2015/11/27

Shift│第10回 子どもが憧れる工場になることは、地域の未来を拓く近道だ -燕三条のキャリア教育を伝統継承に昇華させる- [3/4]

子どもたちに近い、開かれた工場になるために

 三条市では、2015年8月21日と22日の2日間、「キッザニア マイスターフェスティバル in 三条」が開催された。このイベントは、子どもたちに工場での仕事体験を通して、ものづくりや自分たちが住む地域に対してより一層興味をもってもらうことが目的だ。
 マルナオ株式会社(以下、マルナオ)は、職人の手技と最先端の技術を融合することで、高い精度と美しい仕上がりをもつ「箸(はし)」を製造することで評判だ。このイベントでマルナオは、箸の製造工程を学んだ後、実際に木材を削り、箸づくりを体験するプログラムを用意していた。同社は同様のプログラムを、ミラノ万博の日本館でも行い海外の人たちからも好評を得ている。
 今回のイベントに参加した意図を、マルナオ代表の福田隆宏さんに聞いた。
マルナオ代表の福田隆宏さん
マルナオ代表の福田隆宏さん
 「子どもたちに、『普段使っているお箸はどんなお箸だったっけ?』と聞いても、毎日使っているにもかかわらず、それほど多くの答えは返ってきません。それが、自分でお箸をつくるとなると、お箸の太さや長さ、形、使いやすさまで色々考えますよね。だから、このイベントではお箸をつくる行為をわかってもらうことが一番大切なことだと考えています」
 小中学生を対象とした箸づくりの体験プログラムを見学すると、一心不乱に箸づくりに取り組むひとりの少年が目についた。話を聞くと、三条市内の中学1年生。彼の通う中学校では、「キッザニア マイスターフェスティバル in 三条」のいずれかのプログラムへの参加が義務づけられているという。
マルナオの工場でかんなを使う小学生
マルナオの工場で
かんなを使う小学生
 今日つくった箸の出来ばえを聞くと、持ち手側の八角形はうまく削れたが、先端の太さが思い通りにいかなかったと、少しだけ悔しそうな表情をしていた。ちなみに、彼は今日自分でつくった箸は使わないという。理由を聞くと、自分の「宝物だから」だそうだ。
 「グッドデザイン2012」を受賞した清掃用トングを製作している有限会社永塚製作所も、このイベントに協賛参加している企業のひとつ。この清掃用トングは、サーファーである当社専務の能勢直征さんが開発したヒット商品だ。
 「弊社では昔から火バサミを製造しています。その火バサミを相当数使っていただいている中に、『かながわ海岸美化財団』という団体がありました。なぜだろうということでヒアリングをすると、ビーチクリーンで使われていることがわかりました。でも、火バサミはゴミ拾いに適しているとはいえないので、専用のトングをつくろうという発想が出てきたのです」と能勢さんは回想する。
工場の体験イベントで子どもたちの質問に答える能勢さん
工場の体験イベントで
子どもたちの質問に答える能勢さん
 今回のイベントでは、清掃用トングの製作工程を体験した子どもたちは、翌朝開催されたスポーツゴミ拾い大会で、自分たちがつくったトングの使いやすさを確認できた。
 スポーツゴミ拾いとは、今までの社会奉仕活動を「競技」へと変換させた日本発祥の新しいスポーツで、時間内に拾ったゴミの量と質を競い合う。能勢さんは、チームとして力を合わせて同じ目標に向かうスポーツゴミ拾いにも教育的価値を見出しており、その普及に力を入れている。

見える化された工場に世界が注目

 アウトドア用品のブランドで有名な「スノーピーク」の本社は三条市にある。同社は、それまでにはなかった「自然の中で豊かで贅沢な時間を過ごすアウトドアの楽しみ方」という価値観を生み出した。創業以来、革新的な製品の開発を続け、燕三条のイノベーション企業の代表として、すでにさまざまなメディアでも取り上げられている。
 特に、山井太社長が正規特約店制度を導入して、多数の品揃えを確保できる直販に切り替えた際は、当時問屋制度が当たり前だった燕三条地域に衝撃を与えた。その革新性に魅せられた経営者のひとりが、「切れ味のよい爪切りは世界最高峰」と評判の諏訪田製作所(以下、スワダ)で社長を務める小林知行さんだ。
スワダ オープンファクトリーの外観
スワダ オープンファクトリーの外観
 スワダは、スノーピークの影響を受け、2011年にオープンファクトリーを標榜してモダンな本社工場へリニューアルオープンした。ガラス張りの作業現場は、いつでも誰でも工場内を見学できるようになり、オシャレなショップとカフェまで併設している。
 スワダにはリニューアル以前から工場見学の依頼が絶えずあったという。普通の工場は、金属の切断、メッキ、研磨、組み立てなどを部分的に担っているところが多いが、スワダでは原材料の加工から最終製品まで全工程を自社で行っている。つまり、スワダの工場は、ものづくり全体が見られる教材として、とてもわかりやすいのだ。小林さんは、当時の様子を次のように話した。
スワダ代表の小林さん
スワダ代表の小林さん
 「リニューアル直前の見学者は年間2千人に達していました。見学用にロープを張って順路をつくって案内していたのですが、大人は静かに見学してくれるものの、子どもは騒いだり、ケンカを始めたり、収拾がつかなくなっていきました。何よりも、従業員は案内するだけでもかなりの時間を奪われますので、このままではダメだと思ったのです」
 普通の会社なら見学制度を止めてしまいそうなところだが、小林さんの発想は全く逆だった。2011年、工場内の作業場をガラス張りにして、見学コースを設けて「オープンファクトリー」をつくったのだ。
 順路にはまるで博物館のように、作業の解説が書かれたパネルとiPadが設置してある。iPadには、作業している職人の手元が映し出されている。さらに画面をタッチすると、カメラのアングルまで変えられる。これなら、案内人がいなくても作業の様子がよくわかる。このiPadの活用方法は世界でも珍しい事例で、米国のアップル社から視察が来たという。
職人の技を安全に見られるようにオープンファクトリーに設置されたiPad
職人の技を安全に見られるようにオープンファクトリーに設置されたiPad
 こうしてできた世界でも類を見ないスワダのオープンファクトリーは世界中に知れ渡り、年間の訪問者数は2万人を超えるようになった。
「見学者には自由に見てもらえるので、会社側としては2千人だったときよりも対応はずっと楽になりました」と小林さん。
 スタイリッシュな工場、国内のみならず世界中から集まる人々。職人たちは自分たちの仕事に対するモチベーションをアップさせた。そして、リニューアルによって仕事場は常に整理整頓され、動線も改善されて、作業効率は向上した。何よりも社員ひとり一人が、自分の仕事に強い誇りをもてるようになった。そんな様子を見ている周囲の大人も子どもも、職人やその仕事に対して尊敬の念を抱くのは当然のことだろう。