2016/09/01
Shift│第13回 「デザイン・エンジニアリング」が新しい課題解決型授業を生みだす -子どもたちに伝えたい「失敗は成功への過程に過ぎない」- [4/6]
問題が与えらる従来の授業との決定的な違い
これまでダイソン問題解決ワークショップの主な対象は中学生だったが、今回初めて高等専門学校(高専)で行われた授業を取材することができた。高専は中学卒業後の5年一貫教育を基本に、技術者に必要な教養と専門知識の修得を目的とする高等教育機関だ。
国立奈良工業高等専門学校
奈良高専の電子制御工学科の1年生クラスで行われたワークショップのテーマは、前出の一之台中学校と基本的には同じ。ただし、学校内の問題だけでなく、日々の生活における問題まで対象領域が拡大されていた。学生たちの話し合いは1年生とはいえ、とても論理的。試作品をつくる前のスケッチを見てもさすが高専生、どのグループも視覚的にわかりやすい絵を描いている。
今回取材したのは、国立奈良工業高等専門学校、通称「奈良高専」だ。ロボットコンテストや日本数学コンクールなどの競技大会での入賞実績があり、近年は卒業後に大学学部の3年次に編入して高度な技術者を目指す学生が増えている。平成28年3月卒業者は、大学へ編入した56名のうち51名が国公立大学へ入学している。
優勝したグループのプレゼンの様子
プレゼンの結果、優勝したグループの試作品は、音楽を聴く際にイヤホンのコードが絡まりやすいという問題を解決しようとしたものだった。左右に分かれているコードを、ジップロックのように溝を使ってひとまとめにするという、シンプルかつ現実的なアイデアを試作品にしている。プレゼンの内容もさることながら、多くの人が不満に思っている問題に対する完成度の高いアウトプットが好評だった。
優勝したグループに今回のワークショップの感想を聞くと、共通していたのが問題そのものを自分たちで見出す楽しさだ。あらかじめ問題を与えられている普通教科の授業とは、この点が大きく違う。また、身近な問題を題材にすることで、エンジニアの社会における必要性を強く感じることができたとも言っていた。
ほとんどの学生が将来の夢はエンジニアだと語るなか、ひとりの男子学生がこう言った。 「ずっと奈良市長になりたかったです。中学生のときも生徒会長を経験して、みんなをまとめたり、意見を発表したりすることに向いていると思いました。街づくりも問題解決が重要ですよね。その街を発展させるためには技術が必要です。今後は地域を活性化させるために技術を学び、街づくりに貢献できる仕事に就きたいですね」と話してくれた。
デザイン・エンジニアリングを街づくりに繋げて考える高専1年生に出会えたことを嬉しく思う。「デザイン」はなにも、建築や服飾、印刷物やWebサイトのためだけにあるものではない。彼が興味を示した政治も、将来のビジョンを語り合うためのグランドデザインを描くことはとても重要だ。最近では、政治家の生命線とも言える自分の政策に共感してもらうためのやりとりが、コミュニケーションデザインというワードで語られることも多くなった。このように「デザイン」をメタ的に捉えた学生の感想が出てくるワークショップは、それだけでも大きな意味がある。
子どもたちにこそデザイン・エンジニアリングが大切な理由
一方、理論だけではなく、すでに実験・実習を重視した教育を実践している高専側にも、ダイソンのワークショップを導入した狙いがある。ワークショップを担当する中村先生はこう語る。
奈良高専講師の中村先生
「奈良高専では、5年ぐらい前から課題解決型実験という授業を1年生から4年生まで行っています。いわゆるアクティブラーニングなのですが、問題を見出して解決していくという教育を、本学では重要視しています。今回のワークショップは、そのプロローグの位置付けです。
もちろん、世界的に有名なダイソンという企業がワークショップを開いてくれるということで、学生たちのモチベーションを上げることも大きな狙いです」と中村先生。
また、ワークショップに同席していた、大手家電メーカーに長年勤務した経験のある奈良高専特命教授の顯谷先生が興味深い話をしていた。
「メーカーなど特定の組織に入ってしまうと、どうしても狭いグループの中で、自分たちの常識だけで話し合うようになってしまいがちです。学生の段階で1つのテーマについて、徹底的に異なる視点で意見をぶつけ合って話し合うことは、社会に出てから役立つとても貴重な経験であり、デザインプロセスの型として身に付けてほしいことの1つです」
実際、筆者があらためて教育の大切さに気づき、本連載を始めるきっかけとなったのも、日本の大企業が抱えるこうした問題に直面していたからだった。筆者は20年以上、テクノロジー系のライターをしているが、10年前くらいから国内の大手家電メーカーや通信会社などで社内講演やコンサルティングも行うようになった。その中で、日本メーカーが弱体化している理由は、エンジニアのスキル低下よりも、組織の構造や仕事の進め方などの仕組みが原因で社内のコミュニケーション不全が起きているからだと強く感じていたのだ。
一方で、そうした構造や仕組みを当然のものとしてきた世代の大人たちには、問題自体が認識しづらいことも感じてはいた。だからこそ、若年層の教育から変えていく必要があると強く思い、本連載「シフト」の執筆に踏み切った経緯もある。