2017/02/09

Shift│第15回 ニューロダイバーシティ教育が、未来のイノベーションを生みだす -突出した個人の将来を追求する人間支援工学者の挑戦- [1/5]

 バラク・オバマ前大統領と、2011年から日本人として初めてMITメディアラボの所長に就いている伊藤穰一氏の対談が、2016年12月10日発売の『WIRED』誌上に掲載された。子どもたちがこれから生きる人工知能全盛時代に警鐘を鳴らしつつ、明るい未来展望も語り合う内容だ。対談では、「ニューロダイバーシティ」の重要性も取り上げられていた。ニューロダイバーシティとは、すべての脳はそれぞれに考えがあり、違いは優劣ではなく個性だと捉えようというものだ。
 伊藤氏は、「モーツァルトとアインシュタインとニコラ・テスラが現代に生きていたならば、彼らはみな自閉症と診断されていただろう」という、動物学者のテンプル・グランディンの言葉を引用しながら、この問題を提起している。トーマス・エジソンやレオナルド・ダ・ヴィンチ、さらには今日のIT業界をつくってきた偉人たちの多くもそうした傾向があると言われている。つまり、彼らは今日の教育システムでは、はみ出し者として扱われ、才能が開花しなかった可能性もあるのだ。
 その理由は「ニューロノーマル」、俗に言う健常者という1つの枠に入っている子どもだけを対象にしているのが、今日のシステムだからだ。計り知れない可能性を秘めていながら、何らかの理由で学校教育とは合わず、「自分はダメだ」と思い込まされ、興味を追求する機会さえも失っている子どもたちは決して評価されない。
 今回は、そうした一定の枠に入りきらない子どもたちが、興味の対象を広げ、探究心を深め、自分たちの未来に希望を見出せるようにと取り組む動きに着目した。とりわけ、その中心人物、東京大学先端科学技術研究センターの中邑賢龍(なかむら けんりゅう)教授の活動を取材している。特別支援教育にとどまらない現在の取り組みと未来予想図は、刮目に値する。
【取材・執筆】林 信行(ジャーナリスト)
【制作協力】青笹 剛士(百人組)

子どもたちの将来を見据えた教育に目覚める

 今回、紹介したいのは、日本財団と東京大学先端科学技術研究センターが共同で取り組む「異才発掘プロジェクトROCKET」だ。「ROCKET」とは「Room of Children with Kokorozashi and Extra-ordinary Talents」の略で、そのまま訳せば「志と突出した才能をもつ子どもたちの居場所」といったところだ。プロジェクトのディレクターを務める中邑賢龍教授は、普通教育どころか、特別支援教育からもはみ出てしまう子どもたちに着目しており「もしかしたら日本の将来を救うようなイノベーションも、そうした子どもたちから生まれてくるかもしれない」と期待している。
 「ROCKET」の話をする前に、少し中邑さんのこれまでの足取りを紹介したい。中邑賢龍さんと言えば、障害や病気による困難を抱える学生の進学や就職といった本人の希望の実現をサポートするプログラム「DO-IT Japan」を立ち上げるなど、数々の障害者支援活動で有名な研究者だ(関連記事:本ウェブサイト特集CO-BO「発達障害のある人たちの就労に関わる問題」)。
インタビューに答える中邑さん
インタビューに答える中邑さん
 中邑さんは、1984年に香川大学の教育学部の助手として、人間支援工学のキャリアをスタートした。当時、上司に「お前みたいな若造は現場を見ろ」と言われ、さまざまな事情を抱えた家族を上司と一緒に訪問した。
 ある寝たきりの青年の家では「10年前に教えた自分の生徒だ」、別の家では一室に閉じ込められた知的障害の子どもを指して「あれも俺の教え子だ」と言われ、自分に適した学びにアクセスできなかった上司の教え子たちの現状に衝撃を受けた。
 上司は「これが今の教育システムが生んだ結果だ。もちろん、システムを構築している側も、こんな結果は誰も望んでいない。良かれと思って一生懸命やっているはずだ。だけど、これでは教育の意味がないだろう」と語ったという。
 この上司に「子どもたちが、将来どうなるかを見据えた教育をお前は考えろ」と言われたという中邑さん。「僕は今でもそれを忠実に守っているだけです」と語る。