2016/11/02

「発達障害のある人たちの就労に関わる問題」 JA共済総合研究所 濱田健司主任研究員編【前編】

 本テーマのフォーラム第2回目は、「農福連携」(農業と福祉の連携)というかたちで発達障害を含む障害者の社会参画に取り組んでいる、JA共済総合研究所主任研究員の濱田健司氏にお話を伺いました。
 前編では、濱田さんが農福連携に深く携わるようになった経緯や、農福連携の意義、また障害者と共に働くことで得られることなどをご紹介します。

障害者の低賃金という社会課題

JA共済総合研究所主任研究員 濱田健司氏
 濱田さんが「農業と福祉の連携」に関わることになったのは、あるきっかけがあった。2006年頃に障害者の就労訓練を実施している社会福祉法人から「障害者たちの賃金を上げてほしい」という相談があったのだ。「その施設を訪問して、『ひと月の賃金はいくらなんですか』と聞いたら、12,000円だと言われたんです。その瞬間に、何を言っているのかと頭が凍りつきました」と、濱田さんはそのときのことを話す。
 厚生労働省が公開している2014年度の就労継続支援A型事業所(※)利用者1人あたりの平均工賃(賃金)月額は66,412円で、B型事業所(※)では同14,838円となっている。2006年度のB型事業所の平均工賃(賃金)は12,222円だったことからみても、濱田さんが聞いた12,000円という工賃(賃金)は、決して珍しい金額ではなかったことがわかる。
2014年度平均工賃(賃金)
【出典】厚生労働省「平成26年度平均工賃(賃金)月額の実績」
 作業内容や作業時間の違いはあるにせよ、一般の就労者と比べれば、障害者が働いて得られる工賃(賃金)は低いと言わざるをえない。この現状を目の当たりにして「何とかしなければ」との思いに駆られた濱田さんは、農福連携の研究を始めた。「僕はJA共済という、農協のいわゆる保険部門の研究所で働いているので、障害者の賃金アップと農業とを結び付けてみたらどうだろうと思って、それで農福連携というコンセプトを考えました。」
※就労継続支援A型事業所、B型事業所…両事業所とも、通常の事業所に雇用されることが困難な人に対し、就労の機会の提供及び生産活動の機会の提供、その他の就労に必要な知識及び能力の向上のために必要な訓練等の支援を行う施設である。A型が「雇用契約に基づく就労が可能である者」を対象にしているのに対し、B型は「雇用契約に基づく就労が困難である者」を対象としている点が異なる。

農福連携とは何か

 それまでも福祉の現場に治療やレクリエーションを目的として「農」を取り入れる活動は各地で行われてきたが、濱田さんが「農福連携」というキーワードでこの分野の研究を始めた頃は、「農福連携」の実例はそこまで多くなかったという。しかしながらここ数年、「農福連携」への関心は急速に高まっている。2015年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2015」、いわゆる骨太の方針のなかにも、農福連携を示す文章が入った。
経済財政運営と改革の基本方針2015 2.女性活躍、教育再生をはじめとする多様な人材力の発揮 から一部抜粋
 「農福連携」というのは、世の中に広まっている一般的な意味としては、障害者が農業分野で就労する、もしくは就労訓練をすることだ。しかし、これは農福連携の一面を表しているに過ぎない。濱田さんの著書『農福連携の「里マチ」づくり』には、農福連携について次のような説明がある。

"現在の「農福連携」は、障がい者が地域の農業に就労などを通じて積極的にかかわることで農業を活性化するもの、そして地域をも変えようとするものになりつつある。"
濱田健司著 『農福連携の「里マチ」づくり』 P.54より
 この説明にあるとおり、農福連携は単なる農業政策でも、福祉政策でもない。それは、「農業サイドと福祉サイドのそれぞれの課題を解決することにもつながる、各地域に根差した新しい取り組み」だと濱田さんは説明する。

農福連携が解決する、2つの社会問題

 農福連携への関心が各方面で高まっている理由のひとつは、前述のとおり農福連携が農業サイドと福祉サイドそれぞれの課題解決の可能性を持っているからだ。
 現在農業サイドには農業就業者の高齢化や、後継者不足という問題があり、その深刻度は年々増している。2015年4月に農林水産省は『食料・農業・農村基本計画の概要~食料・農業・農村 これからの10年~』のなかで、2013年度時点で39%だった食料自給率(カロリーベース)を2025年度までに45%に引き上げる方針を打ち出している。
 けれど現実をみれば、「(食料自給率を上げようとしても)そもそも担い手がいないじゃないかという事態になっている」と濱田さんは話す。さらに日本の農業就業人口の平均年齢は66.4歳で、65 歳以上が占める割合は63.5%(2015年2月時点)。農業就業者の年代構成をみれば、これから数年をかけて農業就業人口がどんどん減っていくだろうと、容易に想像がつく。
障害程度別、就業希望の有無別身体障害者不就労者の状況
調査対象は不就業者、無回答は非表示
【出典】厚生労働省「身体障害者、知的障害者及び精神障害者就業実態調査の調査結果について」(2008)
 一方で福祉サイドに目を向けると、15歳以上64歳以下の身体障害のある人のうち、働いている人は4割程度で、就業していない人は多い。しかし就業していない身体障害者に聞いたアンケートでは、約6割の人に就業希望がある。この2つの状況を前に、濱田さんはこう話す。「就労人口が減って働き手の欲しい農業サイドと、働きたい障害者たちのいる福祉サイド。この2つをマッチングしてみたらどうかと考えました。」

全国で生まれる、さまざまな農福連携の事例

 「農」と「福」のそれぞれの問題解決を目指して始まった「農福連携」の動きは全国各地に広がりつつあり、事例も増えてきている。しかしながら、農福連携には唯一の成功パターンがあるわけではなく、多様な事例があるし、そうならざるをえないと濱田さんはいう。なぜなら、農福連携とは「地域によって抱える問題、課題が違う。また、地域によって農福連携の主体も違うから、いろいろなかたちの事例を作ることができるはず」だからだ。
 たとえば、現在農福連携が進んでいるという香川県では、NPO法人が主体となり農作業請負のマッチングを行うことで、農業サイドと福祉サイドの連携が進む仕組みが機能している。北海道芽室町の「プロジェクトめむろ」 のように、自治体をあげて農福連携に取り組んでいる事例もある。
 どの事例をみても、始まる経緯や地域・当事者たちの抱える課題、解決方法としての農福連携の取り組みにはその地域の特徴が反映されている。一方で、農福連携がきちんと課題解決につながるために重要な共通点として、「稼ぐ農業」を目指す、というものがある。農業できちんとした収入が得られなければ、そこで働く障害者が正当な報酬を得ることもできないし、働き続けていくこともできなくなってしまうためだ。

農福連携 成功のカギ

 濱田さんは、全国各地でさまざまな「農福連携」の事例を調査し、また相談にものってきた。その経験から「実際に取り組みを始めると、想像もしていなかったサポートの手が上がり、農福連携が実現していく事例は多い」という実感がある。一方で農福連携を立ち上げ、かつ円滑に進めていくには、いくつかのポイントもある。濱田さんいわく、「農福連携という仕組みづくりにおいては、福祉施設と農家をマッチングする人が必要不可欠。そして障害者や福祉施設のスタッフに農作業を指導する人も必要」だという。
 農福連携を成功させるカギは、「さまざまな分野の専門家を巻き込んでいくこと」だと濱田さんは話す。農業の専門家だけではない。障害者とのコミュニケーションに長けている人や、地域とのつながりを生かし橋渡しとなってくれる人も関わってくれると心強い。さらに、近年農福連携に関する相談が増えるなかで、濱田さんがお願いしていることがあるという。それは、障害者施設に作業を委託するときに、農家の要望に最初から完璧には応えられない可能性が高いということへの農家側の理解と、障害者のスキルが上がるまで一緒に働くサポートスタッフの配備だ。
 農福連携への理解と共感を醸成するために、障害者と一緒に働いてみるという経験が広がることも必要だ。「農福連携を始めた頃は『障害者に農業はできない』という人が大半でしたが、障害者が農場で働く現場を実際に見てもらうと、それが偏見だったことに多くの人が気づきます」と濱田さんは言う。そして、実際に障害者と一緒に働くと、一緒に働くことで得られるものが多くあることに気づかされるという。

障害のある人と共に働くということ

 濱田さんが、興味深い調査結果を紹介してくれた。2016年8月に中央畜産会が行った、全国の畜産経営体を対象にした障害者雇用に関するアンケートによると、調査対象となった経営体の半数以上が障害者を雇った経験がなく、そのうちの56%は雇用を「考えていない」と答えた。一方で、すでに障害者を雇用している経営体からは「障害者の雇用を増やしたい」との声が多かったそうだ。
 この調査からもその一端が伺えるように、実際に障害者雇用をしてみると「雇ってよかった」「一緒に働けてよかった」という声が現場から上がる、というケースを濱田さんはたくさん見てきた。よくあるのは、職場に障害のある人がいることで、他の従業員が優しくなり、その結果職場の雰囲気が明るくなったという事例だ。障害者のなかには、他者の情動に敏感な人が多い。悪意のある発言や行為に敏感に反応してしまう障害者に配慮しようとして、他の従業員が優しくなるのだと濱田さんは説明する。
 障害者が職場にいてくれたおかげで、仕事の効率が上がったという事例もある。「たとえば障害者が失敗したときに、その人がなぜ失敗したのか、次はどうすればいいのかをクリアにしていけば、同じ失敗を防ぐことができるんです。そういうことを繰り返していくと、健常者も仕事がしやすくなります。」障害のある人が同じ失敗をしないで済むように、情報共有のあり方や仕事の進め方、職場の動線や配置などを見直す。そうすることで、障害のない社員も働きやすい職場になるのだという。
 全国各地で障害者雇用の現場を見てきた濱田さんにとって、障害者は「いろいろなことを学ばせてくれる存在」だ。「今、組織のなかで病んでいる人が増えているというけれど、多くの組織では病んでしまったほうに責任がある、原因があるとされることもありますよね。でも、病んでしまった人たちは『そういう組織にしてはだめだ』ということを周囲に示唆しているのかもしれない。本当に問題視すべきは、病んでしまった人を生んだ職場にあるのではないか」と濱田さんは考えている。
 後編では、農福連携の現場やそこで働く人たちの様子を具体的に紹介するとともに、濱田さんの描く「農福連携の未来像」についても紹介する。

<濱田健司氏 プロフィール>

JA共済総合研究所主任研究員。農林水産省農林水産政策研究所客員研究員などを務める。
農水、厚労両省を橋渡しするなど農福連携の最前線で活躍。日本各地で講演し、農福連携の先を見据え、新たな「里マチ」づくりへと結びつく農福商工連携の可能性を求めて奮闘中。
【企画制作協力】(株)エデュテイメントプラネット 山藤諭子、柳田善弘、水野昌也
【取材協力】JA共済総合研究所主任研究員 濱田健司氏