2021/11/09

「創薬」という大きな目標を追い求めながらも 日々の成長を大切に、一歩を積み重ねていく/Bさん

 各界で活躍する20代・30代の若者のインタヴューを通して、これからの社会で「活躍」し、「Well-Being」に生きる多様なモデルを、そして社会のよりよい未来を考えるヒントを探っていきます。
 今回は、大手製薬会社で働くBさんにお話をうかがいました。

Bさん

大手製薬会社勤務
1991年生まれ。東京大学大学院化学系研究所を卒業後、大手製薬会社に入社。研究職を経て、現在は研究企画部門に勤務。研究方針や戦略の策定、新規技術や協業先の調査探索などを行う。

自身の病気の体験から
製薬業界に就職し、創薬を志す

 私は、大学時代に胃の病気を患い、苦しんだ経験があります。小学校から高校までサッカーに打ち込み、健康そのものだった自分がまさか病気になるなんて考えてもみませんでした。そんな自分を救ってくれたのは、病院で処方されたその疾病によく効く薬でした。その薬を飲むと、日に日に自分の身体が良くなっていくのを感じ、本当の意味での薬の有用さを初めて実感しました。
 当時、私は大学で化学の研究をしていました。化学を専攻した理由は、まったく新しいものを生み出すことができる学問だと感じたからです。学び始めた当初は、単純な興味しか持っておらず、化学で何をしたいか明確な将来の目標を持っていませんでしたが、病気を体験し、自分の化学技術を通して健康価値を生み出し、社会の役に立ちたいと考えるようになりました。そして、製薬会社こそが、自分の「やりたいこと」と「できること」がマッチした場所だと思いました。
 製薬会社に入社して1年目は、医療用医薬品の新薬の候補となる新規化合物を探索する創薬探索研究に携わりました。そこで、新薬の候補となる化合物を見つけることができ、2年目は、自分が見つけた新規化合物を、人に投与するために大量合成する研究に携わりました。3・4年目は、最初の部署に戻り、再び創薬探索研究を行いました。
 そして、5年目の今、研究企画に異動し、研究方針・戦略の策定、新規技術や協業先の調査探索などを行っています。研究企画とは、どのような薬をどのように研究していくか、その方針を具体的に決める部署です。例えば、社内で研究を進めていくのか、それとも大学と連携して研究を進めていくのか、他社と比較した自社の競争優位性を出すためにどう行動していくかを考えています。

時間のかかる創薬の仕事も、
小さな目標にブレイクダウンして着実に前進する

 念願だった製薬会社に入社して充実した日々を過ごしていますが、この業界特有の難しさも感じています。新しい薬を生み出すには、10年〜20年と長い年月を要するため、目標設定が難しいのです。ほかの社員からも、自分の仕事の成果が目に見えにくく、モチベーションを保ちにくいという声をよく聞きます。
 そこで私は、日々の仕事において、目標を設定して取り組み、自分の成長を感じられるように心がけています。目標設定では、まず、広く全体像を捉えることから始めます。業界内での自社の立ち位置を把握し、中期的、短期的に自分が何をすべきか課題を抽出し、日々の業務に落とし込んでいくのです。
 そうした課題への向き合い方の基盤を築くことができたのは、浪人時代だったと思います。高校時代は、サッカーに明け暮れる日々だったため、本格的に受験勉強を始めたのは、部活動を引退した高校3年生の6月からでした。遅いスタートだったので苦労することはわかっていましたが、中学生の頃から憧れていた東京大学を第1志望にしました。部活動で集中力や忍耐力を鍛えていたため、目標達成に向けてがむしゃらに努力することは苦ではありませんでしたが、自分で考えることができず、ただただ参考書をこなすだけの勉強になってしまい、不合格に終わりました。今思えば、“自分で考えられない人間は東京大学には必要ない”というメッセージだったのかもしれません。
 そんな反省を通して、浪人時代には、“勉強の本質は何か”をよく考え、合格するためにはどのような勉強が必要で、どうしたら目標との距離を縮めることができるのか、自分の受験勉強における課題を見つめ直しました。
 その中で気づいたのは、問題をただ解くだけでなく、出題者の伝えたいことや見極めてほしいことは何で、どう答えるべきなのかということをつかむことが大切だということです。それができるようになると、どのような問題形式でも対応できるようになっただけでなく、学びの楽しさがわかるようになり、いろいろなことに興味を持てるようになりました。

自分の成長だけでなく、業界全体に貢献できるよう
アンテナを張り、情報収集を行う

 社会人5年目となって社内外の状況などいろいろなことがわかるようになってきたこともあり、これまでで一番学びの面白さを感じています。仕事も受験勉強と同じで、俯瞰して広く深く物事をつかみ、問題を解決するためにどのような手法が有効なのか考えることができれば、目標に近づくことができると考えています。そのプロセスにおいて自分の成長を実感できることが、仕事のやりがいにつながっています。
 現在は、コロナ禍の影響で、週の半分は在宅勤務をしています。在宅勤務では集中して作業ができる点が気に入ってます。一方、出勤のメリットもあると感じています。研究企画は、関係部署と連携しながら具体化していく仕事も多いのですが、必要に応じて出勤し、関係部署とのコミュニケーションをとるようにしています。やはり細かい調整や意見のすり合わせは対面の方がやりやすいと思います。まだ部署内では若手ですが、年齢にかかわらず、アイデアを出し合い仕事を進めていくことができる環境はとても居心地が良いです。
 昨年は、自身の業務領域を広げようと、データサイエンスが学べる大学院に入学しました。製薬業界もDXが進み、AIやディープラーニングなどの最新技術を活用するようになっており、AI技術の習得により創薬の成功確率を上げられると考えたからです。1年間、勤務後と週末にオンライン授業を受け、課題を提出し続けるのは、想像以上に大変でしたが、学んだことを生かして、AIによる独自知見を生かしたり、作業を少しでも早く処理できる仕組みを構築したりすることで、社内のDXを推進し、自社新薬の創出に貢献したいと思っています。
 仕事をする上で、自らの意志で自身の幅を広げていくことを心がけています。現在も、目の前の業務だけでなく、創薬のヒントとなりそうな大学の研究報告セミナーや学会、業界動向セミナーや他社との意見交換会等にも参加しており業務の中における学びの時間を大切にしています。自分が開発した新薬が世に出るまでには時間がかかりますが、その間にも社会貢献ができるよう、アンテナを広く張って情報を収集し、研究に役立つ情報をSNSで拡散するようにしています。業界の活性化に少しでもかかわっていければうれしい限りです。

スポーツや音楽を通して仲間と出会い
化学反応を楽しむ

 幼少期は、好奇心旺盛で、落ち着きがない子だったと、周りから言われていました。そうした性格から、サッカーや書道、ピアノ、絵画教室、塾といった様々な習い事をしていましたが、一つに集中して取り組むということはできなかったと思います。ですが、高校入学前に、勉強以外にも何か一つに一生懸命取り組んでみたいと決心し、文武両道が可能な公立高校に進み、サッカーに取り組みました。東京大学を目指していたため、周りからは反対の声も多かったですが、“一つのことに一生懸命取り組んだ”という経験は今でも自分の中の大切な要素となっており、その選択に後悔はありません。大学から社会人時代は、またいろいろなものに興味がわき、スポーツに加え、バンドも始め、ベースやギター、ドラムにも挑戦しましたが、幼少期と異なり、一つ一つにある程度一生懸命取り組めるようになったかなと思っています。そうやって少しずつできることが増えてくると、それぞれに共通したところが見えてきたり、新しいアイデアが生まれたりで楽しいことが多くなると感じています。
 スポーツと音楽に共通しているのは、仲間と楽しさを共有できる点だと思います。今も定期的に大学時代の友人とバンド活動をしたり、会社の仲間とサッカーや卓球、テニスをしたりしています。また、当日集まった個人の参加者をチーム分けし、ゲーム形式でフットサルを楽しむ「個サル」に参加することもあります。初対面の人ともすぐに打ち解けられるタイプなので、そうした場でスポーツをするのも楽しみの一つです。人とすぐ仲良くなれるのは、父の仕事の関係で、何度も転校をしたからだと思います。新しい環境に早くなじむにはどうすればよいかを子どもながらに考え、人と仲良くなる術を身につけていきました。
 大企業での仕事を選んだのも、多様な価値観を持つ方たちと仕事を進めることが自分には向いていると思ったからかもしれません。現在の部署でも、チームで業務を進めていくため、コミュニケーションの重要性を感じています。現在は、より魅力的な企画を提案できるように説得する力を鍛えていきたいと思っています。

未来のキャリアプランを描いて、
夢を実現していく

 私は、将来のキャリアプランを短期・中期・長期、それぞれに描いています。3年後には、自分の立てている研究企画の戦略が軌道に乗り、自社創薬の成功をよりリアルに感じられるようにするのが目標です。加えて、組織の基盤構築にも取り組みたいと考えています。目標を持ちにくい創薬業界の研究者が、モチベーションを保ち、楽しく、やりがいを持って仕事をするにはどうすればよいか、その仕組みの構築を手がけていきたいです。
 10年後は、自社の創薬研究が発展し、自社新薬を通して患者のニーズに応えられるようになっていることが目標です。そして、20年後には、自分が作り上げた研究基盤や技術を活用して社会にどう健康価値を提供していくかを経営目線から考えていくことを思い描いています。
 皆さんに伝えたいのは、“自分”を大切にしてほしいということです。この“自分”を大事にするというのは、“自分”自身をよく理解した上で進むべき道を決め、“自分”の行動に責任を持つということです。まずは、「自分は何が好きなのか、何が嫌いなのか」「何を楽しみたいのか、何があると楽しめないのか」などを考えることで、自分自身をよく知ってほしいです。自分をよく知ることで、自分にとって大事なことがわかってきます。自分が大事だと思ったことは、周囲を気にせず主体的に取り組んでほしいと思います。自分の選択を良いものにするにも、そうでないものにするにも結局は自分自身です。「良い結果にするんだ」という強い意志があれば、失敗しても周囲の雑念に惑わされることなく、自分の目標に向けて進んでいけるはずです。そうやって前向きに取り組んでいると、日々が楽しくなってきてどんどん新しいことに挑戦できるようになり、より前向きになるという良いサイクルが回るようになると思います。私も創薬という自分の本当にやりたい道を見つけたことで、キャリアプランを描くことができ、日々楽しく努力することができています。自分の好きなことを主体的に追求することで、自分の進むべき道が見えてきて、日々楽しむことができるようになると思います。そうやって楽しそうしていると、周りも楽しくなってくれると信じて日々を過ごしています。「笑顔は人を元気にする」と言われていますが、そういった何気ないことからも人々の健康に貢献していきたいです。

編集後記

10年後、20年後の目標を明確に描いていたBさん。お話を聴く中で、その土台を築いたのは浪人時代の受験勉強だとわかりました。そこで培った課題の本質をつかむ力が、「今の仕事においても強みになっている」と語ってくれました。学生時代の勉強が社会でどう生かされているのかわからないという若者が多いと聞きますが、そんな方にぜひBさんの経験をお伝えしたいと思いました。
 仕事へのモチベーションを持ちにくい製薬会社だからこそ、そこで働く研究者の意欲を高めるような仕組みづくりに寄与したいと話されていたのが印象的でした。組織を俯瞰し、よりよい職場環境に改善したいというビジョンから、Bさんの会社や創薬への強い想いが伝わってきました。
2021年8月20日取材