2016/07/05
第103回 「一生学び続ける」を科学する② 学び続ける力を獲得・強化する高等教育の環境を科学する
研究員 佐藤 昭宏
学習者が自ら学び続ける力を獲得、強化していくために高等教育はどうあるべきか。高等教育のあり方を、高等教育だけではなく、社会との接続や中等教育以下の学校段階における子どもの学びや育ちとのつながりの中で検討していくこと。それが今年度の高等教育研究室の中心テーマである。
文部科学省が毎年実施している学校基本調査(平成26年度)の結果によれば、18歳人口に占める高等教育機関への進学者(専門学校含む)の割合は8割に達した。
この20年間、私立大学を中心に高等教育の量的拡大が進む中で、これからの社会変化に対応していくためにどのような資質や能力を育成していくべきか、新たな資質・能力観に基づく教育課程の編成と、それを支える経営・財政のあり方についての検討がなされてきた。しかしながら、実際に改革を実行するにあたり、何を拠り所にこれまでの教育を評価し、どこから、どのような方法で改善していくべきなのか、有効な評価指標や、得られた成果や課題を指導改善につなげていくための方法論を、未だ確立することができていない状況が続いているように見える。
この20年間、私立大学を中心に高等教育の量的拡大が進む中で、これからの社会変化に対応していくためにどのような資質や能力を育成していくべきか、新たな資質・能力観に基づく教育課程の編成と、それを支える経営・財政のあり方についての検討がなされてきた。しかしながら、実際に改革を実行するにあたり、何を拠り所にこれまでの教育を評価し、どこから、どのような方法で改善していくべきなのか、有効な評価指標や、得られた成果や課題を指導改善につなげていくための方法論を、未だ確立することができていない状況が続いているように見える。
こうした状況の打開策として、昨今、注目を集めているのが2008年の中央教育審議会「学士課程教育の構築」答申(※1)以降、議論されてきた「高大接続改革」だ。この改革のねらいは、大学入学者選抜のあり方だけではなく、接続する高校教育や大学教育の内容を一体的に改革していくことにある。しかしながら、2016年3月末に提出されたいわゆる「高大接続答申」(※2)では、世の中の関心やマスコミの注目は、新テストにどのような問題が盛り込まれるかや、その評価方法に集まった。今回の改革でより重要なことは、「一体的改革」が、形式的な選抜方法の改革に留まらず、本当の意味でこれからの社会を生きる児童や生徒、学生にとって必要な能力や資質を高める「教育の中身」の改革につながっていくのか。高等教育やその接続領域だけではなく、中等教育以下の学校段階の教育改革とどう連動していくのか。さらに、社会の構造的変化の中に今回の改革がどう位置づけられるのか、という点であろう。これら一連の改革は、これからを生きる子どもたちのために、大人がどれだけ教育に対する見方や考え方を変えることができるのかという問題でもある。
これらの点について今回の改革が、何ら変化をもたらすことができないようであれば、形式的に新たな評価が導入されたとしても、(狭義の意味での)「学力」を中心とした評価が、大学受験や就職試験において残存し、結果、各学力層ごとに、ますます小さな差を生み出すための「多様な」教育を競い合うような「息苦しい」未来に着地してしまう可能性がある。
そこで高等教育研究室では、今年度「生涯にわたる学び」(キャリア発達)という視点を軸に、社会において高等教育がどのような役割機能を果たしていくべきかそのあり方を検討していく。「ユニバーサル・アクセス」と呼ばれる時代だからこそ、職業上のキャリア形成や「働く」ことだけに限定されない、生涯にわたる発達という視点から、社会人として必要な資質・能力を定義していくことが大切である。また、その内容を産業界や大学、高校、専門学校等の教育関係者だけではなく、乳幼児や初等中等教育の関係者など幅広いステークホルダーを巻き込みながら、幅広く幼児から社会人までの「学ぶこと」と「成長すること」を横断的に議論していくことが重要だと考える。
具体的には、以下3つのテーマを中心に、高等教育現場の課題解決やその議論の素材となる実態を調査研究を通じて明らかにするとともに、現場の実践的な課題解決に役立つモデルを提案していく。
学びの主体性をエンカレッジする「環境」に関する研究
2015年に実施した「大学での学びと成長に関するふりかえり調査」では、これまでの大学教育改革を通じて、主体的学びの「機会」は広まったものの、大目的である学生の「学びの主体性」(子離れ、自立)獲得には、十分結びついていないことが明らかになった。「主体的に学ぶことができない」大学生が、主体的に学び続ける目的や理由をみつけ、学びのサイクルを継続的にまわしていくプロセスにおいて、有効な「環境」のあり方とは何かを調査研究を通じて明らかにしていく。
その際、大人が教育や社会化の文脈で学生の主体性の獲得を議論している限り、本当の意味で学生が「主体性」を身に付けることはできないのではないか、という課題認識から、学習者自身がどのような教育を通じて、どのような能力・スキルを獲得し、価値づけ、社会に出てからの学びや働きにつなげているのか「学び手」の視点から研究を行う。
<目標—指導—評価>を一体的に運用する方法論の開発
新しい能力観のもと、どのように指導と学びを変え、その成果を評価し、次の指導と学びに生かしていくのか。大学教育においては、今、その抜本的な変革が、社会政策的要請だけでなく、学習者(入学者)の質の変化という意味でも求められている。こうした現状に対して、教育現場では改革を通じて「変わらなければならない」という認識は共有され、さまざまな実践や活動が変化してきているが、依然「あるべき姿」にはなっていない。
その主な原因として、「目標・指導・評価を一体的に運用していくための共通言語と成長モデルの不足」があると考える。そこで、学びを通して能力を高め、学びを促進していくプロセスのどこに問題があり、どのように働きかけると学びが促進されるのか、学生の学びと成長を促進・阻害する要因を整理し、教育改善に向けた「共通言語と成長モデル」の開発を行っていく。さらにこれらの言語やモデルを各大学の改革や実践の文脈に落とし込んでいくための方法論の開発も行う。
職業教育を通じた多様な学びと社会への移行のあり方に関する研究
高校卒業後、大学に進学しなかった若者は、その後どのような経験や学びを経て、社会へ移行していくのか。
専門学校は、この20年間、安定して高卒者(過年度卒含む)の約2割が進学している進学先でありながら、これまで大学教育の「代替的進路」、あるいは「大学教育との差異」という文脈でしか実態把握がなされていない。
専門学校は、この20年間、安定して高卒者(過年度卒含む)の約2割が進学している進学先でありながら、これまで大学教育の「代替的進路」、あるいは「大学教育との差異」という文脈でしか実態把握がなされていない。
そこで、既存の専門学校教育を通じて、生徒が何を学び、どのような資質能力を獲得し、社会とつながっていくのか、社会への移行のあり方を含めた実態把握を行い、専門学校への進学を検討している子どもや、それを支援する教師や保護者に対して、新たな進路選択の素材となる情報を提供していく。さらに分析から得られたエビデンスを活用し、昨今の高等教育の機能分化・再編の動きの中に、専門学校がどう位置づくべきか、高等教育機関としてのあり方を検討していく素材を発信する。
おわりに
グローバル化、超少子高齢化、技術革新など、社会変化に対応していくために、若者に多様な学び方、働き方、生き方が求められる一方、その実態や学びの「その後」を知るためのエビデンスや情報は不足したままである。
高等教育研究室では、調査研究を通じて、学習者自身が高等教育を通じて「何を」「何のために」「なぜ」学ぶのかを考える新たな指標や視点を提供するとともに、高等教育機関が、教育の質を向上させていくための改革のあり方を研究開発し、広く世に発信、提案していきます。ご期待ください。
著者プロフィール
佐藤 昭宏
さとう あきひろ
ベネッセ教育総合研究所 研究員
さとう あきひろ
ベネッセ教育総合研究所 研究員
初等中等教育から高等教育分野まで幅広く、子ども・保護者・教員を対象とした実態調査や私教育市場に関する調査研究の設計・分析を担当。近年は大学や専門学校を中心とした高等教育機関や地方自治体の教育委員会との実践研究を通じた教育の質向上に関する調査・研究・開発活動に従事。生涯学習時代における学校教育と職業・社会のつながり方、青年期の主体的なキャリア形成を支援する場のデザインに関心を持っている。