2014/09/29

「外国にルーツを持つ子どもたちが直面する就学問題」フォーラム 静岡文化芸術大学 池上重弘教授編【後編】

 本テーマ3回目のフォーラム「静岡文化芸術大学 池上重弘教授編【後編】」では、地域や行政、支援団体、大学などそれぞれが果たすことのできる役割について、そして開かれた「多文化共生」の姿について、お伝えします。

持続性は地域資源も活用して

 外国ルーツの子どもたちの就学や進学をサポートする役割は、家庭と学校だけが担えばよいわけではないことは今までの話からわかってきた。直接サポートする現場やそれを支えるNPOやNGOの存在は不可欠だし、行政の柔軟な対応も必要だ。
 中でも「地域」が果たすことのできる役割を池上先生は強調する。「日本では今、団塊世代の退職が進んでいます。退職している人の中には、海外経験のある人たちも少なくない。かつて外国に住み『外国人』であることを経験している人もいます。こういった人たちのノウハウを使わない手はありません。」
地域の支援者と一緒に読書をする外国ルーツの子ども(磐田市)
 たとえば基本的な英語の読み書きができる人が、学校や行政の出す公的な文章を「やさしい英語」に直すことができれば、その英語資料を基に外国人コミュニティ独自での多言語化を進めやすくなる。日本語は多くの外国人にとって非常に難しい言語であり、ゆえに日本語からの多言語化よりも、平易な英語からの多言語化の方がハードルは下がるからだ。
 現在の日本で、多文化共生の分野において大きな貢献をしているNPOやNGOにも、彼らが活動を継続できる環境が必要だ。
 「現実的な支援策としては、『現場』をサポートする中間支援組織の充実があげられます。個人の能力や人脈も大切ですが、それに頼った活動は長続きしません。全国にあるNPOセンターなどの中間支援組織がより充実・活用され、運営者へのカウンセリング、ノウハウ提供、人材紹介も含めた情報提供が活性化するとよいですね。さらに活動を継続させるには若い人たちがその活動で『食べていける』環境を作らなければなりません」と池上先生は言う。

大学が果たせる地域での役割

 「大学」が果たす役割も大きい。大学の主な役割は教育と研究であるが、近年では地域や社会への貢献も期待されている。
 地域やNPO・NGOの活動には若い活動家の参画が不可欠だが、人材不足で悩む団体は多い。そのため、学生が集まる場である大学と活動を通して連携できるメリットは大きい。大学側も、実践的な教育の場を持つことができる。
 もちろん、学生自身が得るものも大きい。学ぶフィールドを大学の「外」に持てることは、学生自身の学びを深めることにもつながるし、さまざまな常識、視点、価値観を持った大人たちと一緒に活動をすることで視野を広げ、コミュニケーション能力を磨くことができる。
出典:総務省HP「域学連携」地域づくり活動
 学生たちの学びに対する姿勢にも、一昔前と比べて変化がみられるようだと池上先生は語る。「特に3.11の東日本大震災以降、学生たちの意識に変化が見られます。今の大学生たちは、あれだけの災害が現実に起こるということを、高校生のときに目の当たりにしています。テレビで被災映像を見ていた当時は、何かしたくてもできなかった。けれど大学が進めている『域学連携』という枠組みの中で、今なら自分にも社会と関わりながらできることがあるかもしれない、と考えている学生は少なくありません。」大学が学生たちの「一歩を踏み出す」足場になることで起きる変化は、確実にあるようだ。

第二世代の若者たちから見える未来

 外国ルーツの子どもたちが直面する現状を見ていくと、言葉や文化の壁、人間関係の問題、学力の問題、貧困、そして差別や偏見など、困難な状況をイメージさせるキーワードは容易に浮かび上がってくる。もちろんこれは、厳しい現実を反映した結果でもあるが、こうした厳しい現実を乗り越えたくましく成長し、活躍する子どもたちも出てきている。池上先生が「第二世代の若者たち」と呼ぶ、子どもの頃に来日し、日本での進学や就職を通して日本の社会に確実に根を張る外国ルーツの若者たちだ。
 こうした若者たちは、多種多様なバックグラウンドを持ち、時には差別や偏見と闘い、外国ルーツの子だからこそぶつかる壁があった点で、他の多くの外国ルーツの子たちと変わらない。しかし、静岡文化芸術大学にも、自分たちの経験をもとに外国ルーツの後輩やその親である地域の外国人向けにキャンパスツアーを組み込んだイベントを企画・運営する学生が現れてきており、「支援される側」から「支援する側」に回っている点でこれまでとは大きく異なる。大学もこのイベントを許可するだけでなく予算をつけて応援している。池上先生は彼らが多様化する社会のリーダー層となれる素質を持っていると注目している。
 ここで一つのプレゼンテーション動画を紹介したい。これは2013年に浜松国際交流協会主催で開かれた「はままつグローバルフェア」の中で行われた、外国にルーツを持つ若者のトークイベントだ。「~可能性へ向けてのRESTART(再出発)~」というタイトルのつけられたこのイベントで、若者たちは自分たちの決して平たんではなかった軌跡と、未来に向けての決意を語っている。
 彼女たちの講演を前に、先生はこう語る。「自分たちの辛い経験を降り注ぐ『雨』に例えて、それを栄養にして花を咲かせようとするタフさ。このタフさは、日本の子どもたちでもなかなかありません。こうした第二世代の出現は、大きな変化です。」静岡文化芸術大学には、外国ルーツの子どもたちが毎年数名入学するようになってきている。まだ数は少ないものの、こうした若者たちは全国で現れ始めているという。
 彼らのような多様化社会のリーダーとも呼べる若者たちの存在はまだ少ないこともあり、外国人コミュニティの人たちもほとんど知らないし、日本人ももちろん知らない。しかし、確実に生まれつつある外国ルーツの「第二世代の若者たち」の姿を知らしめることで、彼らをロールモデルにして育つ子たちが増えるのではないかと、池上先生は考えている。
 一方で、外国ルーツの子どもたちの中には日本語はおろか母語ですら思考を組み立てることができず、低学歴から不安定就業で低収入になり、その子どももまた低学歴になるという負のスパイラルに陥ってしまうケースもある。若くして望まない妊娠をしたり、犯罪に手を染めてしまう子もいる。外国ルーツの子どもたち同士でもいじめはあるという。このような子どもや若者たちが学習の機会や地域と関わる機会を得ることができ、自分に自信を持つきっかけを与えられるような環境が今後ますます必要だ。

どう模索するか—「多文化共生」のカタチ

 日本にいる在留外国人の数は約206万人(2013年12月末時点)。一般永住者と特別永住者を合わせた「永住者」だけで全体の約50%を占め、そこに定住者と日本人の配偶者等、永住者の配偶者等という、日本への定住志向が強いと思われる人たちを加えると65%を超える。実に3分の2にあたる数の在留外国人が、日本への定住志向が強いと思われる人たちだ。
 これだけの数の外国人が日本に住むという選択をし、日本で育った外国人の中からグローバル化が進む日本社会で活躍できる人材が出始めている今、外国ルーツの子どもを受け入れる側もまた意識の変革を迫られる。先生はその意識変革の一つをこう語る。
 「外国人を『支援の対象』として扱うのではなく、『支援をする側の人材』として地域の中で一緒に暮らしていく、という道があるのではないでしょうか。多文化共生を『外国人に関心のある人たちのみの話題』とすると、閉じられた議論になってしまいます。そうではなくて、たとえばみんなが関心を持つ『防災』といったテーマを通すことにより外国人を巻き込んで話をしていくことができます。」
 大きな災害が起こったときなど、日本語がわからず地域の人たちとの交流も全くない外国人は「支援される側」になってしまいがちだ。けれども、災害時に役立つ多言語対応のツールが用意されていたり、普段からお互いに助け合う関係が築けていたりすれば、外国人であっても日本人と一緒になって「支援する側」にまわることができる。
 「多文化共生」には賛成、反対、条件付き賛成、無関心——などさまざまな反応がある。しかし、不可逆的なグローバル化が進みつつある日本社会に住む以上、海外事例を参考にしながら、自分たちの国や地域にあわせたローカリゼーションをどのように行うかを考えていくことは未来につながる。また、今回のフォーラムでは地域による外国ルーツの子どもたちへの支援について、対処療法的なアプローチだけでなく、長い時間をかけて彼ら自身が被支援者から支援者へ成長するよう促すアプローチについての可能性も示していただいた。
 最後に多文化共生を考えるヒントとして、外国ルーツの子どもたちが直面する困難について、先生の投げかけを紹介する。
 「外国ルーツの子どもたちは日本の新たな『担い手』としても活躍できる貴重な人材です。このような子たちを排除する社会になってよいのでしょうか。そのような日本の社会に未来はあるのでしょうか。」
【企画・取材協力、執筆】(株)エデュテイメントプラネット 山藤諭子、柳田善弘
【取材協力】認定NPO法人国際協力NGOセンター(JANIC)、静岡文化芸術大学 池上重弘教授