2016/02/16
第93回 どのような学びの機会が 論理的思考力の育成に効果的か?-学生の「主体性」の程度を考慮して-
研究員 佐藤 昭宏
第80回のオピニオンに引き続き「大学での学びと成長に関するふりかえり調査」のデータを使った分析結果を紹介する。
2012年8月の中教審答申(いわゆる「質的転換答申」)で、「教員と学生が意思疎通を図りつつ、一緒になって切磋琢磨し、相互に刺激を与えながら知的に成長する場を創り、学生が主体的に問題を発見し解を見いだしていく能動的学修(アクティブ・ラーニング)への転換が必要」という見解が示されて以降、大学はより一層、問題解決学習や少人数教育、実験・体験型の授業等の充実を通じた汎用的能力の育成に取り組んでいる。
2012年8月の中教審答申(いわゆる「質的転換答申」)で、「教員と学生が意思疎通を図りつつ、一緒になって切磋琢磨し、相互に刺激を与えながら知的に成長する場を創り、学生が主体的に問題を発見し解を見いだしていく能動的学修(アクティブ・ラーニング)への転換が必要」という見解が示されて以降、大学はより一層、問題解決学習や少人数教育、実験・体験型の授業等の充実を通じた汎用的能力の育成に取り組んでいる。
京都大学の溝上慎一教授によれば、アクティブ・ラーニングとは、「一方的な知識伝達型講義を聴くという(受動的な)学習を乗り越える意味での、あらゆる能動的な学習のこと」であり、「書く・話す・発表するなどの活動への関与と、そこで生じる認知プロセスの外化を伴う」学習のことであるが、誤解を恐れずに言い換えるならば、「教員からの一方通行の学びでない」かつ「学生が能動的に学ぶこと」こそが重要で、活動の種類や形式に特段の条件はない学習と解釈することもできる。このような立場に立った時、大学はカリキュラムを通じてこれまでも実に多様な能動的な学びの機会を提供してきたといえる。
1つの授業だけを取り出しても、基礎知識を学ぶ講義から、グループ単位で意見交換を行うディスカッション、個々で取り組むレポート課題など、さまざまな学びの機会が準備されており、一通りではない。しかし、そうした多様な学びの機会に対して、どの学生も意欲的に取り組めるかというとそうではないだろう。アメリカの教育心理学者クロンバックは、学習者の「適性」と「指導法」には交互作用(「適性処遇交互作用」)があり、両者の組み合わせによって学習効果が異なることを明らかにしたが、大学に入学するまでにどのような学びを経験してきたかや学ぶ目的を明確に持っている学生とそうでない学生では、提供される学びの機会によって、得られる効果に違いがあるかもしれない。そうした意味で、「学び手」側の主体性(学生の行動タイプ)との組み合わせを考慮した、学びの機会の成果の確認を行うことは少なからず意味がある。
そこで、今回のオピニオンでは、23~34歳までの調査データ(N=10,842)を用いて(※1)、 学生の行動タイプによって学びの機会が論理的思考力の育成に与える効果がどの程度異なるのかを明らかにするための分析を行った。なお、分析には2015年9月に発刊した「大学での学びと成長に関するふりかえり調査」速報版 第Ⅱ部で紹介した変数も一部使用する(※2)。具体的には、卒業生の代表的な学びの機会として抽出された「ゼミ型」「課題達成型」「応用実践型」と、大学教育を通じて獲得した代表的な3つの能力・スキルのうち、「論理的思考力」の変数(合計得点)を分析に使用する(変数を構成する質問項目は以下のページ内に掲載)。
以下が、学生の行動タイプを考慮した、学びの機会が論理的思考力に与える影響の重回帰分析に使用した主な変数(表1)そのと結果(表2)である。
表1 分析に使用した主な変数
行動タイプと学びの機会の相乗効果を考慮した上で、より効果が見込めるのは「課題達成型」
まず学生の行動タイプとの組み合わせの効果を確認する前に、学びの機会と行動タイプ(学生の主体性の程度)がそれぞれ単独で論理的思考力にどの程度影響を与えているのか、その効果をみてみよう。
モデル1の3つの学びの機会の回帰係数をみると、ゼミ型が0.450、課題達成型が0.554、応用実践型が0.430となっており、すべて正の効果となっている。社会で生活していく上での基礎力となる論理的思考力の高め方は一通りでなく、大学はさまざまな学びの機会を準備しておくことで、多様な方法で、学生の論理的思考力を高めることができると言える。
次に学生の主体性の程度が論理的思考力の向上に与える影響を確認するため、モデル2の回帰係数をみてみよう。(受け身の学生に対する)主体的ダミーが正の効果(1.816)となっているのに対し、消極的ダミーは負の効果(ー2.538)となっており、学生の行動タイプが論理的思考力の向上に大きな影響を与えていることが分かる。そしてモデル1、2で投入した変数を合わせて投入したものがモデル3となる。それぞれの回帰係数を確認すると、学びの機会、行動タイプのいずれの変数も統計的に有意な効果が確認され、行動タイプの効果を加えても、学びの機会が与える正の効果は変わらず残存している。ただし、ゼミ型の回帰係数が0.367、応用実践型の回帰係数が0.362と、モデル1で確認した回帰係数と比べ、その効果がやや減少しており、より行動タイプの影響を受けやすい学びの機会であることが窺える。
最後に、行動タイプによって、学びの機会が論理的思考力の向上に与える影響に差があるか、その相乗効果の確認を目的としたモデル4(学びの機会と行動タイプの交互作用項を投入したモデル)をみてみよう。
表2 主体性の程度を考慮した学びの機会が論理的思考力に与える影響の分析(重回帰分析)
※ +:p<0.1、*:p<0.05、**:p<0.01、***:p<0.001。
※独立変数間の相関関係を確認したところ、多重共線性の危険性は確認されなかった。
※学びの機会が論理的思考力に与える影響を左右する要因として、性別以外に文系・理系の影響(文系ダミー)を 統制するモデルの検討も行ったが、統計的に優位な効果が確認されなかったため、分析からは除外した。
※独立変数間の相関関係を確認したところ、多重共線性の危険性は確認されなかった。
※学びの機会が論理的思考力に与える影響を左右する要因として、性別以外に文系・理系の影響(文系ダミー)を 統制するモデルの検討も行ったが、統計的に優位な効果が確認されなかったため、分析からは除外した。
まずゼミ型の効果をみてみると、ゼミ型の主効果(受け身の学生に対する効果)は0.361で正である。さらにゼミ型と学生の行動タイプの組み合わせをみると、消極的×ゼミ型で、(危険率10%水準ではあるが)統計的に有意な正の相乗効果(0.096)が確認された。この結果、ゼミ型授業は、いずれの行動タイプの学生にも正の効果を有しているものの、(消極的な学生に対するゼミ型授業の効果が0.457となり)、消極的な学生に対してやや親和的である傾向が窺える。
次に課題達成型をみてみよう。課題達成型の主効果は0.481である。主体的×課題達成型で統計的に有意な正の相乗効果(0.092)が確認された。課題達成型の授業もすべての行動タイプに対して正の効果があるが、とりわけ主体的な学生たちに対してより大きな効果(0.573)をもたらすことが考えられる。
最後に応用実践型をみると、応用実践型の主効果は0.324である。主体的×応用実践型は統計的に有意でないが、消極的×応用実践型において正の相乗効果(0.136)が確認された。よって応用実践型も、ゼミ型、課題達成型と同様すべての学生に対して正の効果をもたらすものの、消極的な学生においてよりその効果が大きくなる(0.460)可能性がある。
以上の分析から得られた知見をまとめると以下の3点である。
以上の分析から得られた知見をまとめると以下の3点である。
①「ゼミ型」「課題達成型」「応用実践型」すべての学びの機会が、論理的思考力に対してある一定の正の効果をもっている(論理的思考力の高め方は一通りではない)。
②学生の行動タイプと学びの機会には相乗効果が存在し、(受け身の学生に対して)「ゼミ型」・「応用実践型」は消極的な学生に、「課題達成型」は主体的な学生により親和的である。
③ ②の相乗効果を踏まえ学びの機会が論理的思考力への影響を検討したとき、すべての行動タイプの学生において、「課題達成型」授業でその効果がやや大きくなる。
②学生の行動タイプと学びの機会には相乗効果が存在し、(受け身の学生に対して)「ゼミ型」・「応用実践型」は消極的な学生に、「課題達成型」は主体的な学生により親和的である。
③ ②の相乗効果を踏まえ学びの機会が論理的思考力への影響を検討したとき、すべての行動タイプの学生において、「課題達成型」授業でその効果がやや大きくなる。
研究や論文を中心とした教員と学生の指導評価によって構成される、伝統的な課題達成型の授業において、その効果が最も大きくなることが確認されたことは興味深い(※3)。
もっとも、学びの機会と比べ、行動タイプの主効果(学びの機会が平均の学生に対する効果)が論理的思考力に与える大きさ(主体的0.948、消極的-1.343)を考えると、そもそもどのような姿勢や態度で、大学の学びの機会に向き合うべきか、その姿勢や態度形成こそが最も重要であるという見方もあるが、行動タイプが長年の思考や経験の積み重ねによって構築されるものであり、容易に変化させにくいものであることを考えると、行動タイプにかかわらず効果をもたらす学びの機会の重要性に着目するという見方もあるだろう。
今回の調査は、大学時代の経験を社会人の視点からふりかえり、大学の教育効果の遅効性を踏まえたアウトカムとその要因の確認が主な目的であったが、在学中から卒業後まで紐づいたデータを集積できれば、能力やスキルの向上について、時系列で多様な角度からその効果検証を行うことができるだろう。
ベネッセ教育総合研究所では、すべての学生の学びと成長をできる限り支援していくという立場に立ち、大規模データからどのような学生に、どのような学びの機会を組み合わせて提供していくかを引き続き検討していく。
ベネッセ教育総合研究所では、すべての学生の学びと成長をできる限り支援していくという立場に立ち、大規模データからどのような学生に、どのような学びの機会を組み合わせて提供していくかを引き続き検討していく。
※1 本調査の特徴の1つに、大学教育改革前の世代【40~55歳】(以降、「ビフォアー世代」)から大学教育改革後の世代【23~34歳】(以降、「アフター世代」)まで、幅広い世代の大学教育の成果を比較できることがあるが、ここでは最近の教育に対する成果を中心に明らかにするため、卒業してからの年月が比較的浅い、「アフター世代」のデータを使用し分析を行った。
※2 2015年9月に発刊した「大学での学びと成長に関するふりかえり調査」速報版・第Ⅱ部では、近年の大学がどのような教育機会を提供し、さらにそこから何を獲得したかを「学び手」である卒業生の視点から確認することで「大学教育の遅効性」を明らかにすることを試みた。その結果卒業生の代表的な学びの機会として「ゼミ型」「課題達成型」「応用実践型」の3つが、また、それらの経験を通じて獲得した代表的な能力・スキルとして「論理的思考力」「リーダーシップ・チームワーク」「国際性・社会性」の3つが抽出された。
※3 これらの分析は、あくまで一般的かつ代表的な卒業生の学びの機会が論理的思考力にどれくらい影響を与えるかを示した結果にすぎず、同じような形式で機会を提供したとしても、教員の課題設定の仕方や、議論のルールの定め方1つでその効果は変わるかもしれない。
著者プロフィール
佐藤 昭宏
さとう あきひろ
ベネッセ教育総合研究所 研究員
さとう あきひろ
ベネッセ教育総合研究所 研究員
ベネッセコーポレーション入社後、初等中等領域を中心に、子ども・保護者・教員の意識・実態、教育選択に関する調査研究を担当。近年、担当した主な調査は、「中高生のICT利用実態調査」、「小中学生の学びに関する実態調査」(2014年)、「第2回学校外教育活動に関する調査」(2013年)、「第5回学習指導基本調査」(2010年)など。その他、教育情報誌編集や教材開発にも携わる。
その他の活動:福岡県教育センター専門研修講師(2014年)、公立小中学校校長会研究大会・公立高校進路講演会講師(2010~2014年)。
最近の研究関心:「自律的な学習者を育てる指導の在り方」「消費社会における子どもの自立・社会化」「義務教育段階におけるキャリア教育のあり方」。