2016/04/22
シンポジウム「学習基本調査を通して考える学ぶ意味と主体性~これまでの25年、これからの25年~」
【概要】満員御礼。全国各地から教育を語るために
2016年3月6日に、標記シンポジウムを開催した。 当日は、小・中・高等学校教員、教育行政関係者、大学教員、民間企業、大学生など約250名に参加いただいた。
当シンポジウムでは、1990年からの25年間の子どもの学びの変化を示す「学習基本調査」の結果をもとに、これまでの教育を振り返り、研究者、学校内外の教育実践者、教育行政関係者といった教育に携わる各セクターからの登壇者の講演とともに、参加者自身がこれからの教育のあり方を考える構成とした。
第1部の「25年間の子どもの学びを振り返る」セッションでは、調査結果を報告し、それに対して参加者が実感も含めてどのように読み解くのかを問うべく、教育の「成果」と「課題」をそれぞれキーワードで出してもらい共有をした。
第2部の「学びの未来を考える」では、学びの未来について、研究者、学校内外で先進的な教育実践をされている方々からの話題提供の後、「未来の学びに必要なこと」「その為に誰が何をすべきか」について、参加者同士で考えるセッションを設けた。
未来の学びに向けて見えてきたことは何か。以下、プログラムに沿って内容をご報告する。
第1部:25年間の子どもの学びを振り返る
[基調講演]
1)「学びの四半世紀を振り返る~時代は子どもの学びにどう影響を与えてきたのか~」
耳塚寛明(お茶の水女子大学教授)
回復した子どもたちの家庭学習時間とその背景
学習基本調査の最大の特徴は、四半世紀という長い期間、ほぼ同一の学校で、子どもたちの学習行動と意識を追跡可能な唯一の調査であることだ。この四半世紀は教育界にとっても激動期であり、言わば時代のスナップショットを撮ってきたものと考えている。今日は主に3つの点についてお話しする。①子どもたちの学習時間を中心とした学習行動の変化②勉強の効用、社会観の変化③能動的学習をめぐる現状と課題、である。
2001年の第3回調査まで、子どもたちの家庭学習時間は減少を続けてきた。その原因として、少子化により受験競争が客観的に緩和したことや、学歴志向や学習の価値を相対化する言説の浸透、そして、いわゆる「ゆとり教育」の影響が考えられる。この間、大学収容率(入学者数÷入学志願者数)は一貫して上昇しており、逆に言えば「勉強しないと大学に入れないぞ指数」が一貫して低下してきた、ということでもある。
しかし、2006年の第4回調査では小中学生の学習時間が増加に転じ、2015年の第5回調査では高校生も大幅な増加となった。総じて1990年代以降、10年以上にわたって続いた学習時間の減少には、完全に歯止めがかかった。2002年の文部科学相アピール「学びのすすめ」以降、学力保証の時代が到来し、それが現在まで続いている。
重要な点は、学習時間の増加をもたらした主な要因に、学校の宿題があったことだ。しかも決まった学習内容だけでなく、「自学ノートなど自主的な学習」を課している学校も多い。ただ、こうしたきめ細かな指導は、効果が高い一方、教員の負担が極めて大きくなる。
中高校生には、学習習慣の定着もみられる。「家ではほとんど勉強しない」という回答は減少し、「ほとんど毎日する」が増加した。教科の「好き」の比率や、理解度も高まった。テスト勉強の開始時期も早まっている。家での学習の様子も、肯定的な方向に変化した。
「いい大学を卒業すると将来、幸せになれる」「将来、一流の会社に入ったり、一流の仕事につきたい」という回答がずいぶん増えているデータを見たときには驚いた。社会観・将来観が変化した要因として、①学力保証の時代になって、学歴志向や学習の価値を相対化する言説がなりを潜め、その価値を強化する言説が支配的になったこと②就職難・雇用不安(格差社会の深化)③キャリア教育の効果——の三つの仮説が考えられる。③について、当調査研究会メンバーの寺崎里水氏は、キャリア教育によって将来の仕事や進路について考える機会が増えており、そのこと自体は学習の動機付けとしては望ましいのだが、不確実性の高まる現代社会では、学習の価値や学歴の効用を信じた子どもたちが、社会に出てからつまずき、失敗した時、自己責任の言説にとらわれるリスクも大きい、と指摘している。
本当に必要なのは能動的な学習者を育てること
「個人で何かを考えたり調べたりする授業」などの能動的な学習形態をめぐっては、どの項目も「好き」と答える児童生徒が増加傾向にあり、とりわけ進学校の高校生で増加幅が大きくなっている。しかし、能動的な学習への転換が順調に進んでいると考えることは、まだできない。学校段階が上がるにつれて、実施率の低下が目立つ。高校での取り組みの推進が、現下の課題だ。
家庭的背景による教育格差に関しては、第1に、高学歴家庭の児童生徒ほど学習時間が長い傾向は、どの学校段階でも変わっていない。第2に、保護者の学歴による子どもの学習時間の差は、小学校と高校で相対的に大きく、中学校で小さい。第3に、学歴による学習時間差は、第1回以降、小学校と高校で漸増傾向にあり、中学校では縮小傾向にある。
調査結果から見えてきた課題として、第1に、今日はデータは挙げなかったが、子どもの学びの風景の最大の変化は教室へのICT(情報通信機器)の導入と、学校内外でのインターネットの活用が進んだ点にあるのではないか。将来的にみるとICT機器とインターネットを活用した学習の重要性が確実に高まっていく。その活用に本腰を入れて取り組む必要がある。その際には、どういう学習の質的な転換がそれらを通じて可能になるのかという視点が重要である。第2に、家庭の経済的・文化的環境による学力格差について、引き続き監視が必要である。第3には、学習の質、とりわけ自律的・能動的な学習者を育てることへの関心の転換が必要となる。学習時間が回復しても、自律的・能動的な学習者が育っているとは言えない。特に高等学校教育の課題は大きい。大事なのは、能動的な学習形態を広めることが目的ではなく、能動的な学習者を育てることである。能動的な学習者を育てるためには、時として、能動的な学習スタイルだけでなく古典的な学習形態も重要な役割を果たすのではないか。
[基調報告]
2)「主体的に学ぶ子どもをどう育てるか?~ベネッセの研究成果から見えてくること~」
木村治生(ベネッセ教育総合研究所 副所長、東京大学客員准教授)
これは望んだ結果なのか
学習基本調査の結果を見る限り、子どもの学習態度は真面目になったし、学習意欲も高まった。国際的な学力調査PISAの順位も上昇し、学力も向上しているようだ。
しかし私たちは、かつて望んでいたことを本当に実現したのだろうか。その実感は薄い。数年前に、通信教育の教材制作担当者から「自分できちんと丸付けができる子が少なくなった」と聞き、自己調整学習に関する研究を立ち上げた。自分の学習を点検する力が落ちているとしたら問題だ。子どもにとって使い勝手がよい教材が、本当に子どもたちのためになっているのかを見直した。試行錯誤のない勉強は、ダイエットを食品に頼るようなものだ。即効性があっても苦労して体作りをしなければリバウンドしてしまう。そうした「ごまかし勉強」から抜け出し、学習者が思考する「正統的な学習方法」を身に付けなければ、未来を生き抜く力を培うことができない。
「考える子ども」は増えていない
世の中には、グローバル化や情報化・技術革新、環境問題・食糧問題、少子高齢化などの大きな変化や課題が山積しており、能力向上が求められている。2011年生まれの小学生の65%は、これまで存在しなかった職業に就くという米国の研究もある。人工知能の「東ロボくん」が模擬試験で偏差値58をマークするほどレベルアップしているが、ロボットが人間の仕事を代替しようとする時代に、人間がどういう力をつけるかが問われている。「東ロボ」プロジェクトのリーダーである国立情報学研究所の新井紀子教授は、「人が機械より優れているのは、意味を理解して問題解決を図る能力である。意味を理解することを放棄し、単なる暗記や記号処理に走れば、機械に追い越されるのは時間の問題だ」と指摘する。
今回の調査結果をみると、毎日こつこつ勉強する子が増えても、「考える子ども」は増えていないという現実がある。子どもたちが主体的に考える機会は十分にあるのか。上手な勉強の仕方が分からず、「いい大学=幸せ」といった手段としての学びを重視する傾向も強まっている。子どもへの関与を強める保護者の意識の反映かもしれない。
学習内容に対する興味・関心を高め、考える力をつけるためには、アクティブ・ラーニング(課題の発見・解決に向けた主体的・協働的な学び)が有効と言われる。しかし、学校の役割は増大しており、先生はますます多忙になった。そのなかでどのように「学びの改革」を進めるのか。データを分析したところ、アクティブ・ラーニングは学校や学級による差が大きい。家庭的な背景によって、子どもが吸収できるものが異なるという課題もある。主体的に学ぶ子どもを育てるうえで、まだまだ解決すべき課題は多い。
調査結果に表れた「真面目に学習する子どもたちの様子」と、実感のズレをどう考えるか。ぜひデータを手がかりに、皆さんにも考えてほしい。
3)【参加者によるワークとディスカッション】
問い:「25年を振り返り、教育の成果と課題は何だと思いますか?」
参加者に、教育の成果と課題と感じていることを個人個人で付箋に書いてもらい、グループで共有。2つのグループには話し合った内容を発表いただいた。
そして、グループの中で特に重要だと思ったキーワードについて、休憩時間にカテゴリー別にホワイトボードに貼ってもらい相互に閲覧できるようにした。
その後、後半のセッションでどういった回答が多かったのかを会場全員で共有し、後半のディスカッションにもつなげている。
そして、グループの中で特に重要だと思ったキーワードについて、休憩時間にカテゴリー別にホワイトボードに貼ってもらい相互に閲覧できるようにした。
その後、後半のセッションでどういった回答が多かったのかを会場全員で共有し、後半のディスカッションにもつなげている。
2つのグループ発表からは、成果として、学習意欲が向上していること、問題点が発見された時に、常に改革を目指して取り組んできたこと、体験活動や言語活動を盛り込んだ総合的が学習の時間の理念も浸透の兆しがみられること、また、教員が学力とは何かを考え、子どもたちに考える力をつけさせることに着目してきていること、などが挙げられた。一方、課題としては、格差が拡がっていること、学校と家庭の連携不足、地域の教育環境の劣悪化、ロボット的な「いい子」が増えているが、考える力は育っていないのではないか、といったことが挙げられた。
付箋に書かれた参加者全体の回答をみると、上記以外に、成果として、学習時間の増加、学びの質の向上の兆し、学びの多様化、知識以外の能力重視への転換などが挙げられていた。課題としては、教員の負担増・指導力の低下や、社会に出てから必要な能力の育成ができていないこと、また、成果の方にも挙げられていたが、逆に、意欲が低下しているのではないか、学びの質も考えなければならない、という意見もあった。
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共同研究、講演、執筆などの実績
共同研究:東京大学社会科学研究所、東京大学発達保育実践政策学センター、早稲田大学、立教大学、パーソル総研など
講演・研修:全国の自治体・教育委員会、学校・PTA、教育関連団体など
執筆:研究関連書籍、学会誌、教育関心層向け雑誌等の各種メディアなど