2024/09/13

子どもの学習動機の変容と新たな研究課題

 近年、「勉強しようという気持ちがわかない」という子どもが増加していることから、子どもの学ぶ意欲の低下が報告されている(東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所2024a、以下「親子パネル調査」と表記)。ここでは、学ぶ意欲と深く関わる「学習動機づけ」についてのこれまでの研究と同調査のデータを通して、これからの学ぶ意欲を考える上で重要となることについて考えてみたい1)
ベネッセ教育総合研究所 岡部悟志
岡部悟志

1.学習動機づけの内発性と外発性

 子どもが学習に取り組む理由は「学習動機づけ」と呼ばれ、多くの研究が蓄積されてきた。よく知られているものに、内発的動機と外発的動機がある。前者は、興味や関心、楽しさのように学習自体を目的とした動機づけであり、後者は、学習とは直接関連のない別の目的のための手段としての動機づけを指す。サルを相手に学習の実験を行っていたハリー・F・ハーローら(1979=1985)は、報酬のバナナを与えなくてもサルは、パズルのような課題を飽きることなくこなしていくことに気づく。その姿から内発的動機づけなるものが提唱されて以来、長らく子育て・教育現場において、内発的動機が外発的動機よりも教育的に望ましいとされてきた(速水1995)。
 近年の子どもの学習動機づけの実態はどうなのか。親子パネル調査の結果をみると、内発的動機を表すと考えられる「新しいことを知るのがうれしいから」への回答は、経年での変化はほとんどみられない。一方で、「先生や親にしかられたくないから」という外発的動機が近年高まっている。また、「自分の希望する学校に進みたいから」「将来なりたい職業につきたいから」という学習動機は、将来のための手段として学ぼうとする動機づけのため外発的動機に分類されるが、小・中学生で緩やかに低下傾向にある。
 内発か外発か、というシンプルな枠組みに基づく動機づけの考え方に照らしてみれば、近年の学ぶ意欲の低下は内発的動機の変動によるものではなく、外発的動機のうち「先生や親にしかられたくないから」の高まりによる可能性が考えられる。今回着目したいのは、将来行きたい学校や就きたい職業のため、という外発的動機づけが低下している点である。というのも、同じ外発的動機でも、学習者の自律性の程度によって違いがあることが、研究により明らかになりつつあるからだ。

2.将来のために学ぶという動機づけ

 将来のために学ぶ動機づけは、学習自体を目的とする内発的動機と異なり、将来のための手段とみなす外発的動機に該当する。ところが、内発的動機と同等か、それ以上の効果があることが報告され、その重要性が見直されている。
 例えば、将来のために学習するという動機づけには、学習する前に計画を立てたり、自分の弱点を点検したりしながら学ぶ「メタ認知方略」と呼ばれる効果的な学習を促す効果があるが(Yamauchi and Tanaka, 1998)、一方の内発的動機には、そのような傾向がみられない(西村ら2011)。学年が上がるにつれ学習内容は抽象化・複雑化する。たとえ、学ぶ興味が持てない学習内容に直面しても、将来ありたい自分を目指して、自分なりに工夫して粘り強く取り組むよう動機づけられるからと解釈できる。親子パネル調査の結果をみると、近年、メタ認知方略を自覚して学習する子どもは全体的に減少している。目の前ではなく、少し先の将来に向けての動機づけが低下していることの影響が、懸念されてもおかしくない。
 また、ここ数年、小学校から中学校にかけて不登校が急増していることから、学校環境が大きく変化する、いわゆる中1ギャップを軽減するスムーズな小中接続が求められている。そのような中で、将来のために学習するという動機づけには、小6生から中1生にかけての学校適応を促す効果があることも報告されている(須藤2024)。
 このように、将来のために学ぶ動機づけは、子どもの効果的な学び方を促したり、スムーズな学校適応を支えたりする重要な役割を果たしている。あらためて、学習者も指導者も、将来のために学ぶ動機にはそのような望ましい効果もあることを理解しておくべきだろう。その一方で、教育的に望ましいと言われることの多い内発的動機をただ過信するのではなく、時には、子どもが学ぶ関心が持てないことに直面した際に意欲が減退するリスクを伴う場合があることも、同様に認識しておくことも重要だろう。

3.将来の進学や就職だけにとどまらない同一化対象を求めて

 将来のために学ぶ動機づけはなぜ、得られにくくなっているのか。そもそも日本の学校教育は、国際的にみても、学習者にとって、学校で学習していることが将来の職業に役立つと考える比率が低い傾向がある(国立教育政策研究所2020)。その背景には、日本に特徴的な雇用慣行システムがある。高度経済成長期以降、多くの子どもが高校に進学し、さらに大学・大学院へと進学するようになったが、教育期間を終えた後も、企業は採用後の企業内教育を通して熱心に育ててきた。このような環境下で、学校教育のなかで改めて職業的意義が問われることがない状況が歴史的につくられてきた(本田2009)。以上の状況に加え、将来の夢や目標が定まりづらい昨今の社会情勢が重なったため、将来のために学習する学習動機が得られにくくなっているのではないかと考えられる。このような社会の構造的な課題が背景にあるとすれば、将来行きたい学校や就きたい職業を明確化することにより、子どもを学習へと動機づけるような、大学受験や就職を頂点とした進路指導、あるいは職業教育・キャリア教育の考え方を現代に適用することは、困難と言わざるを得ない。
 では、どうすればよいか。将来のために学ぶという動機づけの本質は、今は違うけれども本来はこうありたい、と学習者自身が価値があると思える状態に向けて動機づけられている状態を表す。それゆえに、外発的動機の中でも自律性が高く、なりたい姿と今の自分とを重ねながら調整的に動機づけられる、「同一化的(identified)」調整スタイルと呼ばれる。エリクソンの生涯発達8段階説によれば、自己同一化(identity)の探索と獲得は、後期児童期から青年期にかけて乗り越えるべき最大の発達課題でもある。したがって、将来行きたい学校や就きたい職業だけでなく、子どもたちの同一化対象を、今ある身のまわりの社会課題への関心や挑戦体験、身近な重要な他者やなりたいロールモデルの中などに、見出していく必要があるだろう2)。そして、そのためにも、研究の枠組みと方法の深化が求められる。

4.子どもの学習動機づけの変容を捉え育むための研究の必要性

 学習動機づけの変容と要因を探るためには、子どもを取り巻く環境と学習動機づけの実態に関する総合的な観測装置が必要だ。なぜならば、子どもたちの学ぶ意欲は新型コロナウイルスの感染拡大などの社会変化、学習や生活基盤となる家庭環境や親の関わりと関連する(東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所2024b)。また、現在検討しているが、進路選択に係る教育課程や入試制度、基礎的・基本的な学力としての語彙力・読解力などが関連している可能性があるためである。全国2万組の子どもと保護者を追跡する親子パネル調査には、子どもの学ぶ意欲や動機づけ、学習方略に関する項目が豊富に含まれ、その役割を担うことが求められる。一方で、社会動向や制度政策の変化、現場の実感値なども踏まえ、適宜調査内容を見直していく必要もあるだろう。
 その上で、学習動機を育む方法を探索するための実践的研究が必要となる。内発的動機づけと、今回着目した外発的動機づけの中でも自律性が高い同一化的調整は、自己決定理論に基づく3つの心理的欲求(自律性・有能感・関係性)を満たすことによって高まる(Deci and Flaste1995=1999)。その基本的欲求を変容させる学校環境の条件として、Reeve(2005)は、子どもの意見表明や自己選択を支える「自律性支援」、学習方法や機会を調整する「構造化」、子どもを受容し支援する「関与」を提唱し、それぞれが自律性・有能感・関係性という3つの基本的欲求を充足させるとした(中谷ら2022)。このような観点から、学校での指導の在り方を再設計することが検討できよう。
 ただし、特定の現場で見出された知見は、直ちに一般化できない。再現性を確認し外的妥当性の説明を求められる。子育て・教育現場で発見され検証された知見を、より一般化されたエビデンスへと昇華させる方法の1つとして、確かな手続きに基づいて実施された縦断調査の分析による検証がある。先の親子パネル調査が担うべきもう1つの役割でもある。
(注記)
1)日常的に使われる「(学ぶ)意欲」という言葉は、学術的には「(学習)動機づけ」という概念で捉えられ、様々な研究が蓄積されてきた(鹿毛2013)。本稿は、基本的にその考え方に従っているが、分かりやすさを踏まえ、学ぶ意欲は「勉強しようという気持ちがわかない」という調査項目への子どもの回答を、学習動機づけは「子どもが学習する理由」を指すものとしている。
2)事例として、コロナ禍で進路選択を迫られた高3生は社会問題を真剣に考えながら進路選択をしており(岡部2022)、それ以降高校生の社会問題への意識は高いままである。また、小4生段階でチャレンジングな体験をしている子どもは高3生になるまで社会関心等が高いことが示されている(ベネッセ教育総合研究所2024)。高校生は現実の社会問題を題材としながら探究的に学ぶこと、低学年はチャレンジングな経験の蓄積の中で学ぶことが、その糸口になる可能性がある。
(参考文献)
  • ベネッセ教育総合研究所、2024、「『子どもの生活と学びに関する親子調査』2015-23 経験を通して学ぶことの意味を考える(調査結果からわかること)」(2024年9月2日取得、https://benesse.jp/berd/up_images/textarea/datachild/datashu06/datashu06_pdf.pdf
  • Deci, E. L., & Richard Flaste., 1995, Why we do what we do : The dynamics of personal autonomy, New York: Putnam's Sons. (=櫻井茂男訳、1999、『人を伸ばす力——内発と自律のすすめ』新曜社. )
  • Harry F. Harlow and Clara Mears, 1979, The human model : primate perspectives, Washington, D. C.: V. H. Winston & Sons. (=梶田正巳・酒井亮爾・中野靖彦訳、1985、『ヒューマン・モデル——サルの学習と愛情』黎明書房.)
  • 速水俊彦、1995、「外発と内発の間に位置する達成動機づけ」『心理学評論』38巻、171-193.
  • 本田由紀、2009、『教育の職業的意義』ちくま新書.
  • 鹿毛雅治、2013、『学習意欲の理論——動機づけの教育心理学』金子書房.
  • 国立教育政策研究所、2020、「国際数学・理科教育動向調査(TIMSS2019)のポイント」(2024年9月2日、https://www.nier.go.jp/timss/2019/point.pdf).
  • 中谷素之・中山留美子・町岳、2022、『エピソードに学ぶ教育心理学』有斐閣.
  • 西村多久磨・河村茂雄・櫻井茂男、2011、「自律的な学習動機づけとメタ認知的方略が学業成績を予測するプロセス」『教育心理学研究』59 巻1 号、p. 77-87.
  • 岡部悟志、2022、「コロナ禍での高3生の進路選択——『高校生活と進路に関する調査』(卒業時サーベイ)より」『コロナ禍における学びの実態——中学生・高校生の調査にみる休校の影響—』(東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所共同研究報告書).
  • Reeve, Johnmarshall, 2005, Understanding motivation and emotion, John Wilwy & Sons.
  • 櫻井茂男、2019、『自ら学ぶ子ども』図書文化社.
  • 須藤康介、2024、「小学校から中学校への移行にともなう学校適応の変化」『パネル調査にみる子どもの成長——学びの変化・コロナ禍の影響』勁草書房.
  • 東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所、2024a、『子どもの生活と学びに関する親子調査2023・ダイジェスト版』.(2024年9月2日取得、https://benesse.jp/berd/up_images/research/oyako_tyosa_2023_0326.pdf
  • 東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所、2024b、『パネル調査にみる子どもの成長——学びの変化・コロナ禍の影響』勁草書房.
  • Yamauchi, H., & Tanaka, K., 1998, “Relations of autonomy, self-referenced beliefs, and self-regulated learning among Japanese children.” Psychological Reposts, 82, 803-816.

プロフィール

岡部 悟志
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員
おかべ さとし
専門は教育社会学、学力格差。東京工業大学大学院社会理工学研究科博士課程修了.博士(学術)。これまで高等教育や社会人領域の調査研究を担当。現在は、乳幼児から初等中等領域までの、子どもの発達や成長、学力格差、保護者の子どもへのかかわりや教育観、教員の学習指導や学校・自治体でのICT活用などに関する調査研究に取り組む。
https://benesse.jp/berd/aboutus/member.html#0202