2014/11/21
第59回 学び方の工夫で家庭環境による格差を縮められるのか -「小中学生の学びに関する実態調査」の結果から-
ベネッセ教育総合研究所 初等中等教育研究室
主任研究員 邵 勤風(ショウ キンフウ)
主任研究員 邵 勤風(ショウ キンフウ)
文部科学省は2012年12月から2014年3月まで、次期学習指導要領の検討に向けての基礎資料を得ることを目的に「育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容と評価の在り方に関する検討会」を開催した。そこでは、諸外国の動向や国立教育政策研究所の検討を踏まえ、今後「主体性・自律性に関わる力」「学びに向かう力」「持続可能な社会づくりに関わる実践力」といった資質・能力の育成を重視することが確認された。日本の子どもの実態を踏まえ、受け身でなく、主体性を持って学ぶ力を育てる必要があることを示したのは、この検討会の成果の一つにあげられる。
とはいえ、どのように「主体的に学ぶ力」を育てればよいのだろうか。ベネッセ教育総合研究所では、そのことを考察するために、まずは子どもたちの学びの実態と抱えている課題を把握しようと考えた。そこで、一昨年から「よりよい学び方」や「学習方略」に関する実証研究を行ってきた(第42回・45回・54回のオピニオン)。さらに今回全国の小学4年生~中学2年生の子どもとその保護者5,409組を対象にした、子どもの学びや保護者の関わりについての実態と意識に関する調査を行った(2014年2月~3月実施)。本稿はこの調査の結果をもとに、家庭環境が子どもの学びに与える影響と、そこからみえてきた課題について考えていきたい。
本調査の特徴
本調査は以下の特徴がある。
① 教育心理学の「自己調整学習」理論を参考にした調査設計であること。
子どもが「目標」⇒「学習」⇒「成果」という学習サイクルに能動的に関わるためには、「学習意欲(学習動機づけ)」「学習方略」「メタ認知(自己理解)」が重要である。そこで、その3つを「主体的な学び」の3要素に設定した。調査では「主体的な学び」がどれくらい実現されているかということや、要素間の関係などを把握している。
図1「主体的な学び」の学習モデル
*「自己調整学習」理論を参考に作成。
② 親子カップリング調査であること。
本調査は子どもとその保護者を対象にしており、保護者の関わりが子どもの学びにどのような影響を及ぼしているのかをみることができる。
③ 学校段階を横断した調査であること。
本調査は小学4年生から中学2年生を対象にしており、その間の発達による違いや、小学6年生から中学1年生という学校段階移行期の変化をとらえることができる。
④ 今後、追跡調査が可能であること。
今回、継続モニターに調査を依頼しており、その対象に対しては追跡で変化をとらえることができる。それぞれの子どもや保護者の変化のプロセスをとらえることが可能である。
子どもの学習方略の使用状況-保護者の学歴による違い
学習方略の効用や保護者の関わりの実態は、本調査の「速報版」でも紹介している。本稿ではそこで取り上げた主な結果は割愛し、家庭環境(保護者の学歴)と子どもの学びとの関係についてもう少し詳しくみていきたい。
まず、どういう家庭の子どもが学習方略をよく使用しているのだろうか。ここでは、保護者の学歴別にみた子どもの学習の様子を取り上げよう。図2は母親の最終学歴別にみた中学生の学習方略の使用状況である。16項目のうち13項目に有意差があり、誌面の関係で、図2では母親の最終学歴による方略使用の差が大きい(8ポイント以上)項目を示した。これをみると、母親の最終学歴が高い家庭の子どもほど、さまざまな学習方略を取り入れていることが分かる。「プランニング方略」「モニタリング方略」「リソース活用方略」「調整方略」など学習に効果的といわれる方略の使用状況は、家庭環境によって差があるといえそうだ。
図2 学習方略の使用状況(母親の最終学歴別・中学生)
注1)母親の最終学歴の3区分は、保護者調査で、母親の最終学歴をたずねた質問項目「中学校」「高等学校」「専門学校・各種学校」を「高校・専門学校卒まで」、「短期大学・高等専門学校」を「短大・高専卒」、「四年制大学」「大学院(六年制大学を含む)」を「大卒以上」とした。
注2)「よくある」+「ときどきある」の%。
注3)有意差があり、かつ母親の最終学歴による方略使用の差が8ポイント以上の項目のみを図示した。
注2)「よくある」+「ときどきある」の%。
注3)有意差があり、かつ母親の最終学歴による方略使用の差が8ポイント以上の項目のみを図示した。
子どもの学習に対する保護者の関わり-保護者の学歴による違い
子どもの学習の様子が母親の学歴によって異なることが確認できたが、それでは保護者の関わり自体はどのように異なるのだろうか。図3は母親の最終学歴別に「ふだんの子どもとの関わり」をみたものである。23項目のうち11項目に有意差が出ており、その結果を示した。
学習方略の使用状況と同様に、最終学歴が高い母親ほど子どもの学習によく関わっていることが分かる。多くの項目で「高校・専門学校卒まで」と「大卒以上」との間に10~20ポイント以上の差があり、学習への関わりは家庭(保護者)による差が大きいことが示されている。とくに「数学の考え方や解き方の面白さを伝える」では、23.4ポイントと大きく差が開いている。
ここで取り上げたのは中学生のデータだが、小学生も同様な結果が得られた。保護者の学歴によって子どもへの関わりが異なること、また子ども自身の学習方略が異なることが確認できた。
図3 ふだんの子どもとの関わり(母親の最終学歴別・中学生)
注1)母親の最終学歴の3区分は図2と同様である。
注2)「とてもあてはまる」+「まああてはまる」の%。
注3)有意差のある項目のみをピップアップし図示した。
注2)「とてもあてはまる」+「まああてはまる」の%。
注3)有意差のある項目のみをピップアップし図示した。
「学力」をより強く規定するのは、「学習方略」か「母親の学歴」か
ところで、今回の調査では、勉強時間が比較的に短くても、学習方略を工夫することで学習効果をあげることができるという結果が得られている(速報版のp13 図4-3)。それでは、「学習方略」と「母親の最終学歴」とでは、それぞれどれくらい「学力」に影響を及ぼしているのだろうか。重回帰分析で探ってみた結果が、表1と表2である。
使用する変数
<従属変数>
学校の成績を「学力」として仮定する。
小学生 | 「国語」「算数」「理科」「社会」それぞれの5段階評価(保護者による評価)の総得点 |
---|---|
中学生 | 「国語」「数学」「理科」「社会」「英語」それぞれの5段階評価(子どもによる自己評価)の総得点 |
<独立変数>
以下の認知的・メタ認知的方略の種類ごとに各項目の回答結果を得点化し、独立変数として投入。
性別・母親の最終学歴・1週間の家での平均勉強時間に関する変数は以下の通りに設定し、独立変数として投入。
性別 | 「女子」=1、「男子」=0としたダミー変数を設定 |
---|---|
母親の最終学歴 | 母親の最終学歴についての3区分は図2の注1)にてご確認ください。「大卒以上」=1、「高校・専門学校卒まで」=0、「短大・高専卒」=0としたダミー変数を設定 |
1週間の家での平均勉強時間 | 学校がある日の平日の家での平均勉強時間×5日+学校がない日の休日の家での平均勉強時間×2日 |
上記の独立変数のうち、「学力」をより強く規定する変数は、どのようなものだろうか。
最初に表1で、小学生の結果を確認しよう。標準化偏回帰係数の大きさから影響の強さを推定すると、小学生の場合、「学力」に最も強い影響を与えているのは「大卒以上ダミー(母親の最終学歴)」である。これに続いて、「意味理解方略」「モニタリング方略」「1週間の家での平均勉強時間」「リソース活用方略」などが影響を与えている。母親の学歴を投入しても、学習方略が有意な効果として残る。しかし、学習方略や勉強時間よりも、母親の最終学歴のほうが「学力」に与える影響が強いことが分かる。それだけ家庭の環境が及ぼす影響が大きいということである。
それでは、中学生の場合は小学生と同様な結果になるのだろうか。
変数の設定は表1と同様である。
表2は中学生について同様の分析を試みた結果である。これをみると、「学力」に最も強く正の有意な影響を与えているのは「モニタリング方略」である。これに、「意味理解方略」が続き、「大卒以上ダミー(母親の最終学歴)」が3番目になっている。以下、有意なものとしては、「体制化方略」(負の影響)、「女子ダミー」(負の影響)、「関連付け方略」、「援助要請方略」、「1週間の家での平均勉強時間」が続く。母親の最終学歴も有意な影響を持っているが、それよりも「モニタリング方略」や「意味理解方略」などの影響が強いのが中学生の特徴である。
こうした結果からは、次のようなことが読み取れる。
- 小学生の時は、「学力」の規定要因として母親の学歴の影響が最も強いが、中学生になると学習方略の影響力が強まる。ただし、母親の学歴は小学生、中学生ともに有意な効果を持っている。
- 「モニタリング方略」「意味理解方略」は小中学生を通じて「学力」に強く効く方略である。
- 学習方略は勉強時間よりも「学力」に対する影響が強い。
本調査結果から今後の課題を考える
保護者の学歴は、小中学生の学習活動に影響を与えている。一方で、前述した中学生のデータから分かるように、保護者の学歴を統制しても「モニタリング方略」「意味理解方略」などの学習方略が学力の向上に有意な効果を持っていた。これはそうした学習方略を身につけることで、保護者の学歴(家庭環境)がもたらす格差を縮められることを示している。小学生の場合は、保護者の学歴の影響が強く、どのようなことがその格差を縮められる可能性があるのか、さらなる分析が必要である。
今回の調査結果からは学習方略*の効用や保護者の関わりの重要性が明らかになったが、いくつかの課題も見えてきた。たとえば、子どもたちは学習方略をどこで、どのように身につければよいのだろうか。また子どもの発達にあった保護者の関わりのあり方とはどのようなものなのか。家庭の事情で、保護者がなかなか子どもの学習に関われない場合、どのように保護者を支援したらよいのか。こうした課題を、教員を含め、教育に携わるすべての人たちが考え、一緒に解決していく必要があるだろう。
*学習方略の分類については伊藤崇達先生(京都教育大学准教授)にご指導いただきました。
著者プロフィール
邵 勤風
(ショウ キンフウ)
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員
(ショウ キンフウ)
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員
初等教育領域を中心に、子ども、保護者、教員を対象とした意識や実態の調査研究を担当。
これまで担当した主な調査は、「学習基本調査・国際6都市調査」(2006年~2007年)、「第3回子育て生活基本調査(小中版)」(2007年)など。
これまで担当した主な調査は、「学習基本調査・国際6都市調査」(2006年~2007年)、「第3回子育て生活基本調査(小中版)」(2007年)など。
最近の研究関心
- 幼保小接続や小中接続といった子どもの発達段階を踏まえ、学びの連続性を保障するための周囲(保護者や教師など)の適切な支援のあり方
- 子どもの「主体的に学ぶ力」の育成と保護者の関わり