとしてのメリットが十分あることを見込んだうえで、プロジェクトはスタートした。
九神ファームめむろの「働いて生きていく」ための仕事
九神ファームめむろで働く障害者には、月給で約11万円のお給料を支払う。逆算すると週5日、1日6時間以上は働いてもらわらないと、この額の給料は出せない。つまり九神ファームめむろで働けるのは、一定の時間や日数、仕事ができる人になる。その理由を古御堂さんはこう説明する。「お金のことは考えずに『働く』ということだけであれば、その人のニーズに合わせて1日2時間だけ働いたり、週に3日という働き方もありますよね。けれど、そういう働き方がよい人は九神ファームで働かなくてもいいよね、と思うのです。」
障害の程度や内容によっては、長時間労働や毎日職場に来ることができない人もいるし、本人や家族の意思で短時間勤務を希望するケースもある。そうした人は、芽室町内やその近隣地域にある短時間就労のできる事業所で働く方が向いている場合もあると、古御堂さんは話す。九神ファームめむろはあくまでも「障害者が働いて、自立可能な収入を得て生きていく」ことを実践するための就労支援の場として、プロジェクト内に位置付けられている。
働くことの喜びと、成長のある職場
加工処理の終わったジャガイモ。袋ごとボイルするだけでお惣菜に使える
九神ファームめむろでの作業の様子を見せてもらった。作業場と事務室の間はガラスで仕切られており、作業場での仕事を見学しやすいオープンファクトリーのつくりになっている。 ジャガイモの加工作業は、次のように進む。
皮むき ⇒ 芽とり ⇒ カット ⇒ 計量・袋詰め ⇒ 真空処理 ⇒ 蒸す ⇒ 冷やす
このように加工することで、おいしいジャガイモを惣菜店で袋ごとボイルするだけで使える状態になる。加工したジャガイモは、全国に70店舗以上あるクック・チャムの全惣菜店で使われるほか、芽室町内にあるコミュニティレストランであり障害者雇用の場でもある「ばぁばのお昼ごはん」でも使われている。
大量のジャガイモを加工するには、作業効率を上げていかなければならないが、従業員の手際はよく、ジャガイモの皮がどんどんむかれていく。「立ちっぱなしで毎日この作業をするので、決して楽な職場ではありません」と古御堂さんは言う。
ジャガイモの皮むきをする従業員たち(写真上)カット済みのジャガイモを計量し、袋詰めする従業員(写真下)
見学中、従業員たちは黙々と、時に談笑しながらも、手は休めることなく作業をしている様子だった。けれど、ここまでくるには各人にいろんな葛藤があったと古御堂さんは話す。
「仕事を続けるなかでは、辛い思いをすることもたくさんあります。悔しくて泣いてる子や、怒って相手にビンタをしてしまう子もいるんです。でも、悔しい思いをしても、それ以上に働くことで得られる喜びを感じたり、成長を求める子が多いです。」
工場設立の際には、障害者に刃物を持たせることを不安視する声もあったという。けれど障害のある従業員たちは、最初こそ手つきはおぼつかなかったものの、皮むきやカットの技術をどんどん身につけ、今では健常者も追いつかないようなスピードで、ケガもなく作業をしている。
働くことで変わる
古御堂さんは、ジャガイモの皮をむいている、ある男性についてのエピソードを語ってくれた。「彼は中学、高校の6年間、ずっと引きこもっていたんです。人としゃべるのが苦手で、自分の考えをうまく伝えられなくて、発達障害という診断を受けて精神障害者保健福祉手帳の3級を持ちました。九神ファームに来るようになってから、働いて貯めたお給料で運転免許をとり、今は自分で車を運転してここまで通勤しています。」
彼は2015年の4月に、福祉サービスの利用者という立場から支援員(※)へと引き上げられた。当初は他の支援員も、彼に支援員としてどこまで仕事を任せられるか不安だったという。しかし、同年6月の嵐山工場の開所式に、思い切って「従業員代表のあいさつをしてくれないか?」と頼んだときの彼の言葉を、古御堂さんは今でも覚えている。「『今までそういうことから逃げてきたけど、やってみようと思う』と彼が言ってくれたんです。彼に『なんで支援員になろうと思ったの?』と聞いたら、『自分をここまで成長させてくれたのはこの会社だから、この会社に恩返しがしたいと思うから』とも答えてくれました」と、古御堂さんは嬉しそうに話す。
障害のある従業員の方たちに、アンケート形式で「九神ファームめむろの仕事を通して、学んだことや得たものはありますか?」という質問をしてみたところ、次のような答えを返してくれた。
- 友達ができた、仕事に必要な計算をおぼえた。考える力がついた。(23歳)
- 中途半端にしないって事を学びました(29歳)
- 実習生が来た時、ちゃんと優しく接することが出来た。友達が出来た。(19歳)
※サービス利用者は就労継続A型という福祉サービスの利用者であるため、国から(株)九神ファームめむろに訓練等給付費が支給されている。支援員は(株)九神ファームめむろに社員として雇用されており、訓練等給付費は支給されていない。本原稿では、サービス利用者と支援員を併せて「従業員」としている。
ここに来れば仲間がいる、ロールモデルがある
九神ファームで仕事をするなかで、従業員一人ひとりがさまざまな壁を乗り越えていく。その結果、ここで働き続けられたことが彼らの大きな自信になる。「がんばって作業しているのに『お前作業が遅い』と言われて泣くこともありますが、悔しい思いをするからこそ成長できるのだと思います」と古御堂さんは話す。
さらに、彼らを成長させるのが仲間の存在だ。職場に新しくやってきた従業員にとっては、数年先に入った先輩たちが一生懸命仕事をして、一般就労にステップアップをしている見本もあるので、「そこに追いつきたい、自分もああいうふうになりたい」という憧れが生まれる。ロールモデルの存在は、貴重だ。
障害があるという共通点を仲間と分かち合える点も重要だ。企業に一般就労したのち、九神ファームめむろで働くことになった精神障害者保健福祉手帳を持つ発達障害の男の子に、古御堂さんは「知的障害のある子たちと一緒に働くの、嫌じゃないの?」と聞いたことがあるという。その子は「全然そんなことない。ここの人たちは質問したらわかりやすく教えてくれる。作業前にちゃんとやり方を教えてくれる」と話してくれたそうだ。彼は一般就労していたときに、「何回同じこと言わせるの?」「それ、さっきも言っただろ?」と何度も言われてきた。ここではそういうことはなく、わかるまで何度でも教えてくれるので安心して働くことができるという。
就業の場を広げたい
九神ファームめむろができた頃は、芽室町内で障害者が10万円を超える給料をもらえる仕事は、ここか役場の臨時職員ぐらいだった。けれど九神ファームめむろに見学に来て、障害があってもこれだけ働ける従業員の姿を目の当たりにした企業担当者から、最近は「九神ファームめむろで働いている子たちに、うちの会社に来て働いてほしい」という声があがってきているという。九神ファームめむろが目指すひとつのゴールは、障害者が九神ファームめむろでの就労を経て、一般企業へと就労すること。彼らが芽室町内でより自分が望む働き方を得られるよう、一般就労の事例をどんどん作っていきたいと考えている。
九神ファームめむろにおける9つの神様(キーセクション)
障害者本人、福祉、教育機関、町、町民、家族、お客様、企業、土地の恵
障害者本人、福祉、教育機関、町、町民、家族、お客様、企業、土地の恵
従業員たちの意識も高い。「彼らは、今は他の福祉施設で自分たちよりも低い収入で働いている子たちや、高等養護学校・特別支援学校の後輩たちに、自分たちが九神ファームを卒業して場所を空けてあげなきゃと言うんです」と、古御堂さんは教えてくれた。彼らの多くが最初からそうした意識を持っていたわけではない。作業を毎日繰り返すことで、できないことができるようになり、その結果自分に自信を持てるようになって成長実感を得る。後輩にも自分と同じような経験をさせてあげたいから、「まずは自分が一般就労したい、ステップアップしたい」という声が聞こえてくるという。
プロジェクトは、次のステージへ
芽室町内にある、「ばぁばのお昼ごはん」外観(写真上)と店内(写真下)。障害者雇用の場としてだけでなく、地産地消のコミュニティレストランとしての役割も担う
九神ファームめむろの就労継続支援A型事業は、プロジェクトめむろの第1歩。プロジェクトは「誰もが当たり前に働いて生きていける町創り/仕組み創り」という目的のもと、多様な展開を進めている。
現時点で実現しているのは、「ばぁばのお昼ごはん」という外食事業と、九神ファームめむろの向かいにある国民宿舎と連携した就労キャリア教育事業。現在、農作業体験の現場となる予定の農地を、嵐山工場の裏手に整備中だ。そして将来的にぜひ実現させたいのが、働いて生きていく障害者のための生活支援だと古御堂さんは話す。「たくさんの規則に従って生活するような施設ではなく、10万円を自分で働いて稼ぐ彼らが、誇りを持って暮らせるような生活の場づくり。彼らが自力ではできないところだけに私たちが手を貸すような、そういう生活支援をしたいなと思っています。」
課題はない。成果は子どもたちの姿
プロジェクトめむろの発起人ともいえる芽室町の宮西義憲町長に、本プロジェクトの課題について聞いてみると、「私は今、課題って一つもないと思ってるんですよ。課題はどんどん解決できてきているから」という答えが返ってきた。
芽室町 宮西義憲町長
一方で成果も聞いてみると、「私たち行政の目から見た成果は、何より就労して、子どもたちが見せてくれた姿。自信を持った子どもたちの姿です」と話してくれた。
「子どもたちは働くことで、人生観の多様性が増しました。働きだす前はほとんどの子が家に引きこもっていたけれど、その子たちが今はどんどん働いて、実績を残してくれている。だから『ばぁばのお昼ごはん』も始められた。彼らは農業もできるし、その加工所でも働けるし、お店でも働けた。働く多様性が彼らの手で開発されたわけですよね。そう考えれば、これはすごいことじゃないですか。」
プロジェクトめむろを始めて3年目に、2人の障害者が一般就労を果たした。そのうちの1人は、宮西さんが教育長だった頃、事務室の横を通って図書館に通っていた女の子。彼女はまずは九神ファームめむろのサービス利用者として2年間働き、その後九神ファームめむろの支援員になった。そして今は、芽室町町役場の臨時職員として働いている。その後も九神ファームめむろの従業員が一般就労する事例は継続的に増えており、プロジェクトの成果は確実に積み上がっている。九神ファームめむろは工場を増築し、他県の特別支援学校の修学旅行を芽室町の国民宿舎へ誘致して実習に参加してもらうという話も進んでいる。
就労定着支援や障害者の生活の場の整備、障害者雇用の職域開拓・理解促進のための企業説明会や企業訪問実施の構想も、具体化に向けて進行中。プロジェクトめむろは、「誰もが当たり前に働いて生きていける町を目指して」前進し続けている。これらを実現したのは、これまで懸命に道を探ってきた宮西町長や町役場の職員たち、プロジェクトを見守る町民たち、そして何より、芽室町で働いて生きている障害者たちだ。
Editor’s Eye
第2回の「JA共済総合研究所 濱田健司主任研究員編」で農福連携について紹介した。農福連携とは農業サイドと福祉サイドの課題を解決しながら、地域の課題をも解決しうる取り組みだが、「プロジェクトめむろ」はまさに、地域全体を変えていくことに成功している事例だ。
なぜプロジェクトがうまくいっているのか。成功要因は記事内でもいくつか紹介しているが、「障害のあるなしにかかわらず誰もが教育や就労の機会を得る権利があり、障害者にも多様な就労の場が必要だ」という問題意識が共有できているという点も、非常に重要なのではないだろうか。
障害者本人やその家族が抱えていた問題。それを正面から受け止め、「社会問題」として取り組む必要性を訴えた宮西町長。役場職員やプロジェクト関係者もその問題意識を共有しており、町民にもその意識は広まりつつある。そして、問題に対して本気で取り組む思いと行動力がパートナーとの出会いを作り、ビジネス視点を持った民間組織との協業、何より就労機会を得た障害者たちの成長の喜びと責任感が成果を生み、プロジェクトの発展を支えている。
【企画制作協力】(株)エデュテイメントプラネット 山藤諭子、柳田善弘
【取材協力】芽室町 宮西義憲町長、芽室町役場保健福祉課、(株)九神ファームめむろサービス管理責任者 古御堂由香氏
【取材協力】芽室町 宮西義憲町長、芽室町役場保健福祉課、(株)九神ファームめむろサービス管理責任者 古御堂由香氏