日本にメダルをもたらした脳科学者が語る子どもの可能性を引き出す10のポイント

 脳科学に基づいた指導で、北京五輪での北島康介選手を始めロンドン五輪、リオ五輪で多くの選手にメダルをもたらした脳科学者の林成之氏。“育脳”に関する著書も多く、「幼児期の環境が、その後の人生に大きく影響する」と力説。そして「子どもの可能性を引き出すのは親」と断言する林先生に、幼児に向き合う親の心得を聞いた。

——才能はもって生まれたものという意見もあります。
林 医学的には、もって生まれた遺伝子そのものが変わることはありませんが、遺伝子が働く際のプロセスや機能は、環境によって変わります。なぜなら、神経回路は外部の刺激によって組み込まれるから。子どもが秘めている才能は、科学的な理論に基づいた育脳をすることで、どんな子どもでも開花させることができます。
 特に、今の子どもたちが大人になる頃にはAI(人工知能)が幅を利かすという予測もあります。そんな時代にも対応できるように、幼児のうちに地頭をつくっておいた方がいいでしょう。

——では具体的な鍛え方を教えてください。
林 まず断っておきたいのは、育脳は教え育てる教育と親も共に学ぶ「共育」が基本です。子どもの目線に立って考え、言葉を選ぶ必要があります。上から目線で接すると、脳が相手の脳と同じように活動する同期発火」が起こらず、子どものストレスがたまってしまいます。この「共育」という考えを知ったうえで簡潔に10項目を紹介します。

① 興味をもたせ、自分を好きにさせる。
脳は情報を受け取ると、脳のA10神経群で「好き」「嫌い」のレッテルを貼るため、楽しい雰囲気をつくり、興味をもつように誘導する必要があります。ここで「おもしろい」「楽しい」といったプラスのレッテルが貼られないと、理解、思考、記憶といった脳の機能が十分に機能しなくなるので、親は与えたテキストやおもちゃなどを楽しいものと思わせてください。

② 否定語は絶対に使わない。
「どうしてできないの」「ダメね」などの否定語は禁句です。子どもが「無理」「できない」と考えてしまうと、脳がマイナスのレッテルを貼ってしまい、思考力や記憶力がダウン。いつも否定的に物事を捉えてしまい、本来できることでも失敗したり、必要以上に時間がかかってしまいます。子どもが難しいことに取り組む際は、できることとできないことを整理してあげるのがポイント。子どもはただ「がんばれ」と言われても、何をどうがんばればいいのかわからないので、課題や目標を明確にし、そこに集中させてやることが必要です。

③ 繰り返し練習し、復習する。
脳には新しい情報には瞬時に反応する特性があり、どうでもいい記憶や中途半端な記憶は新しい情報に書き換えられ、消されていきます。しっかり記憶するには、「繰り返し練習する」ことが大事。繰り返し考えることは非効率のように見えますが、実は才能を伸ばす鉄板のやり方なんです。

④ 素直な性格を育む。
素直というのは大人の言うことをそのまま聞くという意味ではなく、損得抜きにして全力でがんばることです。何かに取り組むときに損得を考えてしまう癖をつけさせると、「得をするからがんばる」「損をするからがんばらない」と力の入れ具合を調整してしまいがちになります。そして、素直に懸命にやっている姿勢は、人の心も動かすようになります。

⑤ 「だいたいわかった」などと中途半端な姿勢はもたせない。
スポーツでは「勝てるかも」と思った瞬間に負けが始まりますし、勉強でも「だいたいわかった」と考えると、思考力がガクンと落ちます。この現象は脳の自己報酬神経群が満足し、思考力などの脳の機能を落としてしまうからです。つまり物事がまだ完全に終わっていない状態で、「だいたい」「もうすぐ」という考えを持ち込むのは、脳に「止まれ」と命令しているようなもの。子どもの頃から何事も中途半端にしないというくせをつけさせ、終盤に差しかかったときは「ここからが勝負」と捉えられるように仕向けることが、育脳の大事なポイントになります。

⑥ 人の話をワクワクして聞く。
感情が揺り動かされると判断力や理解力が高まります。子どもと接するときは「何かおもしろいことがあるかもしれない」「次はどうなっていくんだろう」とワクワクさせ、期待させることが必要です。また子どもと話すときは、「すごいね」「おもしろいね」と語りかけ、感動する力を育んで下さい。

⑦ 目標に向かって一気に駆け上がる。
脳をしっかり働かせるには、物事に取り組む際に、決断や実行を速くし、一気に駆け上げらせるのが肝。コツコツ取り組むのはもちろん大事なことですが、幼児期の段階では、目標をもったら一気にやらせることが、脳のパフォーマンスを高めることにつながります。一気にやらないと、途中で「本当にこれでいいのか」「失敗するかもしれない」というマイナスの感情が脳に入り込んでしまうからです。

⑧ 自分のミスや失敗を認める。
脳の自己保存本能が過剰に働くと、自分が傷ついたり、他人から責められるのを防ぎたい感情が強くなり、自分の失敗やミスを認められなくなってしまいます。一方脳は、「いつまでに」「何を」「どのように」するかを決めなければ、がんばることができません。つまり、自分に足りないものは何かを認識し、克服する課題を整理する必要があります。そのためには、大人が子どもをしっかりほめる一方で、できないことにも目を向けさせて課題を整理し、克服できるように導きます。ただしこの場合でも、否定語を使ってはいけません。

⑨ 人を尊敬する力を養う。
社会で活躍し充実した人生を送るには、人の心を理解し心を通わせ合うことが不可欠ですが、それには人を尊敬する心を幼いときから養うことです。もし親が誰かを否定する言葉を吐くと、子どももその人を尊敬しなくなりますから、親はできるだけ、他人の優れているところに目を向け、「すてきだね」「かっこいいね」と言うことで、子どもにも人を尊敬する力が養われます。脳の同期発火という仕組みですが、子どもが友だちやコーチ、先生などを愚痴っても、親は彼らのいい点を見つけ出し、子どもに納得させることを心がけるべきです。

⑩ 類似問題で判断力をみがく。
微妙な差異を見分ける「判断・理解」は、脳の「統一・一貫性」の本能を基盤にしたものですが、この機能は、人間に高度な判断力をもたらすだけでなく、緻密な思考も可能にします。そのためのトレーニングは、幼い頃から「あの車とこの車ではどっちが速いと思う?それはなぜ?」「この花とその花ではどっちが好き?なぜそう思ったの?」というような質問を投げかけると、子どもは微妙な差異に注意を向け、緻密な思考が身につきます。自立心を養うため自分で判断・行動させることは必要ですが、幼児の頃は脳の負担が大きいので、親がいくつかの答えを用意しその中で考えさせることがいいと思います。
 いずれにしても、子どもと話すときはきちんと目を合わせ、子どもの言語能力に合わせた言葉を使い、心を込めて語りかけてください。

(文=吉井妙子)

“伸びる”子育てを考える!

ママ対談

ルミコさん(以下ルミコ):今までうっすら思っていたことを理論的に説明してもらえたので、コラムを拝見して感動しました。特に、どんな子どもでも才能を開花できるという点。一方で、理想論は頭でわかっていても実際にはできていないことがあり…反省です。
Mioko さん(以下Mioko):健全な子どもを育てるには、親が精神的にも身体的にも健全でないとできないですよね。豊かな知識や体験を持ち合わせていないと、子どもの世界は広げてあげられない。①から⑩全て行うのはそう簡単にはいかないものだと思います。
ルミコ:そう、私も改めて整理して『まいっかと思える余裕と、それぞれが人生を大切に日々生きるスタンス』で楽しんでいけたらと思います。
Mioko:育児に一番大切なのは、親の心の余裕。子どもの感情の起伏に寄り添うことができる余裕だと思います。子ども一人一人が人生を全うし喜びや生きがい、友情や愛を自分で見つけられる人間になれるか。まず私が目指すのは、そこなのかなと思います。
ルミコ:私は昔、イヤイヤ勉強させられていた上に、イヤイヤピアノや習字、水泳などの習い事をさせられていたので、今思うと、もっと好きなことに集中出来たら才能が開花したのにと思えてならず、子ども達には寄り添いたいと思っています。
Mioko:先生が書かれている“子どもが何かにチャレンジをする時はきちんと筋道を立てて丁寧に説明する”ことはすごく大事だと共感します。
ルミコ:親のエゴで成功する子どもを育てるのが目的にすり変わらないように気をつけながら、心に余裕を持って、改めて子どもとの向き合い方を見つめ直し、やれるところからやってみようと思います。

【ママプロフィール】
ルミコさん:アーティスト兼NPO法人副理事長ルミコハーモニー/5、4、2歳のママ
Miokoさん:DRESS UP BOXデザイナー Mioko Mochizuki/5、3歳のママ

プロフィール


吉井妙子

スポーツジャーナリスト。宮城県出身。朝日新聞社に勤務した後、1991年に独立。同年ミズノスポーツライター賞受賞。アスリート中心に取材活動を展開し2003年「天才は親が作る」、2016年「天才を作る親たちのルール」など著書多数。