2013/07/05
第11回 データ無くして、改革無し—「第2回幼児教育・保育についての基本調査」より—
ベネッセ教育総合研究所 次世代育成研究室
室長 後藤 憲子
室長 後藤 憲子
日本の幼稚園・保育所は多様で、これが標準というものがないと言われることがあります。幼稚園・保育所・認定こども園があり、しかもそれぞれに公立と私立があり、複雑な形態をとっています。小学校の場合、国公立が99%を占め、設置基準や指導要領が決められ、全国どこに行っても同じ教育内容が保証されているのと対照的です。
幼稚園のことは文部科学省の「学校基本調査」によってある程度分かりますが、幼稚園と保育所を併せて把握できる調査はありません。管轄が文部科学省と厚生労働省に分かれているためです。その意味で、今回ベネッセで行った「第2回 幼児教育・保育についての基本調査」は幼保の全体像をつかめる数少ない例だと思います。
去る6月30日(日)、「日本の保育の課題と展望」(注1)と題するシンポジウムで、日本の幼稚園と保育所の実態を調査結果から報告する機会がありました。そこで取り上げたデータの一部をご紹介します。
(注1)CRN(チャイルド・リサーチ・ネット)とお茶の水女子大学が共催したシンポジウム
日本の幼稚園・保育園の標準的な姿とは?
報告では、日本の幼稚園・保育所をとらえるにあたって、次の4つの視点から分析を行いました(詳細は添付ファイル(PDF形式 530KB)をご覧ください)。
- 園の環境
- 教育内容(保育・教育目標、教育課程・保育課程の編成、指導計画の作成)
- 保育者について(資格免許の保有状況、雇用形態、経験年数、園内研修の実施)
- 園運営上の課題
結論から言うと、1.園の環境、2.教育内容については、幼稚園と保育所の間であまり大きな違いがなく、共通している面も多いことが分かりました。
園の環境については、図1に示した、施設や環境の有無を聞いています。「園庭」「砂場」「ピアノなどの鍵盤楽器」「すべり台または複合大型遊具」「栽培活動ができる花壇や畑」は90%以上の園に存在し、幼稚園・保育所の差もあまり見られません。
「巧技台」「大型積み木」は、70%以上の園にありますが、保育所は幼稚園よりも「巧技台」で7.3ポイント、「大型積み木」で16.4ポイント低くなっています。これらは3歳以上の園児が自分たちで遊びの場を作る遊具なのですが、保育所の中には遊具を広げる充分なスペースがないところもあるのかもしれません。ブランコは危険を伴うということもあり、最近では設置する園が減ってきているという話も聞きます。
図1
このデータから、環境面では幼稚園と保育所はかなり似ていると言えるでしょう。もちろん、園庭が何m2なのか、鍵盤楽器がそれぞれの保育室にあるのかどうか、砂場で子どもたちがどのように遊んでいるのかなど、詳細に調査すると違いや課題も見えてくるかもしれません。さらに深めて調査してみたい点です。
園の教育目標については、16の選択肢を用意し、各園の目標として特に重視していることを3つまで選んでもらいました。その結果を幼稚園と保育所に分けて表にしたものが図2です。
図2
16項目より、3つ選択したものの上位5位(数値は%)
第1位の「基本的な生活習慣を身につけること」、第2位の「健康な体を作ること」は幼稚園、保育所のどちらも同じです。第3位以下は順番が入れ替わっていますが、園長先生たちは、幼稚園も保育所もほぼ同じ教育・保育目標を持っていることがわかります。
2009年度から施行されている、改訂幼稚園教育要領と改定・告示された保育所保育指針が同じ方向性に基づいて策定されていることが影響しているのかもしれません。あるいは、 家庭での子育ての変化を受けて、園がより一層、生活習慣や健康面を重視するようになってきているのかもしれません。
一方で、子どもたちの接する保育者は、保育の質に直接大きな影響を与える存在です。保育者の雇用形態を見ると、非正規雇用者の率は、公営保育所と国公立幼稚園で高く、幼稚園・保育所の違いよりも公立・私立の違いのほうが大きいことがわかります。背景には自治体が財政難から、給与の高い正規職員の採用を絞っていることが考えられます。
ここまでご紹介したのは、ほんの一例ですが、データを通して実態を「見える化」し、園に関わる様々な立場の人が共通認識を持ち、課題を明確にして対策を打つことが重要なことだと思います。
海外ではデータをもとに政策を検討、保育の質の向上へ投資が行われている
30日のシンポジウムでは、東京大学の秋田喜代美先生が基調講演を行い、海外各国での幼児教育に関するデータ収集の事例が報告されました。幼児教育に投下する政府予算を獲得するという目的のもと、園の実態を明らかにするインターネット調査を多くの園が協力して大々的に始めているそうです。こうしたデータを集めて分析し、国際的に比較することで、自国の幼児教育の強み・弱みはどこにあるのかを分析し、政策に生かしていく事例が出てきているそうです。
日本の場合、最初に述べたように幼児園と保育所が2元行政の下にあるため、全体を把握する調査データは非常に不足しています。秋田先生もおっしゃっていましたが、今後は、園で行われる自己評価や第3者評価などのデータを個々の園の改善のみでなく、地域や自治体、国として課題を把握するために使っていけるとよいでしょう。また、国内の調査結果をもとに海外と比較を行い、幼児の育つ環境を国際的な観点から検討していくことも大変重要なことだと思います。
日本の幼稚園や保育所で子どもたちの受けている保育・幼児教育は国際的にみると質が高いといわれています。しかし、海外と比較するとどういう点で質が高いのか、また、それを維持するにはどうすればよいのか。また、将来、子どもたちが国際的に見て必要とされるスキルや知識を身につけるための土台が現在の日本の幼児教育・保育の中で行われているのかどうか。待機児童解消だけでなく、制度改革が検討されている今だからこそ、データをもとに幼児教育・保育の改革の内容を検討していくべきと考えます。
「第2回 幼児教育・保育についての基本調査」は9月にはダイジェスト版を、12月には詳細は報告書をまとめる予定です。ぜひ、今ご覧になっているベネッセ教育総合研究所のHPをチェックしてみてください。
著者プロフィール
後藤 憲子
ベネッセ教育総合研究所 次世代育成研究室 室長
ベネッセ教育総合研究所 次世代育成研究室 室長
福武書店(現ベネッセコーポレーション)入社後、教材・書籍の編集を経て、育児雑誌「ひよこクラブ」創刊にかかわる。その後、研究部門に異動し、教育・子育て分野に関する調査研究を担当。これまで関わったおもな調査、発刊物は以下のとおり。
関心事:変化していく社会の中で家族や親子の関わりがどう変わっていくのか、あるいは 変わっていかないのか
調査研究その他活動:J-Win Next Stage メンバー、経団連少子化委員会企画部会委員
調査研究その他活動:J-Win Next Stage メンバー、経団連少子化委員会企画部会委員