2017/11/30

第125回 大学生の主体的な学びを、生きる態度としての主体性につなげるために

研究員 松本 留奈
 ベネッセ教育総合研究所は、全国の大学生4,948人を対象に「第3回大学生の学習・生活実態調査(2016年)」を実施した。この調査は2008年以来4年毎に行っており、今回で8年間の大学生の学習・生活の実態、行動や意識が明らかとなった。本稿では、この8年間で大学生の主体的な学びは増加したものの、大学生の意識は主体性があるとは言い難い方向にシフトしたことに注目し、その要因を探る。

2008年→2016年 大学生の"学び"と"意識"の変化
(詳細はこちら)

 学びの面では、大学教育改革による授業改善の影響が表れている。アクティブ・ラーニング形式の授業を受ける機会が大幅に増加し、学生にもディスカッションで他者に配慮しながら自分の意見を主張する態度がみられるようになった。しかしながら意識面では、「あまり興味がなくても、単位を楽にとれる授業」を選好する学生や、学習・生活両面で「大学から指導・支援をしてほしい」と考える学生が増加している(図表1)。
図表1
図表1
 主体的な学びが増加する一方で、学生の意識は主体性があると言い難い方向に傾いている。このことは、教育プログラムの中での主体的な学びと、学生自身の意識・態度としての主体性を同一視できないことを意味しているだろう。大学教育が育成を目指す、予測不可能な時代を生き抜く主体性、あるいは産業界から仕事に必要な能力として求められる主体性の意味合いを考えれば、8年間の意識の変化は課題である。

変化1「あまり興味がなくても、楽に単位をとれる授業」を選好する背景に、そもそも「大学の学問・授業に興味がない」学生の増加

 大学を選択する際に重視した点として「興味のある学問分野があること」を選択した学生の割合は、8年間で10.3ポイント減少している(図表2)。2016年の結果を学生の意識別にみると、「【A】あまり興味がなくても、単位を楽にとれる授業がよい」学生のほうが、「【B】単位をとるのが難しくても、自分の興味のある授業がよい」学生よりも、大学選択の際に「興味のある学問分野があること」を重視した割合が17.0ポイント低い(図表2)。
図表2
図表2
 続いて、入学後はどうだろうか。2016年の調査で「授業に関心・興味がもてない(よく+たまにある)」と回答した学生は68.7%である。この結果を、先ほどの学生の意識別にみると【A 楽に単位がとれる授業がよい】75.7%、【B 興味のある授業がよい】57.5%で、18.2ポイントの差がある。つまり、学びたい学問があいまいな状態で入学し、興味よりも楽に単位をとれる授業を選好する学生が増え、その後も授業に関心・興味をもてない傾向が続いていることがうかがえる。

変化2「大学での学習の方法は、大学の授業で指導をうけるのがよい」と考える背景に「授業についていけない」「困ったときは誰かに頼る」学生の存在

 2016年の結果で「授業についていけないと感じる(よく+たまにある)」と回答した学生は53.9%である(図表3、2012年は選択肢が異なるため参考値)。この結果を学生の意識別にみると「【A】大学での学習の方法は、大学の授業で指導をうけるのがよい」学生では58.4%「【B】大学での学習の方法は、学生が自分で工夫するのがよい」学生では49.2%となり、9.2ポイントの差がある(図表3)。【A 学習の方法を授業で指導】のように考える学生は、授業についていけない傾向にあることがわかる。
図表3
図表3
 しかし、この学生の意識別に、学生支援環境(オフィスアワー、クラス担任や指導教員との個人面談、学習相談窓口や学習支援センターでの相談・指導)の利用状況をみても差はみられなかった。【A 学習の方法を授業で指導】のように考える学生が、授業についていけないからといって、大学の用意した支援・サポートを積極的に活用しているわけではないようだ。
 さらに保護者との関係をみると、【A 学習の方法を授業で指導】は、【B 学習の方法は自分で工夫】より、「困ったことがあると保護者が助けてくれる」「小中学生の頃、困ったとき保護者がだいたい解決してくれた」と回答する割合が高い(図表4)。困ったときは誰かが助けてくれる環境で育ってきた学生が、授業についていけない困難に直面したとき、自分で何とかするより、授業で学習の方法を教えてほしいと考えがちな傾向がみられる。
図表4
図表4

変化3「学生生活については、大学の教員が指導・支援するほうがよい」増加の背景にリアルな友人関係や経済的理由で大学生活に困難を感じる学生の増加

 友だち関係への意識をみると「話が合わないと不安に感じる」「会う友人よりもSNSの友人のほうが話しやすい」と回答する学生の割合が、4年間で増加している(図表5)。さらに2016年の結果を学生の意識別にみると、「【A】学生生活については、大学の教員が指導・支援するほうがよい」学生のほうが、「【B】学生生活については、学生の自主性に任せるほうがよい」学生よりも、キャンパス内のリアルな友人関係には気を使っている様子がうかがえる(図表5)。
図表5
図表5
 同様に学生の意識別で教職員との関係をみると、教員との付き合いに差はみられなかった。しかし職員との付き合いでは、「気軽に相談できる職員がいる」と回答した学生の割合が、【A 学生生活を指導・支援してほしい】32.0%、【B 学生生活は自主性に任せてほしい】24.7%となっており、【A 学生生活を指導・支援してほしい】のように考える学生のほうが、職員と近い距離感にあることが明らかとなった。つまり、大学生活に大学の教員の指導・支援を求める背景には、ピア的なつながりに不安を感じ、大人のサポートを求めている可能性があるだろう。
 また、経済状況を見てみると、「大学の学費を自分で払っている(とても+まああてはまる)」の回答が【A 学生生活を指導・支援してほしい】19.5%、【B 学生生活は自主性に任せてほしい】13.7%、「家にお金を入れている(とても+まああてはまる)」の回答が【A 学生生活を指導・支援してほしい】18.0%、【B 学生生活は自主性に任せてほしい】11.3%となっており、【A】のように考える学生のほうが経済面での負担が大きいことがわかる。学生生活の支援には、経済的な意味合いも含まれているようだ。

まとめ

 冒頭で述べた学びの変化として、アクティブ・ラーニングに代表される主体的な学びの形式が増加し、学生が学びのプログラムの中で主体的に振舞うようになったことは、ひとつの学修成果だ。一方で、意識面においては主体性があると言い難い方向への変化がみられたが、その背景を探ることで、いくつかの課題が明らかとなった。
 まず一点目は、大学での学びに対する意欲の喚起である。ユニバーサル化の影響で大学の選抜性が低下する中、「大学で何を学ぶのか・なぜ学ぶのか」の進路指導を高校に任せ、大学は入試で測るという構図が成立しなくなっている。高校生のうちから、進路や将来にひきつけた大学での学習をイメージさせるためには、大学と高校の間で情報交換やイベントの場を持つなどの連携を強化し、学習意欲の喚起に努める必要があるだろう。
 二点目は、大学での学びへのフォローである。大学は様々な支援環境を整えてきたが、必要な学生にリーチしていない可能性がある。大学内のリソースの活用状況の確認と役割別の機能整理を行うことで、授業時間は単位認可を満たす水準の知識・技能の習得、能力の育成にあてられないものだろうか。
 と同時に、"どこまで学生をフォローすべきか"という問いもある。少子化で一人の子どもに手を差し伸べる大人の手が多くなっている中、困ったときに誰かに頼る状況から、どうやって手放しし、子ども自身が主体となって解決する状況に移行していくか、これは大学教育のみならず社会全体の課題として考えるべきときに来ている。
 三点目は、学びに集中できる環境の整備である。対人関係や経済的理由といった生活面に不安や困難を抱える学生が増加しつつある。職員による情緒面でのサポートや、経済的な制度の拡充など一層の支援策が求められるだろう。
 教育プログラムの中での主体的な学びを、学生の「生きる態度としての主体性」に発展させるために、教育内容の充実と併せて、学生が学ぶ意味を理解し意欲を持って取り組めているか、学び支援の環境や制度が充分な活用状況にあるかといった検証や、青年期の自立といった発達的観点からも考えてみることが重要であろう。そのために大学教育の枠を超え、社会全体で未来を担う若者の人材育成に取り組まねばならない。

著者プロフィール

松本 留奈
まつもと るな
ベネッセ教育総合研究所 研究員
民間シンクタンク、(株)ベネッセコーポレーションの営業部門を経た後、ベネッセ教育総合研究所に入所し、幼児分野における各種調査の設計・分析を担当。近年は高等教育領域を中心とした調査研究に従事している。学生の主体的な学修ならびに生涯学習支援の在り方に関心を持っている。