2023/11/14

学会発表報告「フィードバック・リテラシーに関する研究動向」(日本教育工学会研究会2023年10月開催)

渡邊 智也

はじめに

東京大学大学院 新領域創成科学研究科の瀬崎颯斗さんと,ベネッセ教育総合研究所 学習科学研究室の渡邊智也・小野塚若菜が共同で日本教育工学会研究会にて研究発表を行いました。
以下,その内容を簡単にご紹介します。
【研究報告はこちら】
瀬崎颯斗・渡邊智也・小野塚若菜(2023).フィードバック・リテラシーに関する研究動向 日本教育工学会 研究報告集, 2023(3), 152-159.
https://doi.org/10.15077/jsetstudy.2023.3_152

研究の概要

 学習のための評価(Assessment for Learning)を充実させるための指導方略として,学習課題に対する取り組みの結果に基づき,学習者に適切なフィードバックを与えることが期待されています。フィードバックは効果の高い指導方略であると考えられており(Wisniewski et al. 2020),そのメタ分析などによるエビデンスをまとめた書籍が,日本でも翻訳書として出版されています(例えば,『教育の効果』(Hattie 2008; 山森監訳 2018)など)。
 一方で,学習者がフィードバックを効果的に利用するためには,フィードバックの目的や内容を理解すること,フィードバックのプロセスで適切に主体性を発揮することなどが要求されることから,必ずしもすべての学習者にとって有効に機能するわけではない可能性も指摘されています(例: Winstone et al. 2017)。
 そこで我々は,近年海外の高等教育研究で盛んに研究が行われている「フィードバック・リテラシー」という概念に着目しました。Winstone & Carless(2019)によれば,これまでのフィードバック研究は「指導者はいかに効果的にフィードバックを伝えるか?」に焦点をおいた研究パラダイム(伝達中心パラダイム)であるといいます。このパラダイムでは,学習者がフィードバックを受け取り,その内容を理解し,活用していくプロセスがどのようなものであるのか,その認知・感情・行動のプロセスを詳細に理解することに積極的に踏み込んできませんでした。新しい研究パラダイム(学習中心パラダイム)では「学習者はいかに上手くフィードバックを活用するか?」に焦点をおき,その活用のプロセスや心理変数を明らかにし,学習者のフィードバック活用を支えるための指導の研究が進みつつあります。
 本研究では,日本で当該研究を進めるための基礎的な検討を行うため,フィードバック・リテラシーに関する主要な研究の文献レビューを行うこととしました。
文献レビューの主な対象は,1. フィードバック・リテラシーの概念整理に関する議論(尺度開発研究含む),2. 主な指導・介入方法です。
 詳細は,研究報告および発表資料をご覧ください。以下では,その概要をかいつまんで説明します。

1. フィードバック・リテラシーの概念整理

 現在,”Feedback Literacy”に関連して最も被引用数が多い(Google Scholar 2023/10/20 時点),代表的な研究としてCarless & Boud(2018)による概念整理が挙げられます。この論文では,学習者のフィードバック・リテラシーを「情報を理解し,自身の取り組みや学習方略を向上させるために情報を利用する際に必要な理解,能力,気質」として定義しました。そして,理論的考察に基づき,フィードバック・リテラシーを4つの要素で整理しました。
①フィードバックの価値を理解する(Appreciating Feedback)
②判断する(Making Judgments)
③感情を管理する(Managing Affect)
④行動を起こす(Taking Action)
 フィードバック・リテラシーを発揮するとは,「学習の改善のために,得たフィードバックを自分の責任で活用することが重要であると理解し(①),自分の学習アウトプットの質を様々な基準を理解した上で,それに基づいて評価し(②),批判的なコメントが来ても否定的な感情を上手くコントロールし(③),フィードバックの内容を実行に移すための知識・技能・能力を身に着ける(そして,実行する)(④)」というふうに捉えられるでしょう。
 この研究は,具体的で適用可能性の高い概念枠組みを提案した点で,後続の研究に大きな示唆を与えています。
 なお,その後,大規模な学生調査データに基づく概念整理(Molloy et al. 2020)により,帰納的に構成された概念枠組みが提案され,さらに尺度開発研究(Dawson et al. 2023)により,両者の概念枠組みの対応づけが図られています。

2. 主な指導・介入方法

 Carless & Boud(2018)は,学生のフィードバック・リテラシーを育成するための学習活動として,ピア評価と典型事例の評価の2つを取り上げました。ピア評価は,各々がフィードバックに対する責任を担う前提でアウトプットの質に関する評価判断を通じて,自身の取り組みを具体的に改善する機会を提供します。典型事例の評価は,アウトプットの質の水準を示す典型的な例であり,その評価を通じて取り組みの質を判断する能力を養うことができると考えられています。
 実証的な介入研究のレビューを行ったLittle et al.(2023)は,およそ10年間で16件の介入研究を特定し,「自己評価」,「ピア評価」,「フィードバックに関するリフレクション活動」,「学習者と教員間でのフィードバックに関する議論と対話」などが行われていることを報告しています。
 同時に,研究上の課題としてLittle et al.(2023)は,介入効果について学習者による自己報告が多いこと,行動の評価が少ないこと,感情的反応に対する影響の評価が少ないことなどを述べています。今後の研究ではフィードバック・リテラシーのどのような要素を評価の対象とするかを明示した上で,それらの課題を乗り越える研究が期待されます。

研究の意義と今後の展開

 本研究発表では,学習者のフィードバックへの主体的関与を支えるであろうフィードバック・リテラシーに関する近年の研究動向を概観しました。
 今後は,フィードバックの活用プロセスを実証的に明らかにし,それを促す介入研究の発展が期待されます。特に,フィードバック・リテラシーの研究文脈にはないものの,関連する国内の重要研究(学習者自身による評価活動(岩田・田口 2023)など)をフィードバック・リテラシーの視点から捉え直すことで,日本国内の事例から,国際的なフィードバック研究の発展に寄与できる可能性があります。
 また,近年では学習者のフィードバック・リテラシーの発達を支え,フィードバック・プロセスをデザインする教員側の専門性を捉える概念として,「教員のフィードバック・リテラシー(Teacher Feedback Literacy)」(Carless & Winstone 2020)も提案されています。
 フィードバックを活用する責任を,それぞれ異なる役割を持つ教員と学習者で共有し,効果的な学習活動の実現を支える研究が期待されます。
詳細については,研究報告(日本教育工学会研究報告集)と発表資料をご覧ください。

本記事中の引用文献

  • Carless, D., and Boud, D. (2018) The development of student feedback literacy: Enabling uptake of feedback. Assessment and Evaluation in Higher Education, 43(8):1315-1325.
  • Carless, D., and Winstone, N. E. (2020) Teacher feedback literacy and its interplay with student feedback literacy. Teaching in Higher Education, 28(1):150-163.
  • Dawson, P., Yan, Z., Lipnevich, A., Tai, J., Boud, D., and Mahoney, P. (2023) Measuring what learners do in feedback: the feedback literacy behaviour scale. Assessment and Evaluation in Higher Education, 1-15, DOI: 10.1080/02602938.2023.2240983
  • Hattie, J. (2008). Visible learning: A synthesis of over 800 meta-analyses relating to achievement. Routledge. (ハッティ・J. (著) 山森光陽 (監訳) (2018) 教育の効果:メタ分析による学力に影響を与える要因の効果の可視化. 図書文化社)
  • 岩田貴帆,田口真奈 (2023) パフォーマンスの典型事例とルーブリックを教材とする評価練習の学習効果.日本教育工学会論文誌,47(1):91-103.
  • Little, T., Dawson, P., Boud, D., and Tai, J. (2023) Can students’ feedback literacy be improved? A scoping review of interventions. Assessment and Evaluation in Higher Education, 1-14, DOI: 10.1080/02602938.2023.2177613
  • Molloy, E., David, B., and Henderson, M. (2020) Developing a learning-centred framework for feedback literacy. Assessment and Evaluation in Higher Education, 45(4):527-540.
  • Winstone, N. E., and Carless, D. (2019) Designing effective feedback processes in higher education: a learning-focused approach, Routledge.
  • Winstone, N. E., Nash, R. A., Rowntree, J., and Parker, M. (2017). ‘It'd be useful, but I wouldn't use it’: barriers to university students’ feedback seeking and recipience. Studies in Higher Education, 42(11):2026-2041.
  • Wisniewski, B., Zierer, K., and Hattie, J. (2020) The power of feedback revisited: a meta-analysis of educational feedback research. Frontiers in psychology, 10:3087.