2015/08/28

シリーズ 未来の学校 第6回 | 鳥取県智頭町の教育イノベーション、地域と共生する保護者がつくる「森のようちえん」[7/7]

子どもも親も成長できる喜び

 鳥取の取材から約1か月後、東京駅近くの「移住・交流情報ガーデン」で開催された、森のようちえん「まるたんぼう」と「すぎぼっくり」の出張説明会で西村さんに再会した。
 会場には、森のようちえんに興味のある人や、子育てのための移住を検討している家族などが集まっていた。西村さん自身、東京で生まれ育ち、結婚後に鳥取市内へ移転、さらにそこから智頭町に移住した経験をもつので、移住する際の不安はよくわかる。
出張説明会で話す西村さん
出張説明会で話す西村さん
 「移住する前は、受け入れてもらえるかなあという心配はありました。でも、実際に地域の会合などへ積極的に参加すると、徐々に地元の人たちと打ち解けていくのを感じました。
 また、地元の人たちから、移住者が増えて、子どもたちの元気な様子が見られて嬉しいという話も聞かれるようになりました。
 私は移住して人生が変わり、家族ともどもすごく幸せです。移住を検討している方々には、この素晴らしい環境の中で、一緒に子育てする仲間になっていただきたいですね」と西村さん。
 ちなみに西村さんは、翌日には首相官邸で首相夫人が主催する勉強会に招かれ、翌月には石破地方創生担当大臣と共にパネルディスカッションのパネリストを務める予定だ。いま、日本の教育全体に大きな波が来ていることを彼女自身が強く感じている。

町を一緒につくりたい人に来てほしい

 説明会の質疑応答で、「移住した場合、仕事はあるのか」という旨の質問が出た。西村さんは、仕事を具体的に斡旋することには消極的だ。
 なぜなら、恵まれた自然を生かしたり、過疎だからこそ新しい事業をつくったりして、智頭町でやれることはたくさんあるからだ。移住する人は、移住先に仕事を求めるのではなく、移住先で何ができるのかを考え、主体的に行動することが大切だ。
 実際この町には、冒頭でも伝えた麻の栽培をする人やパン屋を開く人、農業を始める人、フリーランスの自営業の人など、イノベーティブな移住者たちが集まってきている。
 ふと、町長の寺谷さんの一言を思い出した。
 「知恵者が集まって知恵を出して、責任をもつ人間が『それをやろう』と決断すれば、名も無き町でもトップランナーになれます。鍵になるのは、外からの風ですよ」

編集後記

 小さな町で生まれたばかりの森のようちえんには、日本社会の課題を解決できるヒントと希望がたくさん詰まっていた。そう思えた理由は大きくは3つある。

① 投資効果が高い幼児期教育に着目していること

 貴重な国家財源を今後どのような分野に重点投下すべきかと考えるとき、OECDが2001年から開始した幼児期教育を強化推進するStarting Strongプロジェクトや、ノーベル経済学賞の受賞者でもあるJ・ヘックマンが発表した論文を想起する。「就学前の時期は、IQを高めるためにも重要な学習意欲、努力や忍耐といった非認知スキルが最も効果的に身につく」という内容だ。さらに身体を動かすことが脳の発達に良い影響を与えるということも最近わかってきている。森のように毎日まったく違う表情を見せる多様性の中で、自己と他者、それらを包含する世界を日々感じながら、心と体を育める環境は1つの理想形と言える。

② 誰もが集まりやすい学校を起点にしていること

 学校は誰もが通った経験のある場所。そういう学校づくりに、地域活性化の成功要因としてよく言われる「よそ者・若者・バカ者」が集まったこと。よそ者は、まるたんぼう代表の西村さんや移住してくる多様な人たち。若者は、山ちゃんや洋ちゃんのようによそ者とも一緒に頑張る人たち。そして、既成概念をぶち壊しつつも責任は取ると言うバカ者(ゴメンナサイ!)は間違いなく寺谷町長だ。この三者が揃うことが実は難しい。しかし奇跡ではない、意志があればできる。

③ 住民が地域に対して役割を持てていること

 社会の要請でもある次期学習指導要領の要諦を簡潔に言えば、「自ら考える」「社会に開く(協働する)」学校教育である。すなわち、このキーワードは学校のみならず、日本社会にも必要とされているものである。智頭町のようにリーダーが腹をくくり、住民に役割や責任を与えると、住民たちは奮い立ち、アイデアを出し、自ら行動するようになる。行政は諸々の活動促進と調整に徹すればいい。この「住民」を「生徒」と置き換えれば、いま学校がしなければならないことが見えてくる。
 地方創生においても、住民主体の社会基盤の再構築が求められるであろう。もし、その枠組みの中心に位置付けられる学校があるとすれば、それはきっと未来の学校だ。

ベネッセ教育総合研究所 ウェブサイト・BERD編集長 石坂 貴明

石坂貴明
アメリカでホテル開発に従事後、ベネッセコーポレーションへ移籍。ベネッセ初のIRT(項目反応理論)採点の検定試験を開発、社会人向け通信教育(ニューライフゼミ)事業ユニット長、在宅主婦ネットワークによる法務サービス事業責任者等、主に新規事業に多く関わる。その後、移住・交流推進機構(JOIN)に出向し、総括参事として総務省「地域おこし協力隊」等を立ち上げる。教育テスト研究センター(CRET)事務局長を経て、2013年より現職。主に、「シリーズ・未来の学校」、「SHIFT」、「CO-BO」、「まなびのかたち」をプロデュース。 グローバル人材のローカルな活躍、日本の伝統と学びのデザインに関心。

写真集「智頭町 森のようちえん まるたんぼう」

 設立から5年間、子どもたちが晴れた日も、風の日も、雨の日も、雪の日も自然の中を毎日元気よく遊ぶ様子を撮り続けた写真の中から厳選した写真集。子どもたちに毎日寄り添う保育士だからこそ撮れる写真の数々は、子どもたちのありのままの姿を写し出す。興味のある方は、まるたんぼうのHPから。
http://marutanbou.org/