2017/02/07
[第3回] 生徒同士が話し合い、教え合う「対話を通した学び」で教科学力と生徒自身が学び取る力を、共に育む ~東京都立国立(くにたち)高校3年生「生物」での実践 [3/5]
3.クラス全員が安心して学べる環境づくり
年度の最初に時間をかけて、生徒の人間関係をしっかり築かせる
生徒が先生の講義を聴くだけではない形をつくりあげるまでに、大野先生は4月からどのような指導をしてきたのか。
4単位の「生物」は3年生の選択科目であり、履修者の多くが国公立大学の個別学力検査で「生物」が入試科目となる生徒だ。難関国立大学や医学部を志望する生徒も含まれる。履修者である21人の所属クラスはばらばらで、4月時点では、初対面という生徒同士もいる。
そうした「生物」の授業において、大野先生は生徒自身による生徒同士の「対話を通した学び」を取り入れた意図を、「多くの生徒は、教員から課題を与えられて学習することに慣れています。しかし、大学や社会では、課題を自ら発見して、自分で考え、行動し、解決していかなければなりません。そうした力をつけてほしいと思い、生徒たちが自力で解決する『対話を通した学び』を行っています」と語る。
大野智久先生
授業の進め方は、大野先生が教科書を基に作成したプリントの課題に生徒が取り組むというものだ。生徒は教科書や資料集を読み、自分で考えを整理し、ほかの生徒に説明したり聞いたりしながら解答をまとめていく。授業を見学した3年生のクラスでは、大野先生の講義を中心とした授業をすることはほとんどなく、生徒から質問があった場合に答えるという授業を行っている。
「教員が生徒一人ひとりに対応できる時間は限られていますし、生徒は自分より理解が進んでいると思う友だちの話の方を真剣に聞き、学びます。そこで、理解度の高い生徒が『先生』となり、生徒同士で話しをして、聞いて、考えて、解決できるような環境をつくりたいと考えました。初対面の生徒も多いので、4?5月は生徒の不安を取り除くように頻繁に声をかけますが、一度、人間関係ができてしまえば、生徒たちはどんどん話し合いながら解決していきます。そして、その方が、教員が教えるよりも着実に理解が進みます」と、大野先生は説明する。
多くの生徒は、「対話を通した学び」に慣れているわけではない。だから年度の最初は、生徒が互いを知り、安心して話ができる関係づくりを授業の第一目的とした。トランプのカードで同じ数字を引いた者同士で4人組をつくり(男女混合になるように調整)、テーマの書かれたカードを引いて、「夏休みの思い出」「尊敬する人」「お正月の楽しみ」など、引いたテーマで話をする。互いの名前が分かるように、名札をつけるのもルールだ。そして、これらのコミュニケーションタイムが終わると、先生がプリントを配布し、生徒はそのグループのまま、プリントの課題に取り組む。
「共通の話で盛り上がると、互いの個性が分かってきて、だんだん話しがしやすくなっていきます。このクラスでは、生徒たちの様子を見て、5月の半ば頃まで100分の授業時間の最初の15分間をコミュニケーションタイムとして、続けました。また、トランプでのグループ分けも7月頃まで続けました」
それだけの時間を充てても、この時期に生徒の人間関係をしっかり築いておけば、その後の「対話を通した学び」の質が向上するため、教科学力の定着に問題はないと、大野先生は捉えている。
生徒の様子を見取って、個別にフォローする
生徒が安心して学べる場をつくるためには、生徒にカウンセリング的な対応が必要になることもある。今年の「生物」の授業では、4月の初めに、ある生徒がプリントで解けなかった課題について質問に来た。グループ学習の際に変な質問をして、メンバーの学習を滞らせ、ほかの生徒に迷惑をかけてはならないと思ったからだ。大野先生は生徒の質問に答えて安心させた後で、「思い切って友だちに聞いてごらん」と促した。「周りの人も分かっていると思い込んでいたり、分かっていないと言い出せなかったりしているだけだから、質問をしても大丈夫。あなたの質問に答えようとして一生懸命に考えたり、うまく説明しようとしたりすることが、その生徒の学びになる。自分が思った素朴な疑問を出すことで、みんなに貢献できるよ」とアドバイスをした。
次の授業で、大野先生がさりげなく見守っていると、その生徒はグループのメンバーに質問をしていた。最初は不安そうな表情だったが、メンバーが真摯に答えてくれたことに安心したようで、次第に表情が和らいでいった。そして、以降はその生徒が、大野先生に授業以外で個別に質問にくることはなかったという。
「特に自己肯定感の低い生徒は、学習を投げ出してしまいがちで、さらに成績が悪くなるという悪循環に陥る傾向にあります。また、人間関係の悪化や学力不振は、いじめや不登校につながる場合もあります。未然に防げるよう、支援が必要な時には見逃さずに介入しています」(大野先生)