2013/08/30

第19回 これからの学習はどうあるべきか-未来に必要となる力を育てるために

ベネッセ教育総合研究所 初等中等教育研究室
室長 木村 治生

2050年の日本の姿

子どもたちが大人になって働く未来の日本は、どうなっているのだろうか。たとえば、2050年の未来はどうか。2050年といえば、今の小学生が働き盛りの40歳代。社会の中でもっとも活躍をしているころだ。それほど遠い未来ではない。
2012年4月に経団連の21世紀政策研究所が出した将来予測(『グローバルJAPAN-2050年シミュレーションと総合戦略』)を見ると、いろいろなことを考えさせられる。日本の総人口は1億人を割り、65歳以上の人口が4割弱になる。この間、労働力人口は、現在の3分の2にまで減る。必然的に、GDP成長率はマイナスに転じ、国際的な存在感は低下することが予測される。いたるところで少子高齢化の悪影響(人口オーナス効果)が顕在化する、悲観的な将来像だ。
もちろん、貧しくても心豊かに生きればいい、という考え方もある。しかし、経済成長をあえて望まないとしたら、1000兆円に膨らむ国の借金をどう返すのか。増加し続ける社会保障費をどう賄うのか。さらには、国民が本当に生活レベルを下げることを受け入れるのか。なかなか容易なことではない。それらを考えると、成長率を落とさない施策を考えざるを得ない。
その方向性は、大きく2つある。労働者人口を増やすことと、労働者の生産性を上げることだ。前者は、出生数の増加、女性の就労促進、高齢者の活用、外国人労働者の受け入れなどが論点になる。後者は、労働者への直接的な支援(職場内のOJTや研修、能力開発への助成など)に加えて、子どもたちへの教育や職業訓練の問題がある。幼児教育から高等教育までの各段階でどのような資質・能力を育てる必要があるのかを、真剣に考えなければならない状況といえるだろう。

どのような人材が求められるか

それでは、未来においてどのような人材が求められるのか。先の経団連の資料では、安定的に高成長が望めないうえに、IT化やグローバル化によって将来の不確実性が増すという大きな環境変化を前提に、次の3点を挙げる。
第一に、イノベーションを実現するような「個性」や「異端」といった資質を備えた人材である。変化の激しい社会では、従来型の積み上げや改良の範囲に留まらず、新しい発想とそれを実現する力が求められる。
第二に、消費者の感動や笑顔を生むような「感性」を挙げる。商品やサービスの開発にあたっても、数値化できるような性能・品質の向上を目指すことから、潜在的な需要を掘り起こすことにポイントがシフトする。それには、「感性」が必要ということだ。
第三に、過去やパターンにとらわれない「柔軟な発想」と「自ら考える力」、予想外の過酷な環境にも適応できる「強い心」(タフネス)を持つ人材である。変化が激しく、不確実性が増していく社会を、これからの子どもたちは生き抜いていかなければならない。

これからの学習のあり方

ここから想像できるのは、一定の知識や技能を吸収して、それを吐き出すような従来型の学習では、こうした人材は育たないであろうということだ。新しいものを生み出す力を育てるために、教育のあり方を抜本的に変える必要があるかもしれない。このことは、最近聞いたデイビット・パーキンス教授(ハーバード大)やミッチェル・レズニック教授(マサチューセッツ工科大学)の理論にも重なる。
パーキンス教授は、伝統的な学問領域からなる「カリキュラム」、そこから構成された「科目」、それを教える「教員」と「情報」、それを教わる「生徒」といった“階層構造”が明確な従来の学習(図の左側)に疑問を投げる。そうした、一方通行で進む学習は知識の伝達が中心になり、実際の課題解決には役立たない。これに対してこれからの学習(図の右側)は、21世紀に必要とされる力を意識した「カリキュラム」、縦割りの学問分野をこえた「科目」横断の内容、「教員」と「生徒」、「生徒」同士の相互交流で進む授業といった“ネットワーク構造”が重要であり、そのなかで自分たちの課題やグローバルな問題の解決を考えることが必要だと指摘する。
図1. 従来の学習とこれからの学習
図1 従来の学習とこれからの学習
注:上の図は、2013年5月12日東京大学で行われたデイビット・パーキンス教授の講演の内容を筆者(木村)が解釈してまとめたものである。解釈の誤りや教授の意図と異なる部分があるとすれば、その責は筆者にある。
創造的に問題解決できる力が重要だ。レズニック教授も、そう訴える。そのために、物を作り出すことを通して得られるような創造的な学び(creative learning)が大切だと言う。教授は、ブロックを組み合わせて視覚的にプログラムができる 「SCRATCH」という教育用プログラミング言語を用いた学びを提唱している。これを使うと、従来の難しいプログラミング用コードを使用しないで簡単にオリジナルのゲームやアニメーションを作ることができる。ポイントは、各自が作品を作って自己表現するだけでなく、その作品がシェアされ、作り方を子ども同士で教え合うといったインタラクションが自然発生し、皆で一つの作品を作り上げるようなコラボレーションが生まれる点だ。この過程で子どもたちは、単にプログラミングを学ぶという枠組みを超え、問題解決のデザインを学ぶ。創造的な思考(creative thinking)を実践的に獲得する新しい学習のあり方といえる。
二人の先生に共通するのは、従来の知識や技能を一方通行で習得するタイプの学習に対する懐疑や、新しい価値を生み出す学びの必要性である。

「21世紀型能力」の提案

知識・技能の習得型の学びではなく、未来において必要とされる汎用的な資質・能力を育成しよう。そうした動きは、世界に広がっている。「ATC21s」(The Assessment and Teaching of 21st Century Skills)が提唱する「21世紀型スキル」は、その代表だ。
世界の動きと並行して、日本の中にも従来の学習への懐疑や新しい学びのあり方についての議論が行われている。そもそも、学習指導要領には、これからの学習のあり方を意識した内容が含まれる。たとえば、1998年に告示された学習指導要領のねらいは、自ら調べ判断し、自分なりの考えを表現する活動を増やそうというものだった。知識や技能の詰め込みに偏っている教育を課題ととらえ、教育内容を厳選する一方で、「総合的な学習の時間」に象徴されるような体験的、問題解決的な学習活動を学校教育に取り入れた。また、2008年告示の現行の学習指導要領でも、「基礎的な知識・技能」の習得に加えて、「知識・技能を活用し、自ら考え、判断し、表現する力」を育むことの重要性が強調されている。
2013年3月には、国立教育政策研究所が『社会の変化に対応する資質や能力を育成する教育課程編成の基本原理』と題する研究報告書を出した。そこでは、「『21世紀型能力』の提案」として、これまで教科の教育目標に含まれていた汎用的な資質・能力について、それ自体を教育目標として定義しようという提案がなされている。21世紀型能力の中核に「思考力」を位置づけ、思考力を支える「基礎力」、思考力を方向づける「実践力」という3つの資質・能力で教育課程を編成する構想が示されており、興味深い。
このように、国内でも、未来に必要となる力をどう育てるかについての議論が活発になっている。冒頭に述べたような日本の状況を踏まえると、子どもたちの能力向上に一層の投資をする必要があることは疑念の余地がないだろう。これは、社会総がかりの仕事だ。こうした議論がますます活発になることを期待したい。

著者プロフィール

木村 治生
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員
ベネッセコーポレーション入社後、初等・中等教育領域を中心に子ども、保護者、教員を対象とした意識や実態の調査研究、学習のあり方についての研究、教育市場(産業)の調査などを担当。文部科学省や経済産業省、総務省から委託を受けた調査研究にも数多く携わる。専門は社会調査、教育社会学。これまでにかかわった主な調査研究・論文は以下の通り。
その他活動:東京大学社会科学研究所客員准教授(2007年)、中央大学非常勤講師(2005~2008年)など