2024/08/09

大学生の英語ライティング活動におけるデジタルツール活用への意識とその変化

激しい社会変化のなかで、子どもや大人の生活や学びはどのように変化しているのか。
そこに現れるさまざまな社会課題に対して、ベネッセ教育総合研究所はどのような取り組みをしているのか。
当研究所の研究員たちが、自身の研究も踏まえながら課題や展望を論じます。
ベネッセ教育総合研究所 加藤由美子
加藤由美子
生成AIなどを用いたデジタルツールの技術発達が著しい。その技術を使用すれば英語学習は必要なのかという議論もある中で、英語学習者は後ろめたさのようなものを感じながらも、生成AIや機械翻訳などのデジタルツールの使用は実態的に進んでいる。適切な使用方法を指導したほうがよいと思う英語教員が多く存在する一方で、英語学習で使用すべきではないと思う英語教員も一定数存在する(ベネッセ教育総合研究所, 2024)。そこにあるジレンマを解消し、教育現場において英語学習意欲や英語力の向上に資するような適切なデジタルツールの使い方を探りたい。そこで、大学生へ英語ライティング指導を行う中でデジタルツールを使用し、ツール使用前後の意識の変化を把握して、ツール使用の利点や課題を明らかにすることを目的に事例研究を行った。その結果を2024年6月23日に中部地区英語教育学会富山大会で発表した内容から紹介する。
参考:2024年度中部地区英語教育学会富山大会発表資料

デジタルツールを使用した英語ライティング活動の内容

国立大学の2年生21名が、2023年4月から7月の間、ライティング力向上を目的として、週1回の授業内の15分で、4つの英語ニュースに対して、計8回のライティングタスクを行った。タスクを行うにあたり、学生は辞書、機械翻訳、検索、スペルチェック、添削、生成AIなど、どのようなデジタルツールを使用してもよいこととした。タスクの具体的内容として、学生は英語のニュース番組を視聴後に、ニュースごとに設定されたタスクの目標にあわせてライティングを行った。1つのタスクでライティングと、そのリライトの計2回のライティングに取り組んだ。

調査方法

調査方法として、アンケート調査を用いた。アンケートでは、ライティング活動でデジタルツールを使用した際に感じたツールの利点や課題、使う目的や自分の体験などについての自由記述をお願いした。また、「デジタルツールを使用しながらタスクを続けたことで、自分の英語力が伸びたと思う」と回答した学生には、伸びたと思う理由と、ツールの使い方で工夫した点についての自由記述もお願いした。
自由記述のテキストは、意味の塊ごとの切片に分解し、切片ごとにコードを付けて分類する、Braun&Clark(2006)の手順を援用してテーマ分析を行った。すべての学生の記述から221の切片(計8回のライティング活動前後の合計)が得られ、そこから36のコードが浮かび上がった。分析方法と結果の詳細については学会発表資料をご参照いただきたい。ここでは、その結果と考察を述べる。

結果① デジタルツール使用の利点と課題に対する学生の意識(8回の活動前後で共通したもの)

8回のライティング活動前後に共通して切片数が多かった上位5つのコードは次の通りである。
  1. 英語学習への意欲や主体性が向上しない
  2. 英語のミスへの気づき・修正ができる
  3. 使う量や場面に気を付ける
  4. 訳が不正確・不適切である
  5. 学習が効率的に進む
学生は英語学習面において、ミスへの気づきや修正ができ、学習が効率的に進むという利点を感じているようである。一方で、英語学習への意欲や主体性が向上しないことやツールの訳の不正確さなどの課題も意識していることがうかがえる。学生が使う量や場面に気を付けるという冷静な考えを示していることに注目したい。

結果② デジタルツール使用の利点と課題に対する学生の意識の変化(8回の活動終了後の変化)

8回のライティング活動後に切片数が増加した上位5つのコードは次の通りである。
  1. 英語力が下がってしまうことが不安である
  2. 素早さや正確さに優れている
  3. 英語学習の不安を解消する
  4. 汎用性が高い
  5. ツールを使い過ぎてしまうことが不安である
英語力が下がってしまう不安やツールを使い過ぎてしまう不安を示すコードが増えたとともに、英語学習の不安を解消するというコードも増えた。ツールを継続的に使用することで、英語学習やツール使用に対して不安の高まりと解消の両方があったことがうかがえる。また、実際に使ってみることでツールの素早さや正確性、汎用性の高さなどの利点について認識を強くしたようである。

結果③ 英語力が伸びたと思う学生の「伸びたと思う理由」と「デジタルツールの使い方の工夫」

8回のライティング活動後に英語力が伸びたと思う学生は21人中8人であった。伸びたと思う理由はツールのフィードバックを受けて、間違いの訂正を繰り返すことが主なものであった。具体的なツール使用の工夫点として、学習すべてにおいてツールを使うのではなく、必要なところで使用し、フィードバックは全部を鵜呑みにしないことが挙げられた。まずは自力で英文を作成し、主に機械翻訳や添削などの複数のツールからのフィードバックを活用しながら、自分のレベルに合わせて、自分の意図通りの英語に書き換えたり、書いたものを覚えたりしていることがうかがわれる。
ライティング力を高めるためにはよく推敲し、書いたものの修正を繰り返す必要がある。その際、フィードバックが得られることは有益である。ライティングのフィードバックは、これまでは主に指導者から学習者に与えられてきた。すべての学習者への個別フィードバックは指導者にとって負担が大きい。そのため、実際の指導では、代表的な学習者がライティングしたものをもとに、多くの学習者に役立つ汎用的なフィードバックを行う方法などがよく見られる。しかし、ツールは学習者に個別のフィードバックを与えてくれる。学生は実際に、自分で考えるだけでなく、ツールから自分の課題に合わせたフィードバックを得、それをもとに自分の英語レベルに合わせて修正したり、覚えたりすることで、英語力が伸びたと実感したのではないだろうか。

得られた示唆を活かして実践研究に進む

学習者のデジタルツール使用へのリアルな意識に寄り添うことで本事例研究の結果は得られた。その結果は、英語学習におけるデジタルツールの使用は、学習者の英語学習の不安を軽減し、気づきや学習効率を高める可能性があると示唆した。一方で、英語学習意欲や主体性を低下させたり、ツールへの依存度が高まることや英語力が下がるかもしれないという懸念を持たせたりする可能性があることも示唆された。それゆえ、デジタルツール使用に関しては、効果的な使用方法をある程度授業設計(指導手順)に落とし込み、指導者のガイダンスや活動中の声かけ、学習者同士のピアフィードバックによって、学習者が不安や懸念を払しょくしながら、効果的な使い方や注意すべきことを自律的に考えていけるように支援していきたい。
本事例研究で得られた示唆を活かして、機械翻訳や添削機能を使用してライティングへの学習意欲やライティング力向上を目指した指導モデルを作成し、実践事例研究を行った。その結果は、2024年8月25日に全国英語教育学会福岡大会で発表する予定である。
参考:2024年度全国英語教育学会福岡大会
ベネッセ教育総合研究所は、急激に変化する社会において、教育の果たすべき役割とその役割を果たすための具体的アプローチを考え続けている。本研究を継続して発展させ、異なる地域や学校段階(中学・高校など)において、学習者がデジタルツールを使用しながら、英語学習意欲や英語力を向上させることに貢献できるよう、実践研究を進めていきたい。
参考:ベネッセ教育総合研究所所長・研究コラム

引用文献

ベネッセ教育総合研究所 (2024). 「小中高校の学習指導に関する調査2023ダイジェスト版」
https://benesse.jp/berd/shotouchutou/research/detail_5927.html
Braun, V., & Clarke, V. (2006). Using thematic analysis in psychology. Qualitive Research Psychology, 3(2), 77–101.

プロフィール

加藤由美子
ベネッセ教育総合研究所 主席研究員
かとうゆみこ
専門は英語教育研究(乳幼児から大学生)。 株式会社ベネッセコーポレーション入社後、Berlitz Singapore学校責任者として駐在。帰国後はベネッセグループの英語事業開発を担当。研究部門異動後はECF開発やARCLE事務局立ち上げを担当。これまで英語教育・学習に関する量的・質的研究、英語力を伸ばしている学校・自治体の研究、言語能力・思考力に関する研究に携わる。現在は、英語教育・学習におけるICTやAI活用の研究に取り組む。
https://benesse.jp/berd/aboutus/member.html#0203