2018/01/09

教育改革のいま、「子どもの主体性をいかに育むか」【後編】主体性を育む経験[1/2]

いま日本が目指す教育とは何か
これからの教育を各界の第一人者に聞く「教育フォーサイト」。
「子どもの主体性の育成」について、ベネッセ教育総合研究所の乳幼児から高等教育の各研究室の室長が語り合う、「教育フォーサイト」第五弾。後編では、主体性を育む経験に着目し、学習の動機付け、非認知能力の可視化および子どもの失敗経験について議論します。

司会 小泉 和義 (ベネッセ教育総合研究所 副所長)
    木村 治生 (ベネッセ教育総合研究所 副所長/高等教育研究室長)
    邵 勤風  (ベネッセ教育総合研究所 初等中等教育研究室長)
    高岡 純子 (ベネッセ教育総合研究所 次世代育成研究室長)

非認知能力を評価対象とすることの難しさ

 小泉  前編でも話題となりましたが、初等中等教育・高等教育段階で課題となっている「自立的な学びを妨げる外在的な要因」についてですが、それが必要になる場合もあると思います。生きていく上では「好きなことだけしていたい」と思っても、実現は難しいでしょう。
 邵 確かにそうした面もありますが、外発的動機だけでは、学習の継続が難しくなります。内発的動機づけと外発的動機づけを組み合わせて、うまくバランスをとることが大切だと思います。
 木村 他方、小・中・高校の通知表に示される観点別学習状況評価では、「関心・意欲・態度」といった非認知能力が評価の対象になっています。そうした傾向が今後さらに強くなれば、高評価を得るために、「主体的に見えるように振る舞う」という子どもが出てくると思います。すると、主体性の意味も変わってしまうでしょう。
 邵 意欲や態度、また人とのかかわりまで評価されたら、逆に画一的な方向性に向かい、個性が失われてしまう恐れがあります。グローバル化が進み、多様な文化的背景や価値観を受け入れ、尊重しようという状況の中、非認知能力をどう評価するのか、また評価できるのかは、一層大きな教育的テーマになっています。
 木村 非認知能力の可視化が選別にだけ利用されると、とても窮屈な世の中になってしまいます。そうではなくて、自分の状況や強み・弱みを把握し、どう自分の力を伸ばすかを考えるツールとして教育的に使うことが重要です。子どもが自分の状況をメタ認知して活用すれば、主体性に転換できるかもしれません。そうすれば、やらねばならぬ学びにも意義が見いだせるかもしれませんし、「好きなことだけしたい」という理由だけでなく、学びに対して多様な動機やアプローチを持てるのではないでしょうか。
 外在的な要因も必要という指摘はその通りです。実際に、いくつかの学校といっしょに自主的な学習が成立する条件を研究していますが、多くの子どもは放っておけば自分からは勉強しません。宿題として課したり、定期テストで動機づけたりすれば、学習量は増えます。しかし、その中でも、子どもによっては自分にとって必要な勉強を選んだり、目標や計画を立てたり、生活をコントロールして学習時間を確保したり、できなかった問題を振り返ってやり直したりといった行動をとります。
 小泉 遊びと学びが一体化している乳幼児教育段階では、主体性はどのように育まれますか。
 高岡 乳幼児は、遊びに没頭するなかで、自分なりのイメージに近づけるために工夫したり、うまくいかなくても何度も挑戦して最後にはできたという達成感を味わいます。すると、自信が生まれて次はこうしてみよう、とさらに意欲がわいてきます。こうした経験を重ねるなかで、何に対しても自分なりに考え、かかわる力がつき、それが小学校に入ってからも、与えられた課題を自分のこととして前向きに取り組む姿につながっていくのではないでしょうか。そうした幼児の主体的な遊びを、東京大学大学院教育学研究科の秋田喜代美教授は、「一人ひとりが自らの生活や人生の主人公という感覚を生み出す活動」と定義しています。
 小泉 なるほど。遊びの中で自分なりに試行錯誤をくり返すことが主体性を育んでいくのですね。
 木村 過去の社会をコピーして、次の世代につなげるだけの役割であれば、受け身でもいいのかもしれません。でも、社会をよりよく変えていくためには、主体的に考え、行動する必要があります。外在的な要因によって嫌々ながら腰を上げるよりも、楽しみながら課題を見つけ、その解決に挑戦したほうが、新しいアイデアは生まれやすくなるからです。
 また、既存の価値への反抗のようなものも大切に思います。反抗は、自分が大切にする価値を実現しようという意欲の源泉にもなります。そうした意欲の育成には、試行錯誤を重ねて目的を達成するという経験が欠かせません。だからこそ、効率的で確実な達成を追求する系統主義的な学習だけでなく、ためらいや戸惑い、失敗の中で得られる気づきを重視する経験主義的な学習が必要なのです。
 今の社会は、失敗を許さない、非常に窮屈になっていると感じます。例えば、空気が読めない人を意味する「KY」という言葉が流行しましたが、その背景には、人間関係の乱れを排除し、表面的な調和を保とうとする風潮があると思います。また、先ほど邵室長が挙げた初等中等教育段階の課題からは、子どもがさまざまな点で評価され、精神的にも時間的にも余裕を失っている状況がうかがえます。失敗を恐れれば恐れるほど、子どもは主体性を発揮しづらくなりかねません。
 小泉 主体性は大切なものですが、建前を取り除いた本音の部分では、言うことを従順に聞く子どものほうが扱いやすいという大人もいるのではないでしょうか。例えば、反抗期がない子どものほうが、子育ては楽になります。
 木村 本音はそうですね。でも、大人が平坦にした道を歩き続けた子と、山谷のある道を自分で乗り越えた子は、どちらが大人になったときに自立しているでしょうか。子どもが主体的になれば、大人の心配は増えるかもしれません。しかし、教育は大人のためではなく子どものためにあります。子どもが自分の価値観を身につけるために、手間はかかっても試行錯誤が必要なのだと思います。

小泉 和義

ベネッセ教育総合研究所
情報発信領域 副所長
こいずみ かずよし ●福武書店(現ベネッセコーポレーション)入社後、高校の進研模試営業を担当した後、研究部門に異動。教育分野に関する調査研究、サイバー子ども学研究所のチャイルド・リサーチ・ネット(CRN)の運営に関わる。その後、学校向け情報誌進研ニュース(VIEW21の前身)中学版の編集担当、VIEW21(小学版、中学版、高校版)副編集長、VIEW21(小学版、中学版、高校版)編集長、情報編集室長を歴任し、現在に至る。任意団体 次世代の教育を考える会 幹事。

高岡 純子

ベネッセ教育総合研究所
次世代育成研究室長/主任研究員
たかおか じゅんこ ●乳幼児領域を中心に子ども、保護者、園を対象とした意識や実態の調査研究、乳幼児とメディアの研究などを担当。これまで担当した主な調査は、「幼児の生活アンケート」(2000~2015年)、「乳幼児の父親についての調査」(2005~2014年)、「幼児期から小学生の家庭教育調査」(2011年~)など。文部科学省「幼児教育に関する調査研究拠点の整備に向けた検討会議」委員(2015年)、三重県「家庭教育の充実に向けた検討委員会」委員(2016年)。草加市子ども教育連携推進委員会専門部会委員(2014・2015年)、千代田区子ども子育て会議委員(2015~2017年)、多摩市子ども子育て会議委員(2017年~)、恵泉女学園大学非常勤講師(2016年)など。

木村 治生

ベネッセ教育総合研究所
調査研究領域 副所長/高等教育研究室長/主席研究員
きむら はるお ●ベネッセコーポレーション入社後、初等中等教育領域を中心に子ども、保護者、教員を対象とした意識や実態の調査研究、学習のあり方についての研究、教育市場(産業)の調査などを担当。文部科学省や経済産業省、総務省から委託を受けた調査研究にも数多く携わる。東京大学客員准教授(2007年、2014~2016年)、文部科学省「中高生を中心とした子供の生活習慣づくりに関する検討委員会」委員(2013年)、「中高生を中心とした生活習慣マネジメント・サポート事業」における選定委員会委員(2017年)、光り輝く「教育立県ちば」を実現する有識者会議委員(2014年)、富山県学力向上対策検討会議アドバイザー(2014年)、草加市子ども教育連携推進委員会専門部会委員(2014年~)など。専門は社会調査、教育社会学。