2021/10/05

どんなに小さな一歩でも、動き出すことが自分の世界を広げ、ほんの少しでも世界に影響をあたえる

 様々な場所で色とりどりに活躍している20代、30代。彼らのインタビューを通して、これからの社会で活躍し、「Well-being」に生きるためのヒントを探っていきます。
 今回は、軽井沢風越学園の教員として働く根岸加奈さんにお話をうかがいました。
根岸 加奈

根岸 加奈

軽井沢風越学園 教員
1993年生まれ。長野県出身。金沢大学人文学類卒業後、東京大学大学院教育学研究科教職開発コースで修士課程を修める。大学院修了後は軽井沢風越学園設立準備財団を経て、現在は同学園の教員として勤務。ベランダ菜園で育てた野菜で料理を作るのが週末の楽しみ。

不登校だった私を変えた中学校の先生との出会い

 自然豊かな山間部で生まれ、保育園までは木登りをしたり、野山を駆けまわったりするような、のびのびとした環境で育ちました。それが小学校に入学した途端に、時間になったら机に座って話を聞き、発言するときは手を挙げるという「みんなで一緒に同じことをやる」ことになかなかなじめず、入学後早い段階で学校に行けなくなってしまいました。
 そんな私に対して、母は一度も学校に行きなさい、勉強しなさいとは言いませんでした。一緒に森で散歩したり、生地からピザを作ったり、動物愛護センターや福祉施設に行ったり……。私が自分から希望を持って、行動を起こせるまでじっと待ってくれていたのだと思います。そうした母の存在にはとても支えられました。
 中学生になっても、心と体のバランスがうまくとれず、学校へ行く努力をするあまり、体調を崩して入院したり、拒食症になって体重が35㎏まで落ちたりしたこともありました。そんな私の支えになってくれたのは、中学校で出会ったある先生の存在でした。その先生は、なかなか学校になじめない私の話をよく聞いてくれました。ある日、テレビで見た海外の特集に触発され、「日本の高校には行かずに海外へ行きたい」と、その先生に相談したところ、先生はその話を真正面から受け止めてくれて、「それ、すごくいいね! それなら英語も頑張らなくちゃ、だね」と後押しをしてくれました。どうしようもなかった私の心に寄り添ってくれる先生がいるというこの時の体験は、教員という仕事を選んだ今の私につながっています。
 その先生が背中を押してくれたこともあり、高校は国際交流に力を入れている国際教養科がある公立高校に進学しました。学校行事などでは、世界各国の人々と出会う機会に恵まれました。アフリカで働く医療団の方など、様々な国、文化、仕事、生き方をする人たちと話すたびに、私は衝撃を受けました。それまで自分の生きていた世界はどんなに小さかったのか、そして、世界は広くて、たくさんの人がいる。大きな可能性にあふれている。人との出会いを通して、自分の世界が開けていく感覚が、学習のモチベーションにつながっていきました。

フィンランドの大学で学んだ現場に結びついた教員養成

 高校卒業後は金沢大学人文学類に入学し、国際関係や言語を学ぶとともに、将来は教育関係の仕事に携わりたいという思いから教職課程を履修しました。その教職課程の授業は、一斉型の講義が中心で、小学校の時に受けた感覚が思い出されました。半年ほど授業を受けて、自分の受けた教育の経験を思い出しながら、私が目指したい教育は、どのようなものなのだろうかと考えるようになりました。
 ちょうどその頃、教育学者である福田誠治教授の『フィンランドは教師の育て方がすごい』という本を手にし、教員に任される裁量が大きく、子ども中心の教育を行うフィンランドの教員養成に興味を持ちました。実際に現地で学びたい、肌で感じてみたいという思いで、大学の派遣留学制度を利用して、フィンランド最古の教員養成校であるユバスキュラ大学に留学しました。
 ユバスキュラ大学の初等教育教員養成課程は、「実践と理論の往還」、「身をもって学ぶ」という言葉がまさにぴったりなカリキュラムでした。双方向型の授業に加えて、約半年間の教育実習や、学生が子どもになりきって学ぶような授業もありました。1年間みっちりと学び、日本でも同様な教員養成ができれば、様々な子どもに寄り添える教育ができるのではという思いを抱いて帰国しました。
 フィンランドでの学びをさらに深めるために、東京大学大学院教育研究科教職開発コースに進学し、フィンランド国立教育研究所に受け入れてもらい、学校現場での調査研究にも携わりました。博士課程への進学も考えましたが、学んだことを教育現場で実践することで、より私の言葉に説得力が生まれるのではないかと考えました。そうした時に、開設準備が進められていた軽井沢風越学園を知りました。学園の子ども主体の学びを大切にするというコンセプトに共感した私は、2018年、開設準備に関わることになりました。

軽井沢風越学園の子どもたちの姿から元気と幸せをもらう毎日

 軽井沢風越学園では、3歳から15歳まで(2021年度は開校して2年目のため最上級生はおおよそ14歳の中2生)が学んでいます。幼稚園年少から小学2年生を前期、小学3年生から中学3年生までを後期とし、私は後期の子どもを担当する教員です。仕事は大きく2つあり、後期の異年齢クラス(「ホーム」と呼んでいます)の担任と、7・8年生(中学1・2年生)の外国語や「テーマプロジェクト」などの授業を担当しています。
 「テーマプロジェクト」は、私たちスタッフが子どもたちにテーマを提案して行う探究的な学びの授業です。他にも、今年度(2021年度)より「みらいをつくる」といういわゆるキャリア教育の一環である授業もスタートしています。将来なりたい職業をいきなり考えるのではなく、自分自身、他者、社会とは何かを知るところから始め、どんな未来をつくっていきたいかを考えて、自分の将来につなげるプログラムです。
 今は、子どもたちと一緒にいるのが何よりの幸せです。実は、学園に関わるのは開設準備後数年のみで、近いうちに、研究に戻ろうと考えていました。しかし、自分でも想定外でしたが、子どもから想像以上に大きなパワーをもらっており、とても充実した日々を過ごしています。特に異年齢のクラスである「ホーム」の雰囲気が温かくて好きです。それぞれ年齢も得意不得意も凸凹具合も異なるけれど、多様であるからこそ小さな違いが目立たず、子どもたちはお互いに凸凹も個性として自然に受け入れる姿があります。多様な他者と声を聴き合いながら、自分たちでよりよい居場所をつくることにチャレンジするという、まさに本物の社会とつながる大切な経験をしていると思います。担任がいなくても、自分たちでサポートし合って朝の集いを始めたり、問題が起きたときには上級生中心に解決に向かって動いたりと、自分たちでよりよい居場所をつくろうとする姿に、いつも心動かされます。
 同僚から学ぶことも大きいです。軽井沢風越学園では基本的にチーム・ティーチング、チームプロジェクトの体制をとっているため、チームごとの調整が重要になります。最初の頃は、違和感があっても、それを言えないまま過ごしてしまいました。しかし、モヤモヤを抱いたままでは、子どもたちに影響してしまうと分かってからは、毎日の授業を振り返り、違和感があれば、その日のうちに同僚に伝えるようにしています。実践者それぞれの想いを大事にしつつ、子どもを真ん中においたコミュニケーションを積み重ねていくことが、よりよい日々につながることを実感しています。

小さな一歩を踏み出せば自分の世界は広がりほんの少しでも世界が変わる

根岸加奈
 まだまだ試行錯誤の日々ですが、少しずつ学園生活にも慣れてきたので、これからは、学園でどんなことを行い、実際にどうだったかということをだんだんと発信していきたいと思っています。教員養成の研究も少しずつ進めたいと考えています。教職課程が変われば、学校教育に大きな影響をもたらします。教員養成に関わりたいという気持ちはどこかで持ち続けている自分がいます。
 私には、中学校時代の先生との出会い、高校時代に経験した国際交流、そしてフィンランドへの留学と、世界が大きく開けたターニングポイントがありました。小さな一歩でも踏み出しさえすれば自分の世界が広がるという経験が、学びのモチベーションになっています。これから社会にでる方には、まずは自分の世界を広げる一歩を踏み出してほしいです。それによって、広がった世界自体が少しだけでも動き出す可能性があるのだと信じています。

編集後記

小学校にうまくなじめずに学びの場に行けなかった状態から、中学校で恩師と呼べる教員に出会い、信頼関係を築けたことで学びへの意欲をつかむことができた根岸さん。それからは、失敗への恐れや不安を意識したことがほとんどないと言います。「今いるところがゼロならば、一歩は小さくても動いたことになる、動くことで少しでも世界は開ける」と、何度も言われていたのが印象的でした。現在は軽井沢風越学園で教育に携わり、子どもたちに囲まれて幸せを感じている根岸さんが、たくさんの経験と知見を携えて新たな教員養成の方法をつくり上げていく日を、楽しみにしたいと思います。
2021年6月17日取材