日本赤ちゃん学会第18回学術集会より2[3/3]
【指定討論③】
家族はいかにして家庭を形成していくのか?
秋田喜代美●あきた・きよみ
東京大学大学院教育学研究科教授。教育学研究科附属発達保育実践政策学センター(Cedep)センター長。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。 博士(教育学)。東京大学教育学部助手などを経て、現職。専門は、保育学・発達心理学・教育心理学・教師教育。学校や幼稚園・保育所という制度的教育の場での、子どもと教師・保育者の学習や発達の過程とその発達を支える社会文化的環境や活動について解明を目指している。談話などの文化的道具に着目し、子どもたちがどのように書き言葉や談話を学び、学習していくのか、また、教師は授業をどのようにデザインし、実践し、同僚と共に協働省察をしているのか、探究を続けている。著書に、『保育の心意気』(ひかりのくに)などがある。
「家族(family)」と「家庭(home)」
先日、日本では同居者のいる世帯の比率よりも、単身世帯の比率のほうが高くなっているというニュースが報じられました。小﨑准教授もおっしゃっていましたが、これは、「家族(family)」という形態が多様化していることの表れでしょう。近代は核家族の時代でしたが、今後のポスト近代では、いっそう多様な家族形態が生まれてくると思います(図12)。ただし、家族形態が多様化しても、子どもにとって、「家庭(home)」という場が形成されることの重要性は変わらないと考えられます。家庭とは、子どもの育ちにとって不可欠なものであり、親には、家庭を創ること、家庭を協働して創ることが求められます。そのため、家庭とそれを支える社会のあり方を考える必要があります。そうした考察は、本調査でも非常に重要なポイントになると考えています。
※図12:ポスト近代家族のあり方
家庭については様々な捉え方が可能です。アメリカの教育哲学者N・ノディングスは、ケアリング論によって家庭を位置づけました。そして、家庭の形成には、「私がここにいるよ」と応答してくれる身体関係や場所、他者の存在が大切であると述べ、「ニーズの表現」「ニーズの推測」「規範やルールの形成」を重視しました。家庭の規範やルールは、それぞれの家庭によって異なります。そのため、家庭における規範やルールが、夫婦関係の中で子どもの育ちとともにどのように形成されていくのか、考えていくことも重要でしょう。
母親の自由に過ごせる時間をいかに増やすか
話題提供を、私なりに振り返ります。
野澤准教授の発表で注目したいのは、配偶者との協同です。「出産後の家事・子育ての分担を配偶者と話し合った」という比率は、母親が49.1%、父親が47.1%でした。これを、多いと見るか、少ないと見るかは、判断の難しいところだと思います。妊娠期には、母親・父親ともに、理想的な子育てをイメージしがちであり、それは必ずしも悪いわけではありません。ただし、産後の生活を現実的に捉え、配偶者と家事・子育ての分担を最初に話し合っておくことは、きわめて重要です。そうした意識を醸成するために、私たちにできることを考えていく必要があります。
真田研究員の発表からは、夫婦関係におけるタイムマネジメントの重要性を感じました。特に、母親では、自由に過ごせる時間が十分に取れないことが、切実な課題になっていると思います。母親も一息ついて自由に過ごせる時間の確保は、ワーク・ライフ・バランスを満たすためにも欠かせません。そこで重要になるのが、母親に対する父親からのケアです。良好な夫婦関係を築くためには、いつ、どのようなケアをすると効果的なのかを客観的に把握できるよう、今後のデータの分析に期待しています。そうなれば、夫婦間のコミュニケーションシステムの解明にもつながると思います。
高岡室長の発表では、子育てにおいて、配偶者・親族ネットワークだけではなく、友人・地域ネットワークの存在が大切だとの指摘がありました。今後、母親・父親が各ネットワークに求める家族支援の違いや、各ネットワークの質の違いなどについての分析が進むと、母親・父親が必要とする支援もより具体的になり、いっそう興味深いデータが得られると思います。また、ワーク・ライフ・バランスのバランスにかかわるところでは、望ましい家事・育児分担のあり方は一様ではなく、母親・父親によって異なるということを忘れてはならないでしょう。質問項目との関係を見返しながら、回答者がどのようなバランスと支援を求めているのかを、今後さらに、考えていく必要があると思います。
家族形態の多様化に応じて研究を継続させていきたい
本調査のデータ分析は始まったばかりであり、今後、いっそう深めていきます。例えば、母親・父親の幸福感が変動する要因を、子どもの月齢別に見ていくといった、夫婦関係の微細なデータ分析に力を入れたいと考えています。 また、縦断研究であるため、家族システムの発達について、社会や園との関係で追う必要があると考えています。さきほどもお話ししましたが、現在は家族のあり方自体が多様化しています。今後は、園のあり方も変わっていくかもしれません。そうした変化を、研究にどう入れていくべきか、議論していく必要を感じています。
そうして正確なデータを蓄積する一方、それだけではなく、研究成果の社会への還元も積極的に行っていきたいと考えています。
【まとめと閉会】
従来の定義や枠組から自由な視点で、データの分析に力を入れていきたい
真田 島津教授がご指摘くださった調査モニターの「脱落」は、私たちも懸念しています。脱落を防ぐために、調査モニターの皆様に調査に協力してよかったと思ってもらえるようなコミュニケーションを図っていきたいと思います。そして調査を継続する中では、社会の変化を踏まえた上で、親子がともに育つための社会のあり方について新しいヒントが見つけられればと考えています。
野澤 指定討論をうかがっている中で、従来の定義や枠組にとらわれないことの重要性をあらためて感じました。今後は、そうした定義や枠組から今まで以上に自由になり、データと向き合っていきたいと考えています。
高岡 指定討論で繰り返し指摘された通り、ワーク・ライフ・バランスの取り方は様々であり、夫婦の数だけ存在すると言っても過言ではないでしょう。家族形態が多様化する中、平均値だけで語るのではなく、調査データをより細かな形で追っていきたいと考えています。
島津 私は、従来、親の視点から子どもを見るという研究に取り組んできましたが、本調査に加わり、子ども主体で親を見るようになり、日々、新たな発見や気づきがあると感じています。
小﨑 子どもにとって豊かな社会、幸福な社会を創る手伝いができるよう、本調査に微力を尽くしたいと考えています。
秋田 今まで「当たり前だ」と思われていたことであっても、関連性などをよりつぶさに検討し、新しいことを見いだし、皆様に発信していきたいと思います。また、分析した結果は、将来的には、公的なデータとして開示していく予定です。そうして、私たちの研究知見が社会全体で共有され、よりよい子育ての実現に貢献していきたいと考えています。
今回のシンポジウムは、こうして幕を下ろしました。前半の話題提供では、配偶者との協同やワーク・ライフ・バランス、子育てネットワークの活用を始めとする多様な観点から子育ての実態に迫る一方、後半の指定討論では、父親とは何か、子どもにとって家庭はどのような役割を担うのかといった根源的な問いかけがなされました。この2時間の検討が、今、求められる子育て支援のあり方を検討する上で、少しでも参考になれば幸いです。本調査は、今後もデータの分析を進め、その成果を発信していきます。ご期待ください。