2017/02/09

Shift│第15回 ニューロダイバーシティ教育が、未来のイノベーションを生みだす -突出した個人の将来を追求する人間支援工学者の挑戦- [3/5]

学ぶ機会を逃していた枠に収まらない子どもたち

 中邑さんは「DO-IT Japan」の活動を続ける中で、あることに気がついた。それは、ワープロを使えるようになっても、それが好きじゃなかったり、集団の中にいること自体が辛くて不登校になっていたり、就職を考えるとしんどくなってしまう子どもがいるということ。そういう子どもに対しては、まだ何もできていないという気づきからスタートしたのが、「ROCKET」プロジェクトだった。
 中邑さんは、「ROCKET」の狙いについて、「DO-IT Japan」との違いを話してくれた。「ROCKETは、入試を対象とはしていません。高校も大学も行きたい人は勝手にどうぞというスタンスです。ここでの狙いは、好きなことをとことん追求し、変人として生きる子どもたちを発掘することです」
 ROCKETが対象とする、いわゆるはみ出し者の子どもたちは、自分が好きなことであれば、どこまでも際限なく1つのことを追求することが少なくないのだという。ROCKETの参加者は、例えば、キノコに執着してそればかりを研究している子ども、歌舞伎の発祥からあらゆる歴史を調査している子ども、一方で、全国模試で常にトップレベルの成績を収めているが、学校での学びに物足りない想いを抱いている子どもなど多様性に富んでいる。
 かく言う中邑さんも、子どもの頃、トンボの雌の尾の先にある「尾毛(びもう)」と呼ばれる器官を生体から引っこ抜き、おびただしい量のそれを収集して、親御さんを相当心配させた経験のもち主だ。そんな変わった子どもたちには、接し方を工夫すれば、多くの学びの機会を与えられると中邑さんは言う。
中邑賢龍教授
 「例えば、ぶどうジュースだって学びに繋がりますよ。ぶどうでできたシミを見せて、ポリフェノールという植物成分の存在を伝える。さらに石鹸を付けたら色が変わるのは、リトマス試験紙と同じように、酸とアルカリに対する化学反応が理由だという話にも繋がる。
 一方、果物のぶどうは値段が高いのに、なぜ市販のぶどうジュースは安いのかというのも学びのテーマになります。濃縮還元技術の話に展開することもできるし、果物の生産方法や流通経済、産地から地理などの話もできます。ぶどうは昔、海老色と言われていたと古典に遡ることだってできる。こういった知的好奇心をくすぐるテーマであれば、子どもたちは食いついてきます。学びって楽しいねって」
 もちろん、そういう教育は誰にでもできるわけではない。中邑さんは、既存の教育システムの改善点を指摘した。
 「教員は、カッチリと組まれたカリキュラムの中で教えるのが得意な人と、もっと柔軟かつ緩やかに教えられる人とで分ける必要があります。一律に、あらゆる子どもたちを受け持たせてはいけないのです」

不登校児だからこそできる自由な教育設計

 断っておくが、中邑さんは、従来の教育システムを否定しているわけではない。
 「日本の教育システムは、カッチリしているからこそ現在の高い教育レベルを保てています。僕は小中学校の教育を否定してはいません。むしろ、これは維持しなければいけないと思っています。ただ、カッチリしているからこそ、そこにハマらない、外れた人たちにはものすごいストレスをかけられ、しんどい思いをしています。ここに大きな問題があります」
 中邑さんは、将来、教科書でカッチリ学ぶクラスと、教科書を使わずに学ぶクラスを両立させた学びの場を設けたいという。
 「どっちを履修しても、学習指導要領に準拠でき、どっちを履修しても入試が受けられる仕組みです。そうすれば、学びと入試が両立できる」
 中邑さんが、なぜここまで不登校児に着目しているかというと、時間の枠を外せるからだ。不登校児は、時間割に縛られない。逆に、そういう子どもたちは、時間配分が苦手で、決まったペースに合わないから不登校になるケースも多いという。だからこそ、彼らには教育の仕方を自由に設計できる。
 中邑さんは、新しい学び場の構想を次のように語った。
 「学校に行ける子どもたちと同じ教育をしてもしょうがないですよね。例えば、子どもたちを東京駅に集合させて、6日以内に日本で最果ての街に辿りつけっていう教育もできるわけです。6日間で子どもたちがどれだけ学べるか。もしかしたら一年分の学習指導要領に込められたすべての項目を満たすこともできるかもしれません。面白くないですか?」
 それでは、中邑さんがROCKETで実際に展開している、カッチリしていない、自由度の高い授業とはどのようなものなのか。私たちは、いくつかのプログラムを取材した。