2017/06/14

[第1回] 第6回学習指導基本調査をどう読むか ~学びの質的転換と新学習指導要領の課題~ [2/2]

3.確かな学力の定着を目指した取り組みと学びの質的転換

 小学校では、毎日宿題を出す教員は95%(図1)、1回あたりの宿題に要する時間はいっそう長くなり、16年には約40分に達した(図2)。中学校でも同様の傾向があり、宿題の頻度と要する時間がともに増加した(DB小中版 図3-4・3-5)。
図1 宿題の頻度<経年比較、小学校教員>
注)宿題を「週に1回くらい以下」の値は、「週に1回くらい出す」と「月に1回くらい出す」の合計値。
図2 1日あたりの宿題の時間<経年比較、小学校教員>
注1)宿題を「毎日出す」~「月に1回くらい出す」と回答した教員のみ対象。
注2)平均時間は、「15分」を15分、「1時間」を60分、「それ以上」を75分のように置き換えて無回答・不明を除いて算出している。
 家庭学習指導に関わって、第6回調査ではあらたにいわゆる「自学ノート」についても設問を新設し、実施状況を調べた。自学ノート(自習ノート、自勉ノートなど呼称は多様)とは、自主的に課題を決めて学習する宿題を指す。自学ノートを課し、またノートを教員が点検・フィードバックすることによって、①定着を促す学習や発展的な学習の増加、②自主的・計画的に学習する習慣作り、③家庭学習の仕方についての指導、④教員・児童生徒間のコミュニケーション機会の確保、⑤児童生徒の生活上の変化を知る契機となること等が期待できる。
 自学ノートを宿題としてほぼ毎日出す頻度は、小学校で25%、中学校で37%であった(図3)。小学校では学年の上昇とともに実施率が上がり、6年生では44%に達する。ただし地域ブロック別に大きな開きがあり、小学校では北海道、東北で実施率が高く、南関東、近畿で低い傾向がある。中学校では、東北、北関東、九州で高く、北海道、南関東と近畿で低い傾向がある。「提出されたノートは必ず点検し、コメントを書く」教員は、小学校68%、中学校58%である(DB小中版 図3-8)。
図3 自学ノートを出す頻度<小学校教員・中学校教員>
 以上から、学びの量的側面に関しては小中学校で引き続き確保されている状況を確認することができる。宿題の分量は前回調査に比べて増えているとみることができるが、それは後述するアクティブ・ラーニングの推進と関わっている可能性がある。すなわち、アクティブ・ラーニング型の学習は一斉教授型の授業と比べてやや効率が悪く、推進しようとすればするほど学習時間のやりくりが困難になる。そこで不足した時間に相当する学習が、家庭学習で課されている可能性がある。
 他方、学びの質的転換についてはどうか。アクティブ・ラーニングの推進について、教員に賛否を尋ねてみると(図4)、小中学校ではほぼ9割の教員が、高校でも四人に三人の教員が賛成と答えていた。
図4 「アクティブ・ラーニング推進」への賛否<小学校・中学校・高校(公立)教員>
注)「賛成」は「賛成」+「どちらかといえば賛成」の%、「反対」は「反対」+「どちらかといえば反対」の%を表す。
は「内容がわからない」、は「無回答・不明」を表す。
 視点を授業場面へと移してみよう。教員が「多くするよう特に心がけている」授業方法のベスト3(図4)は、小学校では①児童生徒同士の話し合いを取り入れた授業、②グループ活動を取り入れた授業、③教材を工夫した授業、中学校では①グループ活動、②話し合い、③教材の工夫である。小中学校では対話的な学びが目指されていることがわかる。
図5 心がけている授業方法<2016年、小・中・高校教員>
注1) 選択肢は「多くするように特に心がけている」「まあ心がけている」「あまり心がけていない」の3択。
注2)学校段階別に上位3位までを①〜③と表示している。
 他方、高校では、「教師主導の講義形式」の授業は減少し、また「グループ活動」、「表現活動」、「教材を工夫した授業」の増加は顕著であるものの、小中学校と比較すると教師主導の講義形式ははるかに多く、グループ活動や表現活動等ははるかに少ない(図6)。高校でも、アクティブ・ラーニングの推進に賛成する教員は多く、学びの質を転換する試みはたしかに始まっているが、道のりは遠い。
図6 心がけている授業方法<4項目・経年比較、小学校・中学校・高校(公立)>
 次期指導要領のポイントは、学習内容のスクラップは行わず維持したままで(スクラップなしのビルド)、学びの質の転換=主体的・対話的で深い学びへと転換をはかる点にある。この観点から学校現場における学習指導を眺めてみると、小中学校と高等学校とでは異なる状況にあることが見えてきた。小中学校ではAL型の学びがすでに相当程度意識され、準備は順調に進んでいる。これに対して、高校でも、学びの質を転換する試みはたしかに始まっているが緒に就いたばかりである。

4.次期学習指導要領実現のための課題

 新指導要領の理念が実現されるためには、どんな課題があるだろうか。
 新指導要領のねらいを実現する上で今回の学習指導基本調査が浮かび上がらせている課題は多々ある。ここでは主要な3点を指摘しておきたい。
 第一に、ICT機器の活用について。ICT機器の授業での活用は、教員による利用(既存のコンテンツやWeb上の素材を表示、教員が作成した解説用スライドを表示)が、児童生徒による利用を上回る。児童生徒のICT機器の活用能力を高める指導が大きな課題である(図7)。
図7 授業でのICT機器の活用状況<小・中・高校(公立)教員>
注1)〔 〕内は「よくある」+「時々ある」の%。
注2)小学校は「授業において」、中・高校は「教科の授業において」としてたずねている。
 第二に、教員の世代交代への対応である。教員の世代交代期を迎え、教職経験年数の乏しい若年教員が増加しつつある。調査結果をみると、若年教員が多い学校ほど、「OJT、メンター制度などの若手のバックアップ体制づくり」に力を入れている学校が多い(DB小中版 図4-4高校版 図6-3)。若手教員のバックアップ自体が、学校にとって負荷の大きな、かつ将来的に重要な仕事である。学校現場は、それに加えて学びの質的転換に取り組まねばならない状況にある。
 第三の、そして最大の課題は、教員の多忙化の加速である。教員の出勤時刻が早くなると同時に退勤時刻が遅くなり、結果として勤務時間が長くなる傾向が続く。図8は2010年から16年の間の出勤時刻、退勤時刻、睡眠時間の平均を示したものである。高校を例(以下同)にとると、出勤時刻は7時43分(10年)から7時39分(16年)へと4分早くなった。退勤時刻は18時59分から19時12分へと13分遅くなった。結果として、学校にいる時間は17分長くなった。学校にいる時間は若年教員ほど長く、20代教員は50代よりも1時間以上長く学校にいる(DB高校版 表7-1)。
図8 出勤時刻・退勤時刻・学校にいる時間・睡眠時間
<平均時間・経年比較、小・中・高校(公立)教員>
注1)「出勤時刻」は、「出勤時刻(学校に着く時刻)は、だいたい午前何時ごろですか」への回答を、「6時以前」を5時30分、「8時半以降」を8時30分のように置き換えて、無回答・ 不明を除いて平均を算出した。07年調査の「出勤時刻」は、「学校には、始業時刻の何分前に着きますか」への回答を、「始業5分前」を5分前、「それ以上前」を75分前のよ うに置き換えて、無回答・不明を除いて平均を出し 、8時15分を始業時刻と仮定して算出した。
注2)「退勤時刻」は「5時以前」を4時30分、「10時以降」を10時のように、「睡眠時間」は「4時間以内」を4時間、「9時間以上」を9時間のように置き換えて、無回答・不明を除いて平均を算出した。「学校にいる時間」は、出勤時刻の平均から退勤時刻の平均までの時間を計算したもの。
 その分教員の睡眠時間は短くなった(図8)。10年に6時間06分であった高校教員の睡眠時間は、16年に6時間を切って5時間55分にまで減少した。これは平均時間であるので、毎日4時間程度しか眠らない教員も相当数いることを表す。NHK放送文化研究所が実施している「2015年 国民生活時間調査」によれば、国民全体の睡眠時間(平日)の平均は、7時間15分。長期的に見たとき、日本人の睡眠時間が減少傾向を示しているのは事実だが、平均睡眠時間が6時間を下回るほど短く、かつ減少スピードが速い職業集団は稀であろう。
 平日が多忙なだけではない。どれくらいの頻度で土曜日または日曜日に出勤しているのかを尋ねてみると、「ほとんど毎週」が52%、「2週間に1日程度」が22%と続く(図9)。中学校ではこの数値は著しく大きく、「ほとんど毎週」が75%に及ぶ。
図9 土日の出勤状況<小学校・中学校・高校教員>
 「家で新聞を読んだり、読書したりする時間」が減少していることも、おおいに気になる。10年調査で1日平均40.2分だった新聞・読書の時間は、16年には33.6分にまで減少した(DB高校版 図7-2)。この背景には、急速に進む新聞定期購読世帯の減少や、インターネットの普及、文字離れの進行などがあると考えられるため、正確な評価は難しいのかもしれない。しかし、地域社会で高度な知識人の地位にあるはずの学校教員の新聞・読書の時間としては、短すぎるのではないか。
 ある新聞記者は、教員のこうした勤務実態を「"ブラック職場"以外の何ものでもない」と評した。そう認識することから職場環境の改善をはじめることに、私も賛成である。学びの量を維持した上でその質的転換を図ろうとする新指導要領の理念の実現にとって、学校と教員の疲弊が最大の足かせとなるのは必至である。
 「主体的・対話的で深い学びの実現」には教育現場の創意工夫がおおいに求められ、その底力が試されることになる。けれども学校が力を尽くすだけでは実現はおぼつかない。試されているのは、国と自治体の条件整備と学校支援の力量でもある。学校業務効率化の推進、教員定数増や教員養成改革、研修機会の拡充等、多岐にわたる施策の実行が不可欠である。教科としての英語を指導することに「まったく自信がない」「あまり自信がない」と答えた小学校教員は合計81%、「自信がある」教員(19%)をはるかに上回る(DB小中版 図2-9)。現場に漂うこの自信のなさが新しい学習指導要領への不安を象徴しているように見える。学びの質的転換に要する行政の仕事はあまりにも多い。