2014/11/28
「外国にルーツを持つ子どもたちが直面する就学問題」 社会問題構造の仮説α版
CO-BOでは、2014年4月から約半年間にわたり、就学や進学の問題に直面している「外国ルーツの子どもたち」の姿を追ってきました。彼らが直面する問題を深く知るために、3人の有識者のみなさまにフォーラムへご登壇いただき、さまざまな視点でご意見をいただきました。
外国ルーツの子どもたちが直面する就学・進学の問題について、もっと知りたい。この問題の背景、要因、解決策を自分で考えてみたい。そんな読者の方々の一助となるよう、一連のフォーラムを通じて知り得た事実と、そこから見出されるこの社会問題の構造の「仮説α版」を公開致します。 「仮説α版」は、皆さまからのご意見をもとに再度内容を吟味し、更新をする予定です。
開設中のFacebook 等での、ご意見やご感想をお待ちしています。
資料1:在留外国人の現状
資料2:就学・進学問題に直面している外国ルーツの子どもたちの状況
CO-BO 「就学・進学に困難を抱える外国ルーツの子どもたちの存在」という社会問題の構造(仮説 α版)
CO-BOチームの作成した「外国ルーツの子どもたちが直面する就学・進学の困難」という社会問題の構造(仮説α版)に対し、フォーラムにご登壇いただいた有識者のみなさまからレビューをいただきました。
認定NPO法人 多文化共生センター東京 代表理事 王慧槿さん
今回のテーマは、「外国ルーツの子どもたちが直面する就学問題」となっていますが、その根本的な問題としては、日本の外国人受け入れについての知識が必要です。
日本が少子高齢化の時代を迎え、外国人の受け入れはどうしていくのか、どのような外国人政策にしていくかです。池上先生が書いたように移民受け入れ政策が確立するなら、カナダやオーストラリアのように移民の子弟に対する教育も根本的に見直されるでしょう。なぜなら移民として受け入れるということは、この社会に受け入れるということでもあるといえるからです。
しかし、現段階の外国人の来日は、外国人本人の意志に基づくもので、様々な困難の克服はその家族に任せるという制度だといえます。ただ、その中でも日本の血筋と関係していれば、在留に関してはおおらかで、そうでなければ厳しいという違いもあります。
そしてその中のひとつの課題として「教育・進路」の問題があります。それぞれの困難に直面している外国にルーツのある子どもたちの状況を見かねたNPOやボランティア団体が、地域で支援をしているわけです。またそうした子どもたちに対してはそれぞれの自治体も放置できず、かといって必要な予算がしっかり位置付けられているとも言い難く、不十分な支援に終始しがちです。
ただ、日本での教育を受けた第二世代は、そのほとんどは日本人と同じ日本の学校で学んでいます。同じ日本的な文化や価値観を学んでいるわけで、地域の住民として育っているといえます。ですから日本の学校で共に学んだ友人としてなにを考えたらいいのか。また彼ら/彼女らが大人になった時、日本人や企業、政府がどんな受け入れ方をして行くのか。誰かが考えていく必要はあるでしょう。
「今見えて来ていること」で言えば、今現在「外国にルーツのある子どもたち」は、果たして日本社会の、あるいは地域の一員としてつまり仲間として、この社会の税金を使ってでも育てていく子どもたちとして位置付けられるかということです。わかりやすく言えばこの社会の一員として包摂していく対象かということです。これまでの話で行けば「否」ということです。
この社会で役に立つ人材であれば税金は使うが、そうでなければ使わないという論理が、「外国籍」の場合、よりはっきりしてしまうということにあるわけです。しかし、人権的な立場に立てば果たしてそう言えるでしょうか。
また違った観点で言えば、どこの国籍であろうが日本の学校で日本人と同じように日本の教育で育った「外国にルーツを持つ子どもたち」の多くが、日本国籍のみんなと同じように日本にいることが「空気」を吸うと同じように自然であり、当たり前にそこにいて、育てられているということです。その間の違いは根っことして持っている「言語」や「文化」に違いがあるということです。
進路を決めるということや生きるということで、今「外国にルーツを持つ子どもたち」はハンディを持つことは当たり前だという状況がありますが、これからずっとそのハンディを背負わなければならないかと言えば、日本の社会はそれほど捨てたものでもないでしょう。21世紀を迎えた現在、よりグローバル化している社会ではなおさらそうだとはいえないでしょうか。
【取材協力】認定NPO法人多文化共生センター東京
CCS 世界の子どもと手をつなぐ学生の会 事務局長 中西久恵さん
まず取組むべきポイントについて、私は教育情報提供と動機づけであると考えます。子どもたちのモチベーションが低い主な理由は①将来が見えず、宙ぶらりんであることへの不安、②夢や目標などを見いだせず、意欲がわかないことです。この状況を改善しないことには、いくら周囲が親身に学習支援を行ったところで、学力は定着しません。具体的には高校進学、専門・大学進学、大学院進学までを見据えた教育情報の提供、子どもたちにとってロールモデルとなりうる外国人高校生、大学(院)生、社会人の経験談の共有や彼/彼女との交流の場の創出などが必要であると考えます。
(CO-BOの読者である学生のみなさまへのメッセージ)
本テーマ「外国ルーツの子ども達が直面する就学問題」に触れた際、中には「外国から勝手に日本に来ておいて、日本の教育制度のあり方に文句を言うのはおかしいのではないか?」「日本での現状に不満があるなら母国に帰国すればいいじゃないか?」と感じる方も少なくないのではないかと思います。そういう方たちにはぜひ「人が移動する権利」という点について考えて頂ければと思います。
日本国内においても、人はより良い環境、より良い教育、より良い生活を求めて地方から都心に移動します。これは個々人の自由な選択・意思決定であり、権利であり、誰もこれを非難したり、止めることはできません。外国からの人の移動も同じです。外国からより良い生活を求めて日本にやってくる人を拒むことはできません。そして外国から人を受け入れる限り、日本にやってくる外国人の人権を尊重し、彼らの権利を擁護し、快適な生活を送ることができるよう、公的なサービスを提供するのは当然のことです。日本人が海外に移動する際も同様で、「お互い様」なのではないでしょうか。
ですので、本テーマについて多少なりとも疑問を抱かれた方は、「あなた自身が海外に移動した場合に受入国に望むこと」という視点で考えてみてください。新たな気づきが得られるのではないでしょうか。
【取材協力】CCS 世界の子どもと手をつなぐ学生の会(NGO)
静岡文化芸術大学 池上重弘教授
仮説の中に明示されていないがとても重要なポイントは、日本政府が外国ルーツの子どもたちをどのように教育するかという明確なポリシーを持っていない点である。2014年に入ってからは建設業界や家事・介護労働分野での人材不足への対応という面で海外からの労働力受け入れが議論になっているが、すでに日本に滞在している外国人の子どもたちの問題が視野から抜け落ちている。
仮説に示されているとおり、問題の解決には、制度の変化、学力向上支援、経済状況の改善(安定化)、モチベーション向上に向けた支援等、多局面の複合的な変化が求められる。今回の仮説では、こうした変化を引き起こす(あるいは担う)主体はあまり論じられていないが、日本社会を構成する多数派市民(いわゆる日本人)が市民レベルで担うことができる役割が大きいことも強調しておきたい。国が悪い、行政が悪い、教育委員会が悪い、と攻撃するのは簡単だが、「では私たちは何ができるのか」という当事者意識を伴う問題の捉え直しが求められる。たとえば、外国ルーツの子どもたちへの学習支援は、「どうすればわかってもらえるか」、「なぜこの子たちはここでつまずくのか」といったことを考え、教え方を工夫したり、自ら調べたりする機会になるだろう。つまり、外国ルーツの子どもたちの学習向上の機会であると同時に、教える側にとっては生涯学習の機会にもなるのだ。こうした双方向的な関係を築く場として捉え直してみると、市民レベルの共生の新たな可能性が開けてくるはずである。
(CO-BOの読者である学生のみなさまへのメッセージ)
21世紀の今日、国境を越えてよその土地に働きに出るという選択肢はけっして珍しいことではない。もしかすると、自分が外国ルーツの子どもだったら、と仮定して、親子関係や学校生活のことを想像してみてほしい。想像力と共感力を持ってグローバル化時代の日本で起きているこの課題について考えてみると、自分なりの関わり方が見えてくるのではないだろうか。
【取材協力】静岡文化芸術大学 池上重弘教授
【企画・取材協力、執筆】(株)エデュテイメントプラネット 山藤諭子、柳田善弘
【取材協力】特定非営利活動法人 国際協力NGOセンター(JANIC)
【取材協力】特定非営利活動法人 国際協力NGOセンター(JANIC)