母親、父親、子どもの発達を家族システムの観点から検討する ~第34回日本発達学会自主シンポジウム報告 話題提供
【話題提供1】
「乳幼児の生活と育ち」研究プロジェクトのパネル調査について
高岡純子●たかおか・じゅんこ
ベネッセ教育総合研究所 主席研究員
乳幼児領域を中心に、子ども、保護者、園を対象とした意識や実態の調査研究、乳幼児とメディアの研究などを担当。近年担当した調査は、「幼児期から小学生の家庭教育調査」(2011年~2018年)、「第2回乳幼児の親子のメディア活用調査」(2017年)など。
サンプルの属性の特徴を踏まえた、調査結果の解釈が必要
本調査の目的は、少子化や待機児童の解消、保護者の就業率の増加といった社会変化において、乳幼児の生活と発達、子育てに対する保護者の意識と行動を把握することです。特に乳幼児の発達プロセス、乳幼児の発達と親の関わりと環境による影響、乳幼児の親が育つプロセスの3点を明らかにしたいと考えています。
そこで、同一個人(世帯)を継続して調査してきました。子どもの「母親(またはそれに代わる方)」と「父親(またはそれに代わる方)」を対象に、2017年から毎年8〜9月に実施しています。サンプル規模は、2016年度生まれの0歳児を持つ母親・父親3,205組で、現在、0歳から5歳までの6年分のデータを収集しています。5歳までの発送数・回収数・回収率・サンプル数は下記の通りです(図1)。
図1 t0~t5の発送数・回収数・回収率・サンプル数
主な調査項目は、子どもの気質や生活や子どもの発達、親のウェル・ビーイング等、親の養育行動や生活、基本属性などです。6年間継続して同じ項目もあれば、特定の年のみの項目、内容を変化させている項目もあります。2020年以降は、コロナ禍の子育て生活の変化を把握するための項目を加えました。
本調査の課題は、3つあると捉えています。1つめは、サンプルの属性の偏りです。子どもの性別や出生順位の偏りは小さいのですが、保護者の学歴は元々高く、サンプル脱落により5回継続のモニターは、第1回に比べて、四大卒以上の比率が母親で3.5ポイント、父親で6.2ポイント高い状況です(表1)。結果の解釈は、このような点に留意して慎重に解釈する必要があると考えられます。
表1 サンプル脱落と属性変化
2つめは、子どもを対象とした調査の試みが必要である点です。子どもの発達に関しては、主に母親が回答しています。今後は、子どもの生の声を聞き取るなど、子どもを対象とした調査を行い、母親・父親の回答との関連性の把握も試みたいと考えています。
3つめは、パネルデータの収集と管理の負荷軽減です。モニターを維持するための試みや縦断データの管理、データクリーニングなど、パネルデータの収集と管理には多くの負荷がかかります。効率的に調査運営を行うための仕組みづくりや工夫を繰り返すことが、大規模縦断調査の維持には不可欠です。今回のようにデータ収集・管理の方法を公開して意見をいただき、縦断調査の充実を図っていきたいと考えています。
【話題提供2】
養育者の幸福度と配偶者との関係性が子どもの発達に及ぼす縦断的影響
江見桐子●えみ・きりこ
東京大学大学院教育学研究科・日本学術振興会
専門は、教育発達心理学。子どもの他者感情の認知による援助行動の促進機能を、親子関係や校内での立ち位置といった視点から研究している。
2022年より「乳幼児と生活と育ち」研究プロジェクトに参加。
親の幸福度や夫婦の関係性が、子どもの発達に影響を及ぼす
母親・父親が育児に気を配るあまり、養育者自身のケアや配偶者と良好な関係を継続しようという気持ちがおろそかになっているのではないかという疑問があります。実際、未成年の子どもを持つ夫婦の離婚率は、近年増えつつあり(厚生労働省、2018)、特に母親は、産後にメンタルヘルスの不調をきたしやすく、うつ病などの精神疾患を患う養育者は増加傾向にあります(厚生労働省、2019)。心的健康がよくない養育者に育てられた子どもは、自己概念や社会的適応の発達が低く(Anderson、2014)、それは成人後も影響するとされています(Kamis、2020)。
そこで、養育者の幸福度や夫婦関係の良好さによって、子どもの心身の発達は促進されるのかという問いを立てました(図1)。
図1 問題
本調査で得られたペアデータのうち、 2017年から2021年までに配偶者と居住していた主養育者と副養育者が、評定した幸福度と抑うつについての項目を分析対象とし、同じく養育者が評定した子どもの身体・運動発達、気質、非認知スキル、認知スキル、アタッチメント安定得点への影響を測定しました。また、配偶者との関係性の媒介効果についても検討しました。
その結果、良好な夫婦関係(気質)を媒介とした母親の心的状態が良好であるほど、子どもの発達にポジティブに影響することがわかりました。また、夫婦関係を媒介しない場合でも、母親の心的状態が良好であれば、子どもの発達にポジティブに影響しており、子どものアタッチメントにポジティブに影響していることが調査結果から見えてきました。
養育者自身、特に母親の⼼的状態をケアすることが、⼦どもの⼼⾝の発達につながる可能性があるといえます。父親の影響が少なかったのは、従属変数が母親の回答だったからもしれません。また、母親の心的状態が安定しているほど、セキュア(安定型)なアタッチメント、非認知的発達、認知的発達にポジティブに影響していました。ただ、特に母親の考えている夫婦関係の良好さが、子どもの心身の発達につながるとは限らないということも、調査結果の分析から明らかになりました。
夫婦関係に未観測の媒介変数が子どもの発達への影響に作用している可能性もあり、今後はその検討が必要だと考えています(図2)。
図2 考察
【話題提供3】
父親の育児時間と夫婦関係、及び母親・父親の心理的変数との縦断的な関連
大久保圭介●おおくぼ・けいすけ
東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター特任助教
博士(教育学)。専門は、教育心理学・発達心理学。アタッチメント理論の視座から、親子関係や夫婦関係などの二者関係におけるケアギビングの機能と発達について研究している。2018年より「乳幼児の生活と育ち」研究プロジェクトに参加。
父親の育児時間の量と夫婦関係は双方向的に影響する?
現在、共働き世帯が一般的になっていますが、女性よりも男性の方が育児時間は短く、父親の育児参加に高い関心が持たれています。先行研究では、夫婦関係が父親の育児時間に影響する一つの要因として想定されています。ただ、夫婦関係が良好だから育児に関わるということに加えて、父親が育児に関わることもまた夫婦関係がよくなるきっかけであると感じています。
そこで、子どもが0歳児から5歳児までの合計6時点の父母縦断データを用いて、同じ時点における夫婦関係と父親の育児時間の相関、異なる時点間の関連、6時点における変化の仕方の関連の3つを分析しました。
図1 話題提供の目的
同じ時点における夫婦関係と父親育児時間の相関を見てみると、それほど大きな影響がないことがわかりました。次に,異なる時点間の関連,具体的には1時点後の夫婦関係もしくは育児時間との関連を見てみると、4時点目(4歳児)の母親が感じる夫婦関係のよさが、5時点目の父親育児時間に影響していること、5時点目(5歳児)の父親の平日における育児時間が、6時点目の母親が感じる夫婦関係のよさに影響していることが示されました。
図2 父親の育児時間と夫婦関係の良好さの関連
一方、乳児期(0〜2歳)には、幼児期のような有意な関連が見られませんでした。単純に子どもの年齢による違いなのか、あるいは3〜5時点目はコロナ禍で生活様式が変わった可能性があることなどの理由が想定されますが、今後のさらなる分析が必要と言えます。
次に、育児時間や夫婦関係が、時間的にどのように変化するのか、そして、その変化の仕方同士の関連を分析しました。父親の平日・休日の育児時間の推移を見ると、1時点目から6時点目において、どちらも山なりに変化していました。続いて、夫婦関係について、先行研究ではなだらかに悪化していくことが明らかになっていますが、今回の調査でもわずかですが、1時点目から6時点目までなだらかに下がっていました。それらの調査結果を用いて、父親の育児時間と夫婦関係がどのように関連しているか分析すると、最初の時点で父親の育児参加量が多ければ、その後、母親が感じる夫婦関係の良好さの減少が少しなだらかになることがわかりました(図3上段)。
図3 男性の育児時間の変化の仕方と夫婦関係の変化の仕方同士の関連
女性の早期復帰や挙児希望の増加につながるとして、政策的にも父親の育児参加の向上が推し進められています。その観点からも、父親育児時間に何が寄与するのかを明らかにすることは重要であり、継続して研究を進めていきます。
【話題提供4】
第2子誕生に伴う家庭の縦断的変化と第2子誕生の背景要因の検討
則近千尋●のりちか・ちひろ
東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター 特任研究員
感情制御を中心に、子どもがネガティブな感情(怒り・不安など)を経験した時の親子間の会話について研究している。2022年より「乳幼児の生活と育ち」研究プロジェクトに参加
第2子誕生には、良好な夫婦関係と家事分担が背景要因に
きょうだいが増え、家族構成が変化することは、親にとっても、子どもにとっても一大ライフイベントです。そこで、「きょうだいが増え、家族構成が変化する」経験は、家庭にどのような影響があり、父親・母親の負担感や夫婦関係にどんな変化があるのか、きょうだいが増えた家庭とそうでない家庭に違いはあるのかについて検討しました。
まず、第2子が誕生し、母親と父親の養育や夫婦関係にどのような変化があったのかを見ていきました。ここでは、調査対象となっているお子さんが第1子であり、かつ、①第1子が2~3歳の時点で第2子が誕生し、以降ふたりきょうだいのご家庭、②6時点をとおしてひとりっこのご家庭、のみを分析の対象としています。調査項目は、平日と休日の子育て時間、子育て否定感・肯定感、育児援助要請(子育てで困ったときがあったとき周囲に援助をもとめられる等)、家事の分担、夫婦関係です。きょうだいがいる家庭とひとりっ子家庭を比較したところ、きょうだいがいる家庭では第2⼦誕⽣後に、⺟親・⽗親の⼦育て否定感の増加、⺟親の⼦育て肯定感の減少などが見られました。それらの結果から、第2子誕生に伴い、家事・育児に関して、親が困難を経験する機会が増えた可能性が見えてきました。
一方、第2⼦誕⽣以前の段階で、ふたりきょうだい家庭とひとりっ子家庭と差のあった項目もあります(図1)。
図1 母親・父親の養育と夫婦関係の変化
具体的には、第2⼦誕⽣以前の段階で、ふたりきょうだい家庭の方が「夫婦で家事を分担できている」や「良好な夫婦関係である」(図2)と母親が実感している割合が高いことが明らかになりました。子育てについて肯定感が強く、否定的でないことが、第2子を持つという意識に働いているのではないかと推測できます。
図2 夫婦関係(母親)
次に、第1子の変化を見ていきます。育てやすい気質については、きょうだい構成にかかわらず、時点を追うごとに母親が育てやすいと感じやすくなっていました。一方、育てにくい気質(かんしゃくを起こしやすい等)に関しては、0〜1歳時点で、ひとりっ子家庭の⽅が気難しさを感じていた傾向があり、第1子の育てにくさが、第2子誕生の背景要因の可能性であるとも考えられます。
子どもの非認知能力について調査してみると、まずふたりきょうだいの⽅が、自己主張が高いことが明らかになりました。これは、弟や妹の世話で忙しくしている親に自分の気持ちを自分から伝えたり、きょうだい間でされて嫌なことは嫌と伝えたりする機会が多くなったためだと考えられます。また、差はわずかですが、第1子が4〜5歳時点以降の時、ふたりきょうだいの方が頑張る力(自信をもって何かに取り組む・最後までやり通す等)が高い傾向が見られました。これは、おにいちゃん・おねえちゃんになり自信がついたことや、大人からの手助けがなくても難しいことに諦めず取り組む機会が増えたからだと考えられます。ただし、これらの非認知能力のきょうだい構成間の差はわずかであり、継続的に調査してもこのような差が続くのか、さらに検討する必要があるといえます。