2015/04/15
[第3回] 高大接続に向けた大学教育の対応 - 移行期の教育活動の効果と課題 - [1/3]
杉谷 祐美子●すぎたに ゆみこ
青山学院大学教育人間科学部教育学科 教授
早稲田大学大学院文学研究科教育学専攻博士後期課程退学 修士(文学)
早稲田大学第一・第二文学部助手、青山学院大学文学部教育学科専任講師、准教授等を経て現職。専門は高等教育論、教育社会学。主に、学士課程カリキュラム、初年次教育、レポート・ライティング教育、大学生の学修行動などについて研究している。近年の著書として、『大学の学び 教育内容と方法』(『リーディングス 日本の高等教育』第2巻、玉川大学出版部、2011年、編著)、『大学改革を成功に導くキーワード30 「大学冬の時代」を生き抜くために』(学事出版、2013年、共著)、『第2回大学生の学習・生活実態調査報告書』(ベネッセコーポレーション、2013年、共著)など。
早稲田大学大学院文学研究科教育学専攻博士後期課程退学 修士(文学)
早稲田大学第一・第二文学部助手、青山学院大学文学部教育学科専任講師、准教授等を経て現職。専門は高等教育論、教育社会学。主に、学士課程カリキュラム、初年次教育、レポート・ライティング教育、大学生の学修行動などについて研究している。近年の著書として、『大学の学び 教育内容と方法』(『リーディングス 日本の高等教育』第2巻、玉川大学出版部、2011年、編著)、『大学改革を成功に導くキーワード30 「大学冬の時代」を生き抜くために』(学事出版、2013年、共著)、『第2回大学生の学習・生活実態調査報告書』(ベネッセコーポレーション、2013年、共著)など。
Ⅰ.入学前教育・リメディアル教育・初年次教育とは
本特集の第1回、第2回の論稿はいずれも、中央教育審議会答申『新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について』(2014年12月)の論調において、「従来型の学力」とされる知識・技能、また「知識の暗記・再生」が不当に軽視されていることを指摘し、「新しい学力」の獲得にあたってもそれらの重要性を再考することを求めている。第1回の大多和氏は大学教育の立場から、第2回の中村氏は高校教育の立場から、この問題に切り込んでいる。
こうした議論には筆者としてもまったく異論の余地はないところである。しかしながら、同時に今回の『高大接続に関する調査』は、現在の大学教育において、知識習得や基礎的な学力の補完がいかに困難になりつつあるかを物語っているといえよう。本稿では、入学前教育、リメディアル教育、初年次教育など、大学が提供する移行期の教育活動に関する結果を参照しながら、改めて多様な学生を受け入れる大学側の問題の難しさと解決に向けての方途について考えてみたい。
まず、移行期の教育活動の形態として挙げられる「入学前教育」、「リメディアル教育」、「初年次教育」、それぞれの概念について確認しておこう。「入学前教育」とは、主に早期合格者を対象にして、学習意欲や動機づけ、また学習習慣や学力の維持・向上を目的として、大学に入学する以前に、大学が学習の準備などを行わせる教育活動である。これに対して、後の二つは大学入学後に行われるものである。「リメディアル教育」は「補習教育」とも呼ばれ、大学教育を受ける前提として必要な基礎的な知識等を補う教育を指す。大学での補習教育とは大学の正規課程の教育内容ではなく、むしろ高校以下の教育内容に関する補習を意味し、それゆえ一般に一年次の段階で行われる。他方、「初年次教育」は、高等学校から大学への円滑な移行を図るための、主に新入生を対象に作られた総合的教育プログラムである。「総合的」とされるのは、大学での学問的な経験のみならず、社会的な諸経験も含めて"成功"させ、知的・人格的な成長を促すことが目指されているからである。この点で、「リメディアル教育」と「初年次教育」は大きく異なり、両者の差異はカリキュラムの編成上の違いとなって表れる。すなわち、高校以下レベルの基礎学力の習得は、本来大学教育の正規課程内に含むべき内容ではないため、リメディアル教育は正課外の活動として位置づけられ、単位認定を行わない取扱いにすることが求められているのである(中央教育審議会 2008)。
Ⅱ.移行期の教育活動の効果
それでは、これらの実態はどうなっているのであろうか。『高大接続に関する調査』によれば、2013年の時点で、入学前教育は全体の73.1%の学科で、リメディアル教育は43.9%の学科で、初年次教育は89.6%の学科で実施されている。初年次教育はほとんどの学科で実施されているが、リメディアル教育はその半数程度の実施率にしか達していない。この結果は、文部科学省の調査結果とほぼ同様である。2012年度の大学レベルの実施率で、補習授業は52%であるのに対して、初年次教育は93%となっている(文部科学省 2014)。先の定義に沿っていえば、初年次教育はすべての新入生にとって必要なものであるが、リメディアル教育は基礎学力が不足する学生を抱える学科にしか必要がないということになるだろう。しかし、その数はいまや全大学の半数近くに上るのである。さらにいえば、潜在的にはリメディアル教育に対するニーズはもう少し高いとみるべきかもしれない。というのも、今回の調査では、「高校の教育課程で身につけるべき教科・科目の知識・理解が不足している学生」が「半分以上」いると回答した学科が32.3%、「3割くらい」が40.8%と、計約7割もの学科が該当するからである。
ところで、約4分の3で実施されている入学前教育は、推薦入試を実施する学科のうち69.6%で、AO入試を実施する学科のうち79.4%で実施されており、圧倒的に対象者はこれらの入試を経た早期合格者であることがわかる。その教育内容は、「学習課題の提出(添削あり)」(61.9%)、「学習課題の提出(添削なし)」(35.2%)、「入学予定者向けの講座や授業」(35.1%)がほとんどを占めている。教科・科目でいえば、国語(38.4%)、数学(37.2%)、英語(37.1%)がほぼ等しい割合で上位にあり、次に、物理(17.9%)、化学(17.8%)、生物(17.6%)と理科の科目が並ぶ。このように入学前教育は、高校の教科・科目と関連づけて学習課題が提示されていることがうかがえ、人文科学、社会科学系統の学科では国語、英語の科目で、理工系の学科では数学、物理の科目で、医・薬・保健系の学科では生物、化学の科目で、主に入学前教育が行われている。こうしてみると、それぞれの専門分野を学ぶうえで必要な教科・科目の教育が主体になっていることは明らかである。
実際、入学前教育のねらいを尋ねたところ、図1の通りである。最も多いのは「入学までの学習習慣の維持」(76.3%)だが、その次に「高校までの基礎学力の補強・向上」(68.0%)が挙がっており、三番目には「大学での学びへの動機づけ」(60.3%)が来ている。この三番目以下のねらいは、後述する初年次教育のねらいと重なるものばかりである。すなわち、入学前教育は一方で基礎学力の底上げを図るリメディアル教育的な役割が期待され、他方では大学での学びへの意欲や動機づけの向上を目指した初年次教育的な役割が期待されているといえそうである。ただし、こうしたねらいは学科系統によって温度差が大きい。「高校までの基礎学力の補強・向上」は理工系や医・薬・保健系の学科で顕著な傾向だが(理工86.5%、医・薬・保健73.5%、人文科学59.3%、社会科学57.4%)、「大学での学びへの動機づけ」は人文科学系、社会科学系の学科で重視されている(人文科学77.3%、社会科学72.2%、医・薬・保健61.1%、理工38.2%)。
図1 入学前教育のねらいと効果(入学前教育実施学科)
図1には、ねらいだけでなく、それらの教育効果の程度も示されている。とりわけ興味深いのが、「高校までの基礎学力の補強・向上」について、「効果が得られている」(「十分に効果が得られている」+「ほぼ効果が得られている」)」という回答が最も低い点である(43.9%)。また、「アカデミックスキル・スタディスキルの習得」も同様に低い(46.1%)。これら「高校までの基礎学力の補強・向上」、「アカデミックスキル・スタディスキルの習得」は、「効果が得られていない」(「あまり効果が得られていない」+「ほとんど効果が得られていない」)の回答もそれぞれ36.9%、40.2%と目立っている。これに対して、「大学での学びへの動機づけ」や「大学での専門分野への導入」の効果は約6割に達し、ねらいとして選択されている比率こそ低いものの、「友だちづくりの機会の提供」に至っては8割を超えている。入学前教育では、リメディアル教育的な役割、また知識・技能の習得などよりも、動機づけや人間関係づくりといった初年次教育的な役割のほうが効果を得られていると認識されているのである。
このことは、当の初年次教育の効果のほどを見ても明らかである(図2)。さまざまなねらいに関して、8割前後の学科が「効果が得られている」と回答しており、とりわけ、「大学生活への円滑な移行の支援」(92.9%)、「友だちづくりの機会の提供」(87.6%)は高い割合を示している。初年次教育では、「アクティブラーニングを積極的に取り入れる」(63.4%)、「専門分野への接続を意識してカリキュラムを編成する」(58.8%)などの指導方法や教育内容に関する工夫を凝らしているとともに、学習環境の面では、「クラス担任制を敷く」(75.7%)、「少人数クラスを可能な限り多く設定する」(60.6%)といったきめ細かな指導体制を整えているところが多い。こうした影響からか、実施率が9割にも及ぶ初年次教育の効果は総じてかなり評価の高いものとなっている。
図2 初年次教育のねらいと効果(初年次教育実施学科)
残念ながら、リメディアル教育に関しては、これらに相当するような設問はないため、直接的な効果のほどは明らかではない。しかし、前述のように、入学前教育においてリメディアル教育的な役割が初年次教育ほどの効果が上がっているとは言いがたいことからも、入学後に行うリメディアル教育にも同様のことが推察されよう。移行期の教育活動に対する総合的な評価をまとめた図3からも、リメディアル教育や入学前教育に手こずっている様子がみてとれる。双方とも、およそ3分の1の学科が「あまりうまくいっていない」「うまくいっていない」と回答しており、その値は初年次教育の実に倍である。リメディアル教育は、数学(62.4%)、物理(41.0%)、英語(34.4%)、化学(33.4%)、生物(27.5%)、国語(26.9%)の教科で主に実施されているが、入学前教育よりもさらに理数系の科目の実施が大幅に増えている。理工、農水産、医・薬・保健系の学科で実施される率が高いばかりか、社会科学系の学科でも最も多く教えられているのは数学である。リメディアル教育では、まさしく、専門分野を学ぶ上で必要な教科・科目が教えられているのである。
図3 移行期の教育活動に対する評価