2014/06/16

第51回 「マナモク」づくりのすすめ-高校生が学びに立ち向かうためのダイアログ-

ベネッセ教育総合研究所 高等教育研究室
室長 樋口 健
 私たちベネッセ教育総合研究所では、2011年度より『高校生未来プロジェクト』と銘打った、高校生が「自らの学ぶ目的」を創り出す新たな対話型ワークショップを開発し実験を進めています。仲間との「深い対話」の中で省察し、自らの学ぶ目的を「創り」「決める」ことで、高校生個人の学習意欲の向上を促すものです。タイトルの「マナモク」とは「学ぶ目的」の略語であり、キャッチフレーズです。このワークショップをご紹介し、その実践を通じて見えてきた高校生にとっての教育的な意義についてご提案したいと思います。

『なぜ学ぶ必要があるのか?』この困難な問いとの対峙が必要な時代に

 私たちがこの対話型ワークショップを始めた背景には、高校生がいよいよ「自分はなぜ学ぶ必要があるのか?」という困難な問いに、真摯に向き合うことが必要な時代が訪れた、との問題意識があります。周知のように大学全入時代を迎え、一部の難関大学受験を除けば、大学入試はもはや高校生の学ぶ意欲へと簡単には結びつきません。また大学進学が将来を長く約束するとの言説はもはや通じなくなりました。その一方、東日本大震災後、高校生の中には社会貢献に対する青年らしい意識の高まりや「利他志向」の芽生えが見られたものの、それが今の学びと必ずしも結びつかないという状況もありました。
 こうした中で、高校生が生涯学び続ける土台として、今こそ純粋に、将来社会のあり方、その担い手として自分の生き方と絡めながら学びの意味を熟考する作業が必要であり、学ぶ意欲の源泉として有効なのではないか。大学進学はその先にあるものと考えたのです。

高校生の省察を促す「対話」の場を創る

 ワークショップの概略をご紹介します。重要なのは、「学びの目的」自体ではなく、深い対話のプロセスを通じて高校生の省察が進み、学びに対する意識・態度が変わっていくことです。こうした視点でプログラムを組み立てます。
 前半は、自己の関心を持っていること、社会問題とその解決方法、学問と社会のつながり等をテーマとしたセッションを、生徒だけでなく大学生や社会人、学識者なども加わりながら繰り返します。多様な視点から各自思い切り思考を「発散」させ、それまでの価値意識に揺らぎを与える段階です。後半は「収束」段階です。「では、将来社会で生きていく上で自分が本当に大事にしたいこと(マイテーマ)は何か」という問題意識を踏まえつつ「自分が学ぶ目的は一体何なのか」という観点から自己の思いを語り合い、最終的に文章にして内省化を促します。この時、マイテーマや学ぶ目的は「仮決めでよく、今後いくらでも変わっても良いもの」とします。決定の心理的ハードルを下げるためでもあるし、実際、個人の将来の課題は変化していくものだからです。まず決めることが大事、という立場です。
 また、高校生の本当の思いを引き出せる深い対話をいかに促すか。これが場づくりのポイントです。本音とは、自分でも気付かない「心の深部」にあることが多いもの。このため対話の際は「理論的でなくてもよい、言葉が出るに任せる」、「他者の話を受け入れる、否定は一切なし」をルールとして約束します。本当の思いを引き出す協力を、参加者の高校生が相互に行いながら、みなで対話の場を創っていきます。(図1)
図1 「学びの目的を創る」対話型ワークショップの構成

深い対話を通じて、高校生の学びに対する意識は積極的なものへと変化する

 話し合いのテーマは与えますが、大人の側から話し合いの方向性や結論を誘導することは一切しません(当たり前ですが)。あくまでも主役は高校生。彼らの主導に任せ対話をすすめていきます。そうした中で、徐々にですが、高校生はまじめな本音を介してコミュニケーションする楽しさを覚え、それぞれの意識に変化が見られるようになります。
 高校生は1年生から進学指導やキャリア教育を受けていますので、ワークショップ前でも学びの目的を言うことはできます。しかしそれは総じて「将来のため」とか「大学にいくため」、「好きな職業につくため」等、典型的なものであり漠然としたレベルです。それが、対話を繰り返し、様々な角度から学びの意味について考え続けるうちに、自分なりの視点、自分なりの言葉で「今学ぶ意義」について言えるようになります。また学びに対する価値意識も、積極的なものへと変化していくようです。高校生が主体的な学びの態度を獲得する可能性を示すと言えるでしょう。(表1)
表1 対話型ワークショップを通じた高校生の学びに対する意識変化
参加前の意識 参加後の意識
Aさん
(1年男子)

ポジティブな学習観に転換した例
学校で教えられることは、大半が実用性に欠けるものである。

学ぶことは、多面的なものの見方・考え方を養う可能性がある。しかし、それができなければ知識の詰め込みにすぎない。
勉強がつまらないのではなく、勉強をつまらないと思っている自分がつまらない。

高校の勉強は様々な問題を解決するために必要な抽象的思考を養う準備である。

ワークショップを通じて、「ポジティブな感情だけ」を抱くようになった。
Bさん
(2年女子)

学びの意義を、将来的な自己実現から捉え直した例
高校で学ぶことのほとんどが将来の生活では直接必要のないものばかり。それでも勉強する理由はただ一つで「センター試験で必要だから」。 人の考え方にも耳を傾けて、自分の中でも気づける・考えなおせるようになった。

自分の望む夢にもたくさんの方法や道がある。もっと視野を広げて、たくさんの可能性を導き出していきたい。

高校生の成長に果たす、対話型ワークショップの三つの意義

 私は、この対話型ワークショップの実験を観察して見えてきた、高校生の成長にとっての意義を以下のように捉えています。
 一つ目は、高校生が自分が生きていく上でのテーマ(マイテーマ)を探り、そこから学びの目的を決める行為それ自体です。これは、人生経験の浅い高校生にとってはとても難しい試みです。しかし、敢えてそれを行うことで高校生の中に、社会的課題に対する当事者意識が生まれ、生きる術としての学びに対する必要性と責任感が生まれるのではないかということ。こうした変化を土台として、それまで遠かった社会的課題に対する自分なりの感受性が高まり、広く問題意識を持てるようになる。並行して高校生の学びへの意欲・関心が次から次へと生まれてくることが期待できるということです。
 二つ目は、仲間との関係性の変化から生まれる副産物の価値です。ワークショップに参加した高校生に、得たものとして何が大きかったか尋ねると、多くの生徒が「こんな凄いことを考えているヤツがいたのか」「あの人は、実はこんな思いを抱いていたのか」という新たな出会いや仲間の再発見の価値をあげます。その刺激を糧にその後の受験勉強を最後まで頑張ることができたという生徒もいます。一方、対話を重ねるうちに「自分が初めて周囲から受け入れられていると感じた」「自分の考えを出せるようになった」と吐露する生徒もいます。先述したように、ワークショップでは高校生が思い、本音を出しやすいように、積極的な傾聴と受容・承認をルールとして約束します。こうして出来上がった対話の場を経験することで、高校生は他者に対する敬意を抱くようになり、自分は認められているのだという信頼感、それに呼応した自信を獲得することができるのだと思います。
 三つ目は、学びの目的という「正解のない問題を対話することの難しさ」から生まれる価値です。正解の無い問題に取り組み、自分なりの答えを出す力は、先の見えない社会を生きぬくための問題解決力そのものであり、21世紀型の能力として求められているものです。また対話そのものが難しい故に、高校生が知識の重要性を思い知ることができます。社会の課題やそれを解決する方法、自分の役割等についての話し合いを進めるうち、少なからぬ高校生が「知識が乏しい故に有効な議論ができない」ことに気づきます。それが、学びの必要性に気づく強い契機ともなりますし、また自分の課題に気づくことでメタ認知力を鍛えているともいえます。

「マナモク」づくりのすすめ

 これまで述べてきた対話型ワークショップは、まだ開発と実験の途上であり、もちろんたくさんの課題が残されています。すべての学校現場の極めて多様な高校生にこの手法が一律に有効なのか。また、対話で変容した学びへの意識・態度を長く持続させるには、そして具体的な学習行動へと転化させ、習慣化するにはどのような支援が必要なのか。高校の教科学習、進路選択とどのように接続すべきなのか等々です。
 ただここでは、敢えてその可能性に目を向けたいと思います。内発的動機づけ研究の泰斗であるエドワード・デシ博士は、人の自律性と学ぶ意欲を伸ばす三つの条件として「自己決定感」「自己効力感」「他者からの承認感」あげています。友との深い対話の中で学びの目的を創り決める対話型ワークショップは、これらを育む要件を備えています。
 「マナモク」づくりを高校現場の先生方にもご提案いたします。ぜひ学校現場において個々の創意工夫を加え進めていただければ幸いです。そして見えてきた成果や課題を共有させていただき、すべての高校生が「生涯にわたり主体的に学んでいく」ための基礎力を養う方法として、ともに完成させて行くことができればと思います。
※ なお、本稿で取り上げた「高校生未来プロジェクト」の詳細は、当WEBサイト上でご覧になれます。http://benesse.jp/berd/berd/hirakemirai/をご確認ください。

※ また本稿の作成に際して、ワークショップの設計において主導的な役割を果たし、ファシリテーションを担当される與良昌浩氏(㈱もくてき代表)から有意義な示唆をいただきました。あらためて感謝申し上げます。

著者プロフィール

樋口 健
ベネッセ教育総合研究所 主任研究員
民間シンクタンクにおいて、教育政策や労働政策、産業政策等のリサーチ・コンサルテーションに携わる。その後、ベネッセコーポレーションに移籍し、ベネッセ教育総合研究所において主に高等教育に関する調査研究を担当。これまでの関わった主な調査研究は以下のとおり。
など。
関心事:我が国における「中等後教育の戦略」はどうあるべきか
調査研究その他活動:日本学生支援機構 有識者会議委員、研修事業委員会委員