2015/03/17
Shift│第6回 「ICT」は目的ではない、生徒と教員が共に学び、共に未来を描く学校 [4/6]
ICTを使うからこそ大切になる対面コミュニケーション
実際、近大附属の授業はどのような様子なのだろうか。昨年11月にも、大阪のアップルストア心斎橋で、同校の授業を紹介するイベントが開催された。校長、教頭が挨拶した後、8名の教員と2名の生徒が次々と登壇して、授業の一部を紹介したのだ。
中学部の増田憲昭氏は授業にロイロノートというアプリを採用している。生徒のiPadにはこのアプリが入っており、理科の問題などの学習素材を生徒たちに一斉送信することができる。同校がiPadを導入した理由の1つに、教室の座席によって、教室前方にある黒板やホワイトボードの見やすさが違うことが挙げられる。それが、生徒ひとり一人のiPadに表示されれば座席による差異はなくなる。また、問題が表示されるだけではなく、自分の指やスタイラスと呼ばれるタブレット用のペンで、問題に補助線を引いたり、計算過程を書いたり、答えを記入したりすることもできる。
各生徒のiPadの画面が一斉に映し出される
このあとが目を引いた。従来の授業であれば、正解がわかった生徒に挙手で答えさせるところだが、ロイロノートを使うと、まるでテレビのクイズ番組のように全生徒の答えが教員のiPadを経由して、前方のスクリーンにプロジェクタで大映しにされる。生徒たちは自分以外の生徒がどんな風に考え、どう答えたかも知ることができるのだ。なお、特定の生徒の答えだけを表示する機能もある。
増田氏は「1人1人の意見を全体で共有することで、考え方や解釈の多様性に触れることができ、生徒たちが積極的に自分の意見を発表できるようになる」と語る。
高校部で数学を教える芝池宗克氏の事例は、これまでの教育ICT活用のイベントでは紹介されていない事例だろう。芝池氏はITツールの扱いはそれほど得意ではなく、生徒に手取り足取り教えてもらっていた。彼の授業では、ある生徒たちは机を寄せ合ってグループで問題を解き、ある生徒たちは黒板の前に集まり、ある生徒は1人で問題と向き合うなど、生徒たちがバラバラに勉強している。
芝池氏が紹介する自らの授業の様子
「これは学級崩壊ではありません」と笑いながら紹介する芝池氏。これまでは日々の生活の中に数学的思考を取り入れた生徒を育成できればいいと思っていたが、最近はそこに「人と寄り添う」ことの大事さも感じ始めているという。2つしか席の離れていない人にメールで連絡を取るような教育ではなく、わからない問題があった時に、ちょっとお隣さんに醤油を借りに行くような感覚で友達に相談できる環境をつくりたかったとのこと。iPadを使うか否か、どう使うかは生徒たちに任せているが、「生徒は勝手に使っている」という。積極的にICTを活用しているようには見えないが、「iPadを導入することで、あらためて自分はどのような数学を教えたいのかを考える、いいきっかけになった」と芝池氏は語った。
授業の様子を配信し、復習可能に
同じ数学教員でも田中利則氏は、「iPadを積極的に使う派」だ。最初は数学でどう使おうか悩んだという田中氏。例えば、社会の授業であれば資料が豊富、英語は音声が大事なので活用しやすい。彼は、数学がiPadとどのように結びつくのか悩んで試行錯誤した結果、幾何学の図などをKeynoteでアニメーションさせることで、直感的な理解を促せることにたどり着いた。
これまでホワイトボードに図を描いては消し、描いては消していた授業と比べて、授業の展開が非常にスピーディーになり、復習にあてる時間も増えたという。さらにKeynoteのスライドをめくる操作は、iPhoneをリモコン代わりにできるので、教室を自由に動き回れるようになった。
だが、なんといっても田中氏が感心したのは、授業が終わった後に、授業資料をiTunes Uという仕組みを通して生徒たちに配れるようになったことだった。「これがなければ使い続けなかったかもしれない」とは田中氏の弁。この仕組みのおかげで、自らの講義で使ったプレゼンテーション資料が、生徒たちが復習するにも便利なオリジナルの教科書になっている。
iTunes Uは、アップル社の音楽販売サービス、iTunes Storeによく似た仕組みだ。世界中の教育機関が、この仕組みを使って授業の様子や教材を、IDを発行して限定的にあるいは完全にオープンな形で世界中の人々に向けて公開している。
地歴公民科の教員である神野学氏もiTunes Uを活用している。高校2年生の「世界史B」と「現代社会」(近畿大学に内部進学する生徒中心のクラス。同校の内部進学率は約6割)、高校2年生の「倫理・政治経済」(国公立大学を受験する生徒中心のクラス)の授業の様子をiTunes Uで配布しているという。
教員は状況対応をサポートするファシリテーターに
実際に神野氏の授業を見学した。彼の担当するA4(エイヨン)クラスにて「日本の確かな経済成長を実現する政策提言」を生徒たちが行う、名付けて「エイヨンノミクス」というプレゼンテーション中心の授業である。ある班が「タクシーの規制緩和」の必要性についてのプレゼンテーションを行うと、他の班の生徒たちからの質問や意見が飛び交う。神野氏は教室の後ろに立ってその様子をながめ、視点のズレや議論の進み方を修正していた。
アップルストア心斎橋に登壇する神野氏
さらに彼は、日々のニュースに対して歴史的な観点からディスカッションする授業をiTunes Uを使ってネット展開している。また、哲学を学ぶアプリや地理についての直感力を付けるアプリなど、面白いiPadアプリを発掘して授業に採り入れるなど意欲的だ。
神野氏はICT導入からこれまでの授業を振り返る。最初は一斉授業との違いに戸惑う生徒も多かったが、次第に共同作業や共有することの楽しさや大切さを覚え、能動的に学びたい気持ちの掘り起こしができたという。この経験を通して、教員の立ち位置は「教え込む」立場から「ファシリテーションする」立場へと変わりつつあるのを神野氏は実感した。