2017/02/02
第120回「一生学び続ける」を科学する⑰ 小・中・高校生の自ら学ぶ力を獲得するプロセスを明らかにする ~家庭、学校・教員、社会の関わり方~
主任研究員 邵 勤風
はじめに
TIMSS2015・PISA2015の結果が公表された。初等中等教育段階における児童・生徒の算数・数学及び理科の学力到達度を測るTIMSSでは、平均得点が過去最高となった。一方質問紙では「算数・数学は得意だ」や「数学を勉強すると、日常生活に役立つ」と回答した児童・生徒の割合は中学生では2011年に比べ、やや改善がみられたものの、依然として小・中学生とも国際平均を下回っている。また、義務教育修了段階において、これまで習った知識や技能を用いて実生活での課題解決力を測るPISAでは、科学的リテラシー、読解力、数学的リテラシーは引き続き国際的に上位に位置しながらも、読解力の平均得点は2012年に比べ、有意に低下している。生徒の科学に対する態度をみると、2006年に比べ少し改善がみられたが、依然として肯定的な回答をした生徒の割合が低い。
TIMSS2015・PISA2015の得点や順位の高さは国が2002年以降「確かな学力」の育成に舵を切り、様々な教育政策や、学校現場の学力向上に取り組んできた成果といえる。しかし、今回の結果からは日本の教育が抱えている課題が改めて明らかになった。知識・技能は定着しているが、読解力・思考力・表現力に課題がある。また学習意欲はやや向上しているものの、依然として国際的にみると低いままである。
本稿では、ベネッセ教育総合研究所で持っている25年間の調査研究の蓄積(「学習基本調査」)や、同じ親子を小学1年生から高校3年生まで10年間にわたって追跡する調査(東京大学社会科学研究所とベネッセ教育総合研究所との共同研究「子どもの生活と学び」プロジェクトで行った「子どもの生活と学びに関する親子調査2015」から、子どもの学びの実態や意識をより詳細に捉え、今の子どもが学ぶ上で抱えている課題や、その背景と要因を整理する。そして、これらの課題を解決すべく、我々が今、取り組んでいることを述べたい。
調査研究からみえてきた日本の子どもたちの学びの実態と課題
1.子どもたちは勉強するようになったが、学校の家庭学習指導の強化による影響が大きい。
昨年行った「第5回 学習基本調査(2015年)」では、1990年から25年間の子どもの学習行動や意識の変化を捉えた。その調査結果をみると、小・中・高校生の学校外学習時間は前回調査(2006年)時よりも増加したが、その内訳をみると、小・中学生で学校外学習時間に占める宿題の割合が増加していることがわかる(図1)。またどのような宿題にどの程度取り組んでいるかをみると、週4日以上、「自学ノートなど自主的な学習」を宿題として取り組んでいる小・中学生が4~5割いた(図省略)。さらに「授業で習ったことを自分でもっと詳しく調べる」「授業で習ったことは、その日のうちに復習する」「計画を立てて勉強する」といった学習態度をたずねた項目に対して、肯定的な回答が軒並み上昇した(図省略)。
図1 平日の学習時間とそのうち、宿題をする時間(小・中学生)
しかし、実際に学校現場に学習の状況をたずねると、中学校・高校では、テスト前に生徒に計画を立てさせ提出させることも多いことがわかった。また、子どもたちへのグループインタビューからは、「テスト前に自学ノートを提出し、たくさん勉強していることを見せると評価がよい」「予習の有無や学習量が評価のポイントになる」など、評価への影響を考慮して自学ノートでの学習に取り組む意識が強いこともわかった。果たして子どもたちは自ら進んで学ぶようになったといえるのだろうか。どこか受動的「主体的な学び」の傾向があるのではないだろうか。子どもたちが「勉強するようになった」という状況だけで、「子どもたちが主体的に学ぶようになった」と解釈するには早計だろう。
2.教科への興味・関心は向上したが、学習意欲は学年が上がるにつれ低下。
「算数・数学」「社会」「総合的な学習の時間」など、多くの教科や活動で「好き」と回答した割合が増え、教科に関する興味・関心に関する項目でも肯定的な回答が上昇した。
一方で、「新しいことを知るのが好きだ」と答えた小学生は6割弱で、1990年に「学習基本調査」を実施して以来、数値の変化はほとんどみられなかった。授業や教科が好きな子どもが増えているが、広い意味での興味関心、学習意欲の源ともいえる好奇心はとくに高まってはいないとも解釈できる。
さらに、東京大学社会科学研究所とベネッセ教育総合研究所との共同研究「子どもの生活と学び」プロジェクトで行った「子どもの生活と学びに関する親子調査2015」では、学年が上がるにつれ学習意欲が低下する傾向もみられた。
図2、図3をみると、学年が上がるにつれ、勉強が「好き」と回答した割合が減少する一方、「勉強しようという気持ちがわかない」割合が増加した。とくに小6生から中1生に上がるとき、「好き」の割合が6割から5割弱に減少し、「勉強しようという気持ちがわかない」が4割から5割に増加している。
図2 勉強が「好き」な割合(小・中・高校生)
※「とても好き」+「まあ好き」の%。
図3 「勉強しようという気持ちがわかない」
割合(小・中・高校生)
割合(小・中・高校生)
※「とてもあてはまる」+「まああてはまる」の%。
3.授業での「グループ活動」といったアクティブ・ラーニング型学習が好きな小・中・高校生は増加しているが、論理的思考力・表現力の育成に至っていない。
授業で好きな学習方法では、「グループで何かを考えたり調べたりする授業」が「好き」と回答した小・中・高校生が増加している。「友だちと話し合いながら進めていく授業」については中学生を除き、小学生・高校生では同様な傾向がみられた(図4)。
図4 授業で好きな学習方法(小・中・高校生)
※「小学生」は「小5生」、「中学生」は「中2生」、「高校生」は「高2生」を指す。
一方、小・中・高校生がどのようなアクティブ・ラーニング型の授業を受けているかをみると、「グループで話し合う・まとめる・考える」活動を行っている割合は小・中・高校生ともに高いが、「グループ活動を振り返って考える」「みんなの前で発表する」活動については、とくに中学生・高校生では割合が低い(図5)。
図5 アクティブ・ラーニング型授業の実施状況(小・中・高校生)
グループ活動といったアクティブ・ラーニング型授業が増えたことにより、子どもたちは楽しく学べるようになり、教科が「好き」との回答が増えたことにつながったといえよう。しかし、アクティブ・ラーニングの本来の狙いは主体的・対話的な学びを通して深い学びを実現し、思考力・表現力を身につけていくことにある。グループで話し合ったりする活動はできているが、発表するなどの学習を通して、自身の学習活動を振り返り、他者の考えを自分の中に吸収し、考えを深めるまでに至っているのだろうか。
今取り組んでいる調査研究を通じて、明らかにしたいこと
上記に今までの調査研究から明らかになった日本の教育の成果と課題を整理してきた。これらの課題を解決するために、今年、我々が調査研究を通して明らかにしたいことは以下の通りである。
1.子どもの学びに大きな影響を与える学校・教員を対象とする調査研究を通じて、学校や教員の指導の実態・意識を明らかにし、子どもの学びの環境の改善に生かす。
教員がどのような指導観を持って、どのような指導実践を行っているのか。それは経年でどのような変化がみられるのか。子どもの学習行動や意識の変化や特徴、子どもが学ぶ際に抱えている課題やその要因は教員にどのように見えているか。これらの調査結果をもとに、今後、学校という学びの環境がどう変化すべきか、資質能力の育成への理念の転換を実現するために必要なことは何かを明らかにしたい。
2.子どもや保護者を対象とする親子パネル調査を通じて、子どもの学びのプロセスを明らかにし、効果的な学びを提案する。
21世紀を生き抜くには自ら学ぶ力が求められる。ベネッセ教育総合研究所で行った「小中学生の学びに関する実態調査」(2014年)では、教育心理学の「自己調整学習」理論に基づき、「主体的な学び」の学習モデルを提示した。子どもが能動的に自分の学習過程に関わるには、「学習意欲(動機づけ)」「学習方略」「メタ認知(自己理解)」という3つの要素が不可欠で、各要素間でどのような関連性を持つかについては我々の既存の調査から明らかになっている。
しかし、今、子どもたちが抱えている学びの主体性や学習意欲などの課題を解決するためには、子どもがどのように学んでいるのか、学びの成長・発達のプロセスを明らかにする必要がある。昨年から本格的に取り組み始めた東京大学とベネッセ教育総合研究所との共同研究「子どもの生活と学び」プロジェクトは2年目に入り、「子どもの生活と学びに関する親子調査2016」を実施。同一親子の成長・発達を追う調査として基盤が整いつつある。
この調査では学年の変化によって、主体的な学びの3要素のそれぞれの変化や、3要素間の関係性の変化を観察できる。たとえば前述のように、学年が上がるにつれ、自ら学ぶ意欲が下がっていくことはわかった。しかし、学年が上がっても、自ら学ぶ意欲を維持したり、高めることができたりした子どもがいるかもしれない。このような子どもたちの学びのプロセスや、さらにはそこに影響を与える保護者の関わりとはどのようなものかを明らかにしたい。
横断調査では捉えきれなかった、複雑で、よりリアリティのある子どもの学びのプロセスを明らかにし、それを捉えることが子どもの自ら学ぶ力の効果的な育成方法につながるものと確信している。
学びの当事者である子ども、子どもの学びを取り巻く重要な環境としての学校や教員、また保護者を対象に今まで長年行ってきた経年調査や、縦断調査から得られたエビデンスに基づく知見を社会に対して発信し、子どもが自ら学ぶ力を獲得するためのより良い学び環境とはどのようなものか、皆様とともに考えていきたい。
著者プロフィール
邵 勤風
しょう きんふう
初等中等教育研究室 室長/主任研究員
しょう きんふう
初等中等教育研究室 室長/主任研究員
初等中等教育領域を中心に、子ども、保護者、教員を対象とした意識や実態の調査研究に多数携わる。
これまで担当した主な調査は、「学習基本調査・国際6都市調査」(2006年~2007年)、「第3回子育て生活基本調査」(2007年~2008年)、「小中学生の学びに関する実態調査」など。近年、学校間連携といったテーマに関心を持ち、子どもの発達を踏まえ、学びの連続性を保障するために、周囲(親や教師など)の適切な支援の在り方を考えたい。
これまで担当した主な調査は、「学習基本調査・国際6都市調査」(2006年~2007年)、「第3回子育て生活基本調査」(2007年~2008年)、「小中学生の学びに関する実態調査」など。近年、学校間連携といったテーマに関心を持ち、子どもの発達を踏まえ、学びの連続性を保障するために、周囲(親や教師など)の適切な支援の在り方を考えたい。