2024/10/08

理工系進路の男女差を生み出すメカニズムの相対的な重要性

激しい社会変化のなかで、子どもの生活や学びもどのように変化しているのか。
その変化を多面的、継続的に捉えるために、ベネッセ教育総合研究所と東京大学社会科学研究所は共同研究プロジェクトを立ち上げました。そこで実施された調査の結果データを、いま多くの研究者たちが分析しています。本プロジェクトデータから得られた洞察と仮説をもとに、社会課題の解決の糸口を模索しています。
研究論文には書ききれなかった思いと展望を、研究者自身が伝えます。
豊永 耕平

豊永 耕平

近畿大学総合社会学部・講師。博士(教育学)。 専門は、教育社会学・社会階層論。立教大学社会学部・助教を経て、2023年4月より現職。
学歴・教育は人びとにどのような影響をもたらしている(もたらしていない)のか、そうした学歴の獲得や、実際の進路選択のプロセスにはどのような格差・不平等が生じているのかを、社会調査データの計量分析を主なアプローチとしながら研究している。量的研究と質的研究をうまく組み合わせて議論する混合研究法にも関心がある。
著書に『学歴獲得の不平等:親子の進路選択と社会階層』勁草書房(2023年)、主要論文に「高学歴化・経済変動と学歴:上層ホワイトカラー入職に対する学歴効果の変容」『教育社会学研究』103集(2018年)がある。

1.問題設定

 高学歴化が進んで大学進学率が上昇しても、全世界的に男性と比べて女性は理工系分野に少ないことはよく知られている(OECD 2023)。大学進学率の上昇は、性別専攻分離と呼ばれる専攻分野の男女差を伴うため、結果的に性別職域分離という労働市場で参入する職域の男女間不平等に貢献してしまう(Shauman 2006)。そのため、いかなる理由によって男性と比べて女性は理工系を選択しにくいのかを探求することは、非常に重要な課題である。
 男性と比べて女性が理工系を選択しにくく、その一方で女性と比べて男性が理工系を選択しやすいという理工系進路の男女差が、どのような要因によって生じているかに関しては膨大な議論の蓄積がある(Buchmann et al. 2008)。あらゆる要因を包括的に論じることは難しいが、ひとつの代表的な説明枠組みは、理数系の学力要因に何らかの男女差があるのではないかという「アカデミック・パイプライン」による説明である。とはいえ、理数系能力に生じている男女差はほとんどないか、仮に存在してもごくわずかで、理工系進路に生じている大きな男女差を説明するには小さすぎることが知られている(Xie & Shauman, 2003)。客観的な学力スコアの男女差というよりも、どちらかといえば、主観的な学力の自己認知の男女差の方が重要である。具体的には、男性と比べて女性は自分の数学的能力を悲観的に評価しやすく、その一方で女性と比べて男性は自分の数学的能力に自信を持ちやすい(Correll, 2001)。日本の文脈でも、客観的な算数の成績には男女差はほとんどないものの、それでも男子と比べて女子は数学が嫌いになりやすいことや(伊佐・知念 2014)、男子と比べて女子は自分の数学学力に悲観的になりやすいことが明らかにされている(古田 2016)。
 もう一つの重要な説明枠組みは、理工系に関連した職業要因に何らかの男女差があるのではないかという「ドリーム・パイプライン」による説明である。Morgan et al.(2013)は教育格差に関する議論では、将来的になりたい職業やキャリアを考えて進路選択するというように、職業希望やキャリア展望がしばしば重要な変数になるにもかかわらず、それらは理工系進路の男女差に関する議論では十分に考慮されていないことを問題視し、将来的になりたい職業の男女差によって理工系進路の男女差を半分くらい説明できると主張している。同様にアメリカの研究であるWeeden et al.(2020)も、将来的になりたい職業の男女差によって理工系進路の男女差を30%程度は説明できるものの、それと比べると学力スコアや学力の自己認知はそれほど大きな説明力を持たないことを報告している。このように、少なくとも日本国外の既存研究では「アカデミック・パイプライン」よりも「ドリーム・パイプライン」の方が相対的に重要であることが指摘されており、ジェンダーフリーなキャリア教育の充実といったようなインプリケーションがしばしば提示されることになる。
 それでは、日本の文脈でも「ドリーム・パイプライン」の方が相対的に重要なのだろうか。日本の既存研究は個別具体的なメカニズムに焦点を当てても、それらの相対的な重要性は十分には議論してこなかった。そのため、理数系の学力自己認知や教科選好に男女差があることは確かだとしても(伊佐・知念 2014, 古田 2016など)、それらが理工系進路の男女差にどれくらい寄与するのかは必ずしも明らかではないといえる。そこで本稿は、既存研究が注目してきた学力要因に加え、日本国外の既存研究が重要性を指摘する職業要因も考慮することで理工系進路の男女差がどれくらい説明できるのかを日本の文脈で追加検証する。なお、本稿の詳細な議論や分析についてはToyonaga(2024)を参照されたい。

2.分析結果

 分析には、「子どもの生活と学びに関する親子調査」のwave1(2015年)〜wave 7(2021年)のデータを使用する。このパネル調査データは、高校3年生の3月時点に回答した「高校生活と進路に関する調査」によって高校卒業後の進路を把握できると同時に、自分の将来や文理選択に悩むことが多い高校1年生当時の様子なども独立変数として活用することができる。従属変数は高校卒業後の理工系学部への進学である。そうした理工系進路に生じている男女差を、高校1年生当時の理数系の学力自己認知と教科選好の男女差、将来的になりたい職業の男女差がどれくらい説明するのかを吟味する。
 図1には、将来的になりたい職業の男女差を示した。すべての学年の結果を示すと煩雑になるため、ここでは小学4年生と中学3年生の集計結果を示した。これをみると、小学4年から中学3年にかけて「将来の夢がない」という未定の割合が男女ともに急増することがわかる。具体的には、小学生の段階では男女ともにスポーツ選手・デザイナーというような専門職(その他)が占める割合が相対的に多いが、中学生になると専門職(その他)を希望する割合は大幅に減少し、それだけ将来の夢がない男女が大多数になってしまう。このように、そもそも将来的になりたい職業がないという子どもが大多数であるため、技術者などの理系専門職になりたいと考える中学3年男子は7.3%くらいなのに対し、中学3年女子は4.3%くらいであり、理工系に関連した「将来の夢」に男女差がないわけではないが、それほど大きくはないことが確認できる。分析結果の掲載は省略するが、こうした傾向は高校に入学してからもほとんど同じで、「将来の夢がない」ことが日本の子どもの特徴といえる。
図1:小学校4年生と中学校3年生の「将来的になりたい職業」の男女差
 それでは、こうした「ドリーム・パイプライン」によって理工系進路の男女差はどれくらい説明されるのだろうか。図2には、文系学部への進学と比べた理工系学部への進学確率に対する性別の限界効果と95%信頼区間をプロットした。理数系教科の学力自己認知、教科選好の男女差、将来的になりたい職業を追加投入することで、理工系進路の男女差がどれくらい説明されるのかを吟味することができる。
 まず「ベースライン」を確認すると、男性と比べると女性は理工系学部に進学する確率が0.214くらい低いことがわかる。こうした総効果が将来的になりたい職業の男女差によってどれくらい説明されるのかが焦点になるわけだが、理数系の学力自己認知を追加投入すると-0.147まで、教科選好を追加投入すると-0.111まで男女格差が縮小する。前者の説明力を計算すると約31%であるのに対し(=(0.214-0.147)÷0.214)、後者の説明力は約48%である(=(0.214-0.111)÷0.214)。それとは対照的に、先述した「将来の夢」を追加投入しても男女差はほとんど縮小しない(0.214→0.213)。このことは、日本の場合には「ドリーム・パイプライン」の説明力が相対的に小さいことを意味している。他方で、すべての要因を投入した「フルモデル」をみると-0.097まで男女差は縮小し、学力要因と職業要因によって約54%は理工系進路の男女差を説明できる。しかし、このことは、それらのメカニズムだけでは、残りの約46%は説明しきれないという重要な結果も示唆している。
図2:男性と比べて女性が理工系大学に進学する確率

3.結果の考察

 本稿では、理工系進路に生じている男女差が、「アカデミック・パイプライン」と「ドリーム・パイプライン」のいずれのメカニズムによって説明されるのかを検証してきた。その結果、アメリカなどの日本国外の既存研究では、後者のメカニズムの相対的な重要性が強調されてきたこととは対照的に(Weeden et al. 2020など)、日本の場合には前者のメカニズムが相対的には重要であることが明らかになった。日本の場合には将来的になりたい職業がない子どもが多く、そのことが「ドリーム・パイプライン」の相対的な説明力を低くしていたのである。さらに日本の場合には、高校内部の文理のコース分けに代表されるように、相対的に早い時期に進学先の学部を決定し、その入学試験の準備をすることが求められる。こうした文脈では、男女ともに将来的な職業を見通して専攻分野を選択することが相対的に難しくなると同時に、それだけ理数系学力に対する自己評価が重要になるのだと理解できる。Uchikoshi(2022)も述べるように、入試制度それ自体が男女格差に貢献している側面もあることを見逃してはならない。とはいえ、既存研究が注目してきた学力要因と職業要因だけでは残りの約46%は説明しきれないことも事実である。理工系進路に生じている男女差をいかなる要因が説明するのかに関する理論的・実証的なさらなる検討が必要である。

参考文献

  • Buchmann, Claudia, Thomas A. DiPrete, and Anne McDaniel. 2008. “Gender Inequalities in Education.” Annual Review of Sociology 34(1):319–37. doi: 10.1146/annurev.soc.34.040507.134719.
  • Correll, Shelley J. 2001. “Gender and the Career Choice Process: The Role of Biased Self‐Assessments.” American Journal of Sociology 106(6):1691–1730. doi: 10.1086/321299.
  • 古田和久, 2016, 「学業的自己概念の形成におけるジェンダーと学校環境の影響」『教育学研究』83(1):13-25。
  • 伊佐夏実・知念渉, 2014, 「理系科目における学力と意欲のジェンダー差」『日本労働研究雑誌』648:84-93。
  • Morgan, Stephen L., Dafna Gelbgiser, and Kim A. Weeden. 2013. “Feeding the Pipeline: Gender, Occupational Plans, and College Major Selection.” Social Science Research 42(4):989–1005. doi: 10.1016/j.ssresearch.2013.03.008.
  • OECD 2023, Education at a Glance 2023: OECD Indicators, OECD Publishing, Paris, https://doi.org/10.1787/e13bef63-en.
  • Shauman, Kimberlee A. 2006. “Occupational Sex Segregation and the Earnings of Occupations: What Causes the Link among College-Educated Workers?” Social Science Research 35(3):577–619. doi: 10.1016/j.ssresearch.2004.12.001.
  • Toyonaga, Kohei., 2024, “Exploring Pathways to Gender Inequality in STEM Choices: Insights from the Embedded Mechanism in the Japanese Context” CSRDA Discussion Paper No.88.
  • Uchikoshi, Fumiya, 2022, “Exam-Retaking as a Source of Gender Stratification: The Case of Female Underrepresentation in Selective Colleges in Japan” CSRDA Discussion Paper No.31.
  • Weeden, Kim A., Dafna Gelbgiser, and Stephen L. Morgan. 2020. “Pipeline Dreams: Occupational Plans and Gender Differences in STEM Major Persistence and Completion.” Sociology of Education 93(4):297–314. doi: 10.1177/0038040720928484.
  • Xie, Yu, Shauman, Kimberlee A., 2003. Women in Science: Career Processes and Outcomes. Harvard University Press, Cambridge.