2013/11/25
第31回生活をコントロールする力の大切さ—中高生が「自立」していくうえで考えるべきこと
ベネッセ教育総合研究所 初等中等教育研究室
室長 木村 治生
室長 木村 治生
生活習慣づくりの重要性
規則正しい生活を送ることは、子どもにとっても大人にとっても大切である。このことに異論はないだろう。幼児期であれば、食事、歯磨き、排泄、清潔(手洗い、入浴)、着衣などの生活技術の習得や、一定した起床・就寝時刻、必要な睡眠時間の確保といった正しい生活リズムの獲得が必要である。幼児の保護者の多くは、その重要性を理解し、子ども一人でもそれらができるようにすることに腐心する。
児童期も同様だ。子どもたちは、保護者の働きかけのもとで、生活技術の質を高め、自分なりの生活リズムを獲得していく。また、睡眠、食事、入浴といった生活時間のほかに、学校、遊び、勉強、習い事、メディア(テレビなど)といった多様な時間を意識的に過ごす必要も出てくる。テレビばかり見ていると「勉強しなさい!」、遅くまで起きていると「早く寝なさい!」と保護者の雷が落ちるのも、小学生を持つ家庭ではおなじみの光景だろう。このように、少しずつ、時間のやりくりをして生活をコントロールするという課題が生じる。
とはいえ、まだ、子ども一人で完全に生活をコントロールするのは難しい。となると、保護者の適切な関与が求められるが、保護者も多忙で十分に子どもにかかわれなかったり、子どもも反抗して保護者の言うことを聞かなくなったり。保護者自身の生活習慣の乱れもあって、子どもに規則正しい生活を送らせることはそれなりにたいへんだ。
そうしたなかで、文部科学省が推進する「早寝早起き朝ごはん」の国民運動は、生活習慣づくりに一定の成果を認めることができる。適切な運動、食事、睡眠が必要であることの科学的根拠に加えて、「全国学力・学習状況調査」の結果から朝食と学力との関連も示され、学力向上の面からも生活習慣づくりに取り組む学校が増えた。キャッチフレーズの分かりやすさもあって、自治体ごとの取り組みや学校の実践に拡大し、各家庭にも伝わっている。テレビに加え、パソコン、携帯電話、スマートフォンなどの情報端末の普及、塾や習い事などによる放課後の時間の多忙化など、子どもたちの生活が乱れやすい環境が広がる。それにもかかわらず、「全国学力・学習状況調査」の結果を見るとゆるやかにではあるが「早寝早起き」の傾向が強まり、朝食の摂取率も高まっている。
運動を中高生に広げる意味
こうした成果を踏まえて、文部科学省は生活習慣づくりに関する運動を中高生に広げようと考えている。筆者もそのための委員会(「中高生を中心とした子供の生活習慣づくりに関する検討委員会」)の委員に選任され、先日、1回目の会合に出席してきた。
中高生になると、生活圏が拡大し、行動が多様化するため、それまでよりも生活リズムが乱れやすい。また、生活の乱れは、不登校や引きこもり、過度のメディア依存といった問題行動との関連も懸念される。こうした状況の理解を深め、中高生本人や保護者などへの普及啓発や地域・学校での効果的な取り組みを推進しようというのが、委員会設置のねらいだ。冒頭に述べた通り、規則正しい生活の大切さは、子どもも大人も同じである。当然、中高生にとっても重要であり、今日的な状況を考慮すると、その生活習慣づくりを検討することは有意義だと思う。
しかし、心配もある。短期的な成果を急いで、大人が中高生の生活をコントロールしようとする方向に動かないか、ということだ。青年期は、自立に向けて自分で生活をコントロールする力を確立していく時期である。この点が、児童期までとの大きな違いである。中高生自身が規則正しい生活の大切さを理解し、生活のあり方をふりかえって、自分なりの改善を図れるようになるとしたら、この運動の意味は大きなものになるだろう。
学習時間の確保の問題
さらに、生活のなかでの「学習」のあり方を考えることも大きな課題だ。委員会の会合でも、保護者が夜遅くまで勉強させる(ないしは、勉強を否定しない)ことが、夜更かしの原因になっているのではないかと指摘があった。確かに、中高生になると学習の難易度が高まり、成績を向上・維持するためには一定の学習時間の確保が必須となる。そうしたことが、生活リズムに影響を与える可能性は否定できない。
そこで、子どもたちの生活時間を調べた調査(「放課後の生活時間調査」)のデータを用いて、学校の成績別に学習時間の状況を算出してみた(図1)。ここでは、中学生の結果を示している。果たして、成績の良い子どもは、睡眠時間を削るといった無理な勉強をしているのだろうか。
最初に、図の見方を説明しよう。図は横軸に午前4時から翌日の午前4時までの24時間を、15分刻みに表している。また、縦軸は、その活動をした人の割合を示している。たとえば、成績上位の中学生の16:00の行動は、「睡眠」1.3%、「生活」1.9%、「移動」11.8%、「学校」24.5%、「部活」37.5%、「遊び」4.3%、「学習」7.1%、「習い事」0.3%、「メディア」4.7%、「その他」6.1%、「無答・不明」0.5%となっている。
図1 中学生の生活時間(学校の成績別)
※成績は本人の自己評価による。「(1)上のほう-(2)やや上のほう-(3)真ん中くらい-(4)やや下のほう-(5)下のほう」の5段階のうち、(1)(2)を「成績上位」(全体の41.6%)、(4)(5)を「成績下位」(26.0%)とした。
※行動分類については、「放課後の生活時間調査報告書-小・中・高校生を対象に」(2009年)を参照。
※行動分類については、「放課後の生活時間調査報告書-小・中・高校生を対象に」(2009年)を参照。
さて、図を上下に見比べると、「睡眠」「移動」「生活」「学校」「部活」といった必要性の高い時間は、ほとんど成績による違いがないことがわかる。基本的な生活の枠組みというのは、子どもによる差が小さいようだ。一方で、比較的、時間の融通が効きやすい放課後の時間に集中する「遊び」「学習」「習い事」「メディア」の時間は、成績による違いが明確だ。とくに、「学習」は成績上位に多く、成績下位に少ない反面、「メディア」はその逆の傾向が示されている。
これを平均時間に換算したのが、表1である。
表1 中学生の行動の平均時間(学校の成績別)
成績上位 (分) |
成績下位 (分) |
差 (上位-下位) (分) |
|
睡眠 | 443.0 | 451.0 | -8.0 |
生活 | 123.8 | 116.7 | 7.1 |
移動 | 59.5 | 58.2 | 1.3 |
学校 | 450.6 | 440.2 | 10.4 |
部活 | 56.3 | 51.1 | 5.2 |
遊び | 19.7 | 31.2 | -11.6 |
学習 | 142.1 | 99.4 | 42.7 |
習い事 | 12.4 | 8.7 | 3.7 |
メディア | 80.5 | 117.4 | -36.8 |
その他 | 46.5 | 60.4 | -13.9 |
無答・不明 | 5.5 | 5.7 | -0.2 |
※この調査では、主要な行動を15分刻みでたずねており、同じ時間帯で重複する行動については回答してもらっていない。このため、「メディア」の時間などは短めに表われていると考えられる。
「時間の使い方」がポイント
表1からうかがえるのは、成績上位の中学生が必ずしも「睡眠」を削ってまで勉強しているわけではない可能性だ。少なくとも、睡眠時間と成績の関連は弱そうだということはわかる。それでは、どこで「学習」の時間を生みだしているのかというと、それは「メディア」の時間をはじめとする自由度の高い時間のやりくりだ。つまり、時間の使い方がポイントといえる。
さらに、学習時間について詳細にデータを検討すると、成績上位の中学生は下位の中学生と比べて、「学習塾」が約20分、「宿題以外の勉強」が約25分長い。では、「宿題以外の勉強」をいつやっているかを調べると、早朝4:00から7:30の時間帯や、部活終了後夕食までの17:00から18:30の時間帯で差が生まれている。成績上位の子どもたちが、スキマ時間を上手く活用し、勉強している様子がよくわかる。
「時間の使い方」を考え、修正する機会を
1日は、誰でも平等に24時間=1,440分。特定の時間が増えれば、別の時間を減らさなければならない。
成長期にある中高生にも、適切な運動、食事、睡眠をとることの重要性は変わらない。そのうえで、学習だって欠かせないし、気分転換にはゲームや遊びも意味を持つ。携帯電話やスマートフォンでの友だちとのやりとりだって貴重である。それぞれの行動の意味を理解しながら、自分の状況を客観的にとらえ、全体のなかでバランスを失っていないかを確認する。生活の目標から限られた時間にどのような行動を割り当てるかを決め、改善の必要があれば修正する。そんな「生活をコントロールする力」を、中高生に育てたい。それは、中高生がやがて成人して「自立」していくうえで、欠かせない力になる。
そのためには、小学生のときよりもずっと、時間の使い方について自分で考える機会をもつことが必要だ。周囲の保護者や教師は、時間の使い方を指示するのではなく、子ども自身が考える機会を設け、それを支援するような方法論を持つことが求められる。たとえば、子どもとともに図1のようなグラフを見ながら、大人自身も時間の使い方を考え、お互いに改善目標を立ててみるといった試みは有効ではないか。
中高生の多様性と発達段階の特徴を考えたとき、「早寝早起き朝ごはん」のような明快な方法論が見出せるかはわからない。個々の中高生が主体的に考えるのは、高いハードルがあるかもしれない。しかし、挑戦する価値は高いのではないか。そう考える。
著者プロフィール
木村 治生
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員
ベネッセコーポレーション入社後、初等・中等教育領域を中心に子ども、保護者、教員を対象とした意識や実態の調査研究、学習のあり方についての研究、教育市場(産業)の調査などを担当。文部科学省や経済産業省、総務省から委託を受けた調査研究にも数多く携わる。専門は社会調査、教育社会学。これまでにかかわった主な調査研究・論文は以下の通り。
- 学習基本調査(2001年~)
- 子育て生活基本調査(2002年~)
- 学校教育に対する保護者の意識調査(朝日新聞社との共同調査、2004年~)
- 子ども生活実態基本調査(2004年~)
- 義務教育に関する意識調査(文部科学省委嘱調査、2004年)
- 進路選択に関する振返り調査(経済産業省委託調査、2005年)
- ICTメディアに係る子どもの利用実態および利用環境等に関する調査(総務省委託調査、2005年)
- 教員勤務実態調査・小中学校教員調査(東京大学委託調査、2006年)
- 学校長の裁量・権限に関する調査(文部科学省委託調査、2006年)
- 学校外教育活動に関する調査(2009年)
- 「【連載】データでみる子どもの世界」『教員養成セミナー』時事通信社(2007~2009年)
- 「小中学生の芸術・スポーツ活動状況に関する実証研究」『文化政策研究』第6号(2013年、西島央・鈴木尚子との共著)
その他活動:東京大学社会科学研究所客員准教授(2007年)、中央大学非常勤講師(2005~2008年)など