2016/01/19
第89回 「子どもの未来を考える」⑨ 地域を支える人材を育むアクティブ・ラーニング ~学科改革編~
BERD編集長 石坂 貴明
学校と実社会を結び付けたアクティブ・ラーニング(以下、AL)が、生徒の学ぶ意欲を喚起し、21世紀型スキルの涵養にもつながる授業改革の事例を前回は取り上げた。今回は、地域特性を活かしたカリキュラムを核にして、新しい学科を創設する高校における改革の取り組みを紹介したい。
いま“条件不利地”といわれる地域にある公立高校の一部で、全国から生徒募集するための「高校の魅力化」が始まっている。背景にあるのは過疎化の進行で、入学者数減少による廃校が不可避になりつつある場合が多い。地域に高校がなくなるインパクトは、地方では非常に大きい。遠い高校まで通学せざるを得なくなると、身体的・経済的負担が増し、場合によっては家族ごと高校に通いやすい地域へ転出し、過疎化の加速リスクが高まるためだ。
しかし、ひと言で「魅力化」といっても、学校のホームページに美辞麗句を並べただけでは志望者が増えることは期待できない。「こんな学校で学んでみたい!」と他地域の生徒でさえ志望してくる高校をつくらねばならない。今回は魅力ある高校づくりの中心に、実践的なALを採り入れようとする長野県白馬高校の事例を取り上げたい。同校を紹介するのは過疎地における参考事例としてだけでなく、これからの高校教育で強く求められる21世紀型スキル修得のための授業づくりのヒントや、地域と連携協働する高校の在り方の本質を抽出できると考えるからだ。
“オリンピック”の栄光だけでは止められない過疎化
2016年春、長野県白馬高校は従来の普通科に加えて、観光知識と英語力を実践的に身に付けられる国際観光科(1クラス40名)を創設する。同校はこれまで上村愛子さんなど卒業生・現役生を含め9人ものオリンピック選手を輩出してきたが、過疎化の影響で1989年に約400人在籍していた生徒数が2004年時点で約半分にまで減少していた。過疎化による廃校の可能性も出てきた状況の中、1993年に設立された「白馬高校を育てる懇話会」から20年以上の議論と検討を経て、白馬村と隣接する小谷村は地域を支える学校として白馬高校を存続させたいという行政としての意思決定は行っていた。
白馬の山々を臨む白馬高校
しかし、その時点で白馬高校の在校生徒数は、長野県教育委員会が示した高校再編計画の基準を満たしていなかった。すなわち、「全校生徒数が160人以下で、かつ卒業者の半数以上が当該高校へ入学している中学校がない場合」という基準に2年連続で抵触していたのだ。その場合、通常の選択肢は①地域キャンパス化(分校化)②他校との統合 ③募集停止(現役生卒業後閉校)のいずれかだが、白馬高校の場合は違っていた。
白馬村長、小谷村長以下、学校関係者、自治体関係者が一致団結し、第4の選択肢である学校存続のために域外からも生徒募集するための「高校魅力化」を選択したのだ。そのためには授業改革だけでは足りず、カリキュラム全体を見直す学科改革で臨む必要があり、それが最終的に今回の国際観光科の創設へとつながっていった。
良質な学びをALで実感する公開授業参加者たち
まず魅力化に際して白馬高校が着手したのは、徹底的に自らの強みや資産を見つめ直すこと、そして、それを学びのカリキュラムとして編成することだった。白馬の資産は何といっても豊かな自然環境だが、近年急増している外国人観光客の存在も他地域では得難い学びの環境だと位置付けた。そこで魅力化の第1の柱を、日本のおもてなし文化を実践的にグローバルな素養と共に学べる国際観光科の創設とした。さらに、学びをより深めるための第2、第3の柱が後述する公営塾と教育寮の設置である。
2015年10月に行われた公開授業および公営塾、教育寮見学会を取材した。当日は、2016年4月入学を検討する多数の生徒と保護者が、白馬村や長野県内はもちろんのこと、福岡、滋賀、新潟、静岡、千葉、東京、広島、鳥取、愛知、ベトナムを含め計10家族38人が参加していた。公開授業に先立って、北村桂一校長、宮澤和人教頭、生徒会メンバーから次々に熱の入った学校PRが行われた。
公開授業は「英語」と「観光」で、いずれもALのスタイルだった。最初の授業はオールイングリッシュによる英語の授業だったが、教室内は初めて顔を合わせる生徒同士で水を打ったように静まり返っていた。しかし、英語で他己紹介するために必要な要素を他の生徒から聞き出すゲーム形式の授業によって、教室の雰囲気は一変した。生徒の力量差にかかわらず、一人ひとりがきちんと英語で発話をしていたのが印象的だった。授業開始早々、生徒同士は一気に打ち解け、誰もが授業に参加できる安心感が醸成されていた。
オールイングリッシュによる英語の体験授業
観光の授業は「村が一番多い都道府県はどこ?」という問いから始まり、ゆるキャラの経済効果の考察に至るまで教科を横断するような内容だった。また、常に教師と生徒たちがやりとりをしながら授業を進行することもあり、観光という抽象的な概念をより身近で、自分にとって意味のあるものとして感じられる授業になっていた。
参加した生徒たちの感想は、「こんな授業を受けてみたい」「ますます入りたくなった」「普通科しか考えていなかったけど国際観光科も面白いと思った」等々、概ね好評だった。ただ、英語科の清水貴弘先生も観光を担当された社会科の小松真之先生も新しい学科開設のために特別に配属されていたわけではない。学校内で勉強会や検討を重ねながら、国際観光科が目指す「様々な分野で主体的に活躍できる人材」育成のための授業づくりを行ってきた結果だという。
英語科の清水貴弘先生
社会科の小松真之先生
確かに、限られた時間の中で授業の魅力を伝えようとする時に、板書をノートに書き写させたり、一人ひとりに個人ワークをさせたりする方法では限界がある。生徒たちに感じて欲しいのは、その場にいる教師と生徒だけが協働して生み出せる価値であり、自らが能動的に思考するからこそ得られる発見や学びの面白さだ。逆にいえば、そのような効果をもたらすためにALは適した方法といえるのではないだろうか。
学びを一層ダイナミックにする外部連携
白馬高校におけるALは学校内だけに留まらない。知識・技能のインプットに加えて、それらを活用して実践的な課題に取り組むことで21世紀型スキルや地域人材としての能力資質の修得を目指している。特に新設される国際観光科では、村全体の自然や施設を教室と見立てて、自らの体験を通して学ぶ年間カリキュラムを編成していく予定だ。
2015年9月に発表された白馬村とヤフー株式会社による連携協定の中にも「白馬高等学校生徒のキャリア教育推進や生徒との協働事業の実施」が盛り込まれた。この連携によって、白馬高校の生徒たちが体験できるのは、たとえばオンライン宿泊予約や地域産品PRなど販売促進を行うインターネット通販サービスのプロモーション、その他ICTを活用したキャリア教育、デジタル人材育成、ICTリテラシー教育など多岐にわたる。今後の予定としては、大手旅行代理店やホテルオペレーターらとの連携構想があるという。
このような高校単独では困難な能動的かつ実践的な学び、すなわち社会とリンクしたALも、外部連携を効果的に行えば実現することができる。生徒たちは、最も身近な地域社会と多くの接点を持ちながら学ぶことで、初めて自分が社会で活躍するイメージを持てるのではないだろうか。さらに、それが学びのモチベーションとなり、観光英語、数学(統計、マーケティング)や自然科学などの知識・技能の習得→活用→探究という学びの好循環へと向かうことを期待したい。
さらに新学科創設というカリキュラム改革に加えて、白馬高校では学校授業外でも学び効果を最大化するためのサポート体制を整備している。それが前述した、学校敷地内に開講した公営塾「しろうま學舎」と、共同生活の中で全人的教育を目指す教育寮の開設だ。運営費は白馬村と小谷村が補助することもあり、しろうま學舎は月額3千円、教育寮は食費込みの月額5万円で利用が可能になっている。
白馬高校敷地内につくられた公営塾「しろうま學舎」
しろうま學舎では平日と土曜日の放課後に、英数国を中心に個別指導を行う。そこで、生徒の選択カリキュラムや進度に合わせて、豊富な動画コンテンツなどで学習できるClassiという学習支援クラウドサービスを導入し、都市部に負けない環境を提供している。これにより教師は生徒の学習状況をリアルタイムに把握しながら最適な指導や出題ができ、必要に応じて公営塾と本校とが連携しながら指導することも可能になる。
首長が運営に参画する全国初のコミュニティスクールへ
長い紆余曲折の末、自ら行った選択に真摯に向き合っている白馬高校関係者の決断と本気度には敬服するが、その成果はもう現れ始めているのかもしれない。それは公開授業への参加が全国からあったことに加えて、当初は少数でも、非常に高い志を持った生徒たちが入学してくる可能性を感じたからだ。
ある男子生徒は家族で毎年のように白馬を訪れているそうだが、白馬の自然が大好きで後世にも残したいと思っていたという。そこで今回の国際観光科創設の話を聞き、ぜひとも入学したいと思うようになったそうだ。高校入学後は白馬のことはもちろん、観光や英語やマーケティングを実践的に学び、大学へ進んだ後も白馬の自然をずっと守りながら、その素晴らしさを世界に発信していきたいとしっかりと語っていた。
このような頼もしい入学希望者を惹き付けたのも、地域と学校とが協働しようという強い姿勢が生徒たちにも伝わったからであろう。生徒を含めた学校現場と多くの関係者たちが胸襟を開き、徹底的に議論する中で多くの知恵が出され、当初は想像もしなかったソリューションを生んだ結果に他ならない。実は「正解のない課題に対して、主体的に協働して取り組み、思考・判断・表現できること」は、次期学習指導要領で最も重視される資質・能力であるが、まさにそれらが地域として発揮されていることが素晴らしい。これからも試行錯誤は続くと思われるが、その資質・能力を育むことで白馬高校も自らの手で未来を創っていけるのではないだろうか。
白馬高校の魅力化への取り組みは緒に就いたばかりだ。「真の成果は、従来入学してこなかった多様な生徒たちが入学し、新しい学びのカリキュラムを通して地域を支える人材が育つこと」だと白馬村役場の魅力化担当である渡邉宏太さんは語る。同校は今年中には、全国初の首長自身が学校運営委員に加わるコミュニティスクールになる予定だ。地域と学校との関係性に関しては多くの学校でも模索が続く中、明確なビジョンのもと推進される白馬高校の新しい学びと、それを可能にする地域との連携・協働をこれからも注目していきたい。
著者プロフィール
石坂 貴明
いしざか たかあき
ベネッセ教育総合研究所ウェブサイト BERD編集長
いしざか たかあき
ベネッセ教育総合研究所ウェブサイト BERD編集長
アメリカでホテル開発に従事後、ベネッセコーポレーションへ移籍。ベネッセ初のIRT(項目反応理論)採点の検定試験を開発、社会人向け通信教育(ニューライフゼミ)事業ユニット長、在宅主婦ネットワークによる法務サービス事業責任者等、主に新規事業に多く関わる。その後、移住・交流推進機構(JOIN)に出向し、総括参事として総務省「地域おこし協力隊」等を立ち上げる。教育テスト研究センター(CRET)事務局長を経て、2013年より現職。主に、「シリーズ・未来の学校」、「SHIFT」、「CO-BO」、「まなびのかたち」をプロデュース。 グローバル人材のローカルな活躍、日本の伝統と学びのデザインに関心。