2015/04/15

[第3回] 高大接続に向けた大学教育の対応 - 移行期の教育活動の効果と課題 - [3/3]

Ⅳ.大学での学びに何が必要か

 だからといって、筆者はリメディアル教育や入学前教育の一部の内容が無意味であるとは決して主張するつもりはない。むしろ、状況は深刻だと考える。学生の学力に関しては、本特集の第1回報告に詳しいので再掲するまでもないが、高大接続に関する課題認識として、全般的に「学生の学力が多様で、一律の教育が難しい」(「とてもそう」+「まあそう」63.3%)、「学生の主体性がなかなか育たない」(同59.3%)、「学生の実状に対応した教育目標の設定が難しい」(同56.2%)といった課題を大学の現場は抱えている。こうした状況に対して、大学側も学生を受け入れた以上は、学生が不足する知識や技能を補えるようにサポートをすることが重要であると考える。ただし、そのサポートの仕方が、単純に高校までの教育の繰り返しに終わったり、正課外での位置づけにとどまったり、学生の自主性に任せるだけであったりするのには異論の余地がある。本調査の結果から明らかなように、学生の意欲や動機づけにももう少し配慮した取り組みが必要ではなかろうか。そのためにも、以下の三点を指摘して終わりとしたい。
 第一に、望ましくは基礎知識の獲得をそれだけに終わらせずに、なんらかの形でアクティブラーニングと結びつけることである。あるいは、直接結びつけられなくとも、結びつけられる可能性を示すことである。いいかえれば、その知識にどのような意味があり、今後の大学での学びとどのように関わるのかを示すことが重要であろう。アクティブラーニングとは、「書く・話す・発表するなどの活動への関与と、そこで生じる認知プロセスの外化を伴う」とされる(溝上 2014)。こうした定義を受けて、松下(2015)は、学習活動には内化と外化の両方が機能することが必要であって、片方だけが機能しても学習が空疎なものになりかねないことを指摘する。内化された知識は、課題発見や問題解決などのために活用し、話す・書くといった外化の活動を通して再構築されてこそ、理解がより深まるのであり、内化と外化をどう組み合わせていくかが重要であるという。一般に、基礎的な知識・技能を早い段階で徹底的に習得することは大切であろう。大学入学前に学ぶべき内容であればなおのことそうであろうが、そうした知識・技能を活用する機会をできることならば同時的につくりだすことによって、あるいはそれができない場合はせめても今後の活用の可能性や重要性を示すことによって、学習の意義と理解を深めていくことはできないだろうか。
 第二に、そのためにも、講義形式の科目と演習形式の科目を組み合わせるなど、授業科目同士を有機的に関連づけたり、正課教育と正課外の講習を結びつけたりといったカリキュラム編成上の工夫や柔軟性が重要である。時間割を編成するのはなかなか難しいだろうが、授業を1週間に複数回開講するといったことも、学習の効率性の点では有効であろう。あるいはこれらが難しければ、正規の授業科目のなかに講義と演習の両方の要素を組み込んだり、リメディアル教育と初年次教育の両方の要素を組み込んだりはできないだろうか。もちろん、高校以前の教育内容を補うようなリメディアル教育の要素が大学の正規課程の教育として不適切であるという意見ももっともである。それならば、その分履修単位数を若干引き下げた科目として設定するなどの措置も考えられよう。そもそも、単位制は学習の質と量の両面から検討したうえで、柔軟に運用してしかるべきではなかろうか。
 第三に、これは個別の大学の努力を越えて制度的な議論に関わるところだが、高大の接続関係が揺らぎ、高校教育と大学教育との乖離が問題になっている現在、高校と大学のカリキュラム上の接続がどうあるべきか、もっといえば大学教育に必要な知識・能力とは果たして何であり、それをどの段階で習得すべきかを改めて検討すべきではないだろうか。リメディアル教育を含む移行期の教育活動の内容を見直す上でも、これは避けて通れないことであると思われる。ただし、現実は厳しい。前掲の図4では、入学前教育の最も多い課題として、「大学入学前にどのような教育が必要か、高校との検討が十分にできていない」(64.5%)が挙がっていた。また、「A高校と大学とのあいだで、教育内容や指導方法に系統性・一貫性を持たせたほうがよい」と「B高校と大学とのあいだで、教育内容や指導方法に系統性・一貫性がなくてもよい」という2つの考えに対して、大学は「Aに近い」が45.0%、「Bに近い」が54.1%、高校は「Aに近い」が58.6%、「Bに近い」が40.7%となっている。A-B間で意見はほぼ二分されているとともに、高校のほうが大学よりも系統性・一貫性を持たせるほうに賛成するなどの若干のずれがみられるのである。両者の系統性・一貫性を前提にして教育上の接続を検討するか、あるいは非整合性・断絶性を内包した形で教育上の接続を検討するか、それによって内容は大きく異なるであろうが、高校と大学の間、さらには高校間・大学間でこうした合意形成が十分に図れていないという現状をまずは重く受けとめ、そこから見つめ直す必要があるのではないだろうか。

【参考文献】

  • 荒井克弘編(1996)『大学のリメディアル教育』広島大学大学教育研究センター
  • 中央教育審議会(2008)『学士課程教育の構築に向けて(答申)』
  • 松下佳代(2015)「序章 ディープ・アクティブラーニングへの誘い」松下佳代・京都大学高等教育研究開発推進センター編著『ディープ・アクティブラーニング 大学授業を深化させるために』勁草書房、pp.1-27
  • 溝上慎一(2014)『アクティブラーニングと教授学習パラダイムの転換』東信堂
  • 文部科学省(2014)『大学における教育内容等の改革状況について(概要)』
  • 文部省大学教育研究会監修(1998)「1.大学におけるカリキュラム等の改革状況について」『大学資料』第139号、pp.1-20
  • 杉谷祐美子編(2011)『大学の学び 教育内容と方法』(リーディングス日本の高等教育2)玉川大学出版部