2024/05/13

「探究的な学びの基盤となる思考力をどう育成・評価するか」ベネッセ教育総合研究所学習科学研究室 思考力育成研究 公開研究会 ウェビナー開催報告

はじめに

 ベネッセ教育総合研究所では、外部の様々な教育機関や学校等と連携して、探究的な学びの基盤となる思考力を育成するための研究に取り組んでいます。2024年3月、これまでの研究成果を報告する公開研究会「探究的な学びの基盤となる思考力をどう育成・評価するか」をウェビナー形式で実施しました。これまで行ってきた思考力のアセスメント教材の開発や実践研究の報告を基に、「思考力をどう捉えて育成するか」という観点から多様な意見が交わされました。
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趣旨説明

 ベネッセ教育総合研究所の小野塚若菜主任研究員が、開会の挨拶とともに、本研究会の趣旨を次のように説明しました。
 ベネッセ教育総合研究所では、VUCAの時代に自ら課題を見つけ、学び、考え、判断して行動し、よりよい社会や人生を切り開いていく子どもを育みたいという思いで研究に取り組んでいます。本研究会は、そのように主体的に課題を見つけて、考え、行動する子ども、言い換えると自ら探究的に学ぶ子どもをいかに育てるかを、育成と評価の観点から参加者とともに考えることを目的としています。
 現行の学習指導要領では、「知識及び技能」「思考力、判断力、表現力等(以下、本文では思考力と記す)」「学びに向かう力・人間性等」という資質・能力の3つの柱をバランスよく育てることが求められています。それを踏まえて、ベネッセ教育総合研究所は、次の3つの仮説を立てて研究を進めてきました。
  1. 思考力は普段から意識的に価値づけたりつないだりする工夫が必要。
  2. 子ども自身が、思考力がついたことを実感できることが大切。
  3. 探究的な学びの中で発揮することが「思考力を発揮する姿」となる。
 仮説を実践に結び付ける上では、思考力をどう捉えるかが非常に重要です。そこで、鳴門教育大学大学院の泰山裕准教授(2024年3月現在)らが2014年に行った、学習指導要領やその解説を分析して抽出された19種類の思考スキルに着目しました。この理論的枠組みでは、思考力を「思考スキルの習得とその状況に応じた発揮」と定義することで、思考力の指導を捉えることが可能となり、教科等共通の目標として用いることが可能になります。
 そうした考え方の下、ベネッセ教育総合研究所では、発達段階に応じた幼小中高一貫の指導・評価の枠組みをつくること、そして思考力の育成指導の具体的な方法、および学習成果を測る高品質なアセスメントの開発・提供を目指しています。本研究会では、それらに関わる研究や実践の内容をご報告いたします。

【理論編】

 ベネッセ教育総合研究所との共同研究に取り組む泰山准教授が、思考力をどう捉えて育成していくか、研究の成果を交えて語りました。
 社会の変化に伴い、仕事に求められるスキルは変化しています。現時点の予測では、2050年の社会では「問題発見力」が最も必要なスキルになると考えられています。そうした社会の変化を受けて、私たちには探究し続け、学び続けることが求められています。
 社会がどう変化しても生きていく子どもを育むために、今、学校現場に求められるのは、「自律的に探究できる力」の育成です。そのために重要なのは、課題の設定、情報の収集、整理・分析、まとめ・表現といった探究の一連のプロセスを支える「思考力」を育てることです。これまで皆さんも思考力の育成を大切にされてきたと思いますが、一体、思考力とはどのような力かを改めて考えてみてください。
 専門教科や普段接する子どもの学齢、また学力レベルなどにより、思考力をどう表現するかは異なるはずです。思考力という言葉のイメージは人によって様々であってよいと思いますが、一方でそれが思考力の育成を難しくしている要因でもあります。つまり、思考力とは、非常に曖昧で文脈に依存した概念なのです。
 そこで、思考力を整理する必要があると考え、学習指導要領と解説の分析を通して19種類の「思考スキル」を抽出しました。授業の中での「考える」には多くの種類がありますが、思考スキルに置き換えることで具体的に捉えやすくなるはずです。
 1人1台端末が行き渡り、誰でも多くの情報を集めて簡単に表現できる環境になりました。だからこそ、比べたり、つなげたり、分類したりと、情報を整理・分析するための様々な思考スキルを、子どもと共有し、教えることが重要になるでしょう。はじめは教員の支援を受けながら、次第に子どもが自分で意識して思考スキルを使えるようになると、自律的に探究する姿につながると考えています。
 思考スキルを指導する上では、例えば、「比較する」だけを取り出して教えることは難しいはずです。思考スキルは、教科等の文脈で発揮する中で身に付くものだからです。「比較する」では、小学校1年生の算数で数の大小を比べ、小学校3年生の理科で共通点や相違点に着目して、小学校5年生の国語で記事を比べ読みするといったように、教科の深まりに応じて内容と方法を往還させながら指導することが求められます。
 しかし、思考スキルとして整理しても、子どもの中でどのように深まっているかが見えづらい場合もあります。そこで、どの教科にも見られる子どもが思考する姿と、思考スキルを対応づけて一覧にした「Can-do statements(Cds)」を開発しました。Cdsを用いて目標基準を設定することで、子どもが思考スキルを発揮する具体的な姿を捉えられます。
 Cdsを使うと、教科等を横断して思考力を育成する目標の共有も可能になります。例えば、最初に国語である思考スキルを教え、その後の算数で同じ思考スキルを扱う場合、きちんと身に付いているかを評価するといったこともできます。そのように、Cdsと思考スキルという枠組みを用いることで、各教科等の文脈に沿って育成した思考力を汎用的な能力として高められます。自律的に探究できる子どもを育てるというゴールに向けて、そうしたツールが活用できることも踏まえて議論を進めていきたいと思います。

ベネッセ教育総合研究所の研究アプローチ

 ベネッセ教育総合研究所は、思考力の育成を支援する教材と評価アセスメントの開発に取り組んでいます。渡邊智也研究員がその方針や内容を説明しました。
 ベネッセ教育総合研究所では、「目標・指導・評価」のフレームワークである思考力のCdsを軸に指導と評価の一体化を方針とする教材・アセスメントの開発に取り組んでいます。現在開発中の教材の1つが、「自習型思考力教材」です。各教科・単元における思考力の学びと評価を一体的に行う形成的アセスメントであることが、この教材の特徴です。
 同教材では、最初にガイダンスを通して、Cdsと思考スキルの関係の説明や、Cdsを発揮する具体例の提示を行い、この教材が扱う「思考力」という概念自体への理解を深めます。次に、「講座パート」で国語や数学といった各教科の単元で特定のCdsに基づく思考力の学習に取り組み、「力試しパート」できちんとその力を習得できたかを確認します。その後、そのCdsについて、同じ教科内の同じ単元もしくは別の単元で「確認テスト」(形成的アセスメント)を行い、思考スキルを活用して思考力を発揮できるかを試します。さらには、一定期間の経過後、同じ教科にとどまらず、ほかの教科でその思考力を発揮できるかを問う確認テストも設定しています。そして最終的には、教科に依存しない文脈で思考力を発揮できるかを問う総括的アセスメントに取り組むという流れになります。
 一例として、数学の「文字と式」の単元で、「画びょう」の個数をテーマとした学習を紹介します。この学習ではまず「焦点化する」「関係づける」という2つの思考スキルを使って問題に取り組み、思考力の目標を達成できることを示します。指導の中では、これらの思考スキルが教科のコンテンツに沿う形でどのように使えるのかを具体的に説明して思考過程のメタ認知を促し、学習者の中に「思考スキルは教科での問題解決に確かに役立つものだ」という認識を形づくります。
 続いて、別の教科で「焦点化する」「関係づける」の思考スキルが求められる問題に取り組みます。そして総括的アセスメントとして、「会議で提示された情報を整理し、議事録を完成させる」など、特定の教科知識を意識させない課題で、それまでに身に付けた思考スキルを発揮できるかを試します。こうした教材・アセスメントを通じ、思考力を適切に発揮して実社会の課題解決ができる力の育成を目指しています。

事例紹介 幼児期の思考力の発揮を捉える保育実践の紹介

 ベネッセ教育総合研究所の杉田美穂主任研究員が、思考力の一貫的な育みを考える上で踏まえておきたい幼児教育・保育の独自性について説明しました。
 幼児期の子どもは、小学校以降の教科書を用いた教科学習における自覚的・系統的な学びとは異なり、遊びの中で探究を実現していきます。そうした育ちの過程をカリキュラムベースで整理する観点から研究に取り組んできました。幼児教育・保育においては教科書に基づいた到達目標は示されませんが、要領・指針等に示された「10の姿」には、思考スキルの発揮を見取れる姿が多く描かれています。そして、それらは小学校以降の教育活動につながることが確認されています。
 幼児が遊ぶ姿から思考力を見取ることは、子どもにとっていくつもの利点があると考えています。まず、子どもの姿を「楽しそう」「遊びこんでいる」といった言葉で表現するよりも、きめ細かく思考の発揮を捉えられます。次に、保育者はそうした姿の発揮を促す環境の工夫をより具体的に検討できます。さらに、保護者や小学校の教員との共通の言葉が生まれて、遊びの中できちんと力が育まれていることを説明しやすくなります。共同研究に取り組む園では、思考スキルの発揮をどう捉えているかに加え、その効果や課題、また保育者の資質向上や保護者の連携といった観点から実践報告をしていただきます。

「子どもの姿を捉える新たな視点」ベネッセ新横浜保育園 梅澤京子先生

 子どもの見取りでは、養護の観点をしっかりと踏まえた上で、思考スキルの側面から捉えると適切な支援が見えてくることがあります。例えば、ある5歳の子どもは、自分の嫌なことには取り組まない姿がありました。子どもたちの発案により卒園式で歌と踊りを披露することになっても練習に参加しようとしません。
 理由を聞くと「踊りは恥ずかしいからしたくない」とのこと。そこで、“やりたくない”だけではなく、自分にできることはないかを考えてみようと声を掛けると、「やっぱり踊りはやりたくない。でも歌は歌う」と答え、当日はしっかりと歌っていました。そうした姿を思考スキルの観点から捉えると、嫌である理由を言えたことは「理由付ける」、歌ならよいと折り合いをつけたことは「多面的にみる」など、思考スキルが発揮されている姿が見えてきます。
 これまでも保育者は同様の関わり方をしてきましたが、感覚的なところが大きく、そこに思考スキルの観点を取り入れることで、援助方法が言語化されて鮮明になりました。子どもの姿からどのような思考スキルが発揮されているかを考える園内研修では、若手の保育者が「自分の関わりで子どもが思考力を発揮していると分かって自信がついた」と語っていました。そうした見取りを基に、「〇〇さんは優しいね」だけではなく、「いろいろなことに目を向けて考えられるよね」などと、思考スキルに基づく価値付けをすることで、子どもが意識して学びに向かう力につながっていくと考えています。

「思考スキルを用いた保育による子どもの捉え方の変化」ベネッセ川崎新町保育園 林舞子先生

 本園では、5歳児クラスで思考スキルを活用した保育を実践しました。「あおのじかん」という絵本を導入として、自分の好きな青色を画用紙に再現して友だちと「比較する」、皆の作品を近い色で分ける作業で「分類する」、空や海など、ほかの青色と結び付けるなど「関連づける」といった思考スキルの発揮を想定して環境を整えました。保育者が直接的な言葉で導くのではなく、子どもが思考スキルを発揮したくなるように、例えば、画用紙は比べやすいように短冊状にするなど、環境づくりや準備を工夫しました。子どもたちは、最初はバラバラに並べられていた短冊を近い色同士でまとめたり(分類する・比較する)、空や星空をイメージする言葉が出てきたり(関連づける)、クリスマスの装飾を「青の世界にしたい」と話したり(広げてみる)して、思考スキルを発揮する様子が見られました。
 保育者は、思考スキルの観点を持つことで子どもへの理解が深まりました。見取れるものが増えて、非認知能力を具体的に捉えられることもありました。ほかの職員とも子どもの姿を共有しやすくなったと感じます。また、目に見える認知能力を求めがちな保護者もいますが、思考スキルの観点から伝えることで共通理解は深まりやすくなると思います。
 実践にあたり、「思考スキルが先か、活動が先か」という点は悩みました。これに関してはどちらのケースも考えられますが、保育者が予測をして意識して子どもの姿を見取ったりふり返ったりすることが大切だと考えています。また、特定の思考スキルに注目し過ぎると、それ以外の思考力や思いを見逃しやすいことを保育者が認識することも大事だと感じました。実践を通して、子どもは元々思考スキルを持っており、保育者の見取りと援助によって、その力をより発揮できると実感しました。これからも子ども自身が意識して学びに向かえる経験を積み重ねられるような援助を続けます。

事例紹介 葉山町立小・中学校での実践の紹介

 葉山町立小・中学校での実践の紹介にあたり、ベネッセ教育総合研究所の須永正巳主任研究員が共同研究の背景やねらいを説明しました。
 葉山町では、「“人を育てる”葉山」を標榜し、新しい時代に必要となる資質・能力の育成の一環として、探究学習を深めていくことを構想しています。その前提として教科等の学びを通じて資質・能力を身に付けることが重要と考え、2023年度よりベネッセ教育総合研究所との共同実践研究に着手しました。2023年度は小・中学校各1校の7名の教員がCdsをめあてに設定する授業を実践して成果や課題をまとめました。

「探究的な学習のための思考力の育成と評価」葉山町立長柄小学校 水木裕介先生

 5年生の社会科「日本の工業生産と貿易と運輸」の単元で、Cdsを活用した授業を実践しました。指導計画の作成では、指導書や教科書の内容を探究的な学習の過程に沿って整理した上で、Cds一覧表に基づいて、身に付けさせたい思考力を検討しました。今回、めあてとして設定したCdsの項目は次の通りです。
[課題の設定]
#2 設定した課題に対し、調べる方法や進め方を考えることができる
#4 事象や情報の関係をとらえ、傾向を見いだすことができる
[情報の収集]
#6 複数の情報を目的に沿って整理することができる
[整理・分析]
#12 対象や事象に対してさまざまな視点からとらえることができる
[まとめ・表現]
#18 相手や目的、状況に合った方法で表現・説明することができる
 単元全体をふり返ると、Cdsを活用した指導計画の工夫により、身に付けさせたい思考力を意識して授業を展開できたことは大きな成果と感じています。めあてが明確になったことで、子どもたちは、情報の読み取りや整理、考えをまとめる力などを高められました。話し合いも活発に行われ、様々な視点の獲得にもつながりました。一方で、授業時間に対して活動の時間が不足していると感じる子どもがおり、その点は課題です。今後は、年間を見通して思考力の育成に努めるとともに、ほかの教員と思考スキルの価値や育成する手法を共有することなども目指していきます。

「思考力を育む単元デザイン」葉山町立南郷中学校 河野紘典先生

 以前より協働学習やプロジェクト型学習に力を入れ、1人では取り組めない単元を貫く学習課題を設定したり、学習の進め方を班ごとに任せるなどの学習活動を展開したりしてきました。共同実践研究では、新たに授業を作り直すのではなく、これまでの授業にCdsのどの項目が当てはまるかを検討して実践しました。
 今回は担当する社会科の授業で、明治政府の政策を26個挙げ、日本の近代化に最も有効だった政策を考えるという探究的な学びを展開しました。生徒がグループごとに話し合って考えをまとめていく形式で進行しました。単元の終了後、Cdsに基づいて子どもの学びをふり返ると、達成できた項目と、できなかった項目を明確に確認できました。例えば、「根拠を明確にして考えをまとめることができる」というめあてに関しては、討論で感情論が目立つなど、十分に達成できなかったと感じました。そこで、別の単元では根拠を基に説明する大切さを繰り返し伝えたり、思考ツールを使って根拠を基に考えられるようにしたり、めあての達成に向けて新たな手立てを講じました。すると、グラフやデータを使って根拠に基づいて説明をする子どもが増えるなど、学習の積み重ねが学びの充実につながり大きな手応えを感じています。
 これまでも探究的な授業を行ってきましたが、今回の共同実践研究を通じて、単元や授業をふり返る視点がより明確になったと感じます。単元内で十分に発揮されないCdsの項目があれば、次の単元で改善に向けた方策を講じられるなど授業改善は大きく前進しました。

まとめと展望

 実践発表を受け、泰山准教授がまとめと展望を語りました。
 思考力のように捉えにくいものを捉えるためには、ある程度の枠組みが必要であり、その1つの提案が思考スキルやCdsです。実践発表では、 子どもの思考を具体的に捉えるという側面で大きな成果を感じました。今後は、教科等のいろいろな場面を横断できるという特徴をさらに生かしていくことが課題の1つです。
 より多くの学校や教科、そして子どもたちを対象とした実践を蓄積し、研修を重ねていくことが必要でしょう。ぜひその実践の輪に加わっていただける先生方がいらっしゃれば、ご連絡ください。仲間に加わっていただけると幸いです。汎用的な思考力をいかに育てるかを一緒に議論して実践していきましょう。

クロージング

 最後に、小野塚主任研究員が、次の言葉で本研究会を締めくくりました。
 本研究会の冒頭で、自ら探究的に学ぶ子どもをいかに育てるかを皆さんと一緒に考えたいと申し上げました。私たちが研究や実践を進めている思考スキルやCdsは、これが完成形と考えて提案しているわけではなく、現在の形をベースとして皆さまと一緒に作り上げていきたいと考えております。本日の報告が皆さまの教育活動において何らかのきっかけとなることを願い、本研究会を閉会させていただきます。