2014/04/25

【調査研究】 誰がアクティブ・ラーニングの恩恵を受けるのか? -大学1年生の友人関係の特性から考える-

ベネッセ教育総合研究所 高等教育研究室長 樋口 健

初年次からの導入が進むアクティブ・ラーニング

 周知のように、平成24年8月の中央教育審議会「質的転換答申」以来、大学生の主体的学びを促す教育の方法としてアクティブ・ラーニングの導入が進んでいる。早期の意識転換が必要との問題意識のゆえか、我々ベネッセ教育総合研究所と日本高等教育開発協会が2013年に実施した全国の学科長対象の調査結果では、60.7%の学科が初年次教育の中で多様な主体的学習を促す教育を実施している事実が明らかとなった。
 入学から1カ月がたつ現在、多くの大学でアクティブ・ラーニング型の授業が始まっていると思われる。アクティブ・ラーニングが重要なのは確かだ。しかし、ディスカッションやグループワーク、プレゼンテーション等のいきなりの経験が「あらゆる大学1年生の主体的な学習への転換に本当に有効なのか」については慎重に考えたい。この点について、特に「大学1年生の友人関係の特性」を視点として見ていく。

アクティブ・ラーニングに積極的なのは「違う意見を持った人とも仲良くできる学生」

 『第2回 大学生の学習・生活実態調査(2012年)』の結果を用いて大学1年生の友人関係の特性を把握する12項目により因子分析してみると、『不安指向』『積極指向』『個人指向』『非対面指向』4つの因子が抽出された(図表1)。『不安指向』は「仲間はずれにされないように話を合わせる」「友だちと話が合わないと不安を感じる」、また『積極指向』は「言いづらいことでも友だちのためを思って忠告することができる」「違う意見を持った人とも仲良くできる」等に代表される。『個人指向』は「1人で行動していても気にならない」、『非対面指向』は「実際に会う友人よりもSNSの友人のほうが本音を話しやすい」等に代表される。これらは、「A君の人間関係はこれ」と一義に存在するのではなく、いずれも個人の中に強弱をもって存在し、人間関係づくりの特性となって現れる。
図表1 大学1年生の友人関係の特性(因子分析結果)
 この大学生の友人関係の特性と、アクティブ・ラーニング型授業に対する取り組みの積極性の関係を見ると「積極指向」との相関が特に強い(図表2)。つまり、上記した「言いづらいことでも友だちのためを思って忠告することができる」「違う意見を持った人とも仲良くできる」といった人間関係面でより積極的・開放的な態度を持つ学生が、グループ・ワークやディスカッションにより主体的・積極に参加できているのである。換言すれば、こうした人間関係の特性の弱いあるいは持たない学生にとっては、アクティブ・ラーニングの授業は効果をもたず、苦痛になっていく可能性もある。よく、グループワーク等において「フリーライダーをどう防ぐか」という課題が提起される。その背景には、こうした大学生個人の人間関係の結び方に関わる特性が潜んでいる可能性もあるだろう。
図表2 友人関係の特性とアクティブ・ラーニングに対する積極性との相関

アクティブ・ラーニングを「一人でも多くの学生が楽しめる場に」

 教育学、特に生涯教育学には「Education, More Education」という言葉がある。教育を受け達成した者がさらに教育を求め続ける。そうでない者は一層学びを求めなくなるという意味であり、生涯学習を促す環境を提供する難しさ、格差拡大のジレンマを示すものだ。
 前節で見た状況を踏まえると、アクティブ・ラーニングにもこれと同様の側面があるのではないか。もちろん学びの主体性・能動性の獲得にとってのアクティブ・ラーニングの重要性は論を俟たない。しかし、その導入の仕方によっては、「主体的な学びの格差拡大」にもつながる「両刃の剣」の面もあるのではないか。その可能性を我々は意識しておく必要があるだろう。特に大学の初年次は、生涯学習の力を身につける「出発学年」でありなおさらである。
 では、どうすればよいのだろうか。以下に、アクティブ・ラーニングへの円滑な初期導入を促す一つの方法として「対話の約束」を示す。これは、大学生や高校生が対話を通じて自らの働く目的や学ぶ目的を見出すワークショップを精力的に展開しているプロファシリテーター與良昌浩氏が、参加する若者と繰り返し交わしている「対話での約束」だ。
図表3 対話の約束
出典;株式会社「もくてき」與良昌浩氏の提供資料による。
 非常に簡単で単純な約束ごとである。しかしこのルールを徹底することで、「相互に受け入れあい、信頼しあう場」が徐々に創られていく。その中で、ディスカッションの経験に乏しく人間関係に不安を持つ若者であっても、徐々に「自分が受け入れられていく感覚」、「コミュニケーションの楽しさ」を体感し、心を開いた本音ベースの議論に参加できるようになるのである。「包摂のコミュニティ」を準備することが、幅広い大学生が参画し成長できるアクティブ・ラーニングの必要条件なのだと言えないだろうか。
 アクティブ・ラーニングはまだ始まったばかりであり、実践研究の積み重ねを通して方法論を発展させていく必要がある。その時、とりわけ初年次の導入においては、まず「アクティブ・ラーニングを一人でも多くの学生が楽しめる場とする」こと、その手法の確立が重要なのではないか。「対話の約束」は、そのための一つの処方箋として仮説的に提案した次第である。

樋口 健●ひぐち たけし

ベネッセ教育総合研究所 高等教育研究室長
1990年民間シンクタンクに入社後、我が国の研究者長期需給予測、大学設置・改変構想、リカレント教育推進、大学を核とする地域振興、大学発ベンチャー促進支援等、高等教育関連の公共政策、実践課題の解決に資するリサーチ・コンサルティングに多数携わる。2007年ベネッセ教育総合研究所移籍後も、高等教育の諸問題をテーマとする調査研究を続けている。