2015/04/28
第67回 自分で学習できる子とできない子で、効果的な学習方法は異なるか?
研究員 佐藤 昭宏
第59回のオピニオン「学び方の工夫で家庭環境による格差を縮められるのか」では、ベネッセ教育総合研究所が2014年に実施した「小中学生の学びに関する実態調査」の分析結果から、①子どもの学習方略を工夫することで保護者(母親)の学歴による学力格差を縮小できる可能性があること、②中学生になると、「モニタリング方略」や「意味理解方略」のような学習方略が子どもの「学力」に与える影響は、保護者の学歴以上に強くなること、等を紹介した。
しかしながら学習方略が「学力」に与える影響は、「学び手」である子どもの発達状況や学習状況——例えば、子どもがどれくらい自立して学習できるか——によっても異なるのではないか。
そこで今回のオピニオンでは、小中学生の学習に関する実態調査の親子データを使用し、子どもの自立学習の程度別に、学習方略の利用が子どもの「学力※」に与える影響を確認してみよう。分析には、第59回のオピニオンの結果で学習方略が成績に与える影響がより大きくなることが確認された、中学生データを使用する。
※ 「小中学生の学びに関する実態調査」では、多様な「学力」を測定することが困難であるため、以下では「学力」を示す1つの指標である成績の自己評価を「学力」として用いる。
※ 「小中学生の学びに関する実態調査」では、多様な「学力」を測定することが困難であるため、以下では「学力」を示す1つの指標である成績の自己評価を「学力」として用いる。
最初に、保護者票・子ども票にある「親に言われなくても自分から勉強する」(子ども票Q8-11、親票Q3-6)の項目を使用し、子どもの自己評価と親の他者評価による、子どもの自立学習のタイプ分けを行った。その結果をまとめたものが表1である。
表1 自立学習に関する親子評価の分布(中学生)
※ 「不一致タイプ」は2タイプ存在し、それぞれ異なる特徴を持つことが想定されるため、当初は区別して分析を行ったが、表2の分析モデルではタイプによる違いがほとんど確認されなかったため、今回の分析では「不一致」タイプとして1つに統合し、その結果を掲載している。
もっとも比率が高いのは親子とも「親に言われなくても自分から勉強する」に「あてはまる」と回答した「自立タイプ」である。子どもの自己評価だけでなく、親の目から見ても自立学習ができていると評価されている子どもが、中学生全体の約半数(47.3%)存在している。
親子で評価が一致しなかった「不一致タイプ」(26.5%)と、親子ともに「親に言われなくても自分から勉強する」に「あてはまらない」と回答した「非自立タイプ」(26.2%)は、ほぼ同じ比率であった。「自立タイプ」を除く残りの半数は、この「不一致タイプ」か「非自立タイプ」のどちらかに該当する。
では、これらの自立タイプ別に、学習方略が中学生の成績に与える影響を明らかにするために重回帰分析を行ってみよう。分析に使用した変数は、以下の通りである。
<従属変数>
成績の自己評価 総得点【中学生・5教科成績】(1~21点)
<独立変数>
第59回のオピニオンで、中学生の成績に対して有意な影響が確認された影響力の大きい上位3つの学習方略の回答を「まったくない」=1、「あまりない」=2、「ときどきある」=3、「よくある」=4に得点化し、変数として利用。※質問は「あなたは勉強するときに、次のことがどれくらいありますか」
【意味理解方略】
「問題を解いた後に、ほかの解き方がないかを考える」
「○付けをした後に解き方や考え方を確かめる」
【モニタリング方略】
「重要なところはどこか考えて勉強する」
「何がわかっていないか確かめながら勉強する」
「問題を解いたあとに○つけをする」
【体制化方略】
「要点が整理された参考書を使う」
<統制変数>
学歴:短大卒以上ダミー(母親)
分析の結果(表2)、明らかになったことは以下の3点である。
1つ目は、自立タイプ、不一致タイプよりも、非自立タイプの子どもたちの間で、学習方略利用が成績に与える影響が最も大きい、ということである。各タイプの分析モデルが、どの程度の説明力をもつかを確認するために、決定係数(調整済みR2乗値)を比べたところ、自立タイプ0.144、不一致タイプ0.127、非自立タイプ0.224と、非自立タイプの決定係数が最も高かった。学習方略の工夫は、自立学習ができている子どもたち以上に、自立学習がうまくできていない子どもたちにおいて、より効果があると言える。
2つ目は、意味理解方略の1つである「○付けをした後に解き方や考え方を確かめる」は、子どもの自立学習の状況にかかわらず、成績にプラスの影響があるという点だ。影響力の大きさを示す非標準化係数を比較すると、若干の差はみられるものの、どのタイプにおいても成績に対して統計的に有意な効果が確認された。子どもの学習を支援する保護者や周囲の大人は、子どもが○つけをしているかどうかという事実だけでなく、○つけを通して、自分の解き方や考え方を確かめているかどうかまでを確認するような働きかけを心がけたいところだ。子どもの学習内容を確認する時間がなかなか確保できない場合は、○つけの際に解答と見比べて、自分の解き方や考え方とどこが違ったのかを子どもに意識させるような声かけを行うと良いだろう。
3つ目は、子どもの自立学習の状況によって、効果のある学習方略やその影響力は異なる、ということである。自立タイプでは、「何がわかっていないかを確かめながら勉強する」「問題を解いた後他の解き方を考える」「問題を解いたあとに○つけをする」といった学習方略が、成績にプラスの影響を与えていることが確認された。自立タイプの子どもたちの間でも、基本的な学習方略の利用の有無やその「質」(自己の理解の状況をどれくらい客観的に捉えられているか等)が成績差につながっている可能性がある。
不一致タイプは、「重要なところはどこかを考えながら勉強する」で統計的に有意な効果がみられた。与えられた課題や学習内容をただ「こなす」だけでなく、自分なりに優先順位や内容の重要性を考えながら学ぶことができるかどうかが、成績向上はもちろん、自立学習習慣をたしかなものとして定着させていく上でも有効と言えそうだ。
不一致タイプは、「重要なところはどこかを考えながら勉強する」で統計的に有意な効果がみられた。与えられた課題や学習内容をただ「こなす」だけでなく、自分なりに優先順位や内容の重要性を考えながら学ぶことができるかどうかが、成績向上はもちろん、自立学習習慣をたしかなものとして定着させていく上でも有効と言えそうだ。
最後に非自立タイプであるが、自立タイプと同様「何がわかっていないかを確かめながら勉強する」「問題を解いた後他の解き方を考える」で成績に有意な影響が確認された。興味深いのは、「要点が整理された参考書を使う」において、成績に対するマイナス効果が確認された点である。もちろん、要点の整理された参考書を利用すること自体が問題なわけではない。ポイントは、子どもの自立学習の状況に併せて、どのように学習方略を利用していくか、という点だ。自立的に学習することができないうちから、要点がまとめられた参考書で勉強する習慣を身につけてしまうことは、見方によっては、自分で何がわかっていないかを確かめながら勉強したり、他の解き方を考える機会を手放してしまっていると捉えることもできるだろう。もちろん、今回の分析モデルでは明らかにならなかったが「要点が整理された参考書を使う」メリットもあるはずなので、子どもの自立状況に合わせて、学習方略を工夫することが大切だ。
表2 自立学習のタイプ別 中学生の成績の規定要因(重回帰分析)
※ (*** p<0.001, ** p<0.001, * p<0.05)
※ 独立変数間の相関を確認するために、多重共線性の診断を行ったところ、危険性は確認されなかった
※ 独立変数間の相関を確認するために、多重共線性の診断を行ったところ、危険性は確認されなかった
「学力」や学習内容の理解度だけでなく、子どもの学習状況をふまえた学習方略の指導・支援を
以上、中学生の自立学習のタイプ別に学習方略が子どもの成績に与える影響をみてきた。今回の分析から得られた知見をまとめると、以下の3点になる。
-
学習方略は、自立学習ができている子どもたちよりも、自立学習ができていない子どもたちの間で、 成績に与える影響が大きい。
(学習方略の工夫は、自立学習ができていない子どもたちに特に有効) - 意味理解方略「○つけをした後に解き方や考え方を確かめる」は、子どもの自立学習の状況にかかわらず、成績にプラスの効果をもたらす。
- 子どもの自立学習の状況によって、効果的な学習方略の内容や影響力は異なる。
自立学習の習慣が定着していない子どもに対して、まず学習時間を確保することから習慣づけを図ることはもちろん大切だ。しかし今回の結果から見えてきたように、学習習慣がまだ身についていないような子どもたちこそ、併せて子どもたちの自立学習の状況に適した学習方略を指導、支援していくことが「学力」向上を図る上で重要だ。学習時間を定期的に確保できたとしても、学習のやり方が分からないままであれば、学びの価値を実感できず、努力も報われないことから、学習に向かう意欲を失ってしまうかもしれない。
子どたちが本来備えているであろう「自ら学び、学びとる力」を伸ばす、有効な「学び方」と具体的な指導・支援策を検討していく際に、子どもが「学び方」をどう受け取るのかといった視点も大切にしたい。
子どたちが本来備えているであろう「自ら学び、学びとる力」を伸ばす、有効な「学び方」と具体的な指導・支援策を検討していく際に、子どもが「学び方」をどう受け取るのかといった視点も大切にしたい。
著者プロフィール
佐藤 昭宏
ベネッセ教育総合研究所 研究員
ベネッセ教育総合研究所 研究員
ベネッセコーポレーション入社後、初等中等領域を中心に、子ども・保護者・教員の意識・実態、教育選択に関する調査研究を担当。近年、担当した主な調査は、
「中高生のICT利用実態調査」、「小中学生の学びに関する実態調査」(2014年)、「第2回学校外教育活動に関する調査」(2013年)、「第5回学習指導基本調査」(2010年)など。その他、教育情報誌編集や教材開発にも携わる。
その他の活動:福岡県教育センター専門研修講師(2014年)、公立小中学校校長会研究大会・公立高校進路講演会講師(2010~2014年)。
最近の研究関心:「自律的な学習者を育てる指導の在り方」「消費社会における子どもの自立・社会化」「義務教育段階におけるキャリア教育のあり方」。