2020/11/25
言語能力や思考力を効果的に高める教育活動や授業のあり方を考える【前編】
泰山 裕 ● たいざん・ゆう
鳴門教育大学大学院 学校教育研究科 准教授
園田学園女子大学講師を経て、現職。専門分野は、思考力育成、授業設計、授業研究、教育工学、情報教育。学習指導要領等の改善に係る検討に必要な専門的作業等協力者(中学校「総合的な学習の時間」)や文部科学省「次世代の教育情報化推進事業企画検証委員」などを歴任。
園田学園女子大学講師を経て、現職。専門分野は、思考力育成、授業設計、授業研究、教育工学、情報教育。学習指導要領等の改善に係る検討に必要な専門的作業等協力者(中学校「総合的な学習の時間」)や文部科学省「次世代の教育情報化推進事業企画検証委員」などを歴任。
中村 和弘 ● なかむら・かずひろ
東京学芸大学 教育学部 教授
神奈川県川崎市の公立小学校教諭や東京学芸大学附属世田谷小学校教諭を経て、現職。専門分野は、国語科教育学。中央教育審議会「言語能力の向上に関する特別チーム」委員、学習指導要領等の改善に係る検討に必要な専門的作業等協力者(小学校国語)などを歴任。
神奈川県川崎市の公立小学校教諭や東京学芸大学附属世田谷小学校教諭を経て、現職。専門分野は、国語科教育学。中央教育審議会「言語能力の向上に関する特別チーム」委員、学習指導要領等の改善に係る検討に必要な専門的作業等協力者(小学校国語)などを歴任。
小野塚若菜 ● おのづか・わかな
進行/ベネッセ教育総合研究所
1.不可分な関係にある「言語能力」と「思考力」
小野塚 新学習指導要領では、「言語能力」は「学習の基盤となる資質・能力」と位置づけられ、その重要性が強調されています。言語能力の向上は、子どもの学びや育ちにどのような価値があるとお考えでしょうか。
中村 大きく分けて三つあると考えます。一つめは、言語能力の向上が、子どもの学習や生活の質を高めることです。子どもが、学校生活や日常生活の中で、考えを伝え合ったり、文章の読み書きをしたりして、常に言葉を用いて活動していることを考えると、それは当然と言えます。二つめに、頭の中で起きていることに目を向けると、人は言葉を用いて考えますから、言語能力が向上すれば、思考も促され、深まっていくと考えられます。三つめは、各教科の学びを豊かにすることです。各教科には、それぞれ固有の言葉の使い方があり、そういった言葉の理解も言語能力の一つです。子どもが教科の言葉に興味を持つことは、教科内容の理解の深まりにつながり、各教科の見方・考え方が醸成されることになるのです。
小野塚 二つめの、言語能力の向上によって思考も促される、とはどういうことでしょうか。
中村 思考と言語は、切っても切れない関係にあります。どちらが先かと問われると、「鶏が先か、卵が先か」という話と同じになってしまいますが、例えば、小学校では、理由を説明するときに「なぜかと言うと」「どうしてかと言うと」といった言葉を用いるように指導します。子どもは、「なぜかと言うと」と言い方に導かれて、理由をしっかり考えて説明しようとします。あるいは、ぼんやりと考えていた理由が、「なぜかと言うと」という言葉を用いて説明することでシャープになります。そのように、思考を支える言葉を用いると思考は促され、思考が促されるとさらに言葉は豊かになっていきます。そうした言語と思考の関係性から、言語能力の向上は、思考力の向上にもつながると考えられるのです。
2.言語能力や思考力は、正解のない問題に向き合う力となる
小野塚 言語能力や思考力を育むことは、これからの時代を生きる子どもたちにとって、どう役立つのでしょうか。
泰山 今後も社会は急速に変化し、例えば、コンビニエンスストアなどで客が自分で会計をするセルフレジが普及しているように、やり方に正解があるようなことは、人の代わりにコンピューターが担うようになるでしょう。そして人には、正解を見通せない、また正解が一つとは限らない問題が次々と突きつけられていきます。そうした時代の社会を生きていくためには、問題に向き合い、考えて、より多くの人にとっての「納得解」を導き出す力が求められます。
コロナ禍が好例ですが、世界中の誰もが答えを持ち合わせない問題には、自分で様々な情報を集め、最も妥当と考えられる方法を選択して行動しなければなりません。そのような行動をとるためには、知識を持つだけでなく、知識に基づいて考えて判断したり、自分の考えを主張したり、交渉したりするときに用いる言語能力や思考力が必要になるのではないでしょうか。
コロナ禍が好例ですが、世界中の誰もが答えを持ち合わせない問題には、自分で様々な情報を集め、最も妥当と考えられる方法を選択して行動しなければなりません。そのような行動をとるためには、知識を持つだけでなく、知識に基づいて考えて判断したり、自分の考えを主張したり、交渉したりするときに用いる言語能力や思考力が必要になるのではないでしょうか。
中村 私もそう思います。コロナ禍でも見られますが、人は不安になるとより強い意見に引っ張られやすくなります。しかし、強い意見が常に正しいとは限りません。自分の知識を基に考える力があれば、周囲の意見をそのまま受け入れるのではなく、よいところを取り入れながらも、自分で問い直したり考えたりしながら、問題の解決に向かうことができるでしょう。そうした問題解決を支える言語能力や思考力は、これからの時代にますます重要になるはずです。
3.19種類の「思考スキル」で、思考力を行動レベルに具体化
小野塚 言語能力や思考力を育成する上で、特に留意すべき点をお聞かせください。
泰山 言語の活用を通して、思考・判断し、表現する能力を高めていく重要性は、新学習指導要領でも強調されています。そのような資質・能力を育む上で考えたいのが、「思考とは何か」ということです。私たちは「考える」とよく言いますが、実はそこには多くの意味が含まれます。例えば、国語と算数とでは、言葉では同じ「考える」でも、何を対象にどのように考えるかは異なります。さらには、国語の中でも、物語と評論では読み進める上で求められる思考は異なるわけです。
ですから、「思考力を育成する」といった学校教育目標を立て、「今日の授業では〇〇について考えよう」といった授業のめあてを掲げて育成しようとしても、子どもによって「思考」や「考える」行為の捉え方が異なる状態では、効果的な思考力の育みにはなかなかつながりません。
ですから、「思考力を育成する」といった学校教育目標を立て、「今日の授業では〇〇について考えよう」といった授業のめあてを掲げて育成しようとしても、子どもによって「思考」や「考える」行為の捉え方が異なる状態では、効果的な思考力の育みにはなかなかつながりません。
小野塚 そうすると、「考える」という行為をもう少し具体的に捉える必要があるということになりますね。
泰山 その通りです。私は研究で、各教科の学習指導要領や教科書の内容から、子どもにどのような思考パターンが求められるかを分析し、思考を行動レベルにまで具体化して、19種類の「思考スキル」に整理しました(図1)。
図1
思考スキルは、全教科に共通する思考パターンを抽出し、特定の教科のみに表れるパターンは含めていません。また、19種類の思考スキルは、子どもの思考パターンのすべてを示したものではありませんが、重要なのは、そうした枠組みで思考を捉えることです。授業で子どもに求める「考える」は、19種類のどれにあたるのかを具体的にイメージできれば、指導しやすくなるでしょう。
ですので、この19種類は、子どもに習得・活用してほしい「考え方」の一覧でもありますし、こうした学びで子どもが身につけた思考スキルを、状況に応じて活用して問題解決できる力こそ「思考力・判断力・表現力」だと、私は捉えています。
ですので、この19種類は、子どもに習得・活用してほしい「考え方」の一覧でもありますし、こうした学びで子どもが身につけた思考スキルを、状況に応じて活用して問題解決できる力こそ「思考力・判断力・表現力」だと、私は捉えています。
中村 思考スキルが、思考の枠組みであると同時に、子どもに身につけさせたいスキルであることがよく理解できました。小学校国語科の新学習指導要領には、「情報の扱い方に関する事項」が新設され、思考スキルにあたる内容が盛り込まれています。泰山先生の研究は、新学習指導要領の理念と重なる部分が多いと感じました。
4.小・中学校の国語科で頻出する思考スキルを比較
小野塚 泰山先生、中村先生、ベネッセ教育総合研究所の共同研究では、小学校国語科の新学習指導要領解説から思考スキルを抽出し、抽出数に基づいて特徴を考察しました。その結果の一部を紹介すると、次のような特徴が見いだされました。
【学齢別の分析】
全学齢を通して最も抽出数が多かったのは、≪評価する≫である。低学年では≪順序立てる≫が最も多く見られた。
全学齢を通して最も抽出数が多かったのは、≪評価する≫である。低学年では≪順序立てる≫が最も多く見られた。
【領域別の分析】
「話すこと・聞くこと」「書くこと」「読むこと」の領域ごとに分析すると、それぞれ、≪見通す≫≪評価する≫≪関係づける≫が最多であった。また、≪評価する≫は、全領域で上位に挙がった。
「話すこと・聞くこと」「書くこと」「読むこと」の領域ごとに分析すると、それぞれ、≪見通す≫≪評価する≫≪関係づける≫が最多であった。また、≪評価する≫は、全領域で上位に挙がった。
【小学校と中学校の比較】
小・中学校ともに、≪評価する≫が最多であった。同じ≪評価する≫でも、中学校ではより高次元の能力が求められるなど、系統性が確認された(図2)。
小・中学校ともに、≪評価する≫が最多であった。同じ≪評価する≫でも、中学校ではより高次元の能力が求められるなど、系統性が確認された(図2)。
図2
小野塚若菜, 泰山裕, 中村和弘. 小学校国語科学習指導要領における思考スキルの抽出—中学校との系統的な思考力育成を目指して—. 全国大学国語教育学会秋季大会. 2020.10.31. オンライン会場
≫ 当日の発表資料はコチラ
≫ 当日の発表資料はコチラ
小野塚 この結果から読み取れることについてどのようにお考えですか。
泰山 小・中学校の学習活動は、どういった点が異なるのか、そして、どのようにつながっているのかといった学習の系統性が、「思考」を軸に読み取れます。例えば、小・中学校の双方において、≪評価する≫が重要な思考スキルの一つと確認されましたが、≪評価する≫にもいくつかのレベルがあります。国語科における小学校と中学校の≪評価する≫は、何が異なり、どのように積み重なっていくのかという道筋が示されれば、教員はそれに沿って指導を組み立てることができるでしょう。これは、他の思考スキルについても同様のことが言えます。
中村 調査結果から、国語の授業のあり方や指導の方向性が見えてきたと思います。例えば、小・中学校のどちらにおいても≪評価する≫が上位という結果からは、国語科のどの授業でも、≪評価する≫こと、つまり、文章や会話など、幅広い意味での「言葉」を対象化・意識化し、メタ的に捉えることを目指していると言えるのではないでしょうか。
また、小学校低学年は、≪順序立てる≫思考スキルが最多でした。このことは、話すときにも聞くときにも、書くときにも読むときにも、「順序に気をつける」「順序を考える」ことが大切であることを示しています。そして、この≪順序立てる≫という思考スキルは、国語科だけでなく、他教科の学習活動、例えば、分かったことを発表するなどの活動でも生かされてきます。そのようなことが、学校全体のカリキュラム・マネジメントに結びついていくとよいのではないかと考えます。
また、小学校低学年は、≪順序立てる≫思考スキルが最多でした。このことは、話すときにも聞くときにも、書くときにも読むときにも、「順序に気をつける」「順序を考える」ことが大切であることを示しています。そして、この≪順序立てる≫という思考スキルは、国語科だけでなく、他教科の学習活動、例えば、分かったことを発表するなどの活動でも生かされてきます。そのようなことが、学校全体のカリキュラム・マネジメントに結びついていくとよいのではないかと考えます。
【後編】では、言語能力や思考力を高める指導を取り入れた授業について、具体的に考えていきます。